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作戦会議

 ステラが寮の部屋まで帰ってきたのは、それから暫くしてのことだった。

 ルークとの長年の仲違いは無事解決したらしい。頬を赤く染めながら「ルークと付き合うことになった……」と報告するステラはやっぱり抱きしめたくなるほど可愛かった。


(良かったね、ステラ)


 収まるべきところに収まったとでも言えばいいのだろうか。きっとうまくいくと分かっていたとはいえ、友達の晴れやかな顔は素直に嬉しいものだ。ニコニコと見守っていると、不意にステラがこちらを向いたのが分かった。


「ス、ステラ?」


 そのまま、ズンズンと一直線にやって来る。


「ディアナには色々言いたいことがあるのだけど」

「……何かあったけ?」

「ルークからアタシの相談を受けていたことや、水晶玉の件とか」


 あ、あー。そっか。ステラからすれば、二人が両思いであることを知ってた上でわたしが空回ったのも、水晶玉の件も初めて知ったんだよね。そりゃ、言いたいこともある筈だ。

 わたしが一人で納得していると、ステラは不満そうにじとりと眼差しを向けた。


「まあ、そこは追々でいいよ。最初に聞くことは土ノ日(どようび)のことからさ」

「へっ?」


 今度こそ意外な言葉が飛び出てきて、わたしは目を丸くしてしまった。


土ノ日(どようび)のことって……」

「クラリッサに正面から啖呵を切ったんだ。情報の擦り合わせはしておかなきゃいけないだろ?」


 ルークのことはそりゃ確かに嬉しかった……けど、アタシにとってはディアナだって大事な友達なんだからさ。

 口にして、ステラは照れ臭そうに笑う。


「ディアナがアタシにしてくれたように、アタシもディアナの力になりたいんだ」


 わたしは思わずじーんとしてステラを見返してしまった。自分のことで手いっぱいの中、わたしのことにまで気にかけてくれるなんて、ステラはなんて素敵な女の子なのだろう。


「って訳だから、土ノ日(どようび)のこと洗いざらい話しな! 本当にアドリアーノ先生と出かけてたのかい?」

「もしかして、それが聞きたいだけじゃ……?」

「……ばれたかい?」

「ばれるよ! ステラの友情に感激したわたしの気持ちを返してっ!」


 間髪入れずに抗議の声を上げると、ステラは「あはは」と朗らかに笑った。


「アタシばっかり筒抜けなんて不公平ってことだよ」


 そうは言っても、ステラと違ってこっちはあくまで生徒と講師の関係性、おまけに一方的な告白を押し付けて逃げ帰ってきたという状況だ。しかもその告白も、断わられる前提のものだし。


「えーっと」


 手をワキワキとしてステラがにじり寄ってくる。


「え……ちょっと、ステラ、それは……」

「ほら、さっさと洗いざらい白状しな」

「うきゃーっ!?」


 ひどい! わたしがくすぐりに弱いの知ってて、この仕打ち!

 どういう訳なのか、わたしはくすぐりにやたらめったら弱かった。すっと人差し指で背中を撫でられるだけで、ぞわわっとしてしまうほど敏感お肌なのだ。ファイブフィンガーで器用にくすぐられるとどうなる。

 こうなる。


「あはははっ、ステラ、ちょ、だめ……ははっ、もう無理~~~~っ」

「どうだっ、言うか!?」

「言う! 言うから! ひーん、もうやめてぇ……!」


 笑いすぎて涙まで出てきた。駄目だ。苦しい。お助けぇ!


