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わたしの友達

 アバズレとは。人ずれしていて図々しい女。また、そういう態度。

 言葉の意味としては案外外していないな、と思った。わたしはそんなに謙虚な方じゃないしね。

 とは言え、男漁りに腐心しているというのは頂けない。


「ルークの件は相談事を聞いていただけですよ。アドリアーノ先生に関しても、授業内容について尋ねていただけです。わたしが勉強狂いなのはご存知のところでしょう?」


 真正面から反論が返ってくるとは思ってなかったのだろう。クラリッサが気色ばむのが分かる。


「相談事のためにわざわざ人気のないところで、それも婚約者でもない男女が二人きりに? そのような振る舞いをすれば、醜聞と断じられても致し方ないですわ」


 だって、貴女のよく回る知恵でどうとでも言えてしまいますもの。そうでしょう?

 言外の意図を翻訳すると「指輪の時はよくもやってくれましたわね」というところだろうか。

 内面をおくびにも出さず、クラリッサはニッコリと笑う。


「それに、わたくしには女の身でありながら勉学に励む理由がよく分かりませんわ。学のありすぎる女は殿方に嫌われるものですから」


 重ねて言うが、ティリッジ魔法学校が特殊な環境なのだ。ここでは魔力を持った人間は、等しく魔法使いとして扱われる。本来、学を必要としない女性にも勉学の機会が与えられるのはその為だ。

 だから、真に勉学の道に進みたい女性はなんとかしてティリッジ魔法学校に入学しようと試みる。ある意味では、とても残酷な入学資格なのだ。本人の努力云々ではなく、〈魔力持ち〉か否かという、生まれ持った資質が全てを左右するのだから。

 そういった事情で、この学校には勉学への意識の高い生徒と、従来通りの固定観念を持った生徒が二極化している。生粋の貴族であるクラリッサは当然後者となる。


「たとえばぁ」


 ぱっと扇を開いて口許を隠しながら、クラリッサは意地悪く目を細めた。


「卑しくもアドリアーノ様に会う為の口実とか」

「違います」


 間髪入れずに否定する。しかし、それが良くなかった。


「あら? お顔が険しくなってよ。……本当に感情がよく出て、読みやすい方」


 反応してはならないと頭では分かっているのに、アドリアーノ先生の名前を出されるとどうしても身体が強ばってしまうのだ。

 そういう意味で、クラリッサの指摘は的確だった。有力貴族として淑女教育を受けているクラリッサにとって、化かし合いこそ本領発揮だ。何でもかんでも顔に出て、おまけに口も滑るわたしからすれば相手が悪すぎる。


 わたしは咄嗟に周囲に視線を向けた。授業が終わった直後で、ほとんどの生徒がまだ教室の中に残っているが、どれもこれも野次馬根性丸出しだ。味方らしい味方もおらず、出口になる扉をクラリッサに陣取られたせいで、逃げ道がない。


「嘘をつくのは良くないですわよ、ディアナ・エジャートン」


 顔は笑んだ形を保ちながらも、クラリッサの瞳はまるで笑っていなかった。少なくとも、先日の指輪事件はクラリッサにとって業腹であったことは間違いない。でなければ、ここまで執拗になる理由がない。


「ねえ、貴女。先週の土ノ日(どようび)、学内にいらっしゃらなかったようですけど、一体どこに出かけていたんでしょうね」


 ぎくり、とした。

 クラリッサがわたしの行動をどこまで把握しているかは分からない。だけど、土ノ日(どようび)に関する疑惑が深まれば、客員講師として学内に籍を置いているアドリアーノ先生に迷惑をかけることになってしまう。


「そ、れは……」

「不思議なことに、アドリアーノ様も学内にいらっしゃらなかったようですの」


 逃がさない、とでも言いたげにクラリッサはわたしへの距離を詰める。さながらネコ科の肉食獣のようなぎらぎらとした瞳が、わたしを捕食しようとしていた。


「貴女のような小娘をお相手されるとは到底思いませんけど、まさかご一緒していただなんて仰らないでしょうね?」


 どうにかしてはぐらかさないと。

 頭では分かっているのに、言葉が出てこない。このまま黙っていてもクラリッサの思う壺でしかないのに……!


