エジャートンの名を冠する者
先触れなく訪れたわたしだけど、これでも一応勝機はあった。お祖父様の可愛がっている孫娘を連れているというのが一つ。もう一つは〈夜の愛し子〉というキーワードだ。
門番に「約束はないが、ディナという少女が倒れたので連れてきた。それから〈夜の愛し子〉について話があると伝えて欲しい」と言付けて、応接室まで通して貰ったのだ。
なにせお祖父様自身が〈夜の愛し子〉だ。エジャートン家の前当主という立場を考えるならば、その単語の持つ意味を理解している可能性は十二分にあった。
「……〈夜の愛し子〉について尋ねてきたのは君かな?」
扉が開かれる。中から出てきたのは、懐かしい姿だった。
(お祖父様……)
とても初老とは思えぬ逆三角形の体型をしているその人は、見上げるほどに大きい。わたしは長椅子の上ですやすやと眠っているディナの髪をひと撫ですると、立ち上がって最上の礼を尽くした。
「まずは先触れのない非礼をお詫び致します。その上で、面会に応じて下さったご当主様に感謝申し上げます」
「前置きはよい。用件は」
「……ディアナ・エジャートンが〈夜の愛し子〉となりました。彼女を救う方法を探してここへ来たのです」
ぴくり、とお祖父様の太い眉が動いたのが分かった。
「……この子に〈愛し子の印〉はなかった筈だが」
「既に発現しています。左胸の丁度……心臓の真上の箇所。そこに〈愛し子の印〉が」
「ふむ……」
お祖父様が軽く手を叩くと、奥から使用人の姿が現れる。見覚えのあるその女性は、以前屋敷を訪問した時に取次ぎをしてくれたバーバラだった。以前会った時よりも少し若く見えるのは気のせいではないだろう。
「ディナを着替えさせておやり。それから、左胸に儂と同じ痣が浮かんでいるようだったら、教えなさい」
「かしこまりました、旦那様」
淑やかに礼を取ると、バーバラがディナを抱き上げて退室していった。扉の閉まる音を聞き遂げて、お祖父様はわたしに向き直る。
「印の有無はすぐに分かるだろう。結果をただ待っているだけでも良いが……其方は儂に聞きたいことがあるのではないかね?」
銀の髪に満月色の瞳のお嬢さん。
口にして、お祖父様は探るようにわたしを見ている。
わたしはお祖父様を見た。その満月色の瞳にどういう意図が込められているのか、推し量ることは難しい。
(老練なお祖父様を煙に巻くなんて腹芸はわたしに出来ない……。それなら、むしろ)
「今日の月齢を教えて頂けませんか?」
「月齢を? そんなもの、わざわざ人に聞かずとも分かることではないかね?」
お祖父様の言葉はもっともだ。
だからわたしは、正真正銘、真正面からぶつかることにした。
「わたしは未来からやって来たディアナ・エジャートンです。あの子と同じ〈愛し子の印〉を左胸に持っていて、今日十五歳の誕生日を迎えました」
一息に口にして、挑むようにお祖父様を見る。
「そして今日、十五歳最初の〈夜〉を迎えます。エジャートン家ご当主様なら、この意味がきっとお分かりになる筈です」
振り返って考えてみれば、ヒントはいくつかあったのだ。
月光石でなければ発動しない魔法。
それから……月の満ち欠けをいつも気にかけていたお祖父様。
わたし達一族に代々伝わるとされる銀の髪に満月色の瞳は、ある神様の特徴と一致する。
「……夜の女神から力を授けられた『月光族』の末裔とされるお祖父様なら」
切れるカードは全部切った。さあ、どうする。
お祖父様の表情は変わらない。ただ、じっと満月色の瞳でわたしのことを見下ろしている。
不意に、その固く結ばれた唇が緩むのが分かった。
「どわっはっはっは! 随分と肝の座ったお嬢さんじゃあないか。気に入った!」
豪快に笑い飛ばし、ニッと目尻の皺を刻んで笑いかける。
「ああ、我が孫でもあったな。ディアナ、で良いか?」
