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予定にない外出③

「えーっと、どちらへ?」


 今更と言えば今更な問いかけだ。リアを見上げると、いつもの呆れたような顔でわたしを見下ろしている。何だかほっとして、わたしは息を吐いた。

 ……良かった。いつものわたし達だ。


「目的地はそこだ」


 なんと、目の前にあったらしい。危うく行きすぎるところだった。


「あれって……コリンズ商会!?」

「ウィリアムズ商会ときたら、次はコリンズ商会だろう? こちらは先触れを出していない。ただの客として行こうじゃないか」


 口にするリアはどことなく悪い顔をしている。いや、普通、険悪な仲になってる商会をはしごするものなの!?


「せっかく買い物に来たんだ。使い勝手のいいものを選ぶのは客として当然の権利だろう?」


 さっき眼鏡を買ったばかりなのにもう見比べる気でいるのか。呆気にとられるわたしを他所に、リアは迷いのない足取りで店の扉を潜った。


「いらっしゃいませ!」


 扉を開けるや否や、元気のいい声が飛んできた。仕立てのいい服を身に付けた少年がニコニコとこちらを見上げている。年の頃からして多分、店の見習いだろう。


「お探しのものはありますか?」

「流行りの眼鏡を見てみたいと彼女が言っていてな」


(わたしぃ!?)


 急に話題を振られて、わたしは思わず目を見開いた。そんなおねだりした覚えはない。咄嗟にリアを見たものの、見習い少年がわたしをターゲットにする方が早かった。


「眼鏡ですか!」

「ああ。先ほどウィリアムズ商会を見てきたのだが、素晴らしい商品だった。聞けば、コリンズ商会でも取り扱っているそうじゃないか。どのような品があるのか、見比べてみたいと言っていてな」


 言ってない! わたし言ってないし、わざわざライバル店の話題を出して煽るような真似をする気だってない!

 心の叫びは届かなかった。それまで愛想よくニコニコしていた見習い少年の目付きが鋭くなる。


「……失礼ですが、ウィリアムズ商会の扱っている眼鏡は到底眼鏡と呼べるものではありません」

「それはなぜ?」

「あちらの商品は耳にかけるなんて野暮ったい形をしています! 眼鏡は視力を矯正しますが、同時に持ち主の裕福さ、センスを示すアイテムでもあるのです。如何に美しく、魅せるのかという視点のないものは、とても商品と呼ぶことが出来ません!」


 言いながら段々熱が籠ってきたのか、見習い少年の目はギラギラしている。なんというか、意気込みが凄い。


「その点、うちの商品は自信をもっておすすめ出来ます! こちらへどうぞ!」


 見習い少年の勢いに押されて店の奥へと進むと、光沢感のある上等な布の上に丁寧に並べられた眼鏡が並んでいる。


「あれ? 引っ掛かるところがない……?」


 先にウィリアムズ商会の眼鏡を見てきているので違いが顕著だ。こちらの眼鏡は耳に引っ掻ける部品がなくて、レンズを覆うフレームだけという極めてシンプルなつくりになっている。代わりに、眼鏡の縁に繊細な造りの鎖が連なっているのが目を惹いた。


「眼鏡は鼻にかけるものが今の最先端ですよ!」


 わたしの呟きをすかさず拾った見習い少年が、ずいっと前のめりになる。


「お、落としたりしないのかな? この形だとツルッといきそう」

「ご心配には及びません。その為の飾り紐がこちらです!」


 鎖は落下防止用だったらしい。他にも色とりどりの飾り紐や鎖が棚に陳列されている。


「どうです? ウィリアムズとは違ってお洒落だと思いませんか?」


 確かに綺麗だなとは思うけれど、グイグイ来て圧が強い。困惑していると、わたしの頭上からリアの声が振ってきた。


「とはいえ、元より落ちることを設計してるのは、眼鏡の希少性を考えると非合理的ではないか?」

「……それはウィリアムズ商会の商品がうちより勝っていると言ってます?」


 ぴりっとした緊張感が走るのが分かる。見習いの少年は剣呑な眼差しでリアを見上げていた。


「どうした? 何かあったのか?」


 店の奥から熊のようなずんぐりとした男が顔を出してくる。たっぷりとした赤毛の髭が特徴的で、頭髪は少し薄い。ウィリアムズ商会のドミニクとは対称的な風貌だが、身に纏っている衣服は上等だ。


