七章 女神ニ捧グ憤怒ノ業 - 63.打解
あれから二か月。
庭園の復旧は順調に進んでいた。
もちろん、元領主だったオブエイクは帰る事も許されず、いまだに庭園復旧のため働かされていた。
置いてあった石材や木材は処分、配下になったユーテウェリに消させようという話しも出た。
が、リヴィラエが使用するための土地の資材として使いたいとフィナが言ったため、近郊へ運搬した。
力を欲したユーテウェリと、平穏を欲した私たち。
あっけなく折れたユーテウェリは、暫く口を開こうとはしなかった。
それでも諦めきれないのか、女神を殺した後力が無くなったらどうするとか聞いてきたこともあった。
無いなら無いでいい。
私はそう答えた。
だけど、みんな似たような思いは抱えていたみたい。
望んで持ったわけじゃないと。
だからこそ、エルメラに同調したのだろう。
オブエイクは朝から、庭で水撒きをしている。
整地して種を植え、小さいが力強く芽吹いた新緑に。
食後、その光景を見ながら思った。
できる事なら、今後新しく生まれる命には、烙印が付かなければいいと思う。
今、塵は此処に揃っている。
もし、女神を殺す事でこの連鎖が断ち切れるならと、願わずにはいられなかった。
「数日内にニーメルラッゼ家の一団が到着する予定じゃ。」
夕食時、エルメラが言った。
お城を取り戻してから、すぐにフィナが文書を用意してエルメラが飛ばした。
ここからサリュヘンリオまで約二か月。
多少遠いとはいえ、その先のニーメルラッゼ家が治める領はそれほど差はないだろう。
「まだ均した道は柔らかいじゃろうが、行き来しているうちに固まるじゃろう。」
リヴィラエが送って来た一団は、お城から馬車でニ十分程南下した平地に居を構える予定になっている。
当初庭に置いてあった木材や石材等の資材も、そこに運び終わっている。
だが、整地はしていないため開拓から始める必要があるのだそう。
一度見に行ったが、平ではあるが草木が普通に生い茂っていた。
「先ずは草刈りと樹木の撤去じゃな。それと並行して近くの川から水も引く必要がある。その指揮はカラフ、お主にお願いしたいが構わぬか?」
言われたカラフはユーテウェリを見た。
「もう僕の許可は必要ないはずだろ。」
ユーテウェリは手に持ったカトラリーの動きを止め、呆れるように言った。
「まだウォーゼハル家に未練があるのか?」
「いえ、私はユーテウェリ様にのみ忠誠を誓った身。ウォーゼハル家は関係ありませぬ。」
だからこそカラフは、様子を窺がったのだろう。
「僕はもう家を出た身だ。それに今はカラフ同様、エルメデウス卿の配下にすぎない。」
「承知致しました。私で良ければ尽力致しましょう。」
「うむ、頼むのじゃ。」
カラフは承知したが、ユーテウェリは本当に出たのだろうか。
「連絡をしたようには見えないけど、居なくなったらはいさよならなの?」
私が疑問を口にすると、面倒くさそうな顔をした。
聞くくらいいいじゃない。
「疎まれていたのだから連絡の必要はないよ。もともとウォーゼハル家は兄が継ぐ予定で、僕は存在しない事になっている。目的のために利用しようと居座っていただけだから、そもそも家の人間として扱われてすらいないさ。」
「そう、ならいいけど。」
殺されたと言っていた。
でも、実際のところどう思っているか聞いたわけじゃない。
違う事を思っているかもしれない。
カラフの存在が、その可能性だと思うし。
けど、これ以上私が踏み込む話しじゃないのも確かだから、言わない事にする。
「うちも出来るだけ協力するわ。もともとリヴィラエ様の都合なのだから。」
「それはならぬ。」
フィナがカラフに言うと、エルメラはそれを容認しなかった。
その言葉にフィナだけじゃなく、一同がエルメラに疑問の目を向ける。
ただ、エウスだけは変わらずに佇んでいた。
「どういう事かしら?」
流石のフィナも納得出来ずに目を細めた。
「主の目的を履き違えるでない。ここから先は余の目的のために動いてもらう。そういう話しではなかったかの?」
「確かに、エルメラの言う通りだけど。本格的に動くでいいのかしら?」
