七章 女神ニ捧グ憤怒ノ業 - 65.解任
今後の方針が決まり、夕食も終わったあとエルメデウスは執務室にエウスを呼んでいた。
普段は食後の紅茶を飲んでいるエルメデウスだったが、今は葡萄酒と硝子の容器を机に置いている。
たまにある事なので、エウスはそこまで気に留めなかった。
「座るがよい。今宵は執事禁止じゃ。」
その言葉に、エウスは戸惑った。
普段から淡々としているエウスの戸惑いを見て、エルメデウスは可笑しそうに笑む。
「どの様な事を言われましても、私はあくまで一介の執事でございます。」
「ほう。座らねば余がお主の隣に同様に立ち続けるがよいのか?」
エウスは諦め、内心で溜息を吐くと上着を脱ぎ渋々座る。
机を挟み、両側に用意された応接用の長椅子の反対側には、エルメデウスが座った。
「エルメデウス様、そこまでなさらずとも。」
その言葉を無視し、硝子製の容器を二つ置くとそこに葡萄酒を注いだ。
「今宵は友として付き合え。」
「しかし・・・」
それでもエウスは、自分の立場を崩すことに躊躇する。
「ならば、今現在をもって執事は解任とする。それならば問題あるまい。」
「何故そのような事を!私は死ぬまで、エルメデウス様の執事でありたいと願っております。」
その言葉を聞き流し、エルメデウスは容器を持ち上げるとエウスにも促す。
暫く考え込んでいたエウスだったが、やがて同様に持ち上げた。
「お主のおかげでここまで漕ぎ着けた、感謝する。」
言うとエルメデウスは容器を掲げ、一気に飲み干した。
「どうした、口を付けねば話しは進まぬぞ?」
「私こそ、お仕え出来ている事に感謝しかございません。お役に立てているならば、これ以上の幸せはありません。」
エウスはゆっくりと容器を口に運び、一口飲み込んだ。
エルメラデウスその仕草を見て優しく微笑む。
「エウスよ、後の事は頼むぞ。」
「承知しております、長年の目的がついに目の前まで来たのですから、留守はお任せください。」
エウスは言うが、エルメラデウスの表情に変化は無い。
いつもと違う態度に、違和感を感じて戸惑った。
「エルメラデウス様?」
「執事解任は本当じゃ。お主は今後、エルメラデウス領の領主として・・・」
「何を仰いますか!?」
エウスは立ち上がり大きな声を出した。
戸惑いと、怒りと、悲しみが綯い交ぜになった様な表情をして。
「この目的のためだけに領主となったのじゃ。領民から搾取している屑と変わらぬ。」
「決して、そのような事はございませぬ。」
座りなおしたエウスは静かだが、強く言う。
「わかっておったじゃろ?」
「・・・」
諭すように優しく言ったエルメラデウスの言葉に、エウスは俯いて無言になった。
「初めからそういう話しでお主も着いて来たじゃろう。あくまで領主は目的を果たすための手段でしかないと。」
「領主だからではありませぬ。エルメラデウス様だからこそ私は・・・」
「わかっておる。だからこそ、感謝もしておるし今後を任せられるのはお主しかいないと思うておるのじゃ。」
エウスは暫くの間、俯いたりエルメラデウスを見たりと繰り返した。
エルメラデウスその様を、新たに注いだ葡萄酒を飲みながら見て、エウスの言葉を待つ。
「ここ最近、薄々気付いてはおりました。」
「そうか。」
「ただ、どうしても私はエルメラデウス様に仕えていたい。その思いの方が強いのです。」
エウスは思いを吐き出すと、容器に残っていた葡萄酒を飲み干した。
エルメラデウスは容器に葡萄酒を注ぎ足す。
「戻って来るのですよね?」
「当り前じゃ、余を誰だと思うておる。お主に任せたのは、余が領主であってはならぬと思うておるからじゃ。」
女神を屠り、塵の輪廻を断ち切る。
塵を集めるため、領主の座を利用する。
そのために、ローデルベリウに我儘を言った。
故にこれ以上、目的の為に居座るわけにはいかない。
