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十五の夜


 不思議なものだ。そんなアドリアーノ先生……リアとは、今となっては婚約者の関係だ。〈夜の愛し子〉が十五の夜を越える為、一緒になって魔法論理を組み上げてくれた。


 振り返ってみれば、最後の一年は本当に怒涛のような学生生活だった。

 それも今日で終わり。そう考えると、何だか感慨深いものがある。


「卒業おめでとう、エジャートン」

「ありがとうございます。アドリアーノ先生」


 すみれ色のドレスを身に纏い、ステラと共に講堂外れへと向かえば、すでにリアとルークの準備は整っていた。


「ステラ、すっごく可愛い」


 若草色を基準に茶色のリボンでシックにまとめたステラを前に、ルークは満面の笑顔を浮かべている。

 わたしの〈タイム・スリップ〉を見届けた後は、ステラはルークにエスコートされて卒業パーティーに参加する予定だそうだ。そういう事情もあって、二人の装いも今日に相応しいものになっている。ルークは長身も相まって、正装するとビシッと決まるね。


「先生はいつもの黒作業着(ローブ)なんですね」

「私はパーティーに出る必要がないからな」


 にべもない。正装しているリアも見てみたかった気もするけれど、今以上にかっこよくなってしまったら(主に女子生徒に見つかった時に)大変なことになるのは目に見えている。良かったと言うべきか悪かったと言うべきか難しい。


「……そのドレス」


 贈り主の正体が誰だか分かっている、差出人不明の贈り物だ。リアの視線受けて、私はスカートの裾を摘まんでみせた。


「どうですか? 自分では結構似合ってるかなって思うんですけど」


 全体が見えるようにくるりと回ってみる。背中のところは結構開いていて恥ずかしいんだけど、リアには見せておきたい。だって、その為のドレス姿なんだから。


「アドリアーノ先生?」


 一言くらいは貰えるかなと思っていたのに、返答はない。思わず首を傾げると、半拍遅れてリアが動いた。


「君にとても……よく、似合っている」


 分かり易く頬が赤い。期待した反応を引き出せて、わたしはにんまりしてしまった。

 この日の為に、ステラと一緒にお化粧の練習もしたのだ。髪も綺麗にまとまっていると思う。だって、リアが贈ってくれたドレスだもの。一番可愛い自分でいたい。


「服が似合ってる……だけ?」


 もう一声。そうねだるようにリアを見上げると、鉄壁の表情筋が崩れるのが分かった。


「…………私の色を纏った君は、これ以上ないくらい綺麗だ」

「えっへへへへ~~!」


 やっぱり、好きな人に褒めて貰うのって嬉しいね。

 つきなみな感情なのかもしれないけれど、わたしはぎゅっと胸の前で手を組んだ。胸の中がぽわぽわ、ぱちぱちしている。多分今、いつも以上に顔は緩みきっている筈だ。


「あれは凶悪だぁー」

「ああ。アドリアーノ先生のこれからが目に浮かぶねぇ……」


 ルークとステラの二人は頷いている。そうしてようやく、リアは再度動き出したのだった。


「これが魔法論理を刻んだ月光石だ」


 地面に広げられた布地の上に、淡く輝く黄金色の石が乗せられている。

 月の魔力をたっぷり溜め込んだ月光石だ。この石の中には〈タイム・スリップ〉の魔法が仕込まれている。


「起動方法は分かっているな」

「はい」


 魔法の発現に必要なのは、『想像力』と『魔力』、それから『言ノ葉』だ。

 この魔法は実現出来る。いかにそれを心の底から自分に思い込ませるかが成否を分ける。イメージが描けたのなら、後は魔力を乗せた言ノ葉を紡げばいい。


 わたしの最初の〈タイム・リープ〉もそうだった。月光石の中に刻む魔法論理は、『時を越えられると自分自身に暗示をかける説得力になりうるもの』だ。

 要は何だっていい。わたしが、心の底から時を越えられると納得出来る理屈が詰まっていればいいのだから。


「エジャートンの素直な性格は魔法使い向きだ」


 いつかリアが口にした言葉を思い出す。


「疑い深く、合理的であることを求めれば求めるほど、実現出来る魔法の種類は減る。そういう意味では、疑うことなく、物事を素直に受け止められる君の性質は得難い才覚なのだろう」


