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予定にない外出①

 クラリッサに捕まる前にそそくさと帰寮したわたしは、頃合いを見計らった翌日、魔法準備室に突撃した。目的は勿論、アドリアーノ先生その人にある。


「わたしの魔力が戻りましたので、お返しします」


 差し出したのは、借り物だったアドリアーノ先生の指輪だ。

 ルークはともかくとして、クラリッサに指輪のことを知られてしまった。アドリアーノ先生の熱烈なファンであるクラリッサは、表面上はどうあれ、わたしのような女子生徒が先生の私物を持っていることを許さないだろう。


 昨日の一件がいい例だ。一度狙われてしまった以上、同じことが起こらない保証はない。

 いつものように魔法書を前にしていたアドリアーノ先生がわたしを見た。艶のある黒髪に切れ長のすみれ色の瞳。相変わらず血色は良くないものの、そのきらきらしい美貌は今日も健在だ。

 魔法書を置き、こちらを見る怪訝な表情さえも様になっている。


「魔力が戻っただと?」

「はい。昨日の授業、実は先生の指輪が盗まれておりまして……」


 馬鹿正直に話し過ぎて、先生の眉間の皴がギュンッてなりました。


「君の防犯対策は一体どうなっているんだ……」

「今回はちゃんと革紐につけて首から下げてましたよぉ!」

「それでどうして盗まれる」

「指輪の意匠を参考にしたいから見せてくれと言われて見せたら、偽物の指輪とすり替えられました」


 アドリアーノ先生は唖然とした顔をしている。

 何がどうしたらそこまで手の込んだことをされるんだって顔してるね。わたしも大概だと思う。


「多分なんですけど、指輪がアドリアーノ先生の私物だとバレちゃったんだと思います。女子生徒にモテモテですね、先生」


 わたしがそう言うと、アドリアーノ先生は心底面倒臭そうな顔になった。

 なんというか、本当に見た目と内面が釣り合ってない人だよね。自分の美貌を鼻にかける性格だったら、アドリアーノ先生はもっと派手な人生を送っていたのだと思う。

 余計なお世話なんだろうけど、多分、先生なりに苦労も多かったんじゃないかなあ。


「結果的には返ってきたのですが、実技のタイミングで指輪はわたしの手元にありませんでした」

「それであの時妙な顔をしていたのか」


 妙とは失礼な。わたしは切実な顔をしてた筈だよ!

 頬を膨らませるわたしをさらりと一瞥して、アドリアーノ先生は言葉を続けてみせる。


「つまり、指輪はなくとも魔法が発動したということだな」

「はい。あの一回きりではなく、その後も魔法は正常に発動しています。わたしの魔力が戻ったことに違いはないかと」

「ふむ……」


 腕を組んでアドリアーノ先生は考え込んでいる。先生的にはその辺りの理屈に興味が向かっているのだろうけど、わたしの本題は別にある。


「そういうことですので、指輪はお返しします。このままわたしが持っていれば、また狙われると思いますので」


 アドリアーノ先生の私物だと知られてしまった以上、欲しがる女子生徒は大勢いる筈だ。ましてや持ち主は、現在進行形でぼっちのこのわたし。あの手この手で攻められたら守り切れる自信はない。

 だったら、指輪を持ち主に返してしまおうという作戦だ。元々、借り物だったしね。


「……そういう事情なら、今は私が持っていた方がいいだろうな」


 アドリアーノ先生も納得してくれたようだ。わたしが差し出した指輪を受け取り、指に嵌め直す。先生の手に戻っていることが周知されれば、わたしから指輪を奪おうとする輩は出てこなくなる筈だ。

 わたしは安堵の息を吐いた。


「では、わたしはこれで」


 魔力が戻って、ひとまず退学騒ぎは収まった。

 〈タイム・リープ〉に関する謎は残っているけれど、当面アドリアーノ先生との接点は絶たれる筈だ。先生も平穏な生活が送れて、お互いにWINWIN。ちょっと寂しい気もするけど、これでいい。


「待ちなさい」


 アドリアーノ先生に呼び止められて、わたしは足を止めた。

 いつもはさっさと追い出そうとするのに珍しい。思ってもいなかった展開に目を瞬かせてしまう。

 そんなわたしの内心など知りもしないアドリアーノ先生は、さらに思いがけない言葉を口にした。


「明日の土ノ日(どようび)に学外に出るので、君も付き合いなさい」

「……へ?」


 ぽかんとしてしまう。

 今、アドリアーノ先生は何て言った?


