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エジャートン家の事情②

 どのくらいそうしていただろう。

 ステラはただ黙ってわたしの背中を撫で続けてくれた。


「ありがとう、ステラ」

「落ち着いたかい?」

「……うん」


 わたしはゆっくり頷いた。


「温まるものを口に入れた方がいいよ。調理場からホットミルク貰ってこようか?」

「ううん、いらないから傍にいて欲しい」

「そっか」


 ステラは頷くと、蹲るわたしの傍に座り直してくれた。彼女の体温は温かい。


「……あのね、ステラ」

「言いたくないようなら、無理して言わなくてもいいんだよ」


 今日一日の出来事を思い返すのも震えが走る。

 ろくでもない父親だとは分かっていたのに、心のどこかで「もしかしたら」と淡い期待を持ってしまった。その結果がこれだ。

 最初から相手にしなければ良かった。

 ……無事に逃げられて、本当に良かった。

 咄嗟にアドリアーノ先生の授業を思い出せなければ、きっと逃げ出すことは出来なかっただろう。今更のように、自分がどれだけ危機的な状況に追い込まれていたのか噛み締める。


「……ううん。ステラに聞いて欲しいの」


 わたしは今日の出来事をステラに話すことにした。

 図書館に向かう途中で、実父であるサイモンに会ったこと。サイモンに騙され、アンディ・ラタコウスキー男爵の元に連れていかれてしまったこと。いつの間にか男爵の婚約者にさせられてしまったこと。


「アンディ・ラタコウスキー男爵ってあの悪名高い……!?」


 その名前にステラはすぐにピンときたらしい。


「大丈夫だったのかい、ディアナ!?」

「うん。〈転移〉の魔法でなんとか逃げてこれたよ」


 ステラは目に見えて安堵の息を吐いた。

 やっぱり件の男爵は有名だったみたい。噂話に疎いわたしでさえも知ってたくらいだしね。


「怖かっただろう? ディアナが無事で本当に良かった……」

「……うん」


 あんな騙し討ちで、大事なものを奪われなくて良かった。

 隣に感じるステラの体温にほうっと息を吐く。

 人肌ってすごい。こうやってくっついていると、なんだか少し元気になってきた。


「暫くディアナは一人で行動しない方がいいね。またいつディアナのパパが現れるか分からないし」


 その点に関してはステラと同意見だ。基本的にサイモンは時間があり余っている筈なので、またいつわたしの前に現れるか予測が付かない。


「〈タイム・リープ〉前もこんなだったのかい?」

「前は図書館に通ったりしていなかったから、そもそもお父様と会うこともなかったんだ」

「なるほどねぇ」


 〈タイム・リープ〉前とは異なる行動を取った故の弊害かもしれない。とはいえ、サイモンが婚約者を勝手に決めるくらいは普通にやりそうなことなので、前回遭遇しなかったのは単に運が良かったのだろう。


「会ってみて気が付いたんだけど……お父様は私の卒業を待ってるような気もするんだよね。あと半年もすれば卒業だし」

「そっか。今は学校がディアナを守ってくれるけど、ずっとって訳にもいかないもんね……」


 ステラの言葉にわたしは頷いた。ティリッジ魔法学校がわたしの生活を保証してくれるのは卒業まで。それから先は自活していく道を探さなくてはならない。


「その為に、これまで勉強を頑張ってきたんだもの!」


 貴族の四男として大いに甘やかされてきたサイモンは、元々どこか弱いところのある人だった。それはお母様の薬代を稼ぐ手段として、賭博を選んだことからも明らかだと思う。

 お母様を亡くして、サイモンが坂道を転がり落ちるのはあっという間だった。ますます賭博にのめり込み、家から高価なものは姿を消した。それだけでなく、わたしが必死になってかき集めてきたお金や食料も我が物顔で奪っていった。


 わたしがティリッジ魔法学校を目指したのは、サイモンの魔の手から逃れる為だ。〈魔力持ち〉であるという唯一無二の特技を生かして専門技能を高め、ゆくゆくは立派な就職先を手に入れる為である。


「……という訳なので、コリンズ商会でわたしを雇って貰えませんか」


 わたしはひっしとステラにしがみついた。

 何を隠そう〈タイム・リープ〉前の就職先こそコリンズ商会だったのだ。まさにちょうど冬休み明けくらいの時期に就職先で困っていることを打ち明けると、ステラが斡旋してくれた。あの時のステラは誰よりも頼もしかったことを覚えている。