「心配するな。お主に押し付けたまま居なくなるわけではない。」
「承知致しました。」
「補佐としてローデが一人派遣してくれるじゃろう。それと、話し次第じゃがカラフを利用するのもありかもしれぬ。」
新たに加わった予定外の人物をエルメラデウスは思い浮かべる。
「そうですな。貸与地の事もありますし、カラフ殿が協力いただけるなら助かります。」
「ランフェルツの事はフィナメルシェを頼れば良い。リヴィラエ卿との橋渡しも問題無いじゃろう。」
「左様でございますな。」
存外、領の事は自分が居なくても回りそうだと、口にしてみたエルメラデウスには思えた。
「では、今後は領主としてエルメラデウス様にお仕え致します。」
「領主が仕えるのは国王であり、その国を構成する国民じゃ。何を言うておる。」
エウスは葡萄酒を飲み干し、エルメラデウスを見据えた。
「ではエルメラデウス様が国王になられればよろしい。」
「・・・」
(しまった、酒を酌み交わした事など無かった故、ここまで弱いとは予想外じゃった。)
顔を赤くして据わった眼をしたエウスを見たエルメラデウスは、失敗したと頭を抱える。
「それで、この国も領も安泰ですな・・・」
据わっていた眼は虚ろになり、やがて身体が左右に揺れる。
エウスはその後、言いながら長椅子に倒れる様に横たわった。
「やれやれ。次から酒の席は気を付けねばな。」
エルメラデウスはエウスの足を持ち上げ、長椅子に乗せた。
その後、別室から毛布を持ってくると、エウスに掛けて窓際に移動する。
容器に葡萄酒を注ぐと、瓶が空になったので執務机に置く。
窓の外には闇しか広がっていないが、往く先は暗くはないと思えると微笑んで葡萄酒に口を付けた。
「光穿。」
オルディヌの右手の指先に光の粒が収束すると、一直線に光の帯が迸る。
「いや、強すぎ・・・」
その光景を見たリリエルが呆れを漏らす。
一瞬の光だったが、エルメラのお城を有する敷地の外壁に穴を開け、その先にある木の太い枝が落ちていくのが見えた。
「すごく疲れるので、立て続けには使えないですが。」
「凄いよ。」
そう言ったオルディヌの頭を撫でると、笑顔になった。
「ワタシも飛び道具を扱えるようになるべきか・・・」
ウリカが羨ましそうにオルディヌを見て言った。
まぁ、魔法を使えないんだからしょうがないし、代用する物もないでしょう。
「ウリカにはウリカの強さがあるでしょう。」
「はい。私もそう思います。あの速さと膂力は凄いと思います。」
「ソウ?」
と言って、ウリカが笑顔になる。
「場合によっては、僕の魔法よりも強力だな。」
ユーテも穴を見ながら言う。
確かに、範囲を消滅させるならユーテの魔法が有効だろう。
だけど、この光は石造りの壁すら無かった様に伸びていく。
使い方によっては、建物の中に人がいても容赦なく殺せる。
例えば、城の外から玉座を狙うといった恐ろしい事も可能だろう。
オルディヌの魔法については今まで触れて来なかった。
何がきっかけで当時の事を思い出すかわからないから、迂闊に触れられない部分でもあると。
だけど、女神と戦いに行くなら、その魔法を把握しておく必要がある。
言い方は悪いけれど、魔法も使わないなら連れて行く意味は無いと。
それで私たちが一緒に確認する事になったのだけど。
思った以上に使いどころを選びそうな魔法だった。
魔法に関しては他にも応用が効いたり、灯りとして使えたりとそこそこの汎用性はあるそうだ。
ただ、まだ年齢も年齢だけに、それほど多くは使えないそう。
それは身体能力においてもだ。
今後、成長に伴って強くなるだろうとは思うけれど、それが必要な世の中であって欲しいとは思わない。
特にオルディヌは、まだ子供なのだから。
「アリア殿、少しよろしいでしょうか?」
オルディヌの魔法の確認をある程度終えたところで、エウスが話しかけて来た。
あれ、アリア殿?