「制服ではなく、私服で来ること。……そうだな。三ノ鐘に南門を出てすぐの噴水前にいなさい。君の外出申請は私の方で出しておく」


 とんとん拍子に話が進んでしまい、気が付いた時には明日アドリアーノ先生と外出することが決定してしまっていた。

 呆気にとられたまま寮の自室まで戻ったわたしは、クローゼットの前で頭を抱えた。


「んなこと急に言われたって、私服なんて持ってないよっ!」


 二段ベッドの上で、ステラの肩がびくりと揺れる。一瞬だけこちらを見たのは分かったけれど、すぐに視線を逸らされてしまった。ステラとは相変わらずこんな調子だから、服を貸して貰うなんて出来る訳がない。そもそもほとんど校内で生活しているのだから、私服なんて持つ必要がなかったのだ。


 そういった事情で、翌日、指定された場所にやって来たわたしはいつもの制服姿だった。

 一応、寮生であることを示すタイとブローチは外しておいた。これだけでも、大分雰囲気変わるんじゃないかな。


「……私服で来なさいと言った筈だが」


 駄目だったみたい。

 約束の噴水前までやって来たアドリアーノ先生は、開口一番にそう言った。


「そうは言っても、わたし、私服を持ってないんですよ」


 正直に白状すると、アドリアーノ先生は驚いたようにすみれ色の瞳を丸くする。

 指定してくるだけあってアドリアーノ先生の装いは、いつもの黒い作業着(ローブ)ではなかった。仕立てのいい白シャツの上に赤の縁取りが入った黒いベストを身に着けている。

 細身の長身で、何より顔がいいこともあってか、大変様になっている。様になりすぎて、歩いている女性がチラチラとアドリアーノ先生を横目で見ている。


「美形って凄いんですねえ」

「何か言ったか」

「いいえー」


 思わず出た正直な感想も、アドリアーノ先生にかかれば一蹴だ。


「はあ。その服では目立って良くない。……付いてきなさい」


 目立っているのは先生の方じゃないかなあ。

 なーんて、わたしの内心など知りもしないアドリアーノ先生はさっさと歩きだしてしまったので、言われた通りに付いて行く。わたしの歩調に合わせてくれているのか、置いて行かれることはなかった。

 ……意外だ。もっとマイペースな人かと思っていたのに。


「いらっしゃいませ」


 涼やかな声で出迎えられたのは、なんと婦人用の服を取り扱っている服飾店だった。

 しかも、ここ、あれだ! 体型に合わせて服を作ってくれる、オーダーメイドの専門店! 名前を聞いたことはあっても、当然わたしにご縁のあるような店ではない。


「あの……。手持ちのお金じゃ絶対足りないんですけど……」


 こんなところで服を拵えようものなら、お金がいくらあっても足りない。身の丈に合わない店内でほとんど半泣きになりながらアドリアーノ先生を見上げると、「何を言っている?」と言いたげな瞳と目線が合った。


「服が必要なのは今だろう? 買うのは既製品だ」


 そう口にして、アドリアーノ先生は店員に何やら話しかけている。そこからあっという間に店の奥に連れ込まれ、わたしの体型で着られそうな服を当てられてしまった。

 淡い水色、華やかな赤色、新緑色……。まるで色の洪水だ。シャツにロングスカート、ワンピース。形も様々で目が回ってしまう。


「お客様はどれをお召しになってもお似合いですねえ」


 着替えを手伝ってくれる女性店員のお世辞ですら怖い。


「お好みのものはございますか?」

「とりあえず、これで……」


 値段が怖すぎて、わたしはとにかく装飾が少ないモスグリーンのワンピースを指した。フリルもレースもないシンプルな造りで、胸元の細いリボンで微調整出来るようになっている。


「でしたら下はこちらを合わせてみてください」

(おふう)


 ものすごく肩の開いたインナーを提案されてしまった。

 いや、可愛いよ。すごく可愛いんだけど、わたしには可愛すぎると言うか!

