七章 女神ニ捧グ憤怒ノ業 - 69.進化
エルメラは、この話しを聞いてどう思っているのだろう。
もともと浄化で零れた塵が人間に宿った。
それが前提だからこそ、エルメラは女神を殺して力を断とうと考えたんだ。
「奪った人間が死んだ時、何故力が戻らぬのじゃ?」
あ、確かに。
塵が烙印となって継承される。
それも塵の特性と言われているけれど、そもそも本当にそうなのか?
「私も戻ると思っておった。故に、それまでは此処に身を隠そうと地底に在処を変えた。」
「理由については知らぬと?」
「いや。始祖が使った呪詛によるものだ。力を手放したくないばかりに、所持者が死んだ時別の生命に転移するようにしたのだ。」
それすらも始祖の仕業!?
女神関係ないじゃない。
すべてそいつらが根源だ!
「聞いた話しと全然違う。僕はなんのために此処に来たのか・・・」
ユーテだけじゃなく、他も声には出さないが似たような反応。
「断ち切る方法はないのかしら?」
「呪詛は術者本人が解呪するか、若しくは発動した時点で解呪不能なものが多い。始祖が死んだのならば、解呪は出来ないと思った方がいい。」
聞いたマリアも、女神の答えにさらに脱力する。
この力が悪いわけじゃない。
初めから、すべて人間の業でしかなかった。
「身体の一部に呪詛の痕跡が在る筈だ。その痕跡が持ち主が死ぬと転移して別の人間に宿る。力が戻ってこなく調べた結果がそれだ。」
この烙印・・・
いや、烙印じゃなく呪詛の痕が縛り付けているんだ。
「で、あんたにはどうする事もできないのか?奪い返すとか。」
「神とて万能ではない。呪詛の仕組みがわからぬ以上、取り出す事は不可能。お主らを殺したとて別の人間に転移するだけ故、成す術は無い。」
グエンも疑問が解消されずに舌打ちした。
「お主が死ねば無くなるのかのう?」
もう、それしか考えられる事はない。
エルメラの問いに、女神は寂しそうに微笑んだ。
「どうしても力を取り除きたいのであれば、それしか方法は無い。さすれば、力を縛り付けている烙印も、縛るものが無くなり消えるだろう。」
やっぱり、それしか無いのか・・・
女神の力でなんとかなるならば、殺さない方法があるかもしれない。
一瞬見えた光明だったが、本当に一瞬だけだった。
どうするのか。
エルメラを見ると、その表情は此処に来た時と変わってなかった。
他のみんなが戸惑いと落胆を隠せないでいる中、変わらずに。
そうか。
予定は変わらないのね。
「やむにやまれず失くしたい。その思いに応えるため私が死ぬのは構わない。が、一方で神である責務もある。すまぬが、人間のためだけに、ましてやお主ら個人のためだけにこの生を終わらせる事は出来ぬ。」
そうでしょうね。
「大人しく引き返し、その生を全うせよ。」
女神の表情が険しくなり、言葉に威圧が含まれた。
「片鱗が現れる範囲は私の力が及ぶ範囲だけだ、この地方から外に出る事は無い。お前らが作った戒めならお前らで壊すのが筋だろう。」
確かにそうだ。
その通りだけど。
それじゃ駄目なんだ、こんな力は要らないんだよ。
「死ぬ事は叶わぬが、殺されたのであれば建前として問題はなかろう?」
エルメラが不敵な笑みを浮かべて言った。
なら、私もそれに追随するだけ。
相手にどんな理由があったにせよ、私は私の想いを優先してきた。
いまさら善人ぶる気なんて更々無い。
背負った業が重なろうが、それは自分で選んだ事だから。
「二千年もこんな場所に隠れ住むのも疲れたでしょう。そろそろ楽してもいいんじゃない?」
私は言いながら短刀を抜いた。
「アリアちゃんまで!?」
リリエルは驚きの表情をしていたが、エルメラは不敵な笑みのまま私を見ると頷いた。
そう。
女神は何も悪くない。
業を背負ったのは人間だけ、それを後世まで押し付けたのも人間だけの業、ならば終わらせるのも自分勝手な業。