「先週の土ノ日(どようび)なら、ディアナはアタシと一緒にいたよ」


 不意に声が聞こえて、わたしは首を向けた。

 教室の扉。まさにその真ん前に立っているのは、赤毛を高いところで結わえた女子生徒、ステラ・コリンズその人だ。


「ていうかディアナ。ゲイリー先生が呼んでる。至急だって」


 つかつかと目の前までやってきたステラが、わたしの手を掴む。


「わたくしは今、ディアナと話しているんです。邪魔しないでくださる?」


 呆気にとられるわたしよりも、クラリッサの方が我に返るのが早かった。扉に向かうわたし達を妨害するように立ち塞がる。


「クラリッサ・トンプソンに引き留められたこと、ゲイリー先生にお伝えしておきましょうか?」


 優しい風貌と裏腹に、生徒に対して容赦がないのがゲイリー先生だ。それは貴族相手でも変わらない。そもそも、ゲイリー先生自体が高位貴族なのだから、トンプソン家と言えども簡単に手出し出来る相手ではないのだ。

 クラリッサが鼻白んだその隙をステラは見逃さない。


「そういう訳ですので、アタシ達はこれで」


 わたしの手を握ったまま、ステラは歩き出す。学内を黙々と進み、連絡通路を通り抜ける。見慣れた寮の風景が見えてきた頃合いになって、わたしは声を上げた。


「ゲイリー先生のいる温室の方向と違うよ、ステラ」

「……っ、どうしてアンタはいつもそんなに馬鹿正直なんだいっ!!」


 ばっとステラがわたしを振り返る。

 その若草色の瞳が感情で揺れているのを見て、わたしは思わず本心が零れてしまった。


「やっとわたしのことを見てくれた」


 ステラが小さく息を呑む。


「……ここは人目がある。部屋に戻るよ、ディアナ」

「うん」


 わたし達の部屋に戻るまでそう時間はかからなかった。これまで顔もろくに合わせず、言葉も交わさなかったことが嘘のようにステラが口火を切る。


「大体、ディアナは迂闊が過ぎる!」


 わたしは思わず居住まいを正した。


「この間の件だってそうさ。明らかにクラリッサはアンタの指輪を狙ってただろう!? あの場面で指輪を見せるだなんて馬鹿正直にもほどがある! なにかやってくれって言ってるようなものじゃないか!」


 今日だってそう。ステラの言葉は留まることを知らない。


「クラリッサはアンタを目の敵にしちまった。なるだけ一緒になるタイミングを作らないように立ち回らなきゃいけないのに、ぼんやりしちゃってさ。あのままアタシの助け舟がなかったら、どうするつもりだったんだい!」


 ごもっともな話だ。そもそも、わたしはステラの件でもやらかしているので、全面降伏をするしかない。


「でも、ステラは助けてくれたよ」

「~~ッアンタって子はぁ!」


 はああ、と特大級のため息を吐いてステラはわたしを見た。

 わたしはしょんもりとして、ステラの袖を引く。


「……あのね、ステラ」


 ステラの若草色の瞳がわたしを映し出す。ほんのちょっとぶりなのに、なんだかすごく久しぶりな気がするから不思議だ。


「助けてくれてありがとう。……それから、この間はデリカシーのないことしちゃって本当にごめんなさい」


 ステラは自分の気持ちを誰にも見せないように隠していたのに、わたしはそれを無神経に暴いて、しかも衆目に晒してしまったのだ。ステラは怒って当然だったと思う。


「……いや、あれはアタシも悪かったよ」


 居心地悪そうに頬を掻いて、ステラは視線を落とした。


「ディアナが言ったことは間違っちゃいなかった。……ずっと考えていたんだ。アタシは自分の気持ちに蓋をして、見ないふりをしていただけなんじゃないかって」


 アタシの話を聞いてくれるかい?