 わたしが〈タイム・リープ〉を果たした時は、魔法論理が刻み込まれた月光石を土台にして『アドリアーノ先生に説明を求める』言ノ葉を鍵にした。

 わたしは改めて月光石を見下ろした。

 刻んだのは、二人で組み上げた魔法論理だ。リアさえも「これなら」と唸らせた出来栄えを心の底から信じている。後は言ノ葉を紡いで発動させるだけだ。

 魔法が発動すれば、わたしは新月の夜に〈タイム・スリップ〉を果たして、生き延びることが出来る。


 日はまもなく沈もうとしていた。東の空はすでに暗い。

 生涯一度きりの、十五の夜が始まる。


「……それじゃあ、少しだけ未来に行ってくるね」


 わたしはルークを見て、ステラを見て、それからリアを見た。


「うん。また半月後にこの場所で。……必ずだよ」


 最初に返したのはルーク。


「ディアナが戻ってきたら、うちに招待したげるよ。美味しいお茶とお菓子でティータイムをしよう」


 続いたのはステラだ。

 最後にリアがわたしを見る。


「帰りを待っている。その時、君の十五歳の誕生日を祝おう」

「はいっ!」


 わたしは頷いた。

 そうして、月光石の前に跪く。

 杖を両手で抱き、ゆっくりと瞼を持ち上げる。月の魔力を浴びて、わたしの足元が淡く輝いていた。

 紡ぐための言ノ葉は決まっている。『わたしを半月先の新月の夜へ連れて行って』と、〈タイム・スリップ〉先を宣言すればいい。

 わたしは唇を開いた。


「ディナッ、危ないッ!!」


 次の瞬間、ドンッ、と強く身体を押されたのが分かった。

 魔法書の匂い。それから、錆びた鉄のような臭いがする。


「え?」


 咄嗟に滑った指が、ぬるりとしたものに触れた。何が何だかよく分からなくて、わたしは自分の手を持ち上げる。

 手のひらが、紅く染まっていた。


(これは……血?)

「ひっ!?」


 ステラの悲鳴が聞こえた。


「暴れるなッ!」


 ルークの声。誰かを取り押さえている。

 あれは……クラリッサに指輪を盗まれた時、わたしの身体を押した女の子? どうして彼女がこんなところに?


 まるで獣のように髪を振り乱し、彼女はルークに取り押さえられながらも暴れまわっている。その燃え滾るマグマのような憎悪の眼差しは、真っすぐわたしに向けられていた。


「この女狐ッ! おまえがッ、おまえがッッ、アドリアーノ先生を誑かしたんだあァァッッ!」


 血に濡れた刃物が見えた。


「殺してやるッ! 殺してやるうぅぅッ!! ウゥゥゥウウウアアアアァアアアアァァッッ!!」


 足元に広がる血だまりと――蹲る真っ黒な作業着(ローブ)


「リアッ!?」


 声を上げてから気が付く。この出血量だ。このままではリアが死んでしまうかもしれない。

 血の臭いだけが辺りには充満している。

 頭が真っ白になって何も考えられない。気が付いた時には、わたしは声の限り叫んでいた。


()()()()()()()()()()ぇ……っ!!」


 カッ、と月光石から眩い程の光が溢れ出す。

 あまりの眩しさに目を開けていられなくなって、わたしは瞼を閉じた。途端、何かに引っ張られるような感覚がある。


(しまっ――)


 まるで大鍋の中に放り込まれて、ぐるぐると掻き回されているかのようだ。そのまま、真っ逆さまに落ちていく。

 そうしてわたしの意識は、一度そこで途切れ、て……。


「――てたら、――くよ」


 暗い。

 最初に思ったのはそんなことだった。

 次に脳裏に浮かんだのは、蹲っている真っ黒な作業着(ローブ)

 わたしははっとして瞼を押し上げた。今は、ぼんやりとしている場合じゃない! リアはっ!?

 わたしを覗き込む満月色と目線が合った。


「あ、起きた」


 ふっくらとした丸い頬が嬉しそうに持ち上がる。発せられたその声は、子供らしく幼かった。

 わたしはぱちぱちと瞬きをする。開く。閉じる。開く。

 夢じゃない。小さな女の子がわたしを覗き込んでいる。色々と言いたいことはたくさんあるけれど……まあ、ここまではいい。

 問題は、その子の髪が銀色で、ついでに言えば瞳の色は満月色で。とどめに、どう考えても幼い頃のわたしの顔と瓜二つであるということだった。

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