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恩師からの本


 仕事で疲れ切って帰宅したある晩、我が家のポストに分厚いレターパックが届いていた。


 差出人の名前を確認する。


 知っている名前だった。

 だけど、小包を送られるような心当たりはない。


 年賀状のやり取りだけの関係になってしまっている、私ごときが恩師と呼ぶのもおこがましいかもしれないけれど、お世話になった人からだった。


 開封すると中身は本だった。


 手紙も同封されていた。


 今まで講演してきた内容をまとめたもので、書店との縁から自費出版した本だと書かれていた。


 オファーを受けてから、奥様の看病をしつつ、執筆が遅れ遅れになっていたが、今年奥様を看取られてから完成させたとの経緯が書かれてあった。


 終活の一環として受け取ってほしい。


 そう書いてあった。



 光栄で、嬉しくて、涙が滲んだ。


 その人の人生で最期の締めくくりの時に、私のことを思い出してもらえる。


 その人の生きた証を託す先の候補の中に私がいる。


 それが本当に嬉しかった。

 とても光栄だった。

 



 気さくで温かい人だった。


 一度飲みに連れて行ってもらって、その方の地元の郷土料理が食べれるお店で、しこたま酒を飲ませてもらった。

 なかなか珍しい珍味をごちそうになった。そこそこ酒には強い自信があったけど、とてもじゃないけど敵わなかった。



 とても博識な人だった。


 すごく高名なはずなのに、子供みたいにチャーミングな人だった。


 もう何年もお会いしていない。


 でも気軽に会いに行くような間柄ではない。


 実は住んでるところは結構近所だったりするけれど、どこかでばったりお会いしたことは一度もない。



 年賀状の準備をしていたけれど、奥様が亡くなられたのであれば年賀欠礼だ。


 失礼のないように、なるべく今月中に本のお礼の手紙を出そうと思う。


 縦書で文字を書くのはすごく緊張する。

 まずは便箋を調達しなくては。



 最近本当に仕事がつらい。

 キャパを超えそうだと感じることが増えてきた。


 身の振り方を考えることが日に日に増えていくけれど、恩師から託された薬学の本を受け取ってしまったからには、まだギブアップするわけにはないかないなと思ってしまう。


 誰に対して意地を張っているのか、自分でもよく分からなくなる。



 でももう少しだけ、あがいてみようかな、なんて思ってしまった。


 恩師からしたら私なんてまだまだ若造だ。



 ギブアップなんて、いつだってできる。


 もし、なにかのご縁でまた酒を酌み交わせる日が来たときに、胸を張って会える自分でいたい。



 だから、もう少しだけ頑張ってみる。


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