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十五の夜の越え方

 お祖父様の遺品を保管しているという倉庫の中は、思っていた以上に物で溢れていた。

 クローゼットとかはまだ分かる。でも、フリフリの天蓋付ベッドとか鏡台はどう考えてもお祖父様には似合わない。お祖母様の遺品にしたって些かデザインが若すぎる。

 勇猛果敢で名を馳せた魔法騎士でもあるお祖父様に意外な趣味があった……のは色んな意味で衝撃だ。


「女物の家具のことは考えないようにして、とにかく手記! お祖父様が書き残したっぽいものを探しましょう!」


 わたしはめぼしい本棚のところまで駆けて行った。とりあえず当たりをつけて一冊手に取ってみる。


「これ、お祖父様の日記だ……」


 物で溢れた倉庫内とは打って変わって、本棚の日記はきちんと年代順に並べられている。相当昔から保管されているようだ。


「ふむ。左上から時系列で並べられているようだな」


 探すべきはお祖父様が十五になる頃に記した日記一択となる。わたし達は手分けをして、お祖父様の日記を探っていった。

 ひっくり返さんばかりの勢いで本棚を調べたおかげか、まもなく目的の日記を見つけることが出来た。保存状態もそこまで酷くない。ペラリとページを捲ると、ミミズがのたくったような字が目に飛び込んでくる。


「なんだこれは」

「……お祖父様、やればちゃんと書けるのに、自分の日記は適当だったんだと思います」


 正式な書面にはちゃんとした字が残っていた筈だから、相当崩して書いていたのだろう。お祖父様の性格が窺い知れる。

 残してくれていただけでもありがたいと思うことにしよう。


「えーと、どれどれ……?」


 覗き込むと、書かれてあったのは。


「……今日の筋トレ?」


 本日、月齢二十五。

 背中のトレーニング。

 バックエクステンション十回×五セット。

 マッスルアップで重点的に背中を追い込んでいく。

 食べたものは魚のマリネと旬野菜のサラダ。


「これ、全部筋トレの記録だ……!!」


 信じられるだろうか。ずらりと並べられた日記のすべてが筋トレ記録だというのだ。

 いや、お祖父様いい身体していたよ。暇があったらスクワットしてたよ。でもまさか、こんなきっちり時系列順で並べられた日記に書き残すほど追い込んでいたとは誰が思うのか!


「役に……立たない……!!」


 わたしは足元から崩れ落ちてしまった。

 こんなに手間も暇もかけてお祖父様の遺品に辿り着いたというのに、めぼしい手記にあったのは筋トレ。

 身体を鍛えれば十五の夜を越えられるとか、そういうことなんだろうか。絶対に違うと思う。


「ここまで来て、そんな……」


 わたしは項垂れて、傍にいるリアの服を掴んだ。

 ここに至るまでに、リアには数えきれないほど手伝ってもらった。エジャートン家本邸に入るにもそうだし、お祖父様の手記を探すのだってそうだ。

 それだけじゃない。ステラやルーク、それ以外にも多くの人に助けられてきた。なのに、結果が実を結ばなかった……。

 何をどう口にすればいいのか分からなかった。喉を詰まらせるわたしとは裏腹に、リアは満足そうに唇を持ち上げる。


「そうでもなさそうだぞ」


 わたしは思わず目を瞬かせてしまった。


「成果はあった。あとは精査すればいい」

「……へっ?」


 エジャートン当主に許可を取り、前当主であるお祖父様が残した十五歳の日記を持ち帰る。そうして、いつもと変わらぬ平日を過ごし、再び土ノ日(どようび)を迎えた頃。リアはわたしとステラ、ルークを魔法準備室に呼び出した。


