五章 在処ニ捧グ這生ノ炎 - 40.不穏
「葬壁・咢!」
低く力強い声の後、炎から逃げ惑う兵たちの足元に激震が奔る。
逃げるどころか立つことすら儘ならず、立ち竦んだ兵たちの足元から、地面が燃え盛る炎を撒き散らしながら一気に隆起した。
人体の五、六倍程に隆起した土が動きを止めると、その衝撃で空中に放り出された兵たちが落下して地面に叩きつけられる。
地面と激突し鈍い音を立て血を撒き散らす者や、巻き込まれずに地上に残った兵の頭部に激突して耳目から体液を噴出させる者。
何が起きたかわからず悲鳴と怒号が入り乱れるが、それは惨事の始まりだった。
隆起した土の壁は一つではなく二つ。
獲物を喰らうように聳え立った二つ壁は、勢いよく引き付けられる様にその隙間を埋めた。
頂点からは間欠泉の様に赤黒い飛沫が吹き上がる。
「あぁ・・・やりすぎたか?まぁいいだろ。」
手を前に翳してた男は、頭に移動させて掻きながら言うと、倒れた少女に目を向ける。
「自分が倒れたら意味無ぇだろうが。」
エルメラデウスの城を囲うように出来た土の壁を男が一瞥すると、生き残った兵たちは恐怖から逃げる様に壁に沿って走り出した。
「だがま、エルメラを逃がすという意気は褒めてやる。」
男はそう言って少女を抱えると、城の中へと移動した。
(綺麗な部屋は残っているが、問題は臭いだな。外も中も死体だらけじゃしょうがねぇ。そのうち公国の警備も来るだろう事を考えれば、長居もできんな。)
男は少女を寝台に横たえると、少し考えて部屋を出ようとする。
「少し待ってろ。」
それだけ言うと、部屋を後にした。
(一応、天幕は用意したが・・・)
男は城から回収した少女を、天幕の中へ寝かせて腕を組み考える素振りをする。
そのまま焚火へと移動して地面に胡坐をかいた。
(嬢ちゃんが起きてくれないと動けないな。流石に人一人を背負っての移動は無理がある。)
エルメラデウスと合流しようにも、街中を背負って歩くのは厳しい。
公国の人間であれば気にする事でもないが、城を襲った奴等が街中にもいるだろうと思ったからだ。
(呼ばれたから来たはいいが、詳しい話しの前にこれだもんな。早く目覚めてくれないