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(閑話)星

 ルークとの会話を終えて、アタシはすぐさま立ち上がった。


「ディアナ……待っているんだよ」


 二段ベッドの下には、銀色の髪を散らばせたまま眠るディアナの姿がある。

 ディアナは頑丈ではあるのだけれど、家が貧しいということもあってか、健康状態のいい子ではなかった。

 今は輪をかけて酷い。この三日ですっかり目元は落ち窪み、髪の艶は消え失せ、血色も悪くなっている。これ以上状態が悪化するのを、とてもじゃないけれど見ていられない。


 三日前、応用魔法学の授業が終わったディアナはお手洗いに行くと言ったまま帰ってこなかった。あの子が寮の自室に帰ってきたのは、それからずいぶん経ってからだ。何だか様子がおかしいと気が付いたのは、さらにその翌日。酷い高熱にうなされたまま起き上がることも出来ずに、今に至っている。

 あの時、ディアナを一人にしなければ良かった。

 後悔なんていくらでもした。それでディアナが治るのであれば何度だってしてやる。だけど、今この子に必要なのはアタシの懺悔なんかじゃない。


 アタシは手早く身支度を整えると、相部屋の扉を開いた。ルークとの待ち合わせは基本的にいつも談話室だ。談話室に入ると、いつもの定位置に見慣れた長身が立っている。


「この時間帯はアドリアーノ先生の授業がないから、魔法準備室にいるってさー」

「誰に聞いたのさ」

「ん? そこにいる子達。聞いたらすぐに教えてくれたよー」


 相変わらず手際がいいと言うか何と言うか。アドリアーノ先生の情報を集めるなら女子学生に聞くのが手っ取り早いのは共通認識で間違いなさそうだ。


「ってことは、クラリッサも魔法準備室だろうね……」

「そこら辺は抜かりなく」


 ルークがぽん、と作業着(ローブ)を叩く。彼がそう言うなら心配する必要はなさそうだ。


「ていうか、そんなにクラリッサ先輩ってアドリアーノ先生んとこ入り浸ってるの?」

「少なくともアタシが見ている限りではそうだね」

「はえー。アドリアーノ先生ってあんまり会話弾むタイプじゃないのに、ガッツあるねー」

「それは同感だねぇ」


 元よりアドリアーノ先生は言葉数が多い方ではない。その上、言葉を飾るということをしないので、クラリッサの自尊心をくすぐるような言動はしない筈だ。それでも熱心に通い妻のような振る舞いをするクラリッサの根性だけは見上げたところがある。


(……見せびらかすことが目的なんだろうけど)


 アタシ自身はさほど興味はない方だけど、お貴族様となるとやれ宝石だ、ドレスだ、髪飾りだと流行を作ることに余念がない。どれだけ注目されるのかということが社交界における自身のステータスに繋がるのだから、必死にもなるのだろう。


(さしずめ、アドリアーノ先生はアクセサリーってところかい)