それが、至った結論。
「私はもう平穏に暮らしたいのよ。」
「自分らが蒔いた種とは言え、これ以上付き合ってらんねぇしな。」
マリアとグエンも女神を見据える。
「この力が繋いだ未来だとしても、もう不要よね。」
「恨みはしたが僕ももう知った。これが無くとも大丈夫だと。むしろ心が歪む一因でしかない。」
フィナが笑顔を向けて来て、ユーテは抜剣して構えた。
「失くした暮らしはもう戻らない。でも・・・私は普通に生活したいだけ!」
「あたしだって、普通に女子したいって。」
オルディヌの叫び、リリエルは嗤って右手を握りしめた。
「ワタシは、おねぇと楽しく過ごしたい。でもジャマなんだよ、この力、楽しくない。」
ウリカが私の横で言った。
そうね。
楽しくないよね。
「楽しい方がいいもんね。」
「ウン!」
「片鱗如きで私に立ち向かうか。その力の根源、いかほどか思い知る事になるぞ?」
「初から承知じゃ。」
険しい表情をしながら女神が立ち上がる。
「残念だ。お主らなら私に仕える事も良しと考えたのだが。」
「お断りよ。」
マリアが言うと、女神はまた寂しそうな表情をして手を頭上に翳した。
「片鱗とは言え私の力。私が扱えるとは考えなかったのか?」
「っ!?」
突然視界が歪み、吐き気が襲ってくる。
立っていられない。
片膝を付いて周囲を見ると、みんな似たような状況だった。
膝を付いて、手を付いて、ユーテやオルディヌは既に嘔吐していた。
私たちの中にある力に、女神が何かしたって事?
「そもそも、私の力を以て私に相対する事が無謀。」
「くそ!」
ユーテが左手を女神に向けた。
「な・・・んで・・・」
「もともと私の力だ。効くと思ったのか?」
消滅の魔法も女神には使えない?
それとも、効力が無い?
だったら、他の魔法もきっと・・・
「亡骸は丁重に弔ってやろう。誰も訪れぬような山脈のいずこかへ。」
さらに眩暈が激しくなって、私も胃の中から逆流してきた汚物を吐き出した。
オルディヌは既に目が虚ろになって俯せに横たわっている。
他は何とか堪えているが、もう時間の問題。
どうにか出来ると思ったのが間違いだった。
これ、何も出来ない・・・
エルメラも悔しそうに歯を食いしばっているが、それが限界に見えた。
このまま、死ぬしかないの?
「アリアちゃん。後は頑張って。」
マリアの声が聞こえた後、急に気分が楽になった。
全員を包むように、薄っすらとした闇が包み込んでいる。
「まさか!?」
「お姉さん、こういう時のためにいるのよ。」
と言って微笑んだ。
「それって・・・」
「言ったでしょう。傷の構成を変えるのは元の魔法の応用だって。」
!?
そうか。
奪った力はそのまま受け継がれてきたわけじゃない。
「女神の力が、すべてじゃない?」
「そう、よ。だから、まだ、抵抗は、できるん、じゃない?」
マリアは苦しそうに、それでも微笑んで言った。
って、何でマリアは苦しそうなのよ。
他は楽になってきているのに。
「マリア!」
咽て喀血したマリアに駆け寄る。
「自分に、効果が及ばない、ってのも、考えもの・・・よね・・・」
「じゃぁ・・・」
「そう、お姉さん、は・・・ここまで。」
だから、後は頑張れって。
そういう事。
「今から変えろ!」
「無理、よ・・・時間、無い・・・」
なんで直前になって。
「マリアよ、後は任せよ。」
近付いて来たエルメラが、女神を見据えながら言った。
切り替え早いよ・・・
「庭園・・・が、いいな。居場所・・・」
「専用の場所を用意してやるのじゃ。」
「よろし、くね・・・」
マリアは言うと、私を見て優しく微笑んだ。
力の無い手が、私の頬に触れる。
「生きてよ!!」
その手が、光となって崩れ始めた。
「マリアっ!!」
何これ・・・
微笑むマリアが、光の粒になって崩壊していく。
身体も残らないの!?
