一章 友ニ捧ぐ塵灰ノ光 - 6.懐柔
「・・・!」
身体に伝わる振動で目が覚めた。
というか、いつ寝たの?
記憶が無い。
って、ここは何処?
身体に伝わり続ける振動、椅子に座っている?
「起きたようじゃな。」
!?
目の前にバケモノが居る。
という事は、これは馬車の中?
「アリア、大丈夫か?」
隣から聞こえた声に振り向くと、心配そうな顔をしたガリウが居た。
そうか、目が回って倒れたんだ、私。
「って、これ何処に向かっているの!?」
まさか攫われてる?
それならガリウがこんな大人しくないか。
どういう事?
「何時目が覚めるかわからぬ者を路上に放置するわけにもいかぬ。一先ず余の居城に向かっておるところじゃ。」
勝手に何してくれてるの。
「降ろして!」
扉の取っ手に手を伸ばしたが、それより速くバケモノの手が遮った。
「アリア、話しだけでも。」
ガリウまでそんな事を言い出した。
私が寝ている間に懐柔でもされたの?
「お主の復讐を邪魔するつもりはない。その前に話しだけでも聞いてもらいたいのじゃ。必要であれば目的地まで送る故。」
復讐の事まで知っている。
本当に何者なの?
「これは邪魔とは言わないの?」
「成程。だがこれは休憩じゃ。」
・・・
なんか腹立つ。
「予定より多少遅れるであろうが、話しが終わればセアクトラまで送ろう。」
ふぅん。
そういう事。
私の次の目的地を知っていた。
つまり、計画的に接触して来たって事ね。
「概ねの事情はガリウから聞いておる。」
あ・・・
そっか。
私の推測が破綻した。
って私の馬鹿。
ガリウがセアクトラの話しをしたとしても、このバケモノはそれ以前から知っていて接触して来た事に変わりはない。
「ええと、バ・・・エ・・・エ?」
バケモノって言うところだった。
名前、なんだっけ?
「エルメラデウスじゃ。エルでもエルメラでも良い、好きに呼ぶがいい。」
口調は凄い偉そうなんだけど、態度はそうでもないのよね。
違うなぁ、寛大?
「エルメラの家までどれくらいなの?」
「三日じゃ。」
遠い。
しかも馬車でしょ。
「経過する各所に代えの馬を用意しておる。それで三日じゃ。」
馬も生き物。
走り続ける事は出来ない、休憩も必要なのね。
普通に歩いたら、かなり時間がかかりそう。
「経費、つまり途中の宿泊費や食事はすべて余が負担する。問題なかろう?」
つまりガリウはご飯に懐柔されたのね。
よくわかった。
ガリウを見たら目を逸らしたので間違いないわね。
「わかった。とりあえず聞くだけ。」
「うむ。それは良かった。」
私の返事にエルメラは笑顔で頷いた。
その笑顔は出会った時の様な含みを感じさせず、とても綺麗だった。
・・・
なんか、変な感じ。
複雑な気分。
よくわからない自分の思いは忘れる事にした。
それより、エルメラの話しが気になっている。
塵に関しては間違いなく私より知っているはず。
それと、私の生い立ちに関しても話しからすれば知っていると思う。
今すぐにでもあいつを殺したいけど、エルメラの話しの方が重要だと思えた。
それは、私が知らない、私に関わった奴等の情報があるかもしれないから。
その情報が得られるのなら、無駄じゃない。
必ず、私とお母さんををこんな目に遭わせた奴等を根絶やしにしてやる。
「うめぇ!こんな旨いもん食った事ねぇよ。」
ホーリエルに戻り、馬を変えて更に移動した。
何て贅沢。
ホーリエルの近くにある小さな湖畔の町、レイーベ。
今夜の宿泊地はそこで、今は晩御飯を食べている。
しかも個室。
領主ともなると、やる事が別世界。
ご飯に釣られたガリウも満足そうに食べている。
むしろ貪っている。
だけど、時折その表情に陰りが見えたのは気のせいかな?
「エウスを部屋の前で待機させておる。会話の内容は気にせずともよい。」
それで個室。
急に環境が変わると戸惑う。
こんな贅沢、した事が無いから。
「目的は何?」
エルメラは話しをしたいと言った。
だけどその意図がわからない。
私に何かしらの利用価値が無ければ今に至ってない。
そうじゃなきゃ、勝手に復讐して野垂れ死んでも関係ないもの。
「お主の復讐の一助となればよい。」
それでエルメラが何を得るかよね。
「不便かもしれぬが、余の居城を拠点に動けばよい。路銀についても足りぬじゃろう?」
拠点は面倒だけど、お金はその通り。
「お主は復讐に専念すればよい。」
「それで、私に何をさせたいの?」
私が言うと、淡々と語っていたエルメラが笑みを浮かべた。
「うむ。察してくれるとはありがたい。」
やっぱり、見返りが必要よね。
「だが、それについてはセアクトラの件が片付いてから話そう。今はお主の事に注力するがよい。」
「セアクトラで終わりじゃないよ。」
「分かっておる。お主の復讐が果たされるまでは手を貸そう。」
それは助かるけど。
どうしてそこまでするのかが本当にわからない。
「余の利得に関しては気にする必要はない。何れ手を貸して欲しくはあるが、それはお主の目的が果たされた後でよい。」
それならそれで。
私に利用価値があるなら利用すればいい。
私の復讐が終わった後でいいなら構わない。
それまでは、私も利用させてもらう。
「それと、塵と私の生い立ちに関しては知っているの?」
私が聞きたいところはそこ。
特に後者について。
当事者は口を開かない。
だから、私が知っている範囲以上の事は知りようが無い。
だけど、もしそれが分かるならと思う。
「余が知り得ている事については教えよう。だが、それは居城に戻ってからじゃ。」
何故?
別に今でもいいじゃない。
「得心しておらぬようじゃな。」
それはそうよ。
今すぐにでも知りたいもの。
私が此処に居る一番の理由だし。
「個室、とは言え外で話すべき内容ではない。それに、お主に関わる部分を話した時、冷静に聞いて終わるとは思えぬ。」
・・・
図星。
自分でも制御出来ない部分があるのは確か。
「この町は余も利用しておる。余が不利益を被るような可能性は許容出来ぬ。」
悔しい。
今すぐ知りたいのに。
でも、エルメラの言っている事の方が正しい。
「わかった。」
「うぅ、食い過ぎた・・・」
用意された部屋に入ると、ガリウは寝台に仰向けになって呻いた。
あれだけ食べればねぇ。
「まぁ美味しかったものね。」
本当に料理は美味しかった。
空気は微妙だったけど。
エルメラの雰囲気が異様と言った方が正解かも。
「だろ、食い過ぎた俺に罪はない。」
バカな事言ってる。
とりあえず放置しとこ。
「朝早いし、もう寝るね。」
「あぁ、俺も動けねぇ。」
寝るとは関係無いけど。
本人が満足したなら良いけど、後先考えないのはちょっとね。
食べた後に何か行動する場合は、気にしといた方がいいかな。
そう思いながら、私も寝台に横になった。
「・・・ぅ・・・」
?
ガリウ?
微かだが、ガリウの声がした。
普段から眠りが浅いから、小さい音でも起きてしまう。
「・・・さん・・・かあさん・・・」
そうか。
多分、泣いているのね。
当たり前の反応。
数日の付き合いだけど、普段のガリウはそんな素振りを見せない。
でも、家族が殺されたら泣き喚いても不思議じゃない。
私を殺そうとしても当然。
何もおかしくない。
だから、私は聞かなかった事にした。