前はアリアーラン様だったのに。
まぁいいか。
「開拓に行ったんじゃなかったの?」
「少し思うところがあり、カラフ殿に任せております。」
「それで、どうしたの?」
「実は開拓にあたり、皆さまのお力を借りたく。本来、この様なお願いは心苦しいのですが。」
リリエルを見るが、首を傾げているので何も知らないのだろう。
「あたしらみんなって事?」
「はい。リリエル殿やユーテ殿にもご協力いただきたく。」
「あれ、エウスが様を付けなくなった?」
やっぱりそうなんだ。
「いろいろありまして、今後はご容赦いただければ。」
「いや、あたしは最初から堅苦しい呼び方はしなくていいって言ってるじゃん。」
それは個人の都合なので押し付けるものでもないけれど。
「それで、何をすればいいの?」
「ニーメルラッゼの方々は住居を建てるための作業で手一杯でして、なるべく早く開拓も進めたいと思っております。」
なるほど。
確かに早い方がいいだろうけど、それを私たちが手を出していいのだろうか。
「それは僕で役に立つのか?」
「あ、あたしもそう思う。うちら燃やす、潰す、消すしか出来ないよ?」
確かに。
って、リリエルに言われるのはちょっと。
「斬る事もできるわよ。」
「それなら僕も可能だ。」
「あ、増やすなんて狡くない?」
「ワタシは力仕事ならイケるよ。」
「ウリカちゃんまで!」
それなら使いどころはありそうだけど。
「おほんっ。まずは私の話しを聞いていただけますかな?」
こっちで盛り上がり始めたら、笑顔でエウスが言う。
その顔はいつも通り笑顔だが、態度はそうじゃなかった。
かなり恐い。
「はい。」
「アリア殿には焼畑を行っていただきます。農耕地として使うために必要なのですよ。草刈りは既にフィナ殿にお願いしているため、燃やしていただければと。」
「わかった。」
畑ってそんな事をするのね。
「ユーテ殿には水路をお願いしたい。正直、掘るための労力が無く、このままだと大分先になりそうなため。」
「なるほど、確かにそれなら僕でも可能だ。」
「リリエル殿は、氷で水路に水が流れない様にしていただきたい。決壊して掘っているところに流れてしまうのを防ぐためですな。」
「そゆことなら、問題無い。」
「ウリカ殿には水路の補強をお願いしたく。方法については現地にて説明しますので。」
「任せて!」
「私は何をしたらいいでしょうか?」
「オルディヌ殿の力を把握しておらず申し訳ない。現地で判断という事でもいいでしょうか?」
まぁ、それを今確認したのが私たちだしね。
「もちろんです、お願いします。」
矢継ぎ早に説明したエウスに、それぞれが頷いていく。
「エルメラデウス様には既に話しております。この後すぐに出発しますが問題ないですか?」
お互いに見合って頷いた。
「大丈夫。」
「では早速馬車へ。お昼も用意しておりますので、現地についてから食事に致しましょう。」
「お、いいじゃん。久々に外での食事。」
確かに。
最近はお城にずっと居るから、野宿もしてないし。
ちょっと楽しみかも。
現地に到着すると、フィナが道端に座り込んでいた。
こちらに気付くと力ない笑顔で手を振ってくる。
「凄い疲れてそうだね。」
「流石にこの範囲を刈るのは疲れたわ・・・」
うわぁ・・・
エルメラのお城よりも広い。
「これ全部?」
私はその平地を指差してエウスに聞く。
「そうです。今日中とは言いませんので、よろしくお願いします。ちなみに切り株は邪魔ですので、ユーテ殿に消していただけると助かります。」
「わかった。」
「木は私が適度に切りますので、運ぶのはウリカ殿にお願いしたい。」
「ウン。」
本当に大作業だなぁ。
「あの・・・」
「おや、どうしましたオルディヌ殿。」
「木を切るなら、私できるかも。」
「ではお願いできますか?」
「はい!」
笑顔で頷くオルディヌを見ると、きっと自分も何かしたいと思っていたんじゃないかと思えた。
「さて、仕事の前に腹ごしらえでも。」
エウスは言うと馬車から食材を取り出し、近くに積み上げてあった石で囲った場所に移動する。
「アリア殿。」
「はいはい、火ね。」
「えぇ、お願いします。」
焼きたての肉を持ってきたパンに野菜と一緒に挟んで食べる。
お城が近いから出来る事よね。
凄い美味しかった。
しかし、エウスの雰囲気がどこか変わった気がしていた。
一体、どんな変化があったのかはわからないが、活き活きとしているエウスを見ていると、その理由については大した問題ではないかな、そんな風に思えた。




