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誰かのための願い

 馬上ではガッチャガッチャと金属が音を立てている。

 鞍とか手綱とかの音も勿論あるだろう。だけど、これはお祖父様の装いも大いに影響していると思う。


「……その、お祖父様」


 わたしは乗馬の経験がほとんどない。その為、お祖父様の馬に一緒に乗せて貰っているものの、さっきからどうしても気になっていることがある。


「どうした、ディアナや。神殿まではすぐだぞ」


 ドレスのままで良かったのかなとか、敷地内に神殿なんてあったんだとか、聞きたいことは色々ある。だけど、目下一番気になっているのは、お祖父様が背負っているものだ。


「その剣は……?」

「これか? うむ、儂の愛剣だな。どうだ、美しいだろう!」


 確かに、鍛え上げられた肉体を持つお祖父様に相応しいどっしりとした大剣だ。問題は、鎧に続いてどうして大剣が必要なのか、ということである。


「美しいというか、殺傷能力高そうと言うか……」

「そりゃあ、剣だからな」

「剣ですねえ」


 長い諸刃の剣身を持つ手持ち武器のことを指す。つまり、戦うための道具だということだ。


「戦闘があるんですか?」

「ぬ? 言っておらなんだか?」

「言ってませんよ!」


 こちらとパーティー用のドレス姿のままで、乗馬している現在ですら状況に適した服装であるとは言い難い。当然、武器らしい武器なんてなく、あってもせいぜい杖くらいだ。魔法だって、わたしは夜属性と一般魔法しか使えない。ものすごーく偏っているのだ。


「神殿がそんな物騒な場所だなんて聞いてませんよ!」

「おお、ディアナは怒った顔も可愛いなあ」


 お祖父様は人の話をちゃんと聞いているのだろうか。わたしがむっと見上げると、お祖父様は何故かデレデレ顔のまま話し出す。


「月光石を守護するための場所であるからにして、〈夜〉の眷属達によって守りは固められておるのだ」

「わたし達って月光石を守ってきた一族なんですよね。眷属に敵だと認識されるのっておかしくないですか!?」

「そこは知らん!」


 どわっはっはっは! と豪快に笑い飛ばされる。そこは知っておいて欲しかった……!


「着いたぞ、ディナア」


 ひょいと馬から降りたお祖父様が、わたしを馬上から地面へと降ろす。エスコートして貰っている筈なのに、気分は荷袋なのはどういうことなのだろうか。

 うふふ、お祖父様ったら怪力ね。


「儂の傍を離れるでないぞ」


 神殿までの距離はけして遠くないのに、「ギリギリ日が沈むまでに間に合うだろう」と言ったお祖父様の意図をわたしはすぐさま理解することになった。石造りの神殿の中は、まさに〈夜〉の眷属達でいっぱいだったからだ。


粉砕付与(徹底的に打ち破る魔法)