「イアンさん!」


 見習い少年が分かりやすく背筋を伸ばした。多分、この人がステラのお父さんであるコリンズ商会の主なのだろう。

 ステラと同じ若草色の瞳がわたしを見て、それからリアに移る。途端、彼の瞳の色が変わった。


「うちの商品がウィリアムズ商会に負けてると言われているんです!」


 イアンの表情の変化に気が付いていないのか、見習い少年は鋭い声を上げて、わたし達を見た。


「こんな無礼な――」

「やめないか!」


 見習い少年の声を遮ったのはイアンの厳格な声だった。


「当店の見習いが無礼を働いたようで、大変失礼致しました。わたくしの教育不足でございます。きつく言い聞かせますので、平にご容赦頂けませんでしょうか。アドリアーノ・ロフタス様」


 イアンのその一言で、見習い少年の顔色がざっと青くなる。冷やかし目的に見えていた男女が、まさかロフタス家の貴族とは思ってもいなかったのだろう。


「も、申し訳……ございません……」


 目に見えて悪くなった顔色のまま、見習い少年の指先は憐れになるほどぶるぶると震えている。


「こちらが意地の悪い聞き方をした。気にしていない」

「寛大なご配慮、誠にありがとうございます」


 イアンが深々と頭を下げる。促されて、見習い少年もぎこちないながらのお辞儀をした。

 リアの言う通り、意地の悪い聞き方をしたのはこちらの方だと思う。だけど、そんな道理なんて簡単に吹き飛ばしてしまうのが身分の壁だ。


 ティリッジ魔法学校は能力主義という体質で、貴族も平民も同じ学び舎の中に閉じ込められる。建前上、一応は平等なのだ。

 そこから一歩でも外に出てしまえば、貴族至上主義の世の中になる。それは、比較的平穏と言われているレウカンサでも同じことだ。

 従者も連れず、気さくに接してくれるリアだけど、本来わたしのような人間が接する相手ではないというのは分かっていた。分かっていた筈なのに、今更それを突き付けられるような気がするなんて。


「詫びも込めて一つ商談をしたいのだが」


 正体がばれてしまった以上、わたしを矢面に立たせる意味がなくなってしまったのだろう。リアはイアンに話しかけた。

 こうなってしまってはわたしに出番はない。リア達が話しているのを横目に、わたしは眼鏡を見た。


 ウィリアムズ商会の品は耳にかけるところがある分、確かに少し野暮ったく見える。デザイン性で見るならば、先ほどの見習い少年が口にしたようにコリンズ商会の方が優れているような気がしなくもない。

 ただ、支えるところが鼻でしかない分、落として割ってしまうリスクがあるのを機能面でどう捉えるかだ。わたしは眼鏡を覗き込んだ。


「……あれ?」


 思いがけず声が出てしまう。

 商談が一段落したのか、イアンがわたしを見るのが分かった。


「どうかされましたか、レディ」

「このレンズの透明度ってもしかして……ウィリアムズ商会と同じ工房のものを使ってます?」


 イアンは人の良い笑顔をしている。その口元の笑みが深くなったような気がした。


「工房に関しては商売人の極秘事項ですので、どうかご容赦ください」


 有無を言わせない押しの強さがあった。流石の商売人といったところだろうか。だから、わたしはそれ以上をイアンに尋ねることは出来なかった。


「ディナ、そろそろ行こう」


 わたしはリアの言葉に頷いた。


「ご来店、誠にありがとうございました。どうぞ今後ともご贔屓に」


 店先までイアンに丁寧に見送られて、わたし達はコリンズ商会を後にする。賑やかな街の喧騒の中に帰ってきて、わたしは無意識に息を吐いた。なんだかんだ商会をはしごして、気疲れしたみたいだ。