 ステラにそう言われて、断る理由なんてない。わたしは頷いて、ベッドに腰かけた。


「アタシとルークは幼馴染だったんだ」


 これまで頑なに語ろうとしなったルークとの関係性をステラが明かしたのは初めてのことだ。すでに知っていた情報とはいえ、わたしは大真面目に頷いた。


「……意外と反応薄いね?」


 ステラにはわたしの反応なんてお見通しだったみたいだ。言うべきかどうか少しだけ迷って、結局、わたしは口にすることにした。どうせ知られることになるだろうし。


「簡単にだけど、事情はルークから聞いたんだ」

「そっか」


 ステラは憑き物でも落ちたかのようなさっぱりとした表情をしている。わたしは彼女に先を促した。


「アタシの家は兄弟が多くて兄が三人、年の離れた弟が一人いるんだ。兄さん達は皆アタシを可愛がってくれたけど、アタシにとって兄さん達は頼れる男の人でさ」


 だから、ルークと初めて会った時は弟が出来たみたいで本当に嬉しかった。その時はまだ、アタシ末っ子だったからさ。

 ステラはどこか遠いところを見るような眼差しだった。

 幼馴染というものがわたしにはよく分からない。だけど、ステラの表情を見れば、それが彼女にとってかけがえのないものであることは理解出来た。


「ずっと変わらないままだって思ってた。あの日、アタシがパパの新商品の話をルークに聞かせるなんて馬鹿な真似をするまでは」

「……それは」


 ルークのせいなんかじゃない。ウィリアムズ家の従者が新商品の価値に目が眩んで行ったことだ。

 咄嗟に立ち上がろうとしたわたしを、ステラは緩く首を振って制してみせる。


「分かってるんだ。新商品の情報が漏れたのは、ルークのせいじゃないってことくらい」


 わたしは思わず二度見してしまった。ステラは若草色の目を伏せて、唇を噛み締めている。

 一連のすれ違いは、盗作騒ぎの犯人をステラが勘違いしていることによって起きたものなのだと思っていた。だけど、当のステラ自身がルークのせいじゃないと断じている。


「じゃあ、ステラはどうして……」


 混乱するわたしを前に、ステラは自傷的な笑みを浮かべて息を吐いた。


「アタシがアタシを許せなかった」


 ステラは言葉を続ける。


「アタシの迂闊な言葉で、パパやルークを苦しめた。最悪だったのは、アタシがそれを本当に理解したのは大分時間が経ってからだ」


 すぐにはルークのせいじゃないと気が付けなかった。ステラは言う。

 正直、それは仕方がないことだと思った。ルークの言葉通りなら、あの一件をきっかけにルークとステラは会うこと自体を禁じられてしまったからだ。幼い二人は事実の訂正をされる機会がないまま、時だけが流れてしまった。


「アタシは兄さん達みたいに優秀じゃなくてさ。死ぬほど後悔したっていうのに、同じ失敗をしちまう」

「失敗?」


 話の流れが少し変わったことを理解して、わたしは目を瞬かせた。ステラは眉を下げたまま、わたしを見ている。


「喋っちゃいけないことを、自分の気持ちに負けて喋っちゃう。あんなに直したいって思ってるのに、そう簡単に直っちゃくれないんだ。ほんと、困っちゃう」


 そういうことなら、わたしだって身に覚えがある。

 迂闊なのをやめなさい。感情を顔に出し過ぎないように。散々言われているし、これでも一応改善しようとは思っているのだけど、一朝一夕では直らない。


「後から考えたら、ディアナのことだって喋っちゃいけない場面で喋ったことがあったと思う。……人のこと言えないよね。本当にごめんなさい」


 廊下でわたしの〈魔力なし〉の話をしたことや、共同風呂(サウナ)でした指輪の話のことだとステラは言う。

 言われてみれば、確かにあそこには衆目があった。クラリッサのような分かり易い相手ではなく、例えば薬学の授業で突っかかってきたクラリッサの取り巻きみたいな。何食わぬ顔をして彼女がわたし達のやり取りに聞き耳を立てていたとするならば、色々なことに辻褄が合う。


「それならわたし達、お互い様ってことにしない?」


 ステラの気持ちを暴いてしまった日から、わたしはずっと後悔していた。


「わたし、一人になって気付いたもの。たくさん、たくさんステラには助けられていたって」

「ディアナ……」


 若草色の瞳が微かに潤む。

 わたしたちの間には沈黙があった。だけど、それは昨日までの居心地の悪さを感じるものではなくて、わたし達にとって必要な沈黙だと思えた。


「アタシの馬鹿な振る舞いで皆を苦しめたケジメをつけなきゃいけないと思った。だからアタシはウィリアムズ商会に関わることをやめたんだ。これ以上、ルークに迷惑かけちゃ駄目だと思って」


