一章 友ニ捧ぐ塵灰ノ光 - 5.邂逅
「なぁ、街ってどれくらいで着くんだ?」
翌日も只管街道を歩く。
ガリウがそんな疑問を口にした。
実は私も正確には知らない。
「うーん、四日前後くらい?」
「くらいって何だよ。」
「だって行った事ないもの。」
ホーリエルで聞いた話しでは、それくらいの距離かなって感じだった。
馬車でも二日はかかるって言ってたし。
運賃高いから乗らないけど。
それに、出来れば他人とあまり関わりたくない。
「暫くは野宿か。」
「途中に小さな町があるわよ。」
「早く言えよ。」
「ガリウもそれくらい確認してよね。」
何でも私に聞けばいいという姿勢は良くない。
そんな事を話しながら歩いていると、二頭の馬が私たちを追い越して通り過ぎて行った。
乗っている男二人、こっちを見てたの気になる。
雰囲気から普通じゃなさそう。
目付き悪かったし。
「馬は早くていいなぁ。」
「馬車の運賃も高いのに、馬なんて養えるわけないでしょ。」
現実はそんなに甘くない。
「馬車!そうだよ!なんで俺ら徒歩なんだよ。」
「馬車は数日に一度しか出ていない。運賃もかかる。馬車が出るまで街に泊まる必要がある。はい、どこにそんなお金が?」
「俺が悪かった・・・」
素直でよろしい。
「馬だって、人間の十倍くらいは飲食するのよ?」
「無理だな。」
「現実、見えた?」
「はい。」
知らないのが悪いわけじゃない。
ただ、もう知ったからには今後は言わないと思いたい。
結局、徒歩が一番良いのよね。
いろんな意味で。
「あれ、さっきの馬じゃね?」
知ってる。
「よく気付いたね。」
「散歩でもしてんのか?馬で散歩とか贅沢だよな。」
散歩なら良いんだけどね。
昼間っから血生臭いのはイヤなんだけどなぁ。
「違うんだな?」
私の雰囲気が変わったのを察したか、ガリウが確認してきた。
表情も緊張している。
悪く無い感性。
「いつも通りにしていて。」
「わかった。」
私は向かって来る連中に気付かれない様、鞄から短刀を取り出した。
「いやぁ、さっきは通り過ぎて悪かった。」
別に当たり前じゃない、馬鹿なの?
「子供二人で徒歩は大変だろ?メラーテまでなら送って行こうか?」
「え、本当か!?」
普通にしていてとは言ったけど、乗らないでよ。
「ゆっくり旅を楽しんでいるので、大丈夫です。」
と言っても、引き下がってくれないんだろうなぁ。
「夜とか危ないしさ、たまに野盗とか出るって噂もあるし。」
遠回しに自分の事を言っているの?
やっぱり馬鹿なのね。
「いえ、本当に大丈夫ですから。」
「弟くんの方は乗りたそうにしているぜ、無理しない方がいいって。」
・・・
バカガリウ。
「珍しいから気になっただけだって。俺も姉ちゃんとのんびり歩きたいんだ。」
まぁ、許そう。
それより、声を掛けてくる方は笑顔だが、後ろの奴は明らかに面倒臭がっている。
そろそろ痺れを切らしそうな雰囲気ね。
「そうか、人数多い方が楽しいと思ったんだけど、残念。」
私は残念じゃないから、早く居なくなって欲しいな。
「面倒臭ぇ、どうせ売るんだから多少傷ついても問題ねぇだろ。」
「おま・・・そういう雑なところが駄目だつってんだろ。」
笑顔だった奴も、声音と表情が変わった。
動く前に終わらせるしかないわね。
「っ!!」
「動けば二人とも殺す。」
私は音を立てず馬に飛び乗ると同時に、話しかけて来ていた男の鎖骨に短刀を立てた。
軽く刺したので出血が始まる。
「おい、助けろ!」
もう一人の方は、私の顔を見て血の気が引いていた。
「む、無理だ・・・」
辛うじて出した言葉がそれだった。
「次声を出したら心臓まで刺し込むから。どうする。この場から消えてくれる?」
男はこくこくと小さく頷いた。
ならいい。
あと、馬鹿には釘も必要。
「私が離れたあと仕返しは考えない方がいいよ。その時は、もう殺してくれって言わせるほど苦痛を味わわせるからね。」
「あ、あぁ、二度と近付かねぇ。」
その言葉を聞いて、私は静かに馬から飛び降りた。
男二人は捨て台詞も無く、無言で去って行った。
「てっきり殺すかと思った。」
「私は快楽殺人者じゃないわよ。」
街道で殺したら通る人が嫌な思いをする。
それは望んで無い。
「やっぱり、アリアのあの眼はかなり怖い。」
「そうなのね。」
復讐だけに執着して、憎悪だけが生きる糧だったからかな。
自分の事だから見てもわからないけど。
「しかしあいつら、俺らを捕まえて売ろうとしていたんだな。」
「そうね。」
「売れるのか?」
「さぁ?」
世の中には知らなくていい事もある。
売る先が奴隷商人なのか、好事家に回す人身売買の方かはわからないけど。
そんな世界を、ガリウは知らなくていいと思った。
だから、この件に関しては惚けておく事にした。
「まぁ売れるんだから攫おうとしたんだよな。世の中物好きもいるんだな。」
物好きで済めば良いけどね。
「少し休憩してから歩こうか。」
「あぁ、ちょっと疲れた。」
本当にね。
無駄な時間を使わされた。
「町って今日着けるのか?」
「馬なら行けるかもだけど、徒歩じゃ無理ね。」
「そうか。じゃ、今夜も野宿だな。」
あれ。
もっとワガママを言うかと思ったら、意外とあっさり受け入れてる。
慣れて来たのかな?