ほっと肩の力が抜けるのが分かる。流石はエジャートン家の当主様だ。どうやらわたしは、お祖父様の持つ気迫に飲まれていたようだ。
「はい。わたしもお祖父様とお呼びしていいですか?」
「構わん……と言いたいところだが、まずはその胸にあるという〈愛し子の印〉を確認してからだな。バーバラ!」
「はい。ここに」
お祖父様の一声でさっとバーバラが駆け付ける。どうやら、この短時間でディナの着替えは終わったようだ。
「この娘の左胸にディナと同じ印があるかどうか確認せよ」
お祖父様の言葉にバーバラは一も二もなく頷いた。そのまま流れるような動きで別室へと案内される。
「素敵なお召し物ですね」
わたしの装いを見て、バーバラは淑やかに口にした。
「……わたしの大好きな人が贈ってくれたんです」
「左様でございますか」
少しだけ驚いたように目を丸くした後、バーバラはにっこりと顔を綻ばせた。その眼差しは温かい。
「道理でお嬢様にお似合いだと思いました」
〈愛し子の印〉の確認はすぐに終わった。ドレスは胸元を隠すデザインだったものの、背中や肩を出したそれなりに露出している型だったので、ちょいとずらせば済む話だ。
ディナと全く同じ場所に〈愛し子の印〉があることは一目瞭然だった。印を確認したバーバラと共に、再びお祖父様の元に戻る。
「ふむ。相違ないとのことだな」
バーバラから報告を受け終えたお祖父様は、わたしの姿を認めると、ぱっと相好を崩して向き直った。
昔と変わることのないお祖父様の笑顔だ。直後、威厳が足りないと気が付いたのか「ウォッホン」とこれ見よがしに咳払いをするところまで、記憶の中と瓜二つだった。
「して、我が孫娘ディアナよ」
「はい。お祖父様」
太眉がぴくぴくっとした。
やっぱりお祖父様、孫娘に激甘なのではないだろうか。疑惑を前にお祖父様を見ると、再び「ウォッホン!」と咳払いをしている。
「あまり時間がない故、簡潔に言おう。まず、本日の月齢だが……残念なことに、十五であり、満月となる」
新月ではない。ということはつまり、十五の夜を迎える〈夜の愛し子〉は生きられないということになる。
「そうでしたか」
息を吐くわたしを前に、お祖父様は「自分の命がかかっておるのに、ディアナは落ち着いているな」と嘆息した。
「新月であることに越したことはなかったのですが……これでも一応、想定はしていたので」
そう都合よく新月になるとは思っていない。寧ろここからが本題だ。
このまま夜を迎えればわたしは死んでしまう。それを回避しようとするなら、お祖父様の協力は必要不可欠だ。
「その上で儂を頼るとは流石のディアナだ」
うむ、とお祖父様は満足そうに頷いて、満月色の瞳をわたしに向けた。
「いかにも、先ほどディアナが言った通りだ。エジャートン家の祖先が『月光族』であったことをよくぞ突き止めたな」
月光族。『闇と夜の書』で出てきた一文だ。夜の女神ギーンシュの力を分け与えられたとされ、月の魔力を自在に操れると言われている。
わたしがそれに気が付いたのは、リアと〈タイム・スリップ〉の魔法論理を組み上げる過程でのことだった。
わたしとリアは同じ夜属性を持ちながら、発現する魔法に差が出ていたのだ。
最初は、わたしが夜属性しか持っていないことが原因かと思われた。しかし、詳しく調べていくうちに、月の力が大きく影響していることが分かったのだ。そこから仮説が立つまでにそう時間はかからなかった。
エジャートン家は月光族の血を引いている。そう考えたのなら、月光族と共にあると言われている月光石についても仮説が立つ。
お祖父様が亡くなったのが二年前で、リアが流通した月光石を入手したのも二年前のことだ。つまり、月光石が外部に流通したのは、エジャートン家当主の代替わりが影響しているということになる。
そして七年前の現時点では月光石は市場に流通していない。従って、月光族の管理下にあると考えられるのだ。