「……良かった。いつものディアナが戻ってきた」


 口にして、ステラはようやくわたしに伸ばしていた手を引っ込めた。なんのことか分からず、わたしは思わずきょとんとしてしまう。


「いつものわたし?」

「気付いてないのかい? ずっと眉間に皺。ディアナってば難しい顔してたんだよ」

「……そう、なんだ」


 言われてみて初めて気がついた。わたしってば、そんなに分かりやすい顔をしていたのだろうか。両手で顔を押さえてみる。


(分かりやすいんだろうなあ)


 なにせ、クラリッサからも指摘されるくらいだ。よほど顔に出ていたのだろう。

 わたしは小さくため息を吐いて、ステラを見た。どうやらステラには、わたしのことなんてお見通しだったみたいだ。


「……少し恥ずかしいんだけど、聞いてもらえるかな」

「勿論」


 ステラの返事は頼もしかった。

 だから、わたしはアドリアーノ先生と共に過ごした土ノ日(どようび)の話を、ぽつりぽつりと語り始める。


 ステラは茶化すこともなく、ただ静かに相槌を打ちながら、わたしの話を聞いてくれた。

 アドリアーノ先生が学外に連れ出してくれたこと。新しい洋服を買ってくれたこと。ウィリアムズ商会に行ったこと。

 コリンズ商会の話になると、ステラは驚きながらも嬉しそうに耳を傾けてくれた。

 それから、わたしのお気に入りの場所にアドリアーノ先生を連れて行ったことも話をした。


 そこまで話してから、わたしは困ってしまった。

 〈タイム・リープ〉のことを話さないと、一連の出来事の説明が出来なかったからだ。

 先生が死んじゃうってことが前提にないと、わたしの「断られるために告白した」って行動が意味不明だし……。


 そういうことで、〈タイム・リープ〉してから初めて、わたしは色んなことをステラに打ち明けた。

 前の世界ではステラとルークは上手くいかないまま、卒業パーティーまで迎えてしまったこと。アドリアーノ先生がわたしを救う為に命を失ってしまったことも、まるっと全部だ。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待った!」


 ある程度話が進んできた段になって、ステラが待ったをかけた。


「情報量が多い!」

「え?」

「ってことは、ディアナは二回目の、最終学年(ろくねんせい)ってことになるのかい?」

「そうなる……?」


 わたしだって未だ理屈がよく分かってないので、首を傾げることしか出来ないというのが正直なところだ。

 多分? アドリアーノ先生の魔法で〈タイム・リープ〉して? でも、肝心の先生は死んじゃって?

