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調べものと来襲

 唯一情報を持っているアドリアーノ先生が学外に出てしまってから、早いもので数週間の時が流れていた。

 時を同じくして、ティリッジ魔法学校の冬休みが始まる。夏休みとは違って、二週間弱の短い休みだけど、新年を前にしてどことなく浮き足立った気配を感じるのは例年通りだ。この時期、学校に残るのは基本的に家に帰れない事情のある生徒のみになる。


(ステラとルークは家に帰っちゃったし、わたしが出来ることといったら……調べること、だよねえ)


 予定通り居残り組となったわたしはティリッジ魔法学校付属の図書館の中にいた。

 古今東西のあらゆる蔵書が納められており、魔法学校の生徒のみならず、一般の魔法使いにも開かれている図書館だ。冬休み期間中でも利用出来て、なおかつ調べものにはうってつけ、まさにわたし向けの施設といって過言ではないだろう。


 現在わたしが突き止めなければならない謎は二つある。

 一つめは、卒業パーティーの日に『何が起きるか』ということ。これはアドリアーノ先生にしか分からないので、現時点ではパス。

 二つめは、『〈タイム・リープ〉発動の条件』だ。

 卒業パーティーの日、わたしは何らかの条件を満たして〈タイム・リープ〉を果たした。つまり、このままわたしが卒業パーティーを迎えた場合、同じ条件を満たせば、また〈タイム・リープ〉してしまうことになる。それを避けるために、〈タイム・リープ〉発動の条件を調べる必要があるのだ。

 条件さえ分かっていれば、〈タイム・リープ〉を回避出来るからね。延々ループするような事態は避けたい。


「高等魔法なのは間違いないだろうけど、時間に関する魔法ってほとんどないんだよね」


 なにせ、現在の魔法体系は〈夜〉〈火〉〈水〉〈木〉〈金〉〈土〉〈光〉の七分類だ。それらの枠に当てはまらない魔法となると古代魔法と考えるのが自然だけど……。


「そんなのほとんど文献が残ってないよー」


 私はそびえ立つ本棚の前で呻き声を上げた。

 図書館に通い詰めて早一週間と少し。冬休みも半分をとうに過ぎたのに大した進展を得られなかったのだから、泣き言の一つでも言いたくなるというものだ。


「大体、これだっ! っていうのを目録から探そうとしても、肝心の本が見つからないし……」


 通っている内に気が付いたことなのだが、かなりの蔵書が図書館から紛失しているようなのだ。そのせいで、お目当ての本に辿り着けないままでいる。


「やはり、ありませんでしたか」


 わたしの言葉に眉を下げたのはここ数日お世話になっている司書さんだ。

 鳶色の髪を持った二十代後半の落ち着いた女性司書で、連日図書館に通ったおかげか、すっかり顔なじみになってしまった。ちなみに、目録の存在も司書さんから教えて貰ったものだ。


「本を紛失しているってことですよね? 図書館的にもそれって問題なんじゃ……」


 わたしの言葉に、司書さんはコクリと頷いた。


「はい。わたくし共も頭を悩ませてはいるのですが、なかなか返却率が上がらなくて……」

「もしかして、借りたまま本を返さない人が多いんですか!?」


 借りたら返すがモットーのわたしからすれば、とんでもない話だ。思わず声を上げると、司書さんは「図書館ではお静かに」としとやかに人差し指を立てた。


「返すように注意したりしないんですか?」


 わたしは声を潜めて、司書さんに再び疑問を投げかけた。


「勿論声掛けはしています。ですが、返却率は思わしくないですね」


 司書さんの話によると、貴重な蔵書の類は既に貸し出し禁止の処置を取っているらしい。とはいえ、このままでは一般書籍の貸し出し禁止も検討しなければならない状況だそうだ。そうなると、本を持ち帰って読むことが出来なくなってしまう。


「それってルールをちゃんと守ってる人が割を食うってことじゃないですか」

「ディアナの言う通りです。わたくし共としても、多くの方に出来る限り本を楽しんで貰いたい。ですから、貸し出し自体は続けたいとは思っているのですが……」


 抜本的な解決方法が見つからない、という訳だ。そもそも、本自体が高価なものなので、紛失が続くと図書館運営にも響いてくる。

 わたしはうーん、と腕を組んだ。


「全自動本返却魔法でもあればいいのに」

「それは世の全司書が望むところですわ」

「ですよねえぇ」


 そんな便利なものがあれば、とっくに採用されている筈だ。ないものはないと割り切って、現時点でやれる方法を考えた方がいい。


「ううーん。たとえば……夜魔法の〈転移〉を使ってみるなんてどうです?」


 ぱっと閃いたのはクラリッサとの一連の指輪騒動だ。〈転移〉を使って、アドリアーノ先生の指輪を取り戻したことはまだ記憶に新しい。


「あ、でも。〈転移〉だと対象物に一度は触れてないといけないんだっけ。イメージするのに本の形状も覚えていないといけないし、相当記憶力が良くないと難しいかな……」


 思い付きは悪くないと思ったんだけど、条件が結構厳しそうだ。そもそも、夜魔法の適性がないと使えないし。

 わたしが手伝ってもいいと思ったんだけど、対象の本を見たことも触ったこともないっていうのはどうにもならないよね。


「夜魔法に適性があり、かつ、本に一度触っていて、イメージ出来る記憶力が必要ってことですか?」

「そうです。なかなかそう都合よく条件整えられる人なんていませんよ――…」

「いますわ」

「へっ?」


 やけにきっぱりと言い切った司書さんを前に、わたしは思わず間の抜けた声を上げてしまった。


「いますって……今の条件を?」


 思わずまじまじと司書さんを覗き込むと、彼女はこくんと頷いて答えた。


「はい。わたくし、〈夜〉適正ございます。貸し出す際に触れていますし、なんだったらこの図書館中の本の名前を言えますわ」


 なんてことだ。こんな灰汁の少なそうな風貌にとんでもない才覚を隠し持っていたよ、司書さん。

 流石はティリッジ魔法学校だ。各分野の専門に精通した先生方は色んな意味で粒揃いとは思っていたけど、まさかこんな大人しそうな人もゴリッゴリの個性派だったとは。


「ってことは、本の〈転移〉出来ちゃいます?」

「出来ちゃいますね」

「やっちゃいます?」

「やっちゃいましょう!」


 善は急げだ。幸いなことに〈夜〉が早まるこの季節、まだ早い時間だというのに周囲は既に薄暗くなり始めている。夜魔法本領発揮の時間はすぐそこだ。


 わたしは司書さんに案内されて図書準備室の扉を潜った。どこかの誰かさんとは違って、魔法書が散乱していることもなく、きちんと整理整頓されている。

 ずきりとした胸の痛みに気が付かなかった振りをして、わたしは司書さんに促されるまま椅子に着いた。


「〈転移〉は近年発見されたばかりの魔法なので、わたくしにはほとんど馴染みがないのです。ですから、完全に盲点でしたわ」


 なるほど。最近の魔法すぎて、既に出来上がっていた司書業務の中にわざわざ組み込む必要がなかったということだ。


「実用に耐えうるなら、有用な手段です」


 口にして、司書さんは整理された机の中から木札を取り出した。よく見れば、そこにはびっしりと名前が書き込まれてある。その中の一つを司書さんは指さした。


「たとえばこの方は、かれこれ二週間返却しておりません。まずは一度、〈転移〉で本の返却が可能であるか試してみましょう」


 と聞かされても、対象の本を見たことも触ったこともないわたしは、ただ見守るだけだ。

 司書さんは美しいエメラルドがはめ込まれた杖を持ち上げると、トン、と優しく机を叩いた。


転移(移動する魔法)


 ふわっと魔力の流れを感じる。

 次にわたしが瞼を開いた時には、机の上に一冊の本が鎮座していた。


「成功ですわ……!!」


 司書さんは満面の喜色になってわたしを見ている。わたしも大きく頷いて、彼女の手を取った。


「やりましたね!」

「ええ……ええ! この調子で、もう何年も返却されていない本達を取り返してみせますわ!」


 そんなに返していない人がいるのか。司書さんって大変なお仕事なんだなあ……。

 思わず遠い目になってしまう。


「せっかくですから、ディアナが探していた本から返却して頂きましょう」

「いいんですか?」

「素晴らしいアイデアの御礼です。ただし図書館から持ち出す際は、きちんと貸し出し処理をして、返却日を守ってくださいね」

「それは勿論!」


 力いっぱい頷くと、司書さんは顔を綻ばせてくれた。今夜は腕が鳴りますわね、とやる気も十分だ。


「今日はそろそろ閉館の時間ですから、明日以降にでも本を受け取りに来てくださいな」


 言われてはっと顔を上げた。遠くで十二ノ鐘の鳴る音がする。確かにもう閉館の時間だ。


「わっ、遅くまで失礼しました!」

「いえいえ。ディアナのお陰で有意義な時間が過ごせましたわ」


 そう言って貰えるのなら、こちらとしてもありがたい限りだ。わたしは司書さんに礼を取って踵を返した。


「また明日来ます」

「ええ。探していた本を用意して待っていますね」


 目録の中には古い魔法学の専門書がいくつか含まれていた筈なので、もしかすると〈タイム・リープ〉について何か分かるかもしれない。

 ようやく見えてきた光明にわたしはぐっと握り拳を作った。自然と寮に向かう足取りも軽くなる。

 共同風呂(サウナ)に入って、いつもの二段ベッドに潜り込む。連日頭を使っているので、スコンと眠りに落ちることが出来た。目が覚めれば、あっという間に次の日だ。


(本の返却は進んだかな)


 身支度を整えたら、食堂で朝食を掻き込んで、その足で図書館に向かう。今はとにかく情報が欲しい。長年紛失扱いになっていた本の中に何か手掛かりが見つかるといいのだけど。

 そんなことを考えながら、校門へと向かっていたところだった。


「ディアナ! ディアナ・エジャートンを出せぇ!」


 どこかで聞いたことのある声が聞こえて、わたしは思わず足を止めた。


(げ)


 遠く離れたこの場所からでも、門番に掴みかかっている男の姿がよく見える。艶のない銀髪を振り乱している。服は辛うじて見れるようなものだが、どことなく薄汚れているのは気のせいではないだろう。

 わたしは速やかに回れ右をして、寮に戻ろうとした……が、残念ながら男がわたしを見つける方が早かった。


「ああ、ディアナ! 出てきてくれたんだね!」


 門番は大層迷惑そうな顔をしてわたしを見ている。

 そうだよね。こんな朝っぱらから迷惑な人を相手にして大変だったよねえ。

 わたしは大きなため息を吐いて、校門に振り返った。


「分かったから。だから、大声出すのはやめてください……お父様」


 如何にも貧相な装いをしたその男の名はサイモン・エジャートン。エジャートン家当主の四番目の弟であり、そしてわたしの実父でもあった。

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