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闇と夜の書②

 物語は暗黒の時代の最中、人間の国ブリナバルトにひときわ強い魔力を持つ少女が産まれたところから始まります。

 彼女の名はギーンシュ。産まれながらに〈闇〉が身近にあった彼女は、月の魔力を溜め込み、その力を自在に扱うことが出来ました。〈闇〉の中は、まさに彼女の独壇場だったのです。


 聖者が天啓を受けて、大蛇討伐を目指す旅に出かけると、すぐにギーンシュにお供の誘いがやってきました。

 その頃のギーンシュはずば抜けて魔力が高い少女として、広く名を馳せていたのです。実際、ギーンシュは聖者の旅で多くの活躍を残しました。天高く浮かび上がる月の魔力を溜め込んでは、自在に力を振るってみせたのです。


 しかし、ギーンシュの快進撃は長くは続きませんでした。

 闇は晴れることはありません。昇り続ける月の力を、ギーンシュは溜め込み続けました。溜め込んで、溜め込んで、とうとうその器から零れそうになってしまったのです。

 このままでは器が弾けてしまう。

 そのことを恐れたギーンシュは、月から魔力を得る術を自身から切り離すことにしました。月の魔力を溜め込む力をさる石に、月の魔力を扱う術をさる一族に委ねたのです。それらは月光石、月光族と呼ばれるようになりました。


 月から魔力を得る術を失っても、ギーンシュの力は暫く衰えることはありませんでした。彼女は〈闇〉の中でこそ力を発揮することが出来たからです。

 ですから、大蛇が産み、巨人によって深く傷つけられていた闇の神キィロと惹かれ合うのは、もはや運命でした。


 大蛇側のキィロと人間側のギーンシュは本来、敵対関係にありました。しかし二人は出会った瞬間から強烈に惹かれ合い、互いを深く愛してしまったのです。

 ギーンシュは傷ついたキィロを癒しました。

 大蛇は傷ついたキィロをけして助けてくれません。大蛇を見限り、人間と共に生きようとキィロに説き伏せたのです。

 ギーンシュを深く愛してしまったキィロは、その説得を受け入れました。こうして闇の神キィロは人間側に下り、二人は晴れて夫婦となったのです。


 聖者が大蛇を倒し、人間の国ブリナバルトに青空を取り戻した時、闇が半分残されたのは、ギーンシュがキィロを説得した為だと言われています。

 半分に減った〈闇〉のことを、人々は〈夜〉と呼ぶようになりました。こうしてギーンシュは〈夜〉を授けた賢者として、その名を歴史に刻むことになったのです。


 ただし、物語はここでは終わりません。

 ギーンシュは〈闇〉の中で力を得て、のちに神になった女性でした。その闇が半分に割れ、光が差し込むようになると、彼女の力はみるみるうちに流れ出るようになってしまったのです。力を失っていくギーンシュを前に、キィロは涙を零します。

 彼は、最愛の彼女を失いたくなかったのです。

 肉体を徐々に失っていくギーンシュを繋ぎ止めるにはどうすればいいだろう。半分に欠けた身体でキィロは考えます。

 そして、彼は人間の中にギーンシュと同じ魔力を持つ者がいることに気が付きました。その人間の魔力をギーンシュに捧げると、彼女は少しだけ命を長らえることが出来るのです。そしてその魔力は、十五を迎える晩に最も強い力を放つのでした。


 人間の中に時折不思議な痣を持つ者が現れるようになったのは、キィロが印を刻むからだと言われています。

 〈闇〉が〈夜〉に捧げる供物。

 やがて、その名のことを〈夜の愛し子〉と呼ぶようになりました。


 長い物語を読み終えて、わたしは息を吐いた。


「何というか……」


 どこにも救いのない話だ。

 闇の神キィロはただ夜の女神ギーンシュを救いたかった。その為にギーンシュと同じ夜属性を持つ人間に〈愛し子の印〉を与え、最も魔力の高まる十五歳の夜にその命を奪う。

 以前、ステラが見つけた本に書かれてあった『〈夜の愛し子〉は〈闇〉が〈夜〉に捧げる供物』という言葉は、文字通りの意味を持っていたのだ。


「とんだとばっちりだったと言うわけだ」


 同じく読み終えたリアは苦々しい顔をして『闇と夜の書』を見下ろしている。


「どういうことなんだい?」


 わたし達が『闇と夜の書』を読み終えたことを理解して、ステラとルークが近寄ってくる。わたしは今しがた理解したばかりの内容を二人に話すことにした。思った通り、ステラとルークの表情も険しくなる。


