六章 塵ニ捧グ覆滅ノ灯朧 - 52.来客
ランフェルツ公国 ニーメルラッゼ侯爵家
燕尾を来た白髪が混じる初老男性が、馬車の扉を開く。
社内からは金髪碧眼の少年が杖を持ち現れると、降り立ったところで頭上にシルクハットを乗せる。
「カラフ、先導してくれ。」
「はい。」
言うと少年は閉じていた左目を開ける。
碧眼の右眼と違い、瞳は黄金のように妖しい輝きを放った。
「ユーテウェリ卿、遠路ようこそ。」
「あぁ。」
リヴィラエは挨拶をすると、応接用の長椅子へ座るよう促す。
ユーテウェリは座ると足を組み、膝の上に両手を重ねて乗せた。
リヴィラエは向かいに座ると口を開く。
「お変わりなく?」
「あぁ。リヴィラエ卿も壮健でなにより。」
机に紅茶と焼き菓子が用意されると、ユーテウェリが目で示す。
「下がっていい。」
察したリヴィラエは頷くと、部屋に居た従者に出て行くように促した。
「私用で来ているため社交はいい。」
「わかった。それで何用か?」
三人になると、ユーテウェリは目を細め笑みを浮かべて話し始める。
「フィナメルシェだったか、卿の従者に会いたくてな。」
「生憎、遣いに出ており不在です。」
「初めに言っておくが、腹の探り合いは無駄だ。遣いとは、塵としてメイオーリアに出向いているという事でいいな?」
リヴィラエはその言葉に眼光が鋭くなる。
「確かに、メイオーリアには行っているが、塵とは何の事だ?」
「卿は僕の事を詳しく知らないだろう?」
フィナメルシェの話しから自身の話しへ変えられ、リヴィラエは怪訝な顔になる。
「貴族院の一角であるウォーゼハル侯爵家次男、という事以外には知りませんな。」
それがフィナメルシェと、いや塵と何の関係があるのか疑問だった。
「そうだろうな。今でこそ次男として認識されてはいるが、本来であれば出産自体闇に葬られていただろう。」
ユーテウェリの話しを聞いても、リヴィラエは何を言いたいのかわからないでいた。
「鈍いな。僕も塵だと言っている。」
「なっ!?」
聞いた瞬間、リヴィラエは驚きて口が開いたままになった。
その反応を楽しむ様にユーテウェリは口の端を上げる。
「僕は塵や滓の存在を認知可能だ。つまり、卿の従者であるフィナメルシェが塵だという事もわかっている。」
「それを、信じろと?」
「確かに、僕が言っているだけだな。」
ユーテウェリは顎に指をあて考えると、カラフに目を向けた。
「二十二年前、ニーメルラッゼ領内にルゼンダという男爵家がございました。」
促されたカラフは静かに語り始める。
「この国では珍しくもない、家名だけになった普通の家庭でございます。そこに、一人の赤子が生まれました。」
聞いているリヴィラエの表情が険しくなる。
それを見てユーテウェリは楽しそうに嗤った。
「ですが、運悪く翌日に強盗が入り、一家皆殺しのうえ屋敷には火がつけられました。」
「そんな事もあったか・・・」
「はい。記録上ではそうなっております。」
「・・・」
リヴィラエは二人から顔を逸らし苦い表情をする。
「おや、やった当人が一事件の様に言うとは。」
「何を根拠に。」
愉快そうにするユーテウェリをリヴィラエは睨んだ。
「赤子の焼死体が無い。ニーメルラッゼ家にいつの間にか居た女児。一家を滅亡させた強盗の行方は不明。そもそも、それだけの大事件を本当に強盗の仕業で片づけられるとでも?」
「・・・」
「無人の領地では無いだろう。卿が此処を飛び出してから、帰着するまでの間に誰の目にも触れなかったと?」
それでも無言のリヴィラエに痺れを切らしたユーテウェリは、来ていた上着を捲り上げた。
左の脇腹に在る烙印を目にすると、リヴィラエは大きく息を吐いた。
「塵・・・である事は認めよう。だが、何用か不明だが言った通りメイオーリアに出向いているため暫くは戻らん。」
「それはいい。とりあえず話しが進みそうなので良かったよ。」
ユーテウェリは着衣を直しながら言うと、座って足を組んだ。
「彼女とは別に、ここに塵が二人来ていたな?」
「いや・・・」
それは知らないと言おうとしたが、塵を認知可能というユーテウェリは何かの経緯でそれを察知したのだろうとリヴィラエは至り言葉に詰まった。
「隠しても無駄、という事だったな。」
「察しの通り。と言っても、たまたま貴族院に居た時に、ミェインツを通り過ぎ南下する塵を認知しただけだ。」
過去の経緯、塵の認知、驚きに思考が鈍っていたリヴィラエだったが、冷静さを取り戻していた。
「何を企んでいる?内容によっては、僕も加えてもらおうかと思ってね。」
「塵が訪れたわけではない。訪れたのが塵だった、という事だ。」
「ふぅん。それを信じろと?」
「そうだ。」
実際、その通りだったため、リヴィラエもそれ以上は言わなかった。
「ならば、何故ここに居た塵がメイオーリアに出向いている?」
「話すと少し長いが?」
「構わない。僕には時間があるんでね。」
「その歳ならば、社交や公務もあるだろう。」
リヴィラエが言った事に、ユーテウェリは笑みを消して目を細めた。
「ウォーゼハル家は僕の言いなりだ。僕を殺せないとわかると、地下に閉じ込めた。だけどね、塵相手にそんな事は無駄さ。恐怖で支配する事は容易かったよ。」
「それが何だ?」
「僕は力を理由にウォーゼハル家に居座っているだけ。そもそも家督に興味は無いし、そのうち兄が継ぐだろう。貴族としての務めを僕には強要できないんだ、だからいくらでも時間はある。」
