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魔力なしの優等生③

 ティリッジ魔法学校は我が国レウカンサが誇る大陸随一の魔法学校だ。

 語学、算術学、社会学などの一般科目に加えて、高学年になると薬学、神学、星読み学、騎士道学、魔法学、錬金学といった専門科目を学ぶことが出来る。卒業後の進路も多岐にわたり、卒業生は国を支える要職に就くことが多い。


 花形は何と言っても魔法騎士だ。優秀な魔法騎士を数多く輩出するということは、強大な軍事力を保有することと言ってもいい。大陸最強と誉れ高い魔法騎士団を保有していることこそが、レウカンサが他国の侵略を寄せ付けない大きな理由になっている。


 軍事力に直結する国の重要施設ティリッジ魔法学校の入学資格は二つある。一つは、レウカンサの国民であること。もう一つは〈魔力持ち〉であることだ。

 貴族であろうが平民であろうが関係ない。〈魔力持ち〉であれば一律に入学資格が認められている。逆を言えば、どれほど高貴な生まれであろうが〈魔力なし〉であれば入学は認められない。


「入学資格が〈魔力持ち〉であることなんだから、資格を失えば途中退学になっちゃう可能性って……かなりあるよね……」


 言いながら唇が引き攣るのが分かる。わたしの言葉に、ステラはさっと顔色を青くした。


「ディアナ、昨日までは普通に魔法を使ってたじゃないか。学年随一の〈魔力持ち〉の魔力が突然なくなるなんて、そんなの聞いたことがないよ!」

「わたしだって正直よく分かんない。でも、魔法を使いたくても全然使えないの。こんなの初めてだよ……!」


 〈探索〉が使えなかった。それどころか、他の初級魔法でさえ発動出来なかったのだ。魔法の発動を補助する杖を使ってこれなのだから、弁明のしようがない。


「だからって、退学だなんて! 卒業まであと一年だけなんだから、なんとか誤魔化すってのは出来ないのかい?」

「……厳しい、と思う」


 口にしてわたしは唸り声を上げた。

 ただでさえ、学年最優秀を取ったことで注目されやすくなっているのは間違いない。語学や算術学の授業ならともかく、魔法学で実演を求められたらボロが出てしまうに決まってる。


「でも、退学は困る……」


 それだけは何としてでも避けなければならない。唸るわたしを前に、考え込んでいたステラが声を上げた。


「なあ、ディアナ。先生に相談してみるってのはどうだい?」

「先生に?」


 思わず目を瞬かせる。ステラはゆっくりと頷いた。


「ディアナは学年最優秀のブローチ持ちだろ? 学校側としても五年間優秀な成績を修め続けた生徒を切るってのはしたくないと思うんだよ」


 ステラは言う。


「教育って言うのは、時間とお金がかかるものさ。ディアナは素行だって悪くない。学校側としたら、魔力がなくても抱えておきたい人材ってことにならないかい?」


 多くの従業員を抱えるコリンズ商家の娘ならではの着眼点だ。何より、わたしを見上げるステラの瞳には案じる光があった。面倒見のいい彼女らしく、親身になって考えてくれることが伝わってくる。


「事情を話して、学校側に対応を任せてみるってのはどうだい」

「……」


 それは、あくまで帰る場所のある人間の発想だ。

 学校側に判断を委ねるということは、〈魔力なし〉が退学にならない保証をしてくれる訳ではない。それではわたしが困るのだ。


(魔力がない……でも、退学にはなりたくない……)


 堂々巡りだ。だけど、わたしの意志だけははっきりしている。学校を退学するような事態だけはなんとしてでも避けなければならないってことだ。じゃないと、大変なことになる。


(考えろ、わたし……!!)


 ぱっと脳裏に閃くものがあった。わたしは慌てて顔を上げる。


(勝算があるならこれしかない!)


「ディアナ?」


 ステラが心配そうに見上げている。面倒見のいいルームメイトをこれ以上不安にさせたくなくて、わたしは笑ってみせた。


「そうだね、ステラ。まずは先生に相談しに行ってみる」

「アタシも一緒に行こうか?」

「ううん、大丈夫。自分のことは自分でやらなきゃね」


 口にして、わたしはドアノブを握った。現時点で打開策がこれしか思いつかないのなら、勢いがある内にやってしまいたい。


「ちょっと行ってくる!」


 日の光は西へと沈もうとしていた。もうすぐ十二ノ鐘が鳴る。それまでには辿り着いておきたい。

 連絡通路を抜け、わたしは廊下を曲がった。元は砦であったものに改築を重ねて今の魔法学校がある。入学したての頃はそれなりに迷ったりもしたけれど、五年も過ごせば流石にそんなことはない。

 目的地が見えてきた。わたしは魔法準備室と書かれた札の前で立ち止まる。

 深呼吸だ。すー、はー。……よし、やるぞ。


「ディアナ・エジャートンです。ご相談したいことがあって来たのですが」


 ノックと共に声をかければ、固い声が飛んでくる。


「エジャートンか。……入りなさい」


 石窓から差し込んでくるオレンジ色の光が、魔法準備室を照らしていた。

 木製の机の上には魔法書が山のように積み上げられている。こんなに積んだら倒れちゃわないかな、と心配になるような高さだ。神経質そうな見た目をしているわりに、案外雑な所があることをわたしは今日、初めて知った。