「そうじゃ。」
そうか。
今まで領内の事や、庭園、ニーメルラッゼ家へ貸与する土地の事で忙しくはしていた。
でも、それらが一段落着いたのだろう。
ここからは、私の復讐が再開って事ね。
「心配するな。此処は余の領内、エウスが尽力する故問題あるまい?」
エウスはわかっていたからあの態度だったのね。
「それなら構わないわ。」
「ちなみに、以前も伝えた様に住居が出来るまではこの城に住んでもらう。暫くは騒がしくなるが我慢するがよい。」
エルメラが一同を見渡して言うと、みんなが頷く。
「それで、話しは今するのかしら?」
「一団が到着してからじゃ。」
マリアの問いにエルメラが答える。
「んじゃ、今のうちに好きな事をしておけって事か。」
「何もすぐに行動するわけではない。そのための話しじゃろうが。」
グエンの言葉に、エルメラが呆れを含んで言うと笑いが起きた。
「ヘタレの場合、今やっておかないと死んで後悔するらできなくなるんだよ。」
「なんだと?ヘタレかどうか試してみるか?」
リリエルが言うと、グエンは薄ら笑いを浮かべながら挑発した。
「もう、大人げない事を言わないの。」
「リリエルが先に言い出したんだろうが。」
私も呆れて言うと、矛先がこっちに向いた。
面倒。
「リリエルもそうだけど、私やウリカ、オルディヌは子供なの。本来先導する立場でしょう?目線は合わせても精神まで合わせないでよ。」
必死に笑いを堪えているマリアは無視しよう。
「どっちが子供かわからんのう・・・」
「くそっ。」
グエンは不貞腐れた様に肉を口に放り込んだ。
「僕も子供に入ると思うんだが。」
・・・
そう言えば、いたわね。
もう一人。
最近入った生意気な子供が。
発想も子供だったわけだけど。
「あんたは論外。」
言うと、ユーテウェリが睨んでくる。
「勘違いしないで。私が、そう言えるほどまだ関わってないのよ。」
ユーテウェリが悪いわけじゃない。
歩み寄ってないこっちも同じ。
ただねぇ、あまり関わってこないし、あんな事をした手前話してもいいのかわからないし。
「そうか・・・」
ユーテウェリは何かを考える様にしながら、それだけ零した。
「とりあえず、ニーメルラッゼの一団が一段落したら召集をかける故、それまではいつも通りに過ごすのじゃ。」
エルメラの言葉にそれぞれ頷くと、後は普通の雑談となった。
深夜、ウリカとオルディヌの寝顔を見ながら、私も眠くなってきた頃に扉が小さく叩かれる。
開けてみるとそこに居たのはユーテウェリだった。
「少し、いいか?」
「いいけど、そっちの部屋に行っていい?」
言って、私は寝ている二人を指差す。
「わかった。」
頷いたユーテウェリに続いて静かに扉を閉め移動する。
「珍しいわね。」
用意された椅子に座ると思った事を口にする。
「僕は此処でも浮いている。」
ユーテウェリは寝台に座ると俯きながら言った。
まぁ、そうでしょうね。
きっと、どう扱っていいかみんなもわからないんだよ。
「もちろん。それは僕自身の所為でもあるとわかった。今夜、アリアーランに言われた事で、そう思った。」
あぁ、久々にしっかり名前を呼ばれたわ。
「アリアでいいよ。」
「そうか。なら僕もユーテでいい。」
あ、良かった。言い難いのよね、ユーテウェリって。
「で、ユーテが私のところに来た理由は?」
少し黙っていたが、私も黙って待つことにする。
急かすと言いたい事も、言えなくなってしまう事もあるから。
「どうやって、打ち解けたらいいかわからないんだ。」
まぁ、私にもわからない。
「殺される側から、支配する側に変わった。自分の思い通りに動かすための行動しかしていない。」
なるほどねぇ。
それがあの行動ってわけだ。
「私もわからない。」
「そうは見えない。」
だよねぇ。
改めて考えると、私もどうやって今になっているかわからない。
「私だって、殺されて、復讐だけのために生き抜いた。最初に私とお母さんに酷い事をした村人全員を殺して、村を壊滅させた。人との関り方なんて知らないのは同じ。」
「そうだったのか、ごめん。」
謝られる事はなにもされてないんだけど。
