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女神ノ穢レ  作者: 紅雪
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六章 塵ニ捧グ覆滅ノ灯朧 - 53.風纏

「ご丁寧に待ち伏せとは、後が無いと言っているようなものじゃな。」

「あたしの出番だね。」

王都に続く街道を天馬で移動するエルメラデウス一行の前に、まるで戦の前線の様に天幕を張り集っている兵が見える。

街道は開けているものの、左右に陣取っている兵は検問の様だった。

その兵が天馬に気付くと、慌ただしくなる。

「だめじゃ。」

「どゆこと?」

「ランフェルツで襲撃してきた私兵や傭兵に交じって、王国の装いをした兵が居るのじゃ。」

まだ疑問顔のリリエルにエルメラデウスが続ける。

「中身は王国兵ではない可能性もあるが、余が王国兵を攻撃したとなれば狸に餌を与えるようなものじゃ。」

「あぁ、汚ね。」

リリエルはそれだけ言うと呆れた顔をした。

「うちがやりましょうか?」

フィナメルシェの言葉にエルメラデウスはゆっくりと首を振る。

「火に油じゃ。余は塵を集めて国家転覆を企んでおる事になっておるからのぅ。」

「あら。回避するしかないわね。」


「エウス、一先ず後退じゃ。」

「承知致しました。」

エルメラデウス一行は、慌ただしくなる陣に背を向ける様な形で街道を引き返した。


国境を何事も無く抜け、王都に向かって街道を進んでいたエルメラデウスだったが、今少しというところで現れた一団に恨みがましい視線を向けた。

(国境では他の目があるため仕掛けて来なかったから何かあるかとは思うておったが、面倒な真似をしおって。)

別邸を襲撃された時の様に私兵だけであれば、正面から叩き伏せても良かったが、現状は出来ない事に腹立たしさを感じた。

「凍らせて通り抜ける?」

「どちらにしろ魔法の使用が後で報告されるじゃろう。」

「面倒・・・他に道は?遠回りになるけど。」

「百も承知だろう。迂回した先にも展開しておれば時間の無駄じゃ。」

王国兵を使っていないのであれば、それくらいの事は用意しているだろうとエルメラデウスは考えた。

「じゃ、長い期間無理だろうから待つ?」


「籠城でもあるまい。」

物資の補給はいくらでも可能だろう。

下手をすれば天幕ではなく家屋を建てかねない。

そんな事を思ったエルメラデウスだが、宰相の財布にも底があるだろうと思えば、長い期間雇えるものではないかと思えた。

「時間をかければ狸に猶予を与える事になる。」

「そっか。」


「ところで、眠らせる様な薬は無いかしら?」

聞いていたフィナメルシェが、話しが途切れたところで割って入った。

「マリアが使う用の薬ならば積んであるが?」

「使えるかもしれないわ。」

「あの人数にばら撒く程の量は無いぞ。それに近付けば向こうに死人が出る事になるじゃろ。」

「大丈夫。多分、うちの出番。」

フィナメルシェは顎を手に乗せる様な仕草をすると妖しい笑みを浮かべて言った。

「本当か?」

「えぇ。」



「詳細は聞いておらぬが、本当に一人でよいのか?」

エルメラデウス一行は、街までは距離があったため、ある程度離れた場所で野営をしていた。

「むしろ一人でしか動けないのよ。」

小さな陶器製の容器を持って、フィナメルシェは笑みを浮かべる。

「何かあればすぐに呼ぶがよい。」

「わかったわ。」

フィナメルシェは頷くと、焚火の灯りが届かない闇へと消えた。


(エルメラ達に聞いた、塵の境遇。私はリヴィラエが連れ出してくれたから経験は無い。)

フィナメルシェは歩みを止めると、振り返り遠くに見える焚火の灯りを目にする。

(外にはなかなか出してもらえなかったけれど、それでも子供の頃は過分なほど自由にさせてもらった。)

逆境になかったからこそ、試行錯誤の時間は彼らよりあったと。

右手を地面に向ける。

(だからこそ、うちはうち足りえている。)