それはユーテウェリはの都合であって、自分には関係ないとリヴィラエは溜息を吐く。
「私はそれほど暇ではないのだが?」
「僕の話しに付き合うくらいの時間はあるはずだ。」
ユーテウェリは笑みを浮かべながら、烙印のあった場所を指差す。
それは、魔法を使うという脅しなのか、お前の隠し事を晒すぞという脅しなのか、不明だった。
が、どちらにしろリヴィラエに都合が良い話しではない。
「メイオーリアにエルメラデウス領という領地がある。その土地の間借りを願い出た。知っての通りこの国はそれほど豊かではない。」
「へぇ。他国で何か秘め事かな?」
興味をそそったのか、ユーテウェリは背凭れから背を離して多少前のめりになる。
「そうではない。備蓄のための策だ。それに、何れ馬車よりも時間をかけずに移動が可能になる未来は見えているだろう?」
「そうだな。公国であれば可能だろう。」
「今後を踏まえ他国の領主と懇意にしておいて損はないだろうと思ったのだが、その領主が塵だというのは後から知った事だ。」
多少差異はあれ、嘘ではないと思いながらリヴィラエは伝えた。
「まだ話しが見えないね。そこに塵が行く目的は?交渉ならば塵である必要は無い筈だ。」
その疑問はもっともだ。
リヴィラエはそう思うと笑みを浮かべる。
「エルメラデウス領は現在国の直轄領になっている。宰相に陥れられたため、それを取り戻すんだそうだ。そこでフィナメルシェを同行させた。」
「つまり、領奪還の力になる代わりに交渉を有利にしようという魂胆か。」
「その通り。優位に運べる手があるなら使わない事はないだろう。」
これならば疑われる事もないだろうとリヴィラエは思った。
なにより、ヘルベイウとやりとりした文書はすべて渡してしまった。
この家から自分が宰相と繋がっていた証拠は出ないのだから。
「残念だ。出来れば塵として僕の計画に加わってもらいたかったのだが・・・」
そう言ってユーテウェリは顎に指を当て考え込む。
「計画とは?」
「力あるものが統べるのは世の理だと思わないか?」
リヴィラエの疑問に、ユーテウェリは不敵な笑みを浮かべて言った。
自分以上に大それた事を考えている奴がいたと思ったが、それでどうにかなるならとっくに塵が統治しているだろうと思うとリヴィラエは深く考えない事にした。
「顔に出ているぞ、塵と言うだけで可能なら等に出来ていると。」
「いや、そんな事は考えていない。」
「まぁいい。忌み子はすぐに始末される。それが人間の総意であるかのように世の中での常識になっている。そんな中、集まり、策を練り、反旗を翻した塵はいるだろうか?」
「・・・」
「生き残っても、生かされても、烙印を隠し、存在を隠し、力を隠して生活するしかない。そうだろう?だから記録がほとんど残らない。」
確かに言う通りではあるとリヴィラエは思った。
もちろん、自分も例外ではない。
だからこそ、フィナメルシェの存在を明かさずに過ごしてきたのだから。
「ならば、試す価値はあるだろう。」
だが、それでも。
「いくら強大な力を持とうとも、数の暴力には勝てない。」
「それは単体で向かおうとするからだ。例えば理解を示している卿を取り込んだとして、その領にいる兵士が使えないなんて事は無いだろう?」
領の当主になれば領を動かせる。
同様に国の王となれば、国そのものを動かせる。
おそらく塵と認識させたうえでの侵攻をして、その認知を変えさせる。
「上から下を制圧し、認知の変革を波及させる。という事か・・・」
「その通り。流石、理解がある卿は話しが通じやすい。」
おそらく無理だろう。
リヴィラエはそう思った。
そんな理想は、エルメラデウスすら考え着くだろう。
リヴィラエから見て、どちらが聡明かと言われれば躊躇なくエルメラデウスと答える。
彼女であればこの問答にも何かしらの答えを用意出来ただろうが、自分ではこれ以上、平行線だろうと思えた。
「どうだ、彼女を僕に預けないか?」
「私はフィナの意志を尊重する。フィナが否と言えば、私の答えも否だ。」
リヴィラエはそう決めていた。
あの日、あの場所から救いだした時から。
自由に生きられる状況があるなら、それを優先したいと。
「想定通りだよ。その意思が無ければ彼女を傍に置いておこうなんて思わないだろうからね。」
「では、帰るまで・・・」
「その必要は無い。」
リヴィエラが帰るまで待つように言おうとしたが、それを遮ってユーテウェリはカラフに目を向ける。
「明日の朝出立出来るな?」
「もちろんでございます。」
「ちょっと待て、メイオーリアに行くつもりか?」
リヴィラエは思わず立ち上がっていた。
まさか他国まで追いかけるとは思ってもいなかったからだ。
「確認するのも、恩を売るのも、早い方がいいだろう?」
「しかし・・・」
「心配するな。卿の要請で馳せ参じた事にするから。」
そういう問題ではない。
と言いたかったが、言っても止まらないだろうと思うとその言葉を飲み込んだ。
「それでは失礼する。僕も準備が必要なのでね。」
「外までお送りしましょう。」
椅子から立ち上がったユーテウェリに先駆け、部屋の扉をリヴィラエは開ける。
「ありがとう。」
立場上、現時点で対立するわけにはいかない。
無事に戻ってくる事を祈るしかない。
敷地から出て行く馬車を見ながら、リヴィラエはそう思う事しかできなかった。