「アドリアーノ先生が言うように、〈夜の愛し子〉は神様の尻拭いをしてただけってことじゃないかい」


 ステラの言葉に、難しい顔をしたルークが声を上げる。


「うーん。確かにそうなんだろうけど、どんな手を使っても大事な人を死なせたくないっていうキィロの気持ち、分からないでもないかも」

「ルーク……」


 はっとしてステラがルークを見上げる。

 おーい、二人とも戻っておいでー。

 リアを倣って、わたしはコホンと咳払いをした。


「ひとまず『闇と夜の書』から、どうして〈夜の愛し子〉なんて仕組みが出来たのか、その成り立ちを知ることは出来た訳だけど」

「……肝心の回避方法が分からないな」


 言葉を引き継いだのはリアだ。わたしは頷いた。


「はい。これだけだと、十五の夜をどうやって乗り越えたらいいのかは分かりません」

「っていうか根本的に、ギーンシュの問題が解決してなくない?」


 首を傾げたのはステラだ。


「遡れば神話の時代の話になっちゃうんでしょー。そういうスケールのでかい話は一端脇に置いて、ディアナ先輩のことだけに着目しようよ」


 神々の話までは手に負えない。ルークの言葉に同意をして、わたしは唸り声を上げた。


「やっぱりお祖父様から〈夜の愛し子〉の話を聞けなかったのは痛かったかも……」


 〈愛し子の印〉を持ちながら、十五の夜を越えた人だ。生きてさえいれば、詳しい話を聞けた筈なのに……。


「遺品も見せて貰えないだなんて、本当にケチな当主だよ。問題を起こしたのはディアナのパパであって、ディアナ自身には何にも問題ないってのに」

「まあでも、お貴族様ってやつは面子を気にするものだからねー。一回駄目って言ったら、そう簡単には覆らないでしょ」


 ステラの言葉に首を振ったのはルークだ。


「エジャートン家の本邸に忍び込むくらいはしなきゃ無理、なのかなあ」


 わたしは再び頭を抱えてしまった。流石にそれは危険がありすぎる。でも、もうそのくらいしかお祖父様の遺品に辿り着く方法が見つからない。


「話を要約すると、エジャートン家の前当主は〈夜の愛し子〉でありながら、生き永らえた人物という認識で相違ないか?」

「あっ、はい。そうです」


 そう言えば、リアは知らなかったんだっけ。

 わたしは以前図書館で調べ物をした時のことを話すことにした。

 長らく貸し出されたままになっており、返却されていない本があったこと。〈転移〉の魔法を使って、未返却の本を取り戻したこと。取り戻した本を読むその過程で〈夜の愛し子〉の存在を知り、祖父にも〈愛し子の印〉があったことを思い出したということ。まるっと全部だ。


「……ふむ」


 唇に手を当てたリアは何やら考え込んでいる。

 ウィリアムズ商会で買い求めた眼鏡が、彼の顔に影を落としていた。さらさらの黒い髪にすっと通った鼻筋。それから薄い唇に自然と目がいってしまう。……本当に、何から何までフロレイアの祝福を受けたとしか言いようのないほど、非の打ち所がない造形だと思った。

 あの唇が、私に触れたんだ。なんとはなしにそう考えてから、ぼっと全身に火が灯ったように熱くなる。


「……エジャートン?」

「ひゃいっ!」


 思わず変な声を上げてしまった。わたしは大慌てでリアに向き直る。


「話を聞いていたか?」

「申し訳ございません。先生のお口に見惚れていて聞いていませんでした!」

「口? 一体何を言っているんだ?」


 疑問符を浮かべるリアとは対照的に、ルークはヒュウ、と口笛を吹く。一体何の冷やかしかと考えて、わたしは自分の失言に気が付いてしまった。

 お馬鹿! わたしの馬鹿! それ正直に言う必要なかったよね!?