「〈夜の愛し子〉が十五の夜を越える仮説が立った」


 最初に反応したのはステラだった。


「ディアナは生きられるのかい!?」


 ほとんど掴みかからん勢いだ。若草色の瞳を丸くして身を乗り出すステラを前に、リアは頷いた。


「エジャートン家の前当主が〈夜の愛し子〉でありながら生き永らえたことが事実であれば、信憑性のある仮説であると考えられる」

「……すげ。ディアナ先輩んとこの先代様って、筋トレ日記しか遺してなかったって聞きましたよ」


 リアの言葉に、ルークも率直な賞賛の声を上げる。


「いや、重要なことが記されてあった」


 口にして、リアは本邸から持ち帰ってきたお祖父様の日記をテーブルの上に広げてみせた。


「ここを見なさい」


 リアが指さす先には、お祖父様のミミズがのたくったような字がある。「?」を頭の上に浮かべているステラとルークを前に、わたしは補足を入れた。


「月齢って書いてありますね」

「そうだ。エジャートン前当主は、全ての日記の冒頭に必ず月齢を記述している。丁度彼が十五の誕生日を迎えた日の月齢を確認すると……」


 大きなマルが書かれた文字。その意味するところは、つまり。


「……月齢ゼロ。つまり、新月ということだ」


 リアの言葉に首を傾げたのはステラだった。


「新月であることと、十五の夜は関係あるんですか?」

「ある。そもそも、夜属性は月の影響を露骨に受ける」


 まさしく一学期の応用魔法学の授業で習った内容そのものだ。


「夜属性は基本属性である〈火〉〈水〉〈木〉〈金〉〈土〉とは違って、月の影響を大きく受ける属性なんだよ。夜にもっとも効果が高まるのは、月の光を浴びることが出来るから。逆に日中に力が落ちるのは、周囲が明るすぎて、月の光を浴びられないからなんだって」

「復習は十分そうだな」

「えへん。ブローチ持ちですから!」


 満足そうなリアの言葉にわたしは胸を張った。まだ五年生で応用魔法学自体を受講していないルークは「なるほどなー」と感心している。


「……そっか。月の光が夜属性の力の要になるなら、月の光がない新月は日中と同じ扱いになるんだ」


 口にして理解した。〈愛し子の印〉が十五の夜に力を発揮するのは、予定された時限式爆弾のようなものだ。爆発日が十五歳の夜だとする。そして、その日の月齢は誰にもコントロールすることは出来ない。

 お祖父様が十五歳を迎える夜は、たまたま新月だった。〈愛し子の印〉がその効力を発揮することが出来ない、月のない夜だったのだ。


「つまり……十五歳の誕生日を迎える卒業パーティーの日が新月であれば、ディアナ先輩は助かるってこと?」

「私の仮説が正しいのであれば」


 ルークの問いかけに、リアが頷く。はっと息を呑んで、ステラがわたしの肩を揺さぶった。


「だったら、〈タイム・リープ〉前の卒業パーティーの日の夜はどうだったんだい!? その日が新月なら、ディアナが助かるってことだろう!?」

「きゅ、急に言われても……」


 卒業パーティーの日の夜を思い出す。

 会場入りを果たしたわたしは、最初のダンスが始まる頃、リアによって講堂外れの林まで連れ出されたのだ。

 魔法書の匂い。青白い光を遮る黒い影。

 あの日の情景がまざまざと思い浮かぶ。


「……満月だ」


 わたしは眉根を寄せた。


「あの日は満月だった……」


 夜属性が最も力を発揮出来る夜だ。つまり、お祖父様のように『たまたま新月だったから命が助かった』という状況にはならない。


「そんな……。それじゃ、ディアナの命は助からないってことかい!?」


 ダンッとステラが机の上を叩く。

 情報を揃えてなお、わたしの命が助かる道はない。だけど、これで手詰まりだなんて思いたくはない。わたしはまだ、自分の命を諦められないよ……。


「……手ならある」


 その言葉を口にしたのは、リアだった。

 ばっと全員の視線がリアへと集まるのが分かる。


「満月は夜属性が最も力を発揮出来る夜だ。その効果を利用し、エジャートンが迎える十五の夜を新月になるよう動かせばいい」


 ……リアの言ってることの意味が、よく分からない。十五の夜は満月なのに新月に動かすってどういうこと?

 疑問符を浮かべたのはわたしだけではなかったらしい。ステラとルークも目を白黒させたままリアのことを見ている。


「君は十五の夜に〈タイム・リープ〉を果たしたのだろう?」


 問いかけられて、わたしは頷いた。


「はい。あの日、わたしは〈タイム・リープ〉をして九ヶ月前の時間に巻き戻りました」

「十五の夜の当日に、数日先の新月の夜に〈転移〉出来たとしたら?」

「十五の夜が新月になるなら……ディアナは助かる!」


 リアの言葉にステラが顔色を明るくさせた。

 十五の夜当日に、わたしが新月の日に〈転移〉する。それが実現可能なら、〈愛し子の印〉は発動せずに生き延びられる。わたしとしても万々歳だ。

 とはいえ、流石にその説の突っ込みどころは無視出来なかった。


「以前〈タイム・リープ〉をした時は、わたしの意識だけが過去の時間に巻き戻りました。肉体は九ヶ月前のままです。だから〈愛し子の印〉が発動するまで、九ヶ月分の猶予が出来たことになります」


