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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

麻津乃さま快刀日記ミニ・・・・・・貸本屋の娘

作者: 衛府重吾

 江戸の、とある朝。

 御家人ごけにんの息子である少年・早瀬小太郎はやせ・こたろうは、いつもの様に行きつけの貸本屋『桔梗堂ききょうどう』を訪ねた。

 しかし、

 「今日は、開いてないのかな?」

 不審に思った小太郎が、戸を叩くと、『桔梗堂』の息子・長吉ちょうきちが、

 「小太郎さん……」

 と蒼ざめた顔を見せた。

 「どうしたのですか?」

 問いかける小太郎に、

 「姉さんが……」

 と長吉。

 「()千代ちよさんが、どうしました?」

 と問う小太郎に、

 「死んだ……」

 「なんですって!」

 驚いた小太郎の叫び声を聞いてか、長吉の父で店主の長太郎ちょうたろうが現れ、

 「長吉。お客さんに、身内の事は、言わなくてよろしい」

 と、たしなめる。

 しかし、

 「いえ」

 と、小太郎。

 「わたしは、ただの客ではありません。長吉さんとは親友なんです」

 そして、言った。

 「長吉さん。詳しく、聞かせてください」

     *

 しばらく、のち

 旗本はたもと松平伊豆介まつだいら・いずのすけの屋敷である。

 「麻津乃まつのさま」

 小太郎が、五歳くらいは年上……二十歳過ぎの美しい男装の女性と話していた。

 「ひどいでしょう」

 「そうだな。いくら家宝とはいえ、たかが茶碗だ。それを割ったくらいで手打てうちとは」

 男装の美女、松平麻津乃まつだいら・まつのは、答え、

 「その上、亡骸なきがら(遺体)も帰って来んというのは、おかしい。その千代という娘は、一体、どこの屋敷に奉公ほうこうに上がっていたのだ?」

 と、問うた。

 「旗本の本多六蔵ほんだ・ろくぞうさまのところだそうです」

 小太郎が、答えると、

 「本多どのか……」

 と、麻津乃。

 「特に、悪い噂は聞かんが」

 「そうですか」

 「しかし、小太郎の親友の姉の事だからな」

 麻津乃は、言った。

 「調べてみるか」

     *

 「父上」

 麻津乃は、早速、父の伊豆介に、

 「本多六蔵どのについて、何か変わった事を聞いてはいませんか?」

 と、たずねた。

 「特に、何も聞かぬが」

 伊豆介は、答え、

 「本多どのが、いかがいたした?」

 「それが……」

 語り始める、麻津乃。

 「本多どのの屋敷に奉公に上がっていた町娘が、家宝の茶碗を割ったとかで手打ちにされ、亡骸も帰って来ないそうなのです」

 「なるほど。それは、おかしい」

 「そうでしょう」

 と、麻津乃。

 「本多どのの屋敷のまわりを探ってみよう、と思います」

 言う、娘に、

 「そうか」

 父は、言った。

 「気の済むように致すがよい」

     *

 「本多どのについてですが、何か変わった事はありませぬか?」

 本多六蔵の隣近所の旗本屋敷をあたった、麻津乃であったが、

 「当方は、何も存ぜぬ」

 と、どこでも門前払いだ。

 用事で出歩いているらしき下男しもおとこさえ、

 「何も、知りません」

 と、にべもない。

 (旗本同士の『近所のよしみ』で隠しているのか)