「ウィリアムズとコリンズ、二軒とも回れたな。これで私の買い物は終わりだ」

「じゃあ、あとは学校に帰るだけですね」

「ああ」


 簡潔な返事が返ってくる。わたしはリアを見上げた。

 黒ずくめの作業着(ローブ)じゃないリアの姿もこれで見納めということだ。学校に帰れば、ディナとリアはただの生徒と講師。ディアナとアドリアーノ先生に戻ることになる。


(……名残惜しいな)


 後ろ髪を引かれるような気がして、わたしは足を止めた。


「ディナ?」


 立ち止まったわたしに合わせるようにリアもまた足を止める。もう少しだけディナって呼ばれていたい。わたしは顔を上げた。


「……少しだけ付き合って貰えませんか?」

「多少であれば問題ない」


 リアのその一言でわたしの足取りは軽くなった。

 まるで魔法でもかけられたみたいだ。ともすればスキップしたくなるのを堪えて、わたしは指差した。


「こっちです!」


 坂道を登りながら、リアのことを考える。

 〈タイム・リープ〉前、彼が眼鏡を身に付けていたことは、少なくともわたしの知る限りでは一度もなかった。そもそも視力に問題があったことさえ知らなかったのだ。

 もしかしたら、授業ではかけてこなかっただけなのかもしれない。わたしの思い上がりなのかも。それでも、考えてしまうのだ。


(今日のお出掛けは……もしかするとわたしの為だったんじゃないかなって)


 リアは何も言わない。だけど、このタイミングでウィリアムズ商会とコリンズ商会を回るというのには、彼なりの意図があったと思うのは考えすぎだろうか?

 わたしの歩幅に合わせて歩くリアを見上げると、すみれ色の瞳と目線が合った。


 ドキリ、とした。

 さっきからずっと心臓が変だ。リアの顔を見ていると、妙に緊張してドキドキと早鐘を打ってしまう。なら見なければいいじゃないと思うのに、つい目線で追ってしまうのだ。……わたしは一体どうしてしまったんだろう。

 ちぐはぐな反応をしてしまう自分自身を誤魔化すように、わたしは声を上げる。


「見えましたよ!」


 まもなく、わたし達は見晴らしのいい高台に辿り着いた。レンガ造りの大通りを一望出来て、遠くにはティリッジ魔法学校の石壁が僅かに見えている。あまり人が来ないためか、ホワイトバーチの木の下には黄葉がまばらに散らばっていた。


「わたしのお気に入りの場所なんです」


 ティリッジ魔法学校は全寮制で、基本的に外出には許可が必要だ。以前はよく来ていた場所も、どうしても行きづらくなる。


「この街にこんな景色のいい場所があったんだな」


 リアは初めて知ったようだ。驚いたようなすみれ色の瞳を前に、わたしはふふんと胸を張った。


「穴場なんです。誰かに教えたのも初めてなんですよ」

「……良かったのか?」

「いいから来たんですってば」


 独りになりたい時に足を向けていた場所だ。自分だけの秘密の場所のような気がして、今まで誰にも言わずにいたけれど、リアになら教えてもいいと思えた。


「今日、ウィリアムズ商会とコリンズ商会に連れていってくれましたから」

「私一人で歩くと厄介事に巻き込まれるから、君はいい虫除けになった」

「……もしかして、女性避けにわたしを使いました?」

「さてな」


 リアは素知らぬ顔をしている。でも、たとえ女性除けでもいいんだ。彼がわたしを二つの商会に連れていってくれた事実は変わらない。


 ホワイトバーチからひらひらと黄葉が舞い落ちていた。石造りの街の中を鮮やかに色付かせている。

 もうすぐ、冬がやってくる。

 北方の国であるレウカンサの冬は厳しい。雪と氷に閉ざされた土地の中で、潰した家畜と収穫した麦で食い繋いでいかなければならない。


「冬休みの間って、リアはどうするんですか?」

「領地に戻ることになっている」

「ということは、学内にはいないってことですね」

「その言いぶりだと君は残るとでも言うようだな。ほとんどの生徒は帰省する筈だが」

「全員が帰るわけじゃないですよ。わたしは居残り組です」


 予想はしていたけど、リアは冬休みに合わせて帰省するようだ。


「暫くお顔を見れなくなっちゃいますね」


 ほとんど無意識に「寂しいです」と呟いてしまう。

 顔を上げると、丸くなったすみれ色と目線が合った。


「君は……」

「どうかしました?」

「……いや。何でもない」


 言葉を切り、リアは街並みを見下ろした。リアとの会話が途切れる。だけど、不思議とこの静寂は心地が良かった。

 高台から見下ろす街並みは、知っている筈の風景なのに、まるで違うもののように見えた。綺麗なところばかりでないことも知っている。それでもリアと共に見る風景が、特別鮮やかに見えるのはどうしてなのだろう?


「ディナ」


 呼ばれてわたしは振り返る。

 ふわり、と魔法書の匂いがした。


「頭に木葉が――…」


 降ってくる黒い頭が、血の気の失せた顔色と重なった。


『君を救えて……良かった』


 ことりと手のひらが落ちる。

 ずるりと崩れ落ちた身体。怖いほど冷たくなった体温。

 零れ落ちてはならないものが、わたしの手のひらをすり抜けて行ってしまう。


「――っ!」


 咄嗟に息が詰まった。次に襲ったのは、全身が凍り付くような恐怖だ。

 横たわったままぴくりとも動かないリアを前に、わたしが立ち尽くしている。あの日の出来事があまりにも鮮明に蘇っていた。


「行かないで!」


 わたしは悲鳴を上げた。


「いや……いや……お願いだから……」


 死んだりしないで。


「しっかりしなさい!」


 肩を揺さぶられて、わたしははっとした。

 見下ろすリアの瞳に戸惑いが浮かび上がっている。


「あ……」


 彼は生きてここにいる。それが分かった瞬間、わたしの瞼の裏側に熱いものが込み上げてきて、堪える間もなく爆発した。


「……っ痛むのか!?」

「うえ…っ……どこも…いたく、ない……です…」

「では、なぜ泣く」


 そう遠くない未来で、リアが死んでしまうことを思い出してしまったから。そんなこと、どうやって伝えればいい。言える訳がない。


「……ディナ。きちんと言葉にしなさい」


 突然泣き出したのに、リアは突き放したりしなかった。

 傍から見たら、ただの情緒不安定女だ。大迷惑なことこの上ない。

 ううん、わたしはもう知ってしまっている。冷淡なように見えて、その実、リアはとても面倒見がいい。一度懐に入れてしまったわたしを突き放したりなどしないだろう。


「君に泣かれると、どうしていいか分からない」


 今だって、ほら。わたしのことを案じてくれる。

 その不器用な優しさの果てに、彼は僅か数ヵ月で命を散らしてしまうのに。


「うえー……っ」


 ぼろぼろと涙が零れてしまう。

 泣きたくないのに、涙が止まらない。どうしてリアは死んでしまったの。死んでしまう未来が待っているの。そんなの嫌だよ。

 胸が張り裂けてしまいそうだ。

 まともなことも言えず泣きじゃくるわたしを前に、リアは途方に暮れている。僅かに躊躇いを見せた後、大きな手のひらが髪に触れたのが分かった。


(……あ)


 不思議と覚えがあった。

 魔法準備室で居眠りをしていた時、感じた懐かしい感触。夢だとばかり思っていたのに、あの優しい手の正体を突き付けないでほしい。


 痛いほどに思い知らされる。

 このまま進めば、きっと同じ未来を迎えてしまう。わたしに関わってしまうが為に、リアは死んでしまうのだ。


 ……そんな理不尽を許していいわけがない。わたしを救うために、この人が犠牲になるようなことがあっては駄目だ。そんなこと、わたしが許さない。


「あなたと一緒にいると辛いんです」


 たくさんの知らない顔を知った。

 驚いたようにすみれ色の瞳が丸くなること。柔らかく目を細めて笑うこと。今だって、ほら。困ったように眉を下げている。


「……もうわたしに優しくしないでください」


 リアに生きて貰いたいよ。

 その為には、多分、リアはわたしに関わってはいけないのだと思う。


「言っている意味がよく分からない。君は核心を避けている」


 どうかわたしから遠ざかって欲しい。

 だけど、頭のいいリアは間髪いれずに指摘をしてくる。適当な言葉で誤魔化されたりはしてくれない。


「きちんと理由を口にしなさい」


 どうすればいい。どうすれば、リアはわたしから距離を置いてくれる。


『この間も女の子が告白したらしいけど、手酷く振られたんだって。曲がりなりにも講師だし、あの顔なら女に困る事なんてなさそうだから、わざわざ生徒に手を出す理由がないんだろうねえ』