 ステラは、ぽつり、ぽつりと想いを吐露するように語り出す。


「…………思ってたのに、ルークのことを目で追うのはやめられなかったんだ」


 握り締められた手のひらは、力を込めすぎて白くなっていた。苦いものを噛み締めるようなステラの表情が、彼女の苦しみを物語っている。


「最初はただ、遠く離れた弟がちゃんとやっていけるかどうか、そういう気持ちだった。ルークは物凄く引っ込み思案で、大人しかったからさ。もし何かあったら、遠くからでもアタシが助けてあげなくちゃって。せめて、そのくらいの罪滅ぼしはしなきゃいけないって」


 既に本人から聞かされていたとは言え、やっぱり意外だ。今でこそ人好きのする笑顔を振りまくルークも、幼い頃は引っ込み思案だったと言う。


「だけど、そんなのはアタシの杞憂だった」


 口にして、ステラは困ったように眉を下げる。


「ルークはどんどん自分の殻を破っていったんだ。素直で優しい性根のまま、人と付き合うことを恐れなかったルークは、アタシが目を見張るほど成長してみせた。……目が離せなくなっていたのはアタシの方だったんだ」

「じゃあステラは……」


 わたしはステラを見た。彼女の頬は、照れ臭さの為か仄かに赤い。


「うん。……いつの間にかルークのことを好きになっていたみたい」


 わたしを見る若草色の瞳には、何かに吹っ切れたような色があった。頑なにルークへの感情を認めようとしなかった数日前とは驚くような変化だ。

 ルークへの好意を認めた上で、ステラはわたしを覗き込む。


「でも、それをハッキリと自覚したのは、ディアナのおかげ……かな」

「わたし?」

「ディアナは気付いてなかっただろうけど、少し前からアンタとルークが付き合ってるんじゃないかって噂が流れてたんだよ。そうじゃないとは思ってたけど、どうしても頭から離れなくて……。ただでさえ、ルークは身長が伸びてかっこよくなって、女の子に人気が出始めたから」


 だからステラはわたしとルークが親しそうにした時、微妙な表情になったのか。今更ながらに合点がいって、わたしは唸ってしまった。人から自分がどう見られるのか、そのことをもっと意識するべきだった。


「そこまでぐるぐる考えて、ようやくこの気持ちが恋なんだって自覚したんだ」

「……ルークには伝えないの?」


 わたしの問いかけに、ステラは

「あはは」

と乾いた笑いを零した。


「今さらそんなこと出来ると思う? もう六年近くもろくに口だってきいてないのに」


 改めて、ステラとルークの間に横たわった年月に言葉を失う。


「他の女の子がルークに近付くと嫉妬するくせに、自分のことになるとこんなにも臆病だ。……アタシ、本当に最悪だよ」


 わたしはずっとステラは人付き合いの上手な女の子だと思っていた。

 実際、上手な方なのだと思う。付き合い自体を避けてきたわたしと違って、人と関わりながら生きてきたステラは、空気を読むのも、あえて蹴破るのも上手い。

 だけど、傷つく臆病な気持ちがないわけではないのだ。誰だって失敗することは怖い。出来る事なら失敗なんて一つもない、綺麗な自分でいたいと思う。


「ステラ」


 わたしはステラの若草色の瞳を覗き込んだ。


「今からでも遅くないよ。ちゃんとルークに伝えに行こう!」

「ディアナ……?」

「ステラにはステラの考えがあるように、ルークにはルークの考えがあるんだよ。それを聞きもしないで、勝手に判断して、諦めちゃ駄目だよ!」


 ていうかわたしはルークの気持ちを知ってる立場なんだもの。二人はちゃんと両想いなんだから、ここはわたしがステラの背中を押す番ってもんでしょうよ!

 余計なお世話とは言わない。何も行動しなかった結果、〈タイム・リープ〉前のルークとステラはすれ違ったまま卒業パーティーを迎えてしまった。あの時と違う未来を掴みたいのなら、わたしが自分で行動を起こすべきなのだ。