 夕刻ゆうこくまできこみに励んでいた麻津乃が、一旦自宅に帰ろうとした時、

 「えっほ! えっほ!」

 一丁の駕籠かごが、凄い速さでやってきた。

 そして、

 「その駕籠。待て!」

 さむらいが三人、その駕籠を追って現れる。

 駕籠の先棒さきぼうが、麻津乃を見て、

 「お武家さん。助けて下せぇ!」

 すると、

 「邪魔立じゃまだて致さば、おぬしも斬るぞ」

 追っ手の先頭を走る侍が叫び、他の二人と共に抜刀する。

 「面白い」

 麻津乃も、腰の愛刀を抜いた。

 「斬られるのがどちらか、試してみるかな?」

 その声を聞いた侍が、

 「おぬし女だな?」

 「それが、どうした?」

 と、麻津乃。

 「女を斬る刀は、持っておらぬ」

 男は、

 「納刀して、立ち去れ」

 「町人を斬る刀は持っているのにか?」

 麻津乃の顔に侮蔑ぶべつの笑みが浮かぶのを見て、

 「おのれ!」

 女を斬る刀がどうこう、と述べた舌の根の乾かぬ内に、斬りかかる、侍。

 が、その斬撃の下をくぐった麻津乃の剣が一閃した。

 「う……」

 男、倒れる。

 「くそッ」

 「こやつ、やる」

 残りの二人は、頭らしき男の亡骸もほったらかして、逃げ去って行った。

     *

 「あやういところを、ありがとうございやした」

 駕籠かきの先棒が、礼を言うと、

 「いや」

 と、麻津乃。

 「それより。おぬしたち、何故なにゆえ追われていた?」

 「それが、どうも……」

 今度は、後棒の方が、

 「このお客が、原因の様でして」

 「ほう」

 麻津乃は、

 「そう言えば、客は、顔を見せぬし、礼も言わぬな」

 「言えねぇんです」

 「どういう事だ?」

 たずねる、麻津乃に、

 「意識が、ぇんで」

 と、先棒。

 「意識の無いものが、どうやって駕籠に乗った?」

 「それが、お武家の奥方風おくがたふうの女の方に呼ばれて行ったら、何人かのお女中に担がれて来た意識の無い娘を乗せる様に言われまして……」

 「ふむ」

 「医者に連れて行くように言われて、十両ももらっちまったもんで」

 「なるほど……」

 麻津乃は、言った。

 「とりあえず、うちの屋敷に運んでくるがよい」

     *

 駕籠に乗せられた女は、松平伊豆介邸に運び込まれ、麻津乃の部屋に寝かされていた。

 まだ二十歳前の娘である。

 「弥生やよい先生。いかがですか?」

 麻津乃に呼ばれて来た女医は、

 「ひどい有様。体中、あざだらけです」

 と答えた。

 そして、

 「麻津乃さまも見てください」

 「私が……?」

 寝かされた娘の体を見て、

 「これは、酷い!」

 思わず声を上げる、麻津乃。

 「おそらく、割り竹によるもの」

 「誰が、この様なむごい事を」

 「必ず、突き止めます」

 麻津乃は、決意を新たにした。

     *

 次の日、

 「ここは……?」

 娘が、意識を取り戻した。

 「安心なさい。旗本・松平伊豆介の屋敷だ」

 答える、麻津乃。

 「わたしは、伊豆介の娘・麻津乃」

 そして、

 「そなたの名を訊いても良いかな?」

 「よう

 消え入るような声で答える、娘に、

 「陽どのか」

 と、麻津乃。

 「酷い目にあった様だが、もう心配はいらぬ」

 「……」

 娘が無言でうなずいた時、

 「先生が、お見えになりました」

 伝える下男に、

 「早く!」

 麻津乃は、つい声を荒げて答えた。

 「こちらに、お通ししろ!」

 そして、まだ障子の向こう側にいる弥生に、

 「陽どの……昨日の娘が、しゃべれる様になりました!」

 報告。

 「良かったです」

 弥生も、安堵あんどの声を上げ、こちらに入って来た。

 しかし、

 「そなたの体には、割り竹で打たれた跡がいくつもあったが、一体?」

 麻津乃が問うたとたんに、

 「嫌……」

 陽は、震え出した。

 「思い出したくないのですよ」

 弥生は、言った。

 「今は、そっとしておいて差し上げましょう」

     *

 数日後である。

 「あの……。麻津乃さま」

 陽が、真剣な眼差まなざしで、話しかけてきた。

 「わたくし、お話し致します」

 「良いのか?」

 訊く、麻津乃に、

 「はい」

 と、陽。

 「では、聞かせてくれ」

 「わたくし、お旗本の本多六蔵さまのお屋敷に、ご奉公に上がっておりました」

 「何ッ。本多六蔵だと」

 「はい」

 「そなたの様に本多の屋敷に奉公していた娘が死んだ、と聞いたが」

 「お千代さまです」

 「長吉の姉……」

 「お千代さまは、本多家の家宝の茶碗をわってしまって、殿さまに割り竹で打ち殺されたのです」

 「むごい……」

 「殿さまは、お千代さまをお打ちになっているうちに、女子おなごを責めさいなむ事に興奮なされて」