まぁいいか。
とりあえず、今日も進めるだけ進もう。
嫌な気配・・・
正面から向かってくる馬車にそんな気配を感じた。
「お、馬車なんて村に来ていた商隊以外に初めて見る。」
確かに、珍しいのかも。
ただの馬車ならいいんだけどね。
「なんか、商隊のに比べると豪華だな。」
四頭立てなんて贅沢。
客車も豪華。
どこかの貴族かな?
そんな事を考えながら通り過ぎるのを見ていると案の定、馬車は私たちを通り過ぎた直後に止まった。
嫌な感じは勘違いじゃなかったみたい。
御者から中年男性が降りると客車の扉を開け、持っていた傘を開いた。
雨も降ってないのに。
中から出てきた女性が傘を受け取ると、私の方に近づいてくる。
場違い、としか言い様がない。
どう見ても貴族にしか見えないけど、私にそんな知り合いはいない。
「あのおばさん、何者だ?あれ、おばさん?」
言ったガリウが自分の言葉に疑問を感じている。
確かに、歳をとっている様にも見えるけど、若くも見える。
綺麗だけど、危険な感じもする。
そんな不思議な感覚に囚われる。
何あれ?
「初対面の人間を得体の知れないものを見るような目で見るでない。」
女性は開口一番そう言った。
よくわかっている。
でも、得体が知れないのは本当。
「アリアーラン・メフェウスじゃな?」
「誰?」
名前を呼ばれた途端に身構えた。
中年男性もそれに合わせて前に出ようとしたが、女性がそれを制した。
私の名前を呼んだ女性は笑顔だけど、笑顔じゃない様にも感じる。
本当に変な感覚。
それより、どうして私の事を知っているのかわからない。
ただ、一番可能性が高いのは塵関係。
こいつも事に関わっているなら殺す対象。
「これは失礼した。先に余が名乗るのが筋じゃな。」
あと、喋り方が偉そう。
「余は、エルメラデウス・ヴァリアーヌ。この国のエルメラデウス領の領主じゃ。」
領主?
やっぱり、塵関係なの?
もしかして、私を追いやったうちの一人!?
「そう怖い顔をするでない。お主の生い立ちとは余は無関係じゃ。」
知ってる事が関係しているって言っている様なものじゃない。
「ふむ、警戒が解けぬようじゃの。」
「私にとって殺す対象になるかどうかの相手に?」
そう言っても、エルメラデウスの態度に一切変化はない。
むしろ、私が遊ばれている様な感じすらする。
「仕方ない、もう一度名乗ろうか。」
いや、意味がわからない。
二度も要らない。
「余の名はエルメラデウス・トルシュ・ム・ヴァリアーヌ。」
!?
そんな・・・
「もう一度問おう。お主の名はアリアーラン・トルシュ・ハ・メフェウスで間違いないな?」
聞いた瞬間、間合いを詰め短刀を突き出していた。
事情を知りたいと思ったけど、身体がそれより迅く動いてしまった。
だけど、次の瞬間私の目に映ったのは青空だった。
「アリア!」
ガリウの声が聞こえる。
声からして動いてはいないみたい。
怪我もなさそう。
それないらいい。
「悪くない動きだが、余には稚戯でしかないのぅ。」
声の聞こえた方を見ると、短刀を指先で摘まんで嗤うエルメラデウスが見えた。
私、何をされたの?
「話くらい聞いてはくれぬか?」
エルメラデウスは短刀を中年男性に渡し、空いた手を私に差し出す。
怖いから無視して自力で立ち上がる。
背中が痛い。
「過剰な反応もよくないのぅ。」
うるさい。
「話しって何?」
ここまで差がある人間がいるなんて思いもしなかった。
エルメラデウスは、今の私では太刀打ちできない。
なら、話を聞くしかないじゃない。
「先ずは、名前だけなく証を立てようかの。」
エルメラデウスは言うと、胸元の開いた服をずらし左の乳房を少し露わにした。
・・・
「人前で晒すのは恥だが、お主が納得するなら一時忍ぼう。」
左の乳房の上の方にあったのは、烙印。
私と同じ、女神の浄化の塵だ。
多少の違いはあるけれど、多分間違いない。
だけど・・・
それが、領主?
私はお母さんと一緒に殺されたのに?
この違いは何?
「どうじゃ、少しは聞く気になったか?」
一体どういう事?
何これ?
目の前がぐるぐるする。
なんで・・・
「おいアリア!」