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女神ノ穢レ  作者: 紅雪
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六章 塵ニ捧グ覆滅ノ灯朧 - 57.憂慮

ローデルベリウは窓が叩かれる音で目が覚めた。

(来たか・・・)

そう思って寝台から起き上がると、窓に向かう。

外には月明かりに照らされた青白い肌に、妖艶な笑みを浮かべる旧知の友が居た。

鍵を外すとすぐに棚へ移動し、葡萄酒と硝子製の容器を取り出した。

「見つかったか?」

「無ければ来ておらぬ。」


既に椅子に座って足を組んでいたエルメラデウスの前に容器を置き、葡萄酒を注いだ。

ローデルベリウは寝台に腰掛けると、瓶から直接葡萄酒を呷る。

「では聞こうか?」

エルメラデウスは持参した紙の束を机の上に置いた。

「詳細は後で読むがよい。狸がランフェルツの貴族と通じておった文書じゃ。」

「あぁ、わかった。しかし、置いていっていいのか?」

「一番安全じゃろ?外は嗅ぎつけては寄ってくる蠅がうるさくてのう。」

エルメラデウスは忌々しいとばかりに言うと、葡萄酒を口に運んだ。


「なるほど。文書に関しては明日にでも目を通そう。」

「それで良い。当日は余も立ち会う、狸の様子も見たいところじゃ。後は逃がさぬようにな。」

「いいだろう。数日のうちには日程を伝える。」

「頼むのじゃ。」

会話が一段落着いたところで、お互い葡萄酒を呷る。


「ところで、別邸での生活はどうだった?異国で少しは羽を伸ばせたのではないか。」

ローデルベリウが言うと、エルメラデウスは面白く無さそうに目を細めた。

「何かあったのか?」

「余が別邸に着いた時、既に狸の私兵が蹂躙しておったわ。」

「そこまでするとは看過できない話だな。」

「過ぎた事じゃ。どうせ後数日の地位に胡坐をかいておれば良い。」

エルメラデウスはそう言ったが、表情は許容など出来ないとばかりに語っていた。

窓の外に視線を向ける横顔を見て、ローデルベリウは話題を変える。


「それで、住む場所はどうしたんだ?」

「ちょうど手に入れた屋敷があっての。居城程ではないが人や物が充実しておって悪くはなかったのじゃ。」

先程までの表情は無くなったので、ローデルベリウはその屋敷に興味が沸いた。

「へぇ。それはいい事じゃないか。どうやって手に入れたんだ?」

「余の仲間が、目的を果たした時に手に入れたものじゃ。余の物ではない。」

まんざらでもなさそうに言うエルメデウスを見て、ローデルベリウは微笑んだ。

「なんじゃ?」

「都合の良い話しだなと思ってね。」

「利用できるものは利用する。昔から言っておろうが。」

「そうだな。そのためには国王ですら利用する、エルはそういう奴だった。」

「ふん、今更であろう。」


お互い笑みを浮かべ葡萄酒を呷ると、エルメデウスは真面目な顔になる。

ローデルベリウは察すると、言葉を待った。

「領を取り戻した後の話しじゃが。」

「あぁ。」

「ローデには伝えておくが、ランフェルツの貴族院の一人に領地の一部を貸し与えようと思うておる。」

その内容に、ローデルベリウは若干険しい表情になった。

「宰相の真似事ではないだろうな?」

「余がそんなくだらない真似をするとでも?」

「思ってはいないが、口ではっきりと言ってもらおう。」

「次代のための先行投資じゃ。国益を考えればある程度、他国との交流も必要であろう。この国では有していない技術情報を含めての。」

エルメデウスは言うと窓の外、ランフェルツ公国の方角に目を向ける。

「メイオーリアでは持っていない技術をランフェルツは持っておる。何れその技術を持ってランフェルツが世を席巻するかも知れぬ。」

「火薬を使った技術か・・・」

ローデルベリウも窓の外に目を向けた。


「確かに、我が国では未だその技術は有してないな。東のランフェルツにしろ、北のバルグセッツにしろ、国交というものは無いに等しい。」

「先駆けは必要じゃろう?」

「いいだろう。だが公にする必要はある。そこは私の名で公表させてもらおうか。」

「構わぬ。相手は貴族院の一角、会うた感じ先を考慮し考えらると思うた故、損にはならぬと判断したのじゃ。」

ローデルベリウは既にエルメデウスに目を向けていたが、本人は窓の外を見たまま憂慮を浮かべている様に見えた。

話しは飲んだ、にも関わらずその顔にローデルベリウは疑問を浮かべる。

「他にも何かあるのか?」

エルメラデウスはその言葉を受け、ローデルベリウに顔を向ける。

「エルメラデウス領主の事じゃ。」

「良い話しではないな・・・」

察したローデルベリウの表情に影が落ちる。


「わかっていた事だろう、余の目的を話した時から。」

微笑みを浮かべて言うエルメデウスから、ローデルベリウは目を逸らす。

「わかっているさ。」

「領主はエウスに任せようと思うが、一人では難儀じゃろう。誰か頼む。もっとも、余の目的のために無理を言った領主じゃ、潰してくれても構わぬが。」

「もともとヴァリアーヌ家は名家、領主となる事にも当時ほぼ異論は無かったから潰す必要などない。」

「そうか。」

「人に関しても出すのは構わない。だが、エルが抱えている者の方が都合は良いんじゃないのか?」

「使用人は補佐に向かぬ。塵は、事が済めば余に縛り付けるのも終わりじゃ。各々が好きに残りの道程を歩めばよい。」

「そういう事ならば、私が信をおける者を選出しよう。」

「助かる。」


安堵を浮かべ葡萄酒を口に運ぶエルメデウスを、ローデルベリウは見据えた。

「なんじゃ?」

「領主の件はいい。だが、エル自身は私のために生きて帰れ。」

エルメデウスはその言葉を聞くと、一瞬呆けた顔をしたがすぐに苦笑する。

「ためにならんぞ。」

「言っただろう。あの日の言葉は嘘じゃないと。今でも気持ちは変わってない。」

真っ直ぐに向けられる瞳から、エルメラデウスは顔を逸らす。

「一国の主が酔狂とは困ったものじゃな。」

苦笑を浮かべたままの横顔を見て、否定ではないなとローデルベリウは思ったが、それを口にしてはっきりと言われてしまうのが恐く口には出さなかった。

「エルが塵という事実を知っているのは一部の重役のみだ。問題は無い。」

「その様な事を気にしておるのではない。余は、旧友に平穏な旅路を歩んでもらいたいだけじゃ。」

「私にとってそれを可能にするのがエルだと言っているのだが。」

こちらに顔を向けないエルメラデウスには、今はこれ以上言ったところで無駄だろうとローデルベリウは思っていた。

すべては、エルメラデウスが目的を果たした後でなければと。


「重役で思い出したが、狸だけでは無いだろう?」

エルメラデウスは逸らしていた顔をローデルベリウに向ける。

「あぁ。エルがランフェルツに行っている間に洗い出しはしている。」

話しを逸らす材料を与えてしまったかと、内心苦笑しつつもローデルベリウも切り替える。

「大臣のうち二人、それと騎士長が一人、だな。配下にいる一般職は理由も知らず使われていただけの様なので除外している。」

「妥当なところじゃな。余としては憂いは断っておきたいのじゃが。」

「もちろんそのつもりだ。当日にはその三名とも決着をつける。」

「ならば良い。」

エルメラデウスは頷くと残りの葡萄酒を飲み干した。


「もう帰るのか?」

「旧友とは言え一国の主、夜中に長居しては公務に支障をきたすじゃろ。」

立ち上がってエルメラデウスは言うと嗤う。

「問題無いんだがな、毎晩でもあるまいし。」

ローデルベリウも、言うと葡萄酒の瓶を空けた。

「宰相の件が終わればまた暫く会う事も無いだろう。少しくらい望んでもいいとは思わないか?」

無駄だとは思っていたが、ローデルベリウは思いを口に出した。

エルメデウスは特に返す言葉も無く、窓まで歩くと窓枠に手を掛ける。

「まぁ、すべてが終わったら話し相手くらいにはなってやろう。」

言って笑みを一瞬だけ向けると、窓の外へ飛び出した。


月明かりの中で浮かべた笑みは、領主の顔ではなく一人の女性に見え綺麗だった。

妖艶さもなく、むしろ可愛すらあった様に感じたローデルベリウは、微笑みながら窓を閉める。

(今は、これで良しとするか。)

窓の外に暫く視線を向けた後、寝台へと横たわった。





「おかえりなさいませ。」

エルメデウスが宿の自室、二階の窓に近付くとエウスが開け中に入る。

「うむ。待たせてすまない。留守中何かあったか?」

「いえ、特にございません。」

「そうか。数日内に決着は着くじゃろう。ローデからの連絡待ちじゃ。」

「やっと帰れますね。」

笑顔で言うエウスに、エルメデウスは頷いた。

「では、私は自室へ戻ります。」

「あぁ、助かった。」

エウスが退室すると、エルメデウスは着替え寝台に腰を下ろす。

(問題は、狸を追い出してからじゃな・・・)

エルメラデウス領の方角へ一瞬目を向け思うが、今は先ず狸だと振り払う様に頭を軽く振り横になった。


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