 ……考えれば、考えるほど訳が分からない。


「というか、ステラ。わたしの話を信じてくれるの?」


 荒唐無稽な話だ。口にしたわたしでも、もし聞かされる立場だったら相手の正気を疑っている。


「逆に聞くけど、馬鹿正直なディアナがこんな手の込んだ嘘をつく理由は何だい?」


 口にしてステラはにやっと笑う。


「要するに、ディアナを信頼してるってこと」


 ステラはずるい。そんな風に言われたら、嬉しくなっちゃうよ。


「とにかく、難しいことは一旦置いておくよ」


 ステラはそう割り切ることにしたようだ。


「ディアナは土ノ日(どようび)に先生とデートしてた。いい?」

「デートというか、買い物と言うか」

「で・え・と」

「はい!」


 ステラに力説されて、私は居住まいを正す。


「それで、アドリアーノ先生が死んでしまったら困るから、玉砕前提で告白して帰ってきた。合ってる?」

「合ってる」


 事実だけ述べるとその通りだ。わたしはしっかりと頷いた。


「はああ……」


 とんでもなく深いため息をつかれてしまったよ。


「ディアナ、アンタ本当に意味分かってる?」


 まるで正気を疑っているような口ぶりに、わたしは唇を尖らせた。


「分かってるから、アドリアーノ先生と距離をとったんだよ」


 アドリアーノ先生はものすごーく世話焼きだ。それこそ、以前の世界でほとんど接点のなかったわたしの命を救ってしまうほどに。

 そんな彼だからこそ、みすみす命を散らすような真似をして欲しくないと思う。わたしに起因するものなら、なおさらだ。


「あー……うん、大体分かった」


 ステラはどういうわけか遠い目をしてる。


「アタシの時もこんな感じだったのかねえ」

「なんの話?」

「こっちの話」


 一人で頷いているステラに疎外感を感じてしまう。うう、教えてくれたっていいじゃない。


「こういうことは自分で気が付かないと意味がないからさ」


 わたしの恨めしげな視線に答えて、ステラは困ったように頬を掻いた。


「確認だけど、ディアナはアドリアーノ先生とは生徒と講師の関係でいたいんだよね」


 ステラの問いかけにわたしはコクリと頷いた。


「今まで通り、というか今まで以上に距離をとって欲しいよ。わたしに不用意に近づかないで欲しい」


 それでアドリアーノ先生が死んでしまったら、わたしはきっと物凄く後悔する。あんな悲しい想いはもう二度と味わいたくない。


「本当に?」


 ステラは言う。


「そうやって遠ざかっている間にアドリアーノ先生に恋人が出来たとしても、ディアナは本当に後悔しない?」


 思いがけず、息が止まった。

 血の巡りが悪いのか、指先が冷たくなっていくのが分かる。わたしは酸欠でくらくらする頭で、慌てて息を吸った。


「後悔なんてしないよ。だって、アドリアーノ先生が生きてくれるなら、それで十分だもの」


 だって死んでしまったら元も子もないじゃない。それなら、どんな形でもいいから、生きていて欲しいと思う。


「アタシは後悔したよ。ルークに恋人が出来ちゃったらどうしようって思った。……きっと、前のアタシはすごく苦しんだと思うんだ」


 〈タイム・リープ〉前のステラは男性が苦手だと公言していた。異性を遠ざけたいと強く思うほどに、断ち切られたルークへの想いに苦しんだのだ。


「大丈夫だよ。だって、わたし、別にアドリアーノ先生のこと好きって訳じゃないもの」


 ステラの瞳にはわたしを案じる色がある。だからわたしはことさらに明るく口にした。


「ただ、生きてくれたらそれだけで十分なんだよ」

「ディアナ……」


 望むことはたった一つだけ。それさえ叶ってくれるなら、わたしはそれでいい。

 そこまで口にして、わたしはしんみりした空気を振り払うように話題を変えた。


「考えなきゃいけないことはいっぱいあるよ。わたしがどうして〈タイム・リープ〉してしまったのか。魔力が一時的に失くなってしまったことも分かってないし、何より、アドリアーノ先生を死に追いやった直接の原因を突き止めなきゃ」


 問題を列挙してみると、どれも未解決のままだということがよく分かる。もうすぐ冬休みが始まってしまうというのに、手掛かり一つないと言うのは危機的状況だ。


「タイムリミットは来年の卒業パーティーまで。それまでに、少なくとも〈タイム・リープ〉と先生の死の原因は突き止めておかないと」


 どちらも取り返しのつかない要素である以上、発生前に食い止めたい。その為にも、原因特定は必須事項だ。


「質問いい?」


 唸るわたしを前にステラが手を挙げる。


「それこそアドリアーノ先生に助けを求めるべきじゃない? 曲がりなりにも、先生は天才魔法使いなんだろ。一介の生徒であるアタシ達よりずっと知識も経験も豊富な大人なんだから、何か解決の糸口を持っているかもしれない」