 わたしと同じく夜属性を持つお祖父様が、大剣に付与魔法を施す。〈夜〉の眷属達は実体を持たぬものが多いためだ。


「どりゃああぁッ!」


 ぶおんっ、とお祖父様の振るう大剣が風切り音を立てる。直後、破裂音がして大型の羽虫のような眷属が木っ端みじんに砕け散ったのが見て取れた。


「どうだ、ディアナ! この唸る筋肉ッ、格好いいだろう!」


 むんっと上腕二頭筋を強調するお祖父様。暑苦しいことこの上ない。


「っ、お祖父様! 後ろ!」


 大剣を携え、筋肉ポーズをとるお祖父様の背後から、熊のように大きな獣を模った影が襲い掛かる。


「だあらっしゃああぁぁッッ!」


 ばごん、と振りかぶった大剣がすべてを蹴散らしていった。

 恐るべし、お祖父様。それなりにいいお年の筈だというのに、実に鮮やかな太刀筋だ。


「ふんっ、口ほどにもないわい」


 それにしたってお祖父、強すぎではないだろうか。大剣で次々と眷属達をなぎ倒し、順調に神殿の深部へと進んでいる。

 名を馳せた魔法騎士だったとは聞いていたけれど、まさかここまで強かっただなんて。


「おっ、素早いやつだ。……ていっ、『障壁(仕切り壁の魔法)』」


 私が杖を向けて一般魔法を放つと、狼を模った影が見えない障壁にぶつかった。


「でかしたぞ、ディアナッ!」


 素早い眷属も魔法で足止めさえ出来れば、お祖父様の敵ではない。


「流石我が孫娘だッ! どわっはっはっは!」


 わたしとお祖父様は連れ立って神殿の奥へと進んでいく。

 神殿はいつの時代に造られたものかは分からなかったものの、かなりの年数が経過しているように見えた。それは、奥に進めばより顕著になる。

 これほど立派な石造りのアーチなんて、そうそうお目にかかれない。一体どれほどの人手を集めて建造されたのか、考えるだけでも気が遠くなりそうだ。

 専門家ではないので詳しいことは分からない。それでも、この神殿が長い歴史を持つ建造物であることを察するには十分だった。進めば進むほど、荘厳さが増していく神殿の中を、お祖父様の先導に従って進んでいく。


「かなり奥まで進んだと思うんですけど、流石に眷属が多すぎじゃありませんかね……!」


 周囲を眺める余裕がなくなるほど、絶え間なく眷属に襲い掛かられている。いくら何でもこの数は流石におかしい。


「普段はこれほどおらぬのだが……」


 口にしながら、お祖父様がまた一体、眷属を吹っ飛ばす。かなりの数を倒しているにもかかわらず、襲い掛かってくる眷属の勢いがとどまることを知らないのも奇妙だ。


「お祖父様!」


 わたしは視界の端に黄金色を捉えた。

 遠目からでもそうだと分かるほど、強い輝きを放っている。

 月光石だ。想像していたよりもずっと巨大な石が、奥の祭壇に据えられているのが分かった。


「このまま月光石まで突っ切るぞ!」

「はいっ!」


 これ以上眷属に足止めされれば、いよいよ日没までに間に合わなくなる。頷いて、わたしはお祖父様が大剣で切り拓いた道を駆け抜けようとした。


「っ!」


 黒い球体が祭壇の手前に浮いていた。

 まるでそれは、落ちゆく水の雫のようだった。とぽんと地面に落ちて、広がり……次々に辺りの眷属達を飲み込み始める。


「お祖父様。これって神殿内ではよくあるようなことなのですか?」


 わたしがお祖父様に尋ねている合間にも、黒い沼のようなものは、眷属達を飲み込んでぐんぐん大きくなってゆく。


「どわっはっはっは! 無論、初めてのことだ!」


 まるで儂らの行く先を阻んでおるようだな。

 口にして、お祖父様が大剣を構えてみせる。軽口に反してこれまでにない真剣な眼差しだ。釣られるようにして、わたしの緊張も高まっていく。

 肥大化した黒い沼が垂直方向に伸びきったかと思うと、突如、ぐにゃぐにゃと形を変え始めた。


「どうなってるの!?」


 混乱する余裕さえも与えてくれない。

 黒い沼だったものは、羽虫のような翅に熊の肉体、それから狼のように鋭い牙を持った……要するにここまで見てきた眷属全部入りみたいな化け物へと変貌してみせたからだ。


「なにこれぇ!?」

「ディアナッ! 儂の傍から絶対に離れるでないッ!」


 目を白黒させるわたしとは対照的に、お祖父様が鋭い声を上げる。緊迫した声音が、只ならぬ相手であることを物語っていた。わたしは唇を引き結び、お祖父様の背中に回り込む。