「天楼。」

フィナメルシェの周囲に風が起きた直後、足元に収束し雑草を薙ぎ倒して地面に撫で付ける。

髪が逆立ち、やがてゆっくりとその身体を持ち上げる様に浮かす。

指向性を持った風は撃ちだすようにフィナメルシェの身体を飛ばした。


フィナメルシェは空中で両手を広げ、笑みを浮かべ楽し気にゆっくりと回転しながら舞う。

「逆風。」

右手が下に来た時に、続けて風を生んだ。

地面から吹き上がる風は、フィナメルシェの身体に速度を付け運ぶ。

塵の宿命に囚われず。

烙印に縛られず。

いつか自由に飛ぶために。

君が持って生まれた力だ。

(リヴィラエがうちに言ってくれた言葉。)

子供の頃、傷だらけになりながら魔法の練習をしたことを思い出しながらフィナメルシェは行先に目を向ける。

(そろそろね。)


陣営の灯りが見えたところで、回転させていた身体を止め右手を前に突き出す。

「擁簾。」

風がフィナメルシェを包み込むと、速度を落としゆっくりと地面にその身体を着地させた。

(後はこの液体を、風に乗せて運べば。)

縛渦ばっか。」

両手で作り出した暴風の渦に液体を閉じ込める。

「嵐霧。」

液体を包む風を、別の風がゆっくりと陣営の上空に運んだ。

やがて暴風の渦は、内包した液体を巻き込みながら範囲を広げ霧散した。

(仕上げ・・・)

陣営に右手を向けたフィナメルシェは意識を集中する。

「蕩蓋・・・」

陣営の周囲にゆっくりと流れる風を起こし、霧散された薬液を含んだ気体を滞留させる。

(こんな広範囲、初めて・・・)

広い影響範囲を作りだした事により、眩暈がする感覚に囚われたが顔を顰め堪える。

自分の立場を確立するために。

優位性を持たせるために。

リヴィラエの目的のために。

未来の自分のために。


(天幕の中まで・・・もう少し・・・)

外に居た見張りかなにかは、眠気に耐えられず腰を下ろして眠りについた。

薬液を含んだ気体だから、天幕の中まで影響はしているだろうと思ったが、陣営内にもう少し滞留させた方がいいだろうと続ける。

「っ。」

フィナメルシェは声にならない苦鳴を漏らすと膝から崩れ手を地面に着いた。

(これ以上は無理ね。)

陣営を覆っていた風は流れを止め、滞留させていた気体も霧散していくだろう。

そう思うと、陣営に背を向ける。

効果時間の程はわからない。

急いで報告する必要があると思うと、再び風を起こし宙に浮いた。

自分の身体を動かす程度であれば、慣れている事もあり疲弊した身体でも問題無い。




「えぇっ!」

「お待たせ。今なら抜けられると思うわ。」

エルメラデウス達のもとに戻ったフィナメルシェは、焚火の前に着地して伝える。

「いま、上から降って来たよね?」

「うむ。何をしたかは問うまい、よくやってくれた。エウス、出発するぞ。」

「承知致しました。」

「え、飛んでたんだよね?」

リリエルは一人疑問を口にしていたが、周りが何事も無かったかの様に出立の準備を始め出したので、気のせいなのかと自身の感覚を疑い始める。

「早う乗れ。」

焚火も消え、エウスとフィナメルシェは既に乗り込んでいた。

最期に乗ろうとしていたエルメラデウスが呆としていたリリエルを急かす。

「あ、うん。」


「無視したわけじゃないのよ。出発するまでの時間を無駄にしたくなかっただけなの。」

走り始めた天馬の中で、フィナメルシェはリリエルを向いて言う。

「あ、そうなんだ、ごめん。」

「うちの魔法は風。小さい頃から必死に練習して、短い時間なら空中で身体を動かす事ができるようになったの。」

「凄い!」

目を輝かせるリリエルに、フィナメルシェは苦笑した。

(そんな良いものじゃないのよ。)

「あたしも飛ばせる?」

「多分、出来ると思う。」

「エルが城を取り戻したら、お願いしてもいい?」

期待を纏った瞳を見ると断れない、フィナメルシェはそう思うと笑顔で頷いた。


「なるほど、風か。」

静まり返った陣営の間を抜けながら、エルメラデウスは外で横たわる兵士に目を向けた。

「うちは、もう少し攻撃的な力が欲しかったわ。」

フィナメルシェも窓の外を見ると、漏らすように言った。

戦闘においては確かに攻撃性を求めるのだろうが、風の魔法はそれ以上に危険な状況を作り出せると思うと、エルメラデウスは口には出さなかった。

陣営の灯りが遠ざかり、再び闇に包まれるとエルメラデウスは目を閉じ天馬の揺れに身を任せた。




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