 内心の葛藤はさておき、断り方も分からないわたしはお人形さんのように服を身に着けることしか出来ない。


「あらっ、胸元もう少し詰めておきます?」

「いえいえ、大丈夫ですから!」


 物悲しい気持ちになりながら着替え終えると、年配の女性店員の顔色がぱっと明るくなるのが分かった。


「まあまあ! 素敵ですよ。旦那様もご覧になってくださいな!」


 アドリアーノ先生の前に引っ張り出されて、わたしはなんだか生きた心地がしなかった。

 生ける美形の前に、どう考えても不釣り合いなつるつるてんてんの女を出してこないで欲しい。あと、旦那様がどういうニュアンスなのかも怖すぎて聞くことが出来ない。


「髪色が明るいから、濃い色は合うな」


 ふむ、と唇に手を当てたアドリアーノ先生がまっとうな所感を述べている。わたしはお尻がむずむずしてしまった。

 ……一応、似合ってるってことでいいのかな?

 そんなことを考えている内に、アドリアーノ先生は女性店員に顔を向けている。


「この服のまま外に連れて行くので、服に合う髪型にしてやって貰えないか。なるだけ印象を変えてくれ」


 待って、全身コーディネートになるの!?

 わたしは目を剥いて振り返った。あまりに勢いが良かったので、胸元にゆとりのあったインナーがずり下がる。


「うひゃあ!」


 わたしは慌てて胸元を押さえた。

 貧相な胸なのは百も承知だけど、こんなところで丸出しにする予定はない。すぐに隠したから、見られてないと思いたいけど……。

 紳士なアドリアーノ先生は明後日の方角を向いてくれていた。しかし、悲しいかな。その耳は分かり易く真っ赤になっている。


「見ました?」

「………………見ていない」


 間が長かった。アドリアーノ先生の耳の赤さが伝染してしまったかのように、わたしの頬もじわじわと熱を帯びていくのが分かる。


「下に着る服は襟のあるものに変えてください……」


 なるだけ胸のことを考えないようにして、わたしは女性店員にお願いした。このむず痒い空気の中、微笑ましいものを見るような眼差しを向けないで欲しい。

 なんだかんだひと悶着はあったものの、専門店というだけあって替えの服はすぐ決まった。


「肌寒くなってきてますので、ショールを羽織るのも可愛いですよ」


 布が増えるのはイコールでお値段も上がるので丁重にお断りしておいた。

 ゆとりのあった胸元をリボンで調節し、下ろしていた髪を緩いみつあみに。せっかくなので、と花まで挿して貰った。


「印象を変えるようにとご要望でしたし、せっかくだからお化粧もしていきましょう!」


 すっかり乗り気になっている女性店員を前に、わたしはなす術もない。白粉をはたかれ、唇には紅を引かれる。


「若いとお肌つやつやでお化粧のノリが違いますね~。お色もピンクが似合いますし、ええ。バッチリですわ!」


 素材が良かったので腕が鳴りました。満足げな顔つきの女性店員が金属鏡の前にわたしを引っ張り出す。

 普段は化粧っけのない顔面が、かつてないほどに華やかになっていた。これほど盛ることが出来たのなら、アドリアーノ先生の隣に並んでガッカリされることは回避出来るのではないだろうか。


「準備が出来ましたよ」


 すっかり待たせてしまったアドリアーノ先生の前に引っ張り出される段になると、流石のわたしも少しばかり照れてしまう。


「ええと……終わりました」


 何と言っていいのか分からず、無難なことを述べてみる。気恥ずかしくて目線を合わせ辛い。

 わりとしっかり間があった。

 流石にノーコメントは悲しい。わたしはそろり、と目線を上げた。アドリアーノ先生のすみれ色の瞳は、驚いたように丸くなっている。


「アドリアーノ先生?」

「……君は、着飾ると随分印象が変わるな」


 課題の鬼を驚かせることが出来たのなら、わたしもなかなかのものじゃないだろうか。

 仄かな達成感を感じて、わたしは息を吐いた。しかし、上には上がいるものである。


「女性に言うべき言葉としては不十分だったな。……よく、似合っている。綺麗だ」


 完全に不意打ちだった。

 不意打ちだったので、鳩尾にきてしまった。美形良くない。たとえお世辞だと分かっていても、嬉しくなってしまう。


「ありがとう、ごじゃいますぅ……」


 噛んだ。最悪だ。

 ほとんど涙目になって見上げると、アドリアーノ先生は急に真顔になっていた。


「ちょっと待って!? 笑われるより恥ずかしいんですけどぉ!」


 とうとう堪えられなくなったわたしから悲鳴が迸ったのは、もはや既定路線だ。

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