「ね、行こう? ステラ」


 若草色の瞳は戸惑いに揺れている。そんなステラを励ますようにわたしはその手を取った。


「その通りー」


 どこか間の抜けた声がわたし達の部屋に響き渡ったのは、まさにその瞬間の出来事だ。


「え?」


 わたしは呆気に取られてしまった。だってその声は、本来この場所で聞こえる筈のないものだったからだ。


「窓から失礼。お邪魔しまーす」


 キィと蝶番の軋む音がして、窓が開く。夜風と共に滑り込んできた長い足の持ち主は、ふわふわ茶髪がトレードマークのその人だ。


「なっ、なっ、なっ……ルーク!?」

「そうでーす。ルーク・ウィリアムズだよー」

「ていうか、ここ! 女子寮!」

「うん。やばいよねー。だから黙ってて」


 女子寮に男子生徒が入り込んでいるのがばれてしまったら大目玉どころの騒ぎではない。

 慌てるわたしとは対照的にルークはあくまで冷静だった。てきぱきと窓を閉めて、カーテンまで下ろす。しっかりドアの鍵までかけにいっている辺り、抜かりがない。

 一連の作業を終えて、ルークが真っ先に向かったのは赤毛のポニーテールを持つ彼女の元だった。


「……ステラ」


 びくり、とステラの肩が震えるのが分かる。


「俺のこと、好きって本当?」

「……ッなっ!」


 ステラの若草色の瞳が、零れ落ちんばかりに見開かれる。一体どうしてルークがそんなことを知っているのか、そう言わんばかりだ。

 一拍遅れてステラがわたしを見た。わたしはブンブンと首振り人形よろしく首を振る。少なくとも、わたしからルークにステラの好意を漏らしたことはない。断じて!


「ディアナ先輩、全然水晶玉見てくれないからさー。しょうがないからこっちで勝手に繋いだの。そしたらステラの声が聞こえたからさ」


 わたしは、机の上に置きっぱなしにしていた水晶玉を見て、それからステラを見た。

 若草色の瞳と視線が合う。ついでにルークの灰色の瞳とも目線が合った。


「えーっと…………ごめん?」


 その一言で、ステラはすべてを察したようだった。小さな肩がわなわなと震え始める。


「……全部、聞いてたってこと?」

「悪いなーとは思ったんだけど」

「さいあく……」


 ステラは耳の先まで真っ赤になっている。正直ステラには申し訳ないのだけど、抱きしめたくなる程可愛らしかった。なまじ姉御口調で堂々たるステラを見てきただけに、恋に翻弄されて狼狽えるギャップが凄いのだ。


「うん。ごめんね」


 案の定というか、ルークは平常運転でニコニコしている。

 分かる。分かるよ、ルーク。ステラってば可愛いもんね。


「ごめんねじゃないっ!」


 癇癪を上げる子供のように、ステラは声を上げた。


「アタシは……アタシは……!」

「俺はステラのことが好きだよ」


 ステラの言葉を遮ったのはルークだった。すっとステラとの距離を詰めてくる。

 大きなルークと小さなステラ。

 二人が並ぶと体格差が歴然だ。そのことをルーク自身も分かっているのか、彼はすっと跪くと、ステラの小さな手に頭を垂れた。


「ステラは俺の事、どう思ってる?」


 ステラは顔色を真っ赤にしたまま、酸欠になった魚みたいに口をパクパクとさせている。

 うん。好きな人にあんなことされちゃ、たまったもんじゃないよね。

 わたしはステラに同情してしまった。多分、今はろくに思考が回ってないと思う。


「……ん。場所を移そっか」


 ルークもそれを理解したのか、決定事項のように口にした。そのままひょいっと、ステラの身体を抱き上げる。

 わー、お姫様抱っこだ。初めて見た。


「ディアナ先輩は部屋にいてねー。俺はステラを借りていきまーす」

「はーい。いってらっしゃーい」


 まあ、ここから先は当事者同士が決めることだよね。

 わたしはひらひらと手を振った。


「いってきまーす」


 相も変わらずの間延びした返事だ。そこには長年のコリンズとウィリアムズの確執は感じられない。


(……というより、わたしの想像が正しければ)


 コリンズとウィリアムズの両家はとうの昔に和解済みだ。

 家長の間にどのようなやり取りがあったのかは、わたしには知る由もない。ただ、長年苦楽を共に旅し、互いに競い合いながら商売を続けてきた二人だ。落としどころとしては、ウィリアムズ商会が抱えていた工房への紹介状といったところだろうか。

 建前は知らないが、少なくとも当人同士からは、ライバル商会に対する確執は感じられなかった。だから、ルークとステラの仲も、あとは当人同士の心の問題だったのだ。


「まあ、あくまでわたしの想像でしかないんだけどね」


 開け放たれた窓のカーテンが揺れている。

 来た時と同じ唐突さで窓の外へと消えてしまった友達を思って、わたしは締まりなく笑ってしまった。

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