 リアが口にした説では、わたしの意識だけでなく、肉体も同時に新月の日に移動しなければ成立しない。

 〈夜の愛し子〉の生存には、『十五の夜』に『新月』でなければならない、という条件があるからだ。


「時を動かす魔法を構築するだけでも難しい筈なのに、その上身体ごと動かす当てなんて一体どこにあるんですか?」


 わたしの問いかけは想定の範囲内だったらしい。リアの顔色は変わることがなかった。


「君は夜半、〈転移〉を使って肉体を移動させたことがあったとコリンズから聞いている」


 わたしはぱちぱちと瞬きをした。ステラを見る。ステラも何のことか分かっていない顔をしていたものの、まもなく「あっ」と目を見開いた。


「アドリアーノ先生に以前、アンディ・ラタコウスキー男爵の件を尋ねられたことがあって……」


 実父であるサイモンに騙され、男爵にあわや貞操を奪われそうになった時の話だ。


「ディアナから直接話すのは難しいだろうし、かといって先生が知らないのも良くないと思ったんだけど、勝手に話して悪かったね……」


 ステラはばつが悪そうだ。わたしは首を振った。


「ううん。わたしを傷つけないように、二人が守ろうとしてくれたことが分かるから、そんなの気にしないよ」


 ステラがほっと息を吐いたのが分かる。わたしはリアに向き直った。


「確かに、〈転移〉を使って寮まで逃げ帰ったことがあります」


 リアは静かに頷いた。


「そして君は、君自身の魔力を使って、卒業パーティーの日に〈タイム・リープ〉を果たしたという実績が既にある」


 自覚があるかどうかは分からないが。そう口にするリアの口調は確信めいている。


「〈タイム・リープ〉の実績と、肉体の移動を伴う〈転移〉の実績。それらを解析すれば、肉体ごと時間を越える……〈タイム・スリップ〉を編み出す勝算は十二分にあると踏んでいる」


 力強い言葉だった。

 今すぐに飛び上がって歓声を上げたい。そんな気持ちが体中を支配しようとするのをぐっと堪えて、わたしは頭をフル回転させる。まだ。……まだだ。この話にはまだ、問題点が残っている。


「その説には不確定要素が含まれています」

「なんだ」

「月光石のペンダントです。わたしの〈タイム・リープ〉には月の魔力を溜め込んだ月光石が使われていました」


 〈タイム・リープ〉の魔法が仕込まれていたと推測される月光石のペンダントだ。〈タイム・リープ〉は『アドリアーノ先生に説明を求めた』わたしの言ノ葉によって発動した。その時、ペンダントが鍵になっていたことはもはや疑いようもない。


「そして、このペンダントは現在消失したままで、手元にはありません」


 真正面から挑むようにリアを見上げると、彼は少しだけ意外そうな顔をしてわたしを見下ろした。


「エジャートン。君は私が貸し出した指輪の件を覚えているか?」

「指輪ですか? そりゃ、覚えていますけど……」


 ルークに盗まれ、クラリッサに盗まれ、最終的にリアのところへ戻した指輪だ。

 忘れるわけがない。あの騒ぎがあったから、今ここにいる四人が揃ったようなものなのだ。


「指輪を月の光に当てるよう話したことも覚えているか?」


 夜の展望台で当ててましたね。もちろん、覚えていますとも。


「って、あ――っ!!」


 わたしは頭を抱えた。どうして、そのことに今まで気が付かなかったんだ!


「あの指輪は、月光石の指輪だったんですね!?」

「そうだ」


 リアの返答は単純明快だった。


「二年程前に月光石が市場にごく少数流通したのだ。私はそれを二点買い求め、内一つを指輪に加工し、効力テストを行っていた」


 つまり、とリアは言葉を続ける。


「未使用の、魔力蓄積済みの月光石なら既に私の手元にあるということだ」


 リアの言葉に、それまで静寂を守っていたルークが口を開く。


「ってことは、新月の夜にディアナ先輩を〈タイム・スリップ〉させる論理の目途が立っていて、しかも鍵になる月光石は手元にあるってこと?」

「そういうことだ」


 リアの淡々とした言葉以上に心強いものはない。わたしは縋るように彼を見上げた。


「…………わたし、生きられるんですか?」


 零した言葉は自分でも酷く頼りなく聞こえた。

 震えていて、小さくて、今にも消えてしまいそう。それでも、リアは聞き逃したりはしなかった。


「実際に構築してみないことには断言出来ない。だが、卒業パーティーまでには必ず間に合わせてみせる」


 すみれ色の瞳がわたしを見る。


「君を死なせたりなどしない。共に十五の先へ行こう」

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