「あー……」


 わたしの願いを前に、ステラは困ったように眉を下げた。


「ちょっと、今は厳しい……かも」

「えっ」


 前は大丈夫だって言ってたのに、一体どうして。

 思わず目を丸くするわたしとは裏腹に、ステラの表情はどこかバツが悪そうだ。


「今、コリンズ商会とウィリアムズ商会は関係修復に動いてて、研修がてら従業員の入れ替えをしてるんだ」

「あ~……そっかぁ」


 どうやらステラとルークの関係はうまいこといっているらしい。

 どちらの働きかけかは分からないが、両家の関係修復が始まったのだろう。その一環として従業員の入れ替えをしている、と。


(だとしたら、両家共に新しく人を雇うってのは難しいよね)


 わたしの記憶が正しければ、少なくともコリンズ商会の見習いはウィリアムズ商会に対してライバル意識を持っていた。意識の改革となると一筋縄ではいかない筈だ。


「ごめん、無理言っちゃったね。今のは気にしないで」

「でも、ディアナは困ってるんだよね。やっぱりアタシからパパに……」

「ステラもルークも今は大事な時期でしょ。ただでさえ家の問題があるんだから、自分の立場を弱めるようなことをしちゃ駄目だよ」


 特にルークはウィリアムズ家の長男だ。兄弟間の関係をよく知らない私があれこれ頼れば間違いなく面倒事に繋がるし、ひいてはステラに飛び火してしまう。


「元々わたしの問題だから、自分でなんとかしてみるよ」


 たとえば修道院入りするとか。あとは国外逃亡もありかもしれない。貴重な〈魔力持ち〉だから、他国でも働き口はある筈だ。

 わたしはステラから手を離した。出来るだけ安心して貰えるようにへらっと笑う。


「大丈夫だよ。まだ時間はあるし、なんとかなるなる!」

「ディアナ……」


 こういう時は、話を蒸し返される前に次の話題に移るに限る。わたしは「そう言えば!」と、手を叩いた。


「本当は今日行く予定だったんだけど、図書館で目ぼしい本が見つかりそうなの。もしかしたら〈タイム・リープ〉に関して何か分かるかもしれないし、調べるのを手伝ってくれないかな?」