 いつもの黒作業着(ローブ)に黒い髪。恐ろしい程整った顔立ちを持つその人こそ、アドリアーノ・ロフタス先生に他ならない。


「用件は?」


 アドリアーノ先生は椅子に腰かけたまま、首だけをこちらに向けている。切れ長なすみれ色の瞳がわたしを捉えた。


「まずは今日のお昼のこと……居眠りしてしまってすみませんでした」


 視線だけで何もかもを見透かされるみたいだ。綺麗な人って、どうしてこうも迫力があるんだろう。思わず竦みそうになってしまうのを、ぐっと両足で踏み止まる。

 わたしの退学がかかっているのだ。気圧されている場合じゃない。


「その件については、課題の提出を求めた。期日までに成果物を持ってくるなら不問とすると伝えた筈だが」

「はい。それでも、アドリアーノ先生にはきちんと謝罪をしておくべきだと思いまして」


 簡潔で淡白な答えだ。授業を受けていても思うんだけど、アドリアーノ先生は基本的に論理性を重んじる。それでもまず、通すべき筋は通すべきだ。


「用件が終わったのなら出て行きなさい」


 わたしの思惑とは裏腹に、アドリアーノ先生は話を切り上げたいように見えた。

 あれかな。女子生徒に告白されたって話。先生的には女子生徒と二人きりというのはよろしくないのかもしれない。

 とは言え、こっちは引き下がる訳にはいかない理由があるのだ。


「いいえ、終わっていません。課題についてなのですが、少々問題がありまして」


 口にすると、アドリアーノ先生の片眉が上がるのが分かった。


「何だ。言ってみなさい」


 言葉にするのは、少し怖かった。

 きゅっと手のひらを握り締める。覚悟を決めて、わたしはアドリアーノ先生を挑むように真正面から見た。


「わたしの魔力が失くなってしまったんです。ですから、課題の実技をこなすことが出来なくなってしまいました」


 言った! 言ったよ! 言っちゃった!


「……魔力が失くなっただと?」


 わたしの言葉にアドリアーノ先生の声が低くなる。何を言っているんだ、って感じだね。だけど、わたしだって怯む訳にはいかない。自分の退学がかかっているのだ。


「はい。失くしたのは、先生の授業中のことです」

「私の授業中だと? そう断言するからには、確信があるのだろうな」

「ええ。だってわたし、未来からやって来たんですもん」


 ずどん、と主砲をぶち込んだ。


「…………は?」


 アドリアーノ先生から間の抜けた声が出た。

 すみれ色の瞳が真ん丸になる。アドリアーノ先生ってばこういう顔も出来るんだな。と今更ながらに、彼が少しだけ年上でしかないことを自覚する。

 考えてみたら当たり前のことなのに、先生ってだけでちょっと壁を作ってたのかも。

 わたしは腹に気合を込める。兎にも角にも、追い打ちをかけるなら相手が油断しきっている今しかない。


「ですから、未来からこの時間にやって来てしまったんです。魔力がなくなったのはその直後からですから、何らかの関係があると推察しています」

「……〈タイム・リープ〉など一介の生徒が扱えるものではない」

「そうですね。わたしもそう思います」


 何度考えたって、わたしには〈タイム・リープ〉の心当たりがない。だとすれば、色々と疑問は残るものの、術者はあの場にいたもう一人の人物……アドリアーノ先生ということになる。


 もう一つ重要なことがある。〈タイム・リープ〉なんて大掛かりな魔法、一朝一夕で準備出来るものではないということだ。

 アドリアーノ先生は時間をかけて念入りに準備し、その上で〈タイム・リープ〉を決行した。そう仮定をするのが自然だろう。


「現実問題として、今のわたしは本校における〈魔力なし〉になってしまったので、在学資格がありません。このままいけば、退学扱いになってしまうかもしれない。でも、わたしはまだ退学する訳にはいかないんです」

「私は客員講師だ。仮に籍を置いている身の上なので、基本的に学校の運営方針に対する決定には関われない」

「知っています」

「……何が言いたい?」


 やっぱり頭の回転の速い人だ。あっという間に立て直してくる。

 すみれ色の瞳がこちらを見ている。わたしは唇の端を持ち上げて、挑発的に先生を見上げてみせた。


「アドリアーノ先生はわたしに退学されると困るんですよね?」

「……その理屈は理解不能だ。なぜ私が君に退学されると困ることになる?」

「わたしは〈タイム・リープ〉したって言ったでしょう? 九カ月後の卒業パーティー、そこで起こることを知らないとは言わせませんよ」


 アドリアーノ先生がどういう理由でわたしを〈タイム・リープ〉させたのかは分からない。だけど、彼は冷たくなっていく身体で、確かにこうも口にしていた。

 君を救えて良かった、と。


「未来でわたしを救えないと困るんですよね。ってことは、今この時点でわたしに退学されると困るのは先生も同じなのでは?」


 未来のアドリアーノ先生が命を懸けるほどの理由が、わたしには確かにあった筈なのだ。なら、その高い価値を逆手にとって、過去のアドリアーノ先生に交渉のテーブルに着いて頂く。


「…………何が望みだ」


 長い、長い沈黙の末に、アドリアーノ先生は大きなため息をついた。じとり、とすみれ色の瞳がわたしをねめつける。

 要約すると、『未来のわたしを助けたければ、要求を飲め』という脅し文句を突き付けている訳だ。わたしったらとんでもない恩知らずだね、わっはっは!

 倫理観を投げ捨てて、わたしはにっこり微笑んだ。


「先生には共犯者になって頂きたいんです」


 さあ、ここからが本番だ。


「わたしが退学にならないように共同戦線張って貰えません?」

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