 そう考えると、胃の中がムカムカしてきた。その為だけにわざわざディアナに見せつけてきたのだとしたら、相当に性格が悪い。


「ステラ、顔」

「……ん」


 ルークの指摘に、アタシはふーっと息を吐いた。これから戦いに行く以上、強張るのは仕方のないことだけど、彼氏の前くらいは可愛くしていたい。


「相手をぶちのめしに行くなら、ちゃんと隠しとかないと」


 ルークはにこにこと邪気のない笑みを浮かべている。アタシは思わず半眼になってしまった。


「なんというか、逞しくなったねぇ。昔はもっと可愛かったのに」

「ステラを守れる大きい男になろうと思ったんで」

「…………そうかい」


 さらりと昔話を蒸し返されて、むずむずしてしまう。

 なんと言うか、アタシがぬくぬくしている内に、しっかり商売人らしくなっているのは気のせいじゃないだろう。これは、コリンズ商会の娘として負けてられない。


「もうすぐだよ」


 長い廊下を通り抜ければ、魔法準備室はまもなくだ。案の定、魔法準備室の扉の前には従者らしい男性が立っている。中にクラリッサがいるのは間違いないだろう。


「んじゃ、ステラはそこの影に隠れてて。クラリッサ先輩追い出したら後は頼むよ」

「了解」


 こういうやりとりをしていると、なんだか子供の頃にでも戻ったようだ。あの頃はアタシが指揮をとって、ルークがそれに従っていたので、立場はまるで違うけど。


「不謹慎だけど、ワクワクしなーい?」

「……ノーコメントで」


 ディアナは今も苦しんでいる筈だ。あの子のことを思うと頷けない。


「じゃあ、行ってくるー」


 アタシの返答にルークは気にする様子はない。「ステラらしいね」といつものように手を振り、そして。


「蛇が出たぞー!」


 大声を上げて廊下を走り始めた。

 当然、魔法準備室の前にいた従者はぎょっと目を見開いてルークを見る。


「毒蛇が出たって騒ぎになってる! 石壁の中に入ったから、壁に近付くな!」


 ビクリ、と立ち止まった従者を尻目に、ルークは勢いよく魔法準備室の扉を開けた。


「毒蛇が出た! 気を付けてくれ!」

「きゃあっ、怖いですわ! 助けてくださいませ!」


 何が起こったのか、説明されなくても想像がついた。多分、魔法準備室の中でクラリッサはアドリアーノ先生にこれ幸いとしな垂れかかっている筈だ。それくらいの演技は余裕でやれる女に違いない。

 ピクリとこめかみが動いてしまう。これじゃあ、クラリッサはますますアドリアーノ先生から離れない。そう思った次の瞬間、先ほどとは質の違う悲鳴が響き渡った。


「いっっやあああああああああ――――ッ!!」


 心の底から恐怖した悲鳴だった。

 ガタン、バタンと激しい物音と同時に、クラリッサが魔法準備室から転がり出てくる。そのまま脇目も振らずに、クラリッサは廊下を走っていった。


「蛇は嫌あぁ――――ッ!!」

「お、お嬢様! お待ちください~~!!」


 逃げ去るクラリッサの後を従者が追う。さらにその後ろを追いかけながら、ルークは「毒蛇が出たぞー!」と吹聴して回っている。


「…………」


 まるで嵐のようだった。

 一瞬のうちに静けさに包まれた魔法準備室の中に足を踏み入れると、そこには蛇のオモチャが落ちている。つまり、ルークはこれをクラリッサに押し付けたという訳だ。

 アタシは思わず、オモチャをまじまじと見てしまった。


「コリンズか。どうした」


 魔法準備室に入ってきたアタシを前に、いつもと変わらぬ平静を貫くのはまさに渦中のアドリアーノ先生だった。


「これ、効かないんですね」

「明らかに玩具だろう。引っかかる方がどうかしている」


 オモチャを指差すと、アドリアーノ先生は小さく息を吐いた。クラリッサには効いたオモチャも、アドリアーノ先生には効かなかったらしい。


 正直なことを言えば、アドリアーノ先生は何を考えているのかよく分からなくて苦手だった。

 今だってそう。周りがどれほどあたふたしようが、自分のペースを崩さない。「そういうところがいい」と言う女子生徒がいることも知っているけど、アタシは好きじゃない。何自分だけ高みから見物しているんだいって思ってしまう。


 だから、ディアナの話に出てくるアドリアーノ先生は本当に同一人物かと思ったものだった。それだけ、彼はいつもの姿と異なる姿をディアナに見せていたということだから。


「……ディアナが倒れました。三日も熱にうなされて、今も具合が良くなりません」


 ぴくり、とアドリアーノ先生の片眉が動いた気がした。


「それを私に伝えてどうする。私は保健医ではない」


 らしい見解だ。アドリアーノ先生は応用魔法学の客員講師であって、保健医ではない。だからこそ、アタシが告げる言葉は決まっている。


「ディアナは〈夜の愛し子〉なんです。このままいけば、あと半年もしない内に死んでしまう。夜魔法に関する事なら、アドリアーノ先生が一番詳しいですよね」


 ガタリ、と物音がした。アドリアーノ先生が椅子から立ち上がった音だった。


「どうしてそれを知っている」

(やっぱり!)


 ディアナの推察通り、アドリアーノ先生は〈夜の愛し子〉について知っていたのだ。すみれ色の瞳が動揺に揺れるのをアタシは初めて見た。


「……まさか、エジャートンもそれを知っているのか」

「はい。ディアナと一緒に図書館の本を調べていて、知りました」


 アドリアーノ先生の言葉にアタシは頷く。ここまで話が出来れば、続きを口にするのは難しくなかった。


「ディアナは先生に〈愛し子の印〉が移ることを恐れていました。それでたくさん無理をして、倒れて……。このままじゃ、十五の夜が来る前にディアナが壊れちゃう!」


 高熱にうなされながら、涙を零すディアナをこれ以上アタシは見ていられない。続いた言葉は、自分でも縋るような響きを持っていた。


「アタシじゃ無理なんです。だから先生……お願いだから、ディアナを助けて……!!」

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