 ステラの言い分はもっともだ。実際、わたしも何度か考えたことがある。


「確かに、〈タイム・リープ〉は高等魔法の扱いになるだろうから、アドリアーノ先生に起因するものだと思う」


 実際それを逆手にとって、わたしが〈魔力なし〉になった時に脅は……協力して貰った訳だし。


「それから、死の原因なんだけど……アドリアーノ先生は心当たりがあったように思うんだ」


 卒業パーティーのあの日、アドリアーノ先生の動きには迷いが感じられなかった。つまり、先生はあの日に何かが起こることを知っていたのだ。


「先生のことだから、〈タイム・リープ〉が起こる前に、死の原因に対抗する手段を確立していてもおかしくないんだけど……結果的に自分の命を差し出した」

「熟考した上での行動ってことかい?」

「うん。その上で、先生はわたしに一切予告をしなかった。だから、先生に助けを求めたら、また同じことが起こるだけだと思うんだ」

「何も言わずに、独りで先生は死んでしまうってことかい……」


 ステラは唇を噛み締めている。わたしが先生に言えなかった理由は理解して貰えたようだ。


「アドリアーノ先生はわたしに悟られないように動いていたんだと思う」


 なんとなく、分かる気がした。

 自分の用事だと言いながら、わたしのためにウィリアムズ商会とコリンズ商会を巡ってくれる。アドリアーノ先生はそういう人だ。


「……薄々感じてたんだけどさ。アドリアーノ先生ってば、かなりディアナのことを贔屓してない?」


 唇に手を当てて考え込んでいたステラが、ぽつんと零すように呟いた。


「……へっ?」


 思わず間の抜けた声が出てしまう。


「そうかな?」

「いや、普通に考えて贔屓でしょ。女子生徒からのアプローチなんて塩対応で有名な先生でしょ。それがディアナにだけ、指輪貸してくれて? 困ってたらデートに連れて行ってくれて? 挙句の果てに服までトータルコーデイネートしてくれるだなんて、正直同一人物だと思えないんだけど」

「言われてみると……確かに……?」

「言われなくても普通に気付きな、鈍感娘」


 一刀両断だ。さっくり斬ってくるステラにわたしは唇を尖らせた。


「鈍感娘って言いすぎじゃなーい?」

「全然言いすぎじゃない。もっと気付いたらいいと思う」

「ええ……?」


 けんもほろろだった。うう、ステラってば遠慮がなくなってきてない?


「話を戻すけど、いずれにせよ、アドリアーノ先生は卒業パーティーの日にディアナに何かが起こるってことを知ってるわけだ」


 ステラの言葉にわたしは頷いた。

 記憶の中のアドリアーノ先生は、「君を救えて良かった」と言って死んだ。つまり、対策を打たなければ、わたしの身に何かが振りかかるということだ。


「命の対価になりそうなものって普通に考えると……」


 そこまで言って、わたしは口を閉ざした。ステラも同じ結論に達したらしい。わたし達は二人揃って顔を見合わせる。


「わたしの命が卒業パーティーの日に狙われる……?」


 部屋の中がしんと静まり返る。

 アドリアーノ先生が死ななければ、わたしが死ぬことになるのかもしれない。そんな気まずい沈黙を振り払うように声を上げたのはステラだった。


「いずれにせよ、現時点のアタシ達じゃ分からないってことさ!」

「そ、そうだね! まだよく分からないんだし!」

「そうさ。知ってるのはアドリアーノ先生だけだろうし……」


 再び部屋の中に沈黙が落ちる。

 そのアドリアーノ先生とは先日接点を断ったばかりだ。いきなり詰んだ。


「まず、そこをどうにかしよう。じゃないと対策の立てようがない」


 ステラの言葉にわたしは心底弱り果てて声を上げた。


「そんなのどうやって?」

「アタシ……だと、普通に警戒されそうだから、まずルークを仲間に引き込もう。その上で、ルークからアドリアーノ先生に探りに行く」


 なるほど。男子学生であるルーク経由ならクラリッサ率いる先生ファンの集いも躱せるし、何よりルークは頭がいい。彼ならうまいこと強敵アドリアーノ先生から情報を引き出すことが出来るかもしれない。


「ステラ、すごいっ!」


 わたし一人では到底思い付きもしなかった。思わず拍手を送ると、ステラは呆れたようにため息を吐いた。


「まだ始まってないんだから、気が早いよ。ちゃんと成果を上げてから喜びな」

「はあい」


 それでも、わたし一人で考えていた時の手詰まり感は払拭されているように思う。死んでしまったアドリアーノ先生本人に「未来で死ぬことになる」なんてとてもじゃないけど言えなかったし……。第三者の目線ってすごく大事だ。


「ひとまず今日はもう遅いから、明日から作戦行動開始かな」


 アドリアーノ先生から死の原因を聞き出す重要作戦だ。実行役になるルークへ話もしなきゃいけないし、そう言えば、既に広がっているわたしとルークの噂も訂正しなくちゃならない。


(なにせ、ステラ・コリンズとルーク・ウィリアムズはめでたくお付き合いを始めたんだからね)


 ところが、わたしの目論見の内一つは早々に失敗することになる。

 次の応用魔法学の授業は延期となり、冬休みが明けるまでアドリアーノ先生は学内に不在というお知らせが駆け巡ったからだ。

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