「アタシ達は退室した方がいいかい?」

「いや、これで二人きりにされたら私の心臓が持たないので勘弁してください」

「~~本当に、君はっ」


 茶化されたことで、リアもわたしの言葉の意図を理解したのだろう。口元はへの字になっているものの、その耳は分かりやすく真っ赤になっている。


「あ、可愛い」

「…………暫く黙っていなさい」

「はい」


 口は災いの元って言うよね、うん。なんで全部垂れ流しちゃうのかなあ……。

 ステラがにやにやとこっちを見ているのを、とりあえず睨み返しておいた。言っておくけど、ステラとルークも大概だからね。

 ゴホンッ、と大きめの咳払いをして、リアが再び口を開く。


「エジャートン家前当主が〈愛し子の印〉を持ちながら生き永らえたとするならば、十五の夜を越える方法が存在するということだ。既に亡くなっており、直接話を聞けないのであれば、遺品の確認は必須だろう」


 何か書き残している可能性は高い。もっともなリアの言葉にわたしは肩を落とした。


「でも、うちのボンクラお父様のせいで、本邸への立ち入り自体をご当主様から禁じられているんです。危険はあるけど、こうなったらわたし一人で忍び込むしか……」


 わたしの言葉に、「危険を冒す必要はない」とリアはきっぱりと首を振った。


「真正面から行けばいい」

「だから、真正面から行って断られたんですって」


 ステラの言葉に、リアが唇の端を持ち上げるのが分かった。その瞳には不敵な色が浮かんでいる。


「身分を笠に着て行けばいい」

「へ?」

「貴族には貴族のルールがあると言うものだ。それに則って貰う」


 リアの言葉が実行されるまで、そう時間はかからなかった。

 エジャートン家は子爵の称号を賜った家系だ。対するロフタス家は伯爵家。

 序列がすべてを決めるといっていい貴族社会において、下位の者が上位の者に真正面から逆らうことは難しい。

 ロフタス家の紋章がついた手紙を受け取った以上、エジャートン家がリアの来訪を受け入れるのはある意味当然と言えば当然だった。


(しかも、わたしがリアの婚約者として同席するだなんて!)


 一体誰が想像出来ただろうか。わたしは借りてきた猫のように大人しくなって、エジャートン家の応接室に腰かけていた。

 リアは早々にロフタス家からエジャートン家に連絡を取り、わたしの父親であるサイモンではなく、現当主様から許可を引き出していた。

 次男とはいえ、天才魔法使いとしてその道に名を馳せたアドリアーノ・ロフタスからの打診だ。今まで連絡一つなかったエジャートン本家から突然手紙が飛び込んで来た時には、流石のわたしも笑ってしまったものだった。


 ちなみにサイモンは除名ついでに死亡扱いになっていることも判明した。そういう訳で、わたしとアンディ・ラタコウスキー男爵の婚約話はそもそも無効だ。ていうか、そんな激重な処分を下されるなんて本気で何やったんだろうね、お父様。


「お初お目にかかります。アドリアーノ殿」


 まもなくやってきた現当主様の顔を見るのも随分と久しぶりだ。


「ディアナも久しいな。手紙でやり取りはしたが、息才であったか」

「おかげさまで」


 追い出されたことは忘れてないよ。でも、婚約は認めてくれたから文句は言わないよ。そういう意味を込めてにっこり笑っておく。


「お祖父様の遺品を見せて頂けるようお取り計らいくださり、感謝致します。これで心の整理が出来ます」


 サイモンのせいで葬式の報せも満足に受けられなかったのだ。わたし達は最低限の礼をとると、お祖父様の遺品を保管しているという倉庫に向かった。

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