「あれは並みの眷属ではない。儂が彼奴を引き付けよう。その隙にディアナは月光石の元へ行くがよい」

「でも、それじゃあ、お祖父様は……!」


 わたしの言葉に、お祖父様はニカッと相好を崩してみせた。


「なぁに、この程度の修羅場なんぞいくらでも潜り抜けておる。儂のことを気にするよりも、ディアナは自分の心配をしなさい」

「お祖父様……」


 大剣を握り直し、お祖父様が巨大眷属と睨み合う。

 互いが間合いを見計らっている最中、最初に動いたのは巨大眷属の方だった。

 ばっ、と翅が大きく羽ばたく。強い風圧が押し寄せてきて、わたしは転ぶ寸前のところでたたらを踏んだ。

 お祖父様が作ってくれたこのチャンスを逃すわけにはいかない。とにかく、少しでも早く月光石の元に辿り着かなければ。

 わたしは祭壇に向かって走り出す。

 そうこうしている間に、巨大眷属の太い腕がお祖父様に向かって振り下ろされるのが分かった。


「ぬるいわっ!」


 どっしりとした体格に似合わぬ俊敏さで、お祖父様が跳躍した。ギリギリのところで、眷属の腕は空を切る。お祖父様はその勢いのまま、巨大眷属の背中に回り込んだ。


「もらった――ぬぅ!」


 振りかぶった大剣が空を切る。背後を取ったと思われたお祖父様の目の前で、巨大眷属の姿が四散したからだ。


「っ!?」


 四散した眷属の狙いはお祖父様ではなかった。月光石までもうあと僅かな距離。目と鼻の先まで距離を詰めたわたしの前に、突如として黒い〈何か〉が浮かび上がる。

 それは化け物のようでいて、人間のようでもあり、まったく違う存在のようにも見えた。多角的にどのような姿にでも見える、不可解な〈何か〉。

 その中心にある満月色の目玉が、ギョロリとわたしを見た。咄嗟に踏みとどまろうとするも、一呼吸分遅い。


「ディアナッ!」


 お祖父様の声が聞こえる。

 そう思った時には、わたしの足は石畳の上から離れていた。


(なに……これ……!?)


 黒い〈何か〉は巨大な腕に変貌していた。その腕がわたしの身体をギチギチと掴み上げている。身体が軋む嫌な音がしたのが分かった。


「ッうあ……っ!」

「よくも儂の可愛い孫娘を! ディアナ、今助け――ぬおぉっ!?」


 わたしを救出しようと駆け寄るお祖父様に、突如としてもう一本の腕が立ち塞がる。

 間髪入れず、お祖父様の身体が宙を飛んだのが分かった。

 振り払われたのだ。そう認識する間もなく、遥か後方の石壁にお祖父様が叩きつけられる。

 ずるり、と屈強なお祖父様が崩れ落ちるのが分かった。赤い筋が石畳の上に流れ出てゆく。


「お、祖父……様……!」

(あんなに血が……っ!)


 捩じ上げられている身体からは満足な声も出せない。わたしは必死になって、お祖父様へと腕を伸ばした。


「っ!」


 再び満月色の目玉と目線が合う。

 一体いつからそこにあったのだろうか。

 気が付いた時には、わたしの真正面には一回り小さくなった形容しがたい〈何か〉が浮かび上がっていた。


『ようやくだ』

(……?)

『ようやく、この時を迎える』


 まるで頭の中に直接声が響いてきているようだった。

 一体どこから聞こえてくるのだろう。疑問に思ったその刹那、わたしは唐突に理解をする。

 これは、目の前の〈何か〉から発せられているのだ。


『満月の夜……月光石……月光族……。これで、全てが……揃う……!』


 それは一体どういう意味なのか。

 わたしの疑問より早く、〈何か〉は答えを発した。


『これでようやく、我が妻に捧げるすべてが揃った……!』


 不意に、〈愛し子の印〉が宿る左胸に燃えるような熱が灯ったのが分かった。


「ああああああッッ!」


 堪え切れない悲鳴が唇から零れ落ちる。

 熱い。まるで、生きながら焼かれているみたいだ。あまりの激痛に目尻から涙が零れ落ち、わたしは髪を振り乱して絶叫した。

 痛い。熱い。……苦しいよぉ……っ!

 無我夢中になって手を伸ばす。


「いや、助け……っ」


 指の先に触れたのは月光石。


「リアぁ……っ!」


 次の瞬間、〈何か〉にわたしは全身を押し出され、月光石に飲み込まれていった。

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