「前を見よ。」
「そんなすぐに気持ちの切り替えなんて出来ないよっ!」
女神を見据えるエルメラは何故そんなに。
私より、マリアとの付き合い長いくせに、何故そんな簡単に切り替えられるの。
「なるほど。長い時は私の力にも変化があったようだな。」
女神がそんな事を言った。
マリアも、同じ様な事を言った。
そうか。
切り替えられない私がダメなんだ。
それじゃ、マリアが余計悲しむ。
私はゆっくりと立ち上がって、女神を睨んだ。
「多少、生の時間が伸びただけだ。もう諦めよ。」
相変わらず悲しそうな、寂しそうな表情で女神が言う。
「黒翼・・・」
私は静かに言う。
「おねぇ!!」
身体の中が熱い。
その熱が身体の中を駆け巡っている感じで、それは背中に向かっている気がする。
そして、背中からその熱が噴き出すよう。
あの黒い何かが、顕れているのでしょうね。
でも、大丈夫。
「ウリカ、心配いらない。」
私はウリカに微笑む。
「オルディヌ、前を向いて。」
俯いて大粒の涙を流し続けるオルディヌに声を掛ける。
「悔しいよね。」
「・・・」
オルディヌは無言で頷いた。
「家族も殺され、自分も殺され、住む場所を奪われ、その境遇が憎いよね。」
私も同じ。
「その思い、魔法に乗せて女神を撃って。」
オルディヌはゆっくりと右手の人差し指を女神に向けた。
「光穿。」
黒い光を帯びた光の奔流が、女神の肩を貫いた。
「なに?」
女神が欠けた肩を見て言った。
「まさか・・・」
グエンが私を見て言う。
「多分、みんな使えるんじゃないかな。」
「なるほど、塵が塵として扱われたからこそじゃな。」
エルメラの言葉に私は頷く。
「つまり、私の力は長い歴史の中で変革したという事か・・・」
本人も理解してしまったみたい。
「オルディヌ、その光で女神を貫ける?」
「できる・・・」
オルディヌは女神を睨みながらはっきりと言った。
「じゃぁ、私は女神を押さえる。その時にやって。」
「うん。」
「僕らはそれを助ければいいんだな?」
察したユーテに私は頷く。
「その前にあたしが潰しちゃうかもねぇ。」
リリエルも久々にあの顔になった。
「うちが斬り割くかもよ?」
「よぅし、勝負。」
リリエルとフィナが頷き合う。
「抑えるなら俺の方が向いているだろ。」
グエンも不敵な笑みを浮かべた。
「ワタシはおねぇの補助をするね。」
みんな、やる気は取り戻したみたい。
「まさか、この様な変化は想像もしていなかった。」
女神はまたも右手を頭上に向けた。
「闘う事を望むのであれば、覚悟するがよい。変化があったとは言え、あくまで片鱗でしかない。」
同時に、何十本もの光る剣が現れる。
これからが、本番。
塵が塵だったからこそ生まれた力。
生まれては繰り返される悲劇。
その度に、憎悪と憤怒が積み重ねられた。
きっと、この黒い奔流はその積み重なった業が生み出したもの。
人間が、人間であることの証左。
汚く、醜く、脆弱で、自分本位な生き物。
塵もそうでない人も人間である事に変わりは無い。
塵にとっても人間は忌み嫌うものになって、お互いがお互いをその存在に仕立て上げたんだ。
女神が左手を振るうと、熱風が私たちの場所を撫で、直後に炎の海が押し寄せる。
それをリリエルの黒い光を帯びた氷が遮った。
「いけるいける。あたしも出来るじゃん。」
続けて飛来した光の剣は、フィナの暴風によって散らされ至る所に刺さっていった。
それは女神にも刺さったが、自分の力だから効果も無く霧散する。
続けてグエンが腰に下げていた袋を投げると、そこから土の槍が生え女神のお腹に突き刺さった。
「え、土を持ってきたの?」
「念のためな。この中にそれっぽいもの無かったしな。」
「むしろ無いと使えないって・・・」
「呆れんな!」
だが、女神がその槍触れると、土に戻って床に落ちた。
リリエルがグエンにもう一度呆れた目を向ける。
刺さった場所は穴が開いたものの、当の本人は気にも留めていない様。
「私に傷を付けられたからと言って、対等に闘えていると思わぬ方がいい。」
「神相手に、その様なおこがましい事など考えてはおらぬ。」
エルメラの放った雷撃は、女神の周囲で弾けるものの、本人に届いてはいなかった。
「ぬぅ、直接叩きこむしかないようじゃな。」
エルメラが身を撓め突進する。
私も続いて女神に向かって跳ぶと、ウリカもそれに続いた。