 脳裏に蘇ったのは、〈タイム・リープ〉直後のステラの言葉だった。

 アドリアーノ・ロフタス客員講師は女子生徒の告白を軒並み断っている。


 実際、彼はわたしとも距離を詰めすぎないように気を付けていた節がある。例外があったのは今日のお出掛けだけだ。それも多分、煮詰まっていたわたしを見かねてのことなら。

 口にするには、どういう訳か勇気が必要だった。わたしはぎゅっと手のひらを握り締める。


「リアのことが好きになっちゃったんです。……大好きです!」


 石畳を見下ろして、わたしは叫んだ。

 断じて本心なんかじゃない。だけど、告白なんて生まれて初めてのことで、とてもじゃないけど顔を見ていられない。

 ――だけど、リアが怯んだのはちゃんと理解出来た。


「生徒に好意を寄せられるのは困るでしょう? だから、特別扱いしちゃ駄目です。わたしももう、押し掛けて迷惑かけたりしませんから」


 これは、彼に生き延びてもらう為に必要なことだ。

 何度も自分に言い聞かせる。頭では理解している筈なのに、じくじくと胸が痛い。一度引っ込んだ涙がまた出てきそうになって、わたしは無理矢理飲み込んだ。


 始めたものはきちんと終わらせなければいけない。

 わたしは覚悟を決めて顔を上げた。


「だからここでおしまいです。今日はありがとうございました、()()()()()()()()


 真正面から見たアドリアーノ先生はいつもの無表情で、感情がよく読めない。

 だけど、それでいい。わたし達は生徒と講師でしかないのだから。

 そう自分に言い聞かせて、わたしは礼をとった。これ以上続ける言葉はなく、アドリアーノ先生に背を向ける。


 そうして、わたしの土ノ日(どようび)は終わった。

 あっけないものだ。

 格好を見られると説明が大変なので、学内に戻る前に制服に着替え直す。おかげで寮に戻っても、誰にも不審に思われなかった。ステラは外出していて、がらんとした相部屋はまるでわたしの心を現したかのようだ。

 すぐには難しいけれど、お金の工面が出来たらお洋服代も返さないと。先生の厚意に甘えすぎるのは良くない。


 特にすることのなかった光ノ日(にちようび)は学校付属の図書館で一日を過ごす。時間があればついアドリアーノ先生のことを考えてしまいそうになるのを、読書に没頭することで気を紛らわせた。


 そして迎えた夜ノ日(げつようび)。週頭の授業再開日だ。

 その日、いつものように授業を受け終えたわたしは、違和感を覚えて周囲を見渡した。


(……なんか、皆、わたしを避けてない?)


 すっと視線を向ける。サササーッと人が消えていく。ぼっちなもんだから、わたしを中心に人のクレーターが出来ている状態だ。

 いやこれ、流石に気のせいじゃないよね!? なんで!?

 疑問の答えはすぐに分かった。豪奢な巻き髪改造衣装のお嬢様、ことクラリッサ・トンプソンが鬼の首をとったような顔をしてわたしの前に現れたからだ。


「わたくし、全く存じませんでしたわ」


 そう言えば指輪すり替え事件以来なんだっけ。週末にあれこれあったので、すっかりクラリッサのことを忘れていた。

 逃げそびれたわたしを前に、絵に描いたお嬢様のような高笑いをして、クラリッサは指差した。


「最近、貴女はルーク・ウィリアムズに留まらずアドリアーノ様にまでちょっかいをかけているそうじゃありませんか。ご実家が貧しいと、性根まで卑しくなるのですね」


 わたしは思わずぽかんとしてしまった。


「ディアナ・エジャートンは男漁りに腐心しているアバズレだと噂の的ですわよ」


 勝ち誇った瞳でクラリッサは高らかに宣言する。シンと静まり返った教室の中で、甲高い声は嫌になるほどよく響き渡っていた。

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