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二つの商家②

 大小さまざまな植物が並ぶ温室の中にいると、ゲイリー先生がまるで小人のように思えてしまうのは、多分、わたしだけでないと思う。

 薬学担当のゲイリー先生は、とんがり帽子に立派な髭がトレードマークだ。そんな彼に倣ってわたし達も今、両手に革の手袋、汚れても構わないように長靴を履いている。


「今日はバロメッツの収穫を行うよ」


 ゲイリー先生はニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべて、物騒なことを言い放った。


「バロメッツの収穫が遅れると、辺りの草木はやられてしまうからね。ボクの大事な薬草達を食い殺す悪い子は、デストロイだよ」


 薬学は高学年からの専科だ。それも文科を選択しないと履修出来ない。はじめてゲイリー先生に会った生徒達は、その親しみやすい容貌と口調に「優しそうな先生だな」と感想を持ち、二言目に出てくる物騒な単語に「やばそうな先生だな」と認識を改める。

 冗談でも何でもなく、本当に危険物を扱っているのだから背筋も伸びるというものだ。実際、薬学初日でふざけていた生徒は、ゲイリー先生の手により教室から叩き出されている。有言実行の先生でもあるのだ。


「バロメッツの正式名称は『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』と言う。東の国の珍しい魔法植物だから、初めて名前を聞く生徒もいるかもね。メロン大の球根から根を張り、時が経つと大きな実をつける」


 話を聞くだけなら、普通の植物だ。だけど、一度この授業を受けているわたしは、バロメッツが魔法植物だと言われる所以を知っている。


「実が熟して割れると、中から羊が出てくる。こいつの収穫が遅れてしまうと、辺りの草木は食い荒らされてしまうんだ」

「えっ、羊?」


 隣ではステラが目を瞬かせている。

 ステラだけじゃない。他の生徒達もステラ同様に、顔を見合わせている。薬学の授業でまさか羊が出てくることになると思ってないもんね。


「口で説明するより見た方が早いだろうから、早速実物をご覧にいれよう。こっちだよ」


 ゲイリー先生の案内に従って、生徒達がぞろぞろと温室の中を進んでいく。まもなく、温室の一角を占める巨大植物に辿り着いた。


「うわっ、大きい!」

「ほんとに羊が生えてる……」


 ステラの言葉に、わたしは同意を込めて頷いた。

 話に聞くのと、実物を見るのとでは大違いだ。生徒達はバロメッツの巨大さを前に恐れ慄いている。

 普段扱う魔法植物が手のひらサイズだから、違いもひとしおだ。なにより茎からにょっきり羊が生えている光景が衝撃的過ぎて、一度見たら忘れられない。


「実から出てきたバロメッツは、茎と繋がっていて、遠くへ行くことが出来ない。だから周辺の草木を食い荒らすんだねえ。ボクら薬草を扱う者の天敵さ」


 こうして実物を見せられると一目瞭然だ。

 生徒達は興味津々といった様子でバロメッツを覗き込んでいる。こうしている分には、本当にただの羊のように見えるから不思議なものだ。


「とは言え、バロメッツにも利点がある。羊は肉になるし、その毛皮は金羊毛と言って、錬金術の貴重な素材になる。なので、バロメッツを発見したら、動き出す前に収穫するといい」


 そう口にして、ゲイリー先生は巨大植物……もとい、バロメッツを手の甲で軽く叩いた。


「それじゃあ、早速収穫をしていくよ。誰か一人、前に出て貰おうか。茎を断って、羊を収穫していく」


 言われるや否や、それまでざわざわとしていた生徒達は一斉に口を噤んで、お互いに顔を見合わせた。

 それほど害のある魔法生物ではない。だけど、茎から羊が生えるちぐはぐさは見ようによっては不気味にも思える。我こそはと手を挙げるより、様子を見ていたいというのが正直なところなのだろう。


「こういう時のブローチ持ちじゃないの? 前に出たらぁ?」


 どこからともなく女子生徒の声が聞こえて、わたしは目を瞬かせた。

 ……ん? わたしにやれって言った?


「ちょっと! 自分がやりたくないからってディアナにやらせようとするじゃないよ!」


 ステラが抗議の声を上げる。同時に、ゲイリー先生の目も光った。


「実技をやりたくないだってぇ?」


 顔はにこやか小人風なのに、ドスの効き方がどう考えても素人じゃない。わたしは大慌てで手を挙げた。


「はいはい! ディアナ・エジャートンやります!」


 一回すでにやってるしね。どちらかと言うと、ゲイリー先生を怒らせる方が怖い。〈タイム・リープ〉前に、ゲイリー先生を怒らせた生徒が出て、大変な騒ぎになったことがあるのをわたしは忘れていない。