 陽は、続ける。

 「お千代さまを殺してしまった後、わたくしを……」

 「粗相そそうをしたのか?」

 「いえ。何も」

 「鬼畜野郎きちくやろう!」

 怒りの声を上げる麻津乃に対して、悪夢の様な出来事について打ち明け少し落ち着いた陽が、

 「わたくし、何故、このお屋敷に?」

 と、尋ねた。

 「気を失っていたそなたを武家の奥方風の女に十両で託された駕籠屋が、本多の手の物らしい侍に襲われ、それをわたしが助けた」

 「では、奥方さまが……」

 「奥方は、善い人なのだな」

 少し救われた思いの麻津乃だったが、暗い表情に戻って、言った。

 「お千代さんの事、小太郎と長吉に話さねばならぬ」

     *

 松平邸に呼ばれた、小太郎と長吉。

 「姉さんは、殿さまに責め殺されたんですね」

 泣き顔の長吉は、

 「小太郎さん」

 親友を見つめた。

 「……?」

 「剣術を教えてください」

 「え?」

 「姉さんのかたきを討ちたい」

 「無理ですよ」

 数瞬の後、答える、小太郎。

 「わたしは、剣の方は全く駄目なのですから」

 「そうですか……」

 「剣術なら、こちらの麻津乃さまに」

 言われて、

 「あの」

 長吉は、麻津乃の方を見たが、

 「剣術は、一朝一夕いっちょういっせきで強くなれるものではない。それに、弟の手が悪党のけがれた血で汚れるのを、あの世の姉が喜ぶものか」

 と断る、麻津乃。

 「そういう物騒ぶっそうな事は、侍に任せておけばよい」

 そして、

 「他に能がないのだからな」

 「え……?」

 きょとんとなった少年たちに、麻津乃は言った。

 「本多六蔵は、わたしが斬る!」

     *

 本多邸である。

 「こずえ

 当主の六蔵が、妻の名を呼び、

 「はなが、いたぞ」

 と、詰め寄った。

 「陽を逃がしたのは、そなた、だそうだな」

 「花を責めたのですか?」

 妻の梢は、きっと見返す。

 「鬼畜のごとき真似まねは、もうお止めください!」

 「うるさい!」

 怒鳴る、六蔵。

 「今夜は、そなたを仕置しおきせねばならんな」

 六蔵が、残忍な笑みを浮かべると、

 「奥方さま。ご無礼致します」

 縄を持った用人が、現れた。

 「殿の命故めいゆえ、お許しを」

 用人が、恐縮しつつも嬉しそうに言った、その時、

 「変態ども。そこまでだ」

 凛とした女の声が、響いた。

     *

 「腰元衆を責めるのに飽きたら、次は奥方か」

 女の声に、

 「何者だッ?」

 六蔵は、叫んだ。

 「松平麻津乃」

 声と共に、男装の美しい女が、現れ、

 「旗本の恥とも言うべき外道げどう。わが愛刀のさびにしてくれる」

 と、腰の刀を抜く。

 六蔵も、それを見て、抜刀したが、

 「殺すには惜しい美形。生け捕りにしてやろう」

 と、みねを返す。

 「流石さすがは、殿」

 用人も、それに倣った。

 「随分ずいぶんと余裕だな」

 二人を見て言う、麻津乃に、

 「女武道を責めるのも悪くない」

 笑う、六蔵。

 「下衆が!」

 「いい顔だ。益々、気に入ったぞ」

 打ち込む六蔵だったが、

 「おぬしの顔は、胸糞悪むなくそわるいな」

 麻津乃は、軽く弾き返す。

 そのまま、上段に構え直す、麻津乃。

 「夢刀流・天之雷むとうりゅう・てんのいかづち!」

 振り下ろした剣が、六蔵を一刀両断。

 それを見て腰を抜かした用人に、

 「おぬしも死ぬか?」

 麻津乃が、問うと、

 「どうか命ばかりは……」

 用人は、泣いて平伏した。

     *

 「お千代さんの仇はとったぞ」

 と、松平邸に凱旋の麻津乃に、

 「ありがとうございます。これで、姉さんも成仏じょうぶつできると思います」

 長吉は、礼を述べた。

 「千代の弟ですね。千代を助けてあげられなくて、本当にごめんなさい」

 腰元衆を引き連れて同行した、梢が、びる。

 「いえ。奥方さまが悪い訳じゃありませんから」

 「千代は、本当に良い娘でした」

 しみじみ語る、梢に、

 「ええ」

 「それはもう」

 腰元たちが、同意。

 「そなたたちは、新たな奉公先を探さねばならんな」

 麻津乃が、言うと、

 「いえ。それは、大丈夫です」

 と、梢。

 「皆、わたくしの実家で、雇います」

 「奥方さま!」

 喜びの声をあげる腰元たちを見て、

 「姉さんも、あの中にいるはず、なのに……」

 長吉が、泣き出す。

 「そうだな」

 そんな長吉を抱きしめる、麻津乃。

 それを見た、小太郎は、思った。

 (ここは、く所じゃないよな……)

 

     完

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