現時点で月光石はエジャートン家にある可能性は限りなく高い。
月の魔力を溜め込んだ月光石さえあれば、魔法論理を刻み、言ノ葉で〈タイム・スリップ〉を宣言することが出来る。当初の予定通り、わたしは新月の夜に飛ぶことが可能なのだ。
「どうか月光石の魔力を使わせてください。月光石さえあれば、〈タイム・スリップ〉でわたしは未来の新月に飛ぶことが出来ます」
十五の夜を越えて生き延びることが出来るんです。
口にして、わたしはお祖父様を見た。対するお祖父様は難しい顔をしている。
「うーむ。月光石は我が一族の家宝であって、来たる日に女神にお返し……」
「お祖父様、お願いします!」
「ぬうぅ……っ」
ぎゅっと目を瞑り、お祖父様が唸り声を上げる。駄目押しで、わたしはお祖父様の手を両手で握り締めた。
「お祖父様!」
「~~可愛い孫娘の命がかかっておるのだ! よかろうッ!」
良かった。これで、なんとか道は開けた。
「そうと決まれば時間がない。ディアナ、準備をせいッ!」
腹が決まってしまえば、行動は早いお祖父様がすっくと立ち上がる。わたしは疑問符を浮かべてしまった。
「準備、ですか……?」
「そうだ。月光石は神殿にあるのでな。今から向かえば、ギリギリ日が沈むまでに間に合うだろう」
エジャートン家に月光石があるとばかり思っていたわたしからすれば想定外の台詞だ。わたしは慌てて立ち上がった。神殿の正確な場所は知らないものの、お祖父様がギリギリだと言うならば、ほとんど余裕などない筈だ。すぐにでも向かった方がいい。
「あっ……と、その前に!」
わたしは中腰の姿勢のまま、お祖父様に声をかけた。
「ディナに伝えなければならないことがあります。出発前に少しだけお時間を頂けますか?」
お祖父様の許可は簡単に下りた。バーバラに先導されて、わたしは客間へと入る。目的のディナは、ベッドの上ですやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
わたしは膝を折って、ディナと視線を合わせた。ほんの少し前にリアにかけてもらったペンダントへと手を伸ばす。
「……あなたに会うのは、きっとわたしの運命だったのね」
手放す訳じゃない。これから先の長い時間、わたしはこのペンダントを大事にすることを知っている。だって、あなたはわたしだったから。
「あなたが、心の底から大好きだと信じられる人に出会える日の為に」
口にして、わたしはペンダントをディナの首にかけた。夢の中にいるディナは、相も変わらず締まりのない顔をして眠りこけている。幸せそうなその寝顔にわたしは小さく笑って、ディナの額を撫でた。
「バーバラ。ディナのことを頼むね」
わたしは立ち上がった。日が暮れるまでの時間は限られている。のんびりしている余裕はほとんどない筈だ。
「かしこまりました」
バーバラが頷いたことを確かめて、踵を返す。お祖父様は言葉通りに出立の準備に取り掛かっていたようで、わたしが戻る頃にはすっかり装いが変わっていた。
「え? お祖父様?」
「おお、ディアナや! どうだい。似合うかね?」
ニッコリと満面の笑みを浮かべて、お祖父様はガチャガチャと音を立てた。磨き抜かれたプレートアーマーが銀色の輝きを放っている。
「とても似合ってます。ただ……」
(神殿に行くのに鎧が必要になるってどういうこと?)
頭に三つぐらい疑問符が浮かんでいる。ちなみにお祖父様は「似合っている」というところだけ聞いていたのか、無邪気なニコニコ顔になっていた。なんてチョロイお祖父様なのだろう。
「時間がない。それでは出発するぞ!」
(あれっ、わたしドレスのままだけどいいのかな!?)
意気揚々と足を踏み出すお祖父様の後を慌てて追いかける。疑問は解消されることもなく、わたし達は月光石が祀られているという神殿へと向かったのだった。