 ステラに目配せして、わたしはゲイリー先生の目の前に歩いていった。


「では、杖を持って」


 ゲイリー先生の言葉に従って、わたしは自分の杖を取り出した。


「バロメッツの茎は固いんだ。とは言え、基本は植物だからね。魔法を使えばバターみたいに簡単に切れる」


 わたしはゲイリー先生の言葉に頷いた。ここで使える魔法はいくつかある。どれが一番使い勝手いいかな……。

 少しだけ悩んだ後、わたしは杖を握り締めた。イメージを膨らませて、指輪の魔力を言ノ葉に乗せる。


切断付与(断ち切る魔法)


 淡い光が杖に宿る。私は杖の先っぽをナイフのようにバロメッツの茎に当てると、すぱっと一思いに横切りした。

 支えを失い、真上に伸びていた羊がぐらりと傾く。まるでそれを待っていたかのように、ゲイリー先生は腕を伸ばすとしっかりと羊を抱き込んだ。


「なかなか筋がいいな!」


 羊を作業台の上に横たえ、一仕事終えたゲイリー先生が満足そうにわたしを見ている。


「ありがとうございます」


 手際がいいのも当然だ。ゲイリー先生も、まさかわたしが二度目の授業を受けているとは思うまい。

 心の声は隠したまま、わたしは優等生スマイルでにっこりゲイリー先生に笑い返してみせた。


「さあさ、よく見てごらん。バロメッツは蹄の先まで金毛で覆われているんだ!」


 作業台に乗せられた羊は、ゲイリー先生の言葉通り、蹄の先まで金色の毛で覆われている。きちんと処理すれば、さぞかし見事な毛皮になる筈だ。うーん、高値で売れそう。


 切り込み隊長の任を受けたおかげで、特等席で見ることが出来てしまった。なんとなく得をした気分で周囲を見渡すと、覗き込んでくる生徒となんとも微妙な顔をしている生徒に二極化されていることに気が付く。

 ははあ、なるほど。貴族出身の生徒達は普段、家畜なんて目にしたりしないのだろう。


「では次に、収穫した羊から金毛を取って行く。この金毛は錬金学の授業で使うので、大事に取っておくんだよ」

「せっかくなのでわたし最初にやってみたいです」


 ささっと手を挙げる。どうせ前に立っているのだし、やることはさっさと終わらせてしまいたい。

 そんな正直なわたしの内心を知ってか知らずか、ゲイリー先生は「では、やってごらん」と頷いてくれた。

 幸いにも先ほどの〈切断付与〉がまだ効いている。わたしは杖をナイフに見立てて両手で持ち、羊の毛を一部刈り取った。魔法なので繊維の抵抗もほとんどなくて、とても助かる。

 あ、切れ味良すぎて指切っちゃった。後で舐めておこう。


「素晴らしいね」


 さくっと金毛を手に入れたわたしを前に、今度こそ驚いたようにゲイリー先生は目を丸くした。


「付与魔法をこのように上手く活用出来る生徒は珍しい。初めての生徒は〈切断〉で切り過ぎてしまったり、〈火炎〉で茎を燃やしてしまうものなんだけどねえ」


 わたしがどの魔法を選択するのかというのも見ていたということなのだろう。ゲイリー先生のお眼鏡に叶ったようで何よりだ。


「皆もディアナ嬢の魔法を参考にするように!」


 今日の授業は、金毛の採取までだそうだ。取り終えた生徒から退出して構わないらしい。

 ゲイリー先生の言葉に甘えて、わたしは早々に荷物を片付けることにした。


「ディアナ、ばっちりだったよ」


 少し離れたところで私の勇姿を見守ってくれていたステラがぱちんとウインクする。わたしはステラに分かるように拳を握った。我ながら、今日の授業は上手く出来た気がする。


「アタシもやってくるよ」

「了解。先に戻ってるね」


 ステラのポニーテールが遠ざかっていくのを見送る。なんだかんだ要領がいいから、ステラもさっくり終わらせることだろう。

 わたしは肩から鞄をかけ直して、温室の出口へ向かう。その時、チッ、と舌打ちが聞こえたような気がした。


「……?」


 思わず振り返ってしまった。見れば、わたしに前に出るよう口にした女子生徒が、親の敵でも見るような目をしている。

 わたしはさっと振り返ると、一目散に出口に向かった。心臓は怖いくらいにバクバクしている。

 ひえー、怖かった。授業つつがなく進めただけじゃん。どうしてあんな怖い顔してるんだよー!