 一人で校門の外に出るのって、やっぱり怖いし。

 そう口にすれば、ステラははっとした顔になってコクコクと首を振ってくれた。


「勿論一緒に行くよ。ルークも帰ってきてるから、三人で一緒に行こう」


 ルークも一緒なら頼もしい限りだ。彼の長身は十分な威嚇になるし、なにより武科男子の腕っぷしには期待が出来る。


「すごく助かるよ!」

「これくらいどうってこないよ」


 笑ってくれる友達が傍にいることがどれほど心強いのか、わたしはもう知っている。


「ありがとう、ステラ。大好き!」


 心配してなのか、その日ステラはわたしのベッドに潜り込んできた。曰く、「こういう時、小柄で良かったって思うよ」とのこと。

 その夜はステラと他愛のないことをお喋りした。


「ルークよりも先にステラと同じベッドに入っちゃった」


 なーんて茶化したら、ステラは真っ赤になって暴れてしまった。こういうところが、ステラの本当に可愛いところだと思う。本人に言ったらまた怒られちゃうだろうけど。

 眠くなるまでずっとお喋りしていたのが良かったみたいだ。いつの間にか意識が途切れていた。

 恐ろしい夢は一つも出てこなくて、ただただ温かくて優しい眠りだったのは、間違いなくステラが傍にいてくれたおかげだ。


「おはよー」


 翌日、食堂に現れたのは見覚えのあるふわふわ茶髪系わんここと、ルークの姿だ。聞けば、昨夜の内にはステラと連絡を取り合っていたらしい。


「いつの間に?」


 わたしが首を傾げていると、ルークは呆れたように半眼になった。


「どこかの誰かさんは一度も使ってくれない水晶玉だねー」


 わたしはスッとステラを見た。


「水晶玉を貰ったんだね! ってことは、わたしの水晶玉はルークに返した方がいいかな」


 少なくともわたしはステラに渡した覚えがなかったので、ルークが新しい水晶玉を贈ったのだろう。流石大店の長男は太っ腹だ。

 そうなってくると、一つの部屋に二つの水晶玉という、現状どう考えても余剰な環境が出来上がる。返却すべきは当然、彼女でも何でもないわたしの方だろう。


「ディアナ先輩は持っといてー」

「え? 一度も使ってないのに?」

「なんだかんだで、持っといて貰うと助かるからさー」


 含みのある言い方だ。思わず疑問符を浮かべるわたしに、ステラもまた大きく頷く。


「後で袋を用意しておくから、ちゃんと持ち歩くようにしときな」

「嵩張るよぉ」

「防犯。いざって時に、アタシやルークと連絡取れた方が絶対いいでしょーが!」


 ごもっともな話だった。わたしはコクコクと小刻みに頷いた。本当にステラもルークも良く出来た友達だ。


「アタシ達がいない間、ディアナは図書館で調べものをしていたんだって」


 二人に挟まれながら、図書館への道を歩く。正直なことを言えば、カップルの間に挟まる女ってどうなのよと思ったけれど「昨日の今日で防犯意識がない!」とステラに一蹴されてしまった。


「……体格だけで言ったら、わたしの方がステラよりも大きいのに」

「そういう問題じゃないよ」

「ていうか、俺の事もっと頼りにしてー」


 置いてけぼりになっているルークが悲しそうな声を上げている。


「冗談。ちゃんと頼りにしてるさ、ルーク」

「わーい」


 人のこと散々チョロイとか言ってくれたけど、ステラ相手のルークも大概チョロくない?

 わたしは晴れてカップルになった二人をそれぞれ見ながら歩みを進めた。勿論、馬に蹴られるような真似はしませんよっと。


「ディアナ」


 司書さんは図書館に現れたわたしをすぐに見つけてくれた。


「今日はお友達と一緒なんですね」


 ニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべる司書さんを前に、ステラもルークも行儀よく挨拶した。流石大店の息子と娘。貴族相手の挨拶もそつがない。


「昨日は急に来れなくなってすみません」


 謝るわたしを前に、司書さんはパタパタと手を振る。


「急な予定が入ることもありますから……」


 お気になさらでくださいな。そう口にして、司書さんはテーブルの上に本を積み上げていく。


「これって、もしかして!」

「ええ。無事図書館に返ってきた本ですわ!」


 二晩で本の返却は随分と進んだらしい。司書さんの表情は目に見えて朗らかだった。


「こちらがディアナの探していた目録の本です。一通りそろっていると思いますよ」


 革張りの立派な背表紙がどどんと積み上がっている。一冊一冊にボリュームがあって、物凄く読み応えがありそうだ。


「わー……」


 余計なことは口にしていないものの、察するにルークは読書が苦手なのだろう。どこか遠い目をしている。


「重ねると圧巻ですね」


 これだけあったら、〈タイム・リープ〉について何か見つかるかもしれない。思わず拳を握るわたしを前に、司書さんはニコニコと嬉しそうだ。


「貸し出し手続きを取って行きますか?」

「流石に全部となると重すぎるので、図書館でめぼしい本を見繕ってから手続きしようと思います」


 幸いなことに、今日はステラとルークが一緒だ。三人で読めば、単純計算で三倍速。効率もぐっと上がる筈だ。


「うふふ。それでは楽しんできてくださいな」


 本当に本のことが大好きなのだろう。わたしに本を手渡す司書さんの笑顔につられて、わたしも笑顔になった。

 本の返却が進んで何よりだ。


 三人で手分けをして(実際はほとんどルークが持ってくれた)本を運ぶ。ゆっくり読むなら書見台を使うところだけど、今回のわたし達には目的がある。


「〈タイム・リープ〉について記述がないか調べるんだっけ」


 ステラの言葉にわたしは頷いた。


「古代魔法の類になると思うから、七属性に拘らない方がいいと思う。時に関する記述があったらどんなことでもいいから教えて欲しい」

「詳しいことはディアナに任せるよ」

「こういう時、ブローチ持ちは頼りになるねー」


 伊達に学生生活のほとんどを勉強につぎ込んだ訳じゃない。この手の調べものには一日之長があるつもりだ。


「それじゃあ、見ていこう!」


 意気込んで、わたしは最初の一冊を手に取った。

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