「でも、その道程の中でエルメラと出会って、リリエルと出会って、マリアと出会ってって、関わる人が増えた。もちろん、最初は復讐しか考えられなかったから、私から寄り添った覚えはない。」
「そうなのか?」
「うん。利用出来るものは利用してやろう、それだけだった。」
「僕と、そんなに変わらないじゃないか。」
まぁ、言われてみるとそうよね。
「でもね、あいつらそんな事お構いなしに、話しかけてくるのよ。気付いたら、こうなってた。」
思い出してみると、感化されたんだろうなと笑みが零れる。
私でも、こうなれたんだと。
ユーテは一瞬私を見たが、何故かすぐ目を逸らした。
「お互い、もう少し話さないとね。」
何か、変わろうとしているのかもしれない。
だったら、その手を跳ねのけるのは違うと思うから。
「一方的に言うだけだった。だから、何を話していいかわからない。」
「ご飯の味とか、些細な事からでもいいんじゃない?」
私もわからないし。
「話した事が失敗だったらと思うと怖いんだ。」
「でもそれが、知る事だから。そこが、始まりだから。」
踏み出さなければ、始まらない。
「そういう、ものか?」
「そうよ。」
ユーテはそう言った私の顔を見ると、またすぐに逸らした。
おかしいな、今は恐いと言われる目をしていない筈なんだけど。
「ウリカね、最初は復讐相手の子供だったんだ。」
「え?そんな風には思えない。」
ユーテは言葉以上に驚いた顔をしていた。
「滓だったから、殺すつもりで出した魔法でも死ななかった。でも、ふと思ったんだ、この子私と同じだなって。そう思ったら助けてた。」
「・・・」
続きを待っているのか、何も言わない。
「起きた時、自分の気持ちを正面からぶつけてみた。それで今があるから、そういうのも大事かなって。」
「そうか・・・」
少しでも、ユーテの足しになればと思って話したけど、極端過ぎたか。
「それで、一緒に寝ているのか?」
いやぁ・・・
「個室割り当てられているのにさ、何故か二人とも私のところに来るのよね・・・」
オルディヌはウリカに着いて来ているだけかも知れないけど。
「僕も、少し前に進む努力をしようと思う。」
「いいんじゃない。無理しない程度で。私に話したんだから、他の人とも話せるよ。」
と思うが、思えば癖がある人ばかりな気がしないでもない。
「そう言えば、なんで私なの?」
「闘った、というのもあるが、場の中心的な感じがしたから。」
「はぁっ!?・・・私が中心とか無い無い。」
何を言い出すのかと思ったが、買い被りにも程がある。
ユーテは言って苦笑した私からまた目を逸らした。
うーん、なんだろ?
「とりあえず、明日から善処してみる。」
「そう。私にはもう普通に話しかけられるでしょ?そこからでもいいし。」
「う、うん。」
「じゃ、私は戻るね。」
頷いたユーテを見て、椅子から立ち上がって扉に向かう。
「あ、あの。今日はありがとう。」
私から顔を逸らしてユーテは言う。
私は両手で頬を押さえると自分に顔を向けた。
「そういうのは、相手の目を見て言うの。わかった?」
頷いたので、手を離して扉から出る。
「お、おやすみ。」
ユーテは顔を赤らめながら言うと、さっさと扉を閉めた。
あんまり人と話した事がないとはいえ、そこまで恥ずかしがるとは。
他の人に話すのも大変そうね。
明日から、少し様子を見るくらいはしてあげた方がいいかな。
私はそんな事を思いながら部屋に戻った。
「ユーテとの会話、ワタシも協力してあげるよ。」
「!?」
寝台に潜り込むと、ウリカが笑顔で言って来た。
「なんで知っているのよ。」
「扉が叩かれた時から起きていたから。」
「じゃ、部屋までついてきて聞いていたって事?」
ウリカは笑顔で頷いた。
一緒にいたら、ユーテはきっと話ずらいだろう。
その辺まで考えていたのかもしれない。
「そう、よろしくね。」
「ウン。」
そう思って、私はウリカの頭を撫でた。
しかし、部屋の外にウリカが居たなら、ユーテは認知出来そうなものだけど。
それどころじゃなかったって事かしら。
まぁ考えてもわからないから、寝る事にしよう。