 温室を抜け出して、わたしはようやく息を吐いた。いやはや、どこで恨みを買うのか分かったもんじゃない。

 そんなことを考えながら、ぽくぽくと廊下を歩いていく。真っ先に授業が終わってしまったので、余暇時間が出来てしまったことになる。さて、どうしようか。

 いつもだったら、こういうタイミングでひょっこりルークが顔を出したりするものなんだけど……。

 そこまで考えて、はたと気が付いた。そう言えば、わたしからルークへの連絡手段を持っていないような気がする。


「ルークってば、いつも急に現れるもんなぁ」

「いやー、それほどでもー」

「出たぁ!」


 気が付いたら隣にいた。

 想定外のところからやってきた相槌に、わたしが仰け反っていると「大げさだなー」とルークはけらけら笑う。


「いや、普通に驚くからね!? しかも今、授業中!」

「ディアナ先輩だって人のこと言えないでしょー?」

「わたしはもう課題提出終わってます」

「あらま。優秀ー」


 ぽんぽんと軽口が返ってくる。だけど、この軽さに騙されてはいけない。人懐っこそうに見えて抜け目がないというのが、ルーク・ウィリアムズという男なのだ。


「ステラの件、結果を聞きに来たんでしょう?」


 ルークがわたしに接触してきた心当たりと言えば、それくらいしか思いつかない。わたしがじとりと見上げると、本心の読めない灰色の瞳と目線が合った。


「うん、そうそう。どうだった?」

「どうだったと言うか……」


 ばっさりでした、としか言いようがない。どう伝えるべきか悩んで、結局わたしは正直に伝えることにした。


「ステラはルークにあまりいい感情を持ってないみたい」

「そっかー。嫌いかー」

「わたし、そこまではっきり言ってなかったよね!?」


 あまりにも的確すぎる返答に目を剥いてしまう。思わず凝視してしまったわたしとは裏腹に、ルークはなんてことはないように口にした。


「正直者のディアナ先輩が言葉を濁すくらいなんだから、よっぽどかなーっと」


 心でも読んでいるのだろうか。ていうか、そこまでわたし分かりやすいかな!?

 頭を抱えるわたしを他所に、ルークは「どうしよっかなー」と一人ごちる。


「……ショックとか受けないの?」

「んー? どうして?」


 わたしの問いかけにルークは首を傾げている。それが不思議に思えて、わたしは少しだけ悩んだ後、やっぱり口にしてしまった。


「こういうのって普通、好きな人に嫌われたら傷ついたりするものじゃないの?」

「普通の人っていうのは俺にはよく分かんないけど……ステラが俺のこと嫌いってことは、少なくとも無関心って訳じゃないじゃん。俺のことなんて知らないって言われるより、全然マシ」

「……そういうものなの?」


 見上げた先で、灰色の視線とぶつかった。


「俺は、ね」


 念を押すように口にしたルークは、年下なのになんだかお兄さんみたいに見えたから不思議だ。


「それに、多分、ステラに嫌われてるだろうなーとは思ってたし」

「え、ええー……」


 なら、どうしてわたしにルークの話なんてさせたりしたんだろう。嫌われているのが分かっている相手に好意を寄せるって、それこそ非効率だ。ルークの気持ちがよく分からない。


「誰かを好きになるって理屈じゃないんだよ」


 まるでわたしを見透かすかのようだった。ルークの灰色の瞳が少しだけ優しくなる。


「……わたしにはよく分かんないや」

「いつか、分かる日がくるよ」


 少しだけ笑った後、ルークはちょいちょいとわたしを手招きする。

 なんだろう?

 ルークに導かれるまま二階への階段を上り、ロングギャラリーを通り抜ける。寮への道から外れて廊下を進めば、まもなく絵画が飾られている行き止まりに辿り着いた。


「この絵ってちょっと怖いんだよね」


 ステッキを持つ老人の絵画だ。険しい表情をしていて、なんとも近寄りがたい。


「おまけに行き止まりだし。こんなところまで、一体どうしたの?」

「秘密の話をする時は人気のないところでねー……ってことで、ここ見て」


 ルークがちょんちょんと額縁を指差す。丁度絵画の老人のステッキが指す位置だ。


「あれ、これって……!?」


 重い絵画をずらすと、不自然な空洞が現れた。もしかして、もしかしなくとも、これって隠し部屋!?


「正確には隠し通路、かなー。我らがティリッジ魔法学校の元は砦だからね。緊急脱出用にこういう仕掛けがあるんだよ」

「全然知らなかった……」


 実質六年も通っている筈なのに、何も知らなかったことにびっくりだよ。

 わたしは空洞を覗き込んだ。微かに風を感じるので、ルークの言う通り、通路というのが正しい。


「それじゃ、行こうか」


 絵画をずらした先の空洞に足をかけて、ルークはなんてことないように言う。突然開けた未知の扉に、わたしは思わずぎゅっと手のひらを握り締めた。


「怖い?」


 覗き込んできた灰色の瞳には挑戦的な光があった。だから、わたしは無理矢理にでも笑い返してやる。


「ううん、ちっとも!」

「よしきた」


 嬉しそうに笑って、今度こそルークは未知の扉に誘った。


「それじゃあ、ルーク・ウィリアムズの秘密話に一名様、ご案内ー」


 癪になるほど様になっているエスコートに手を乗せる。わたしは暗闇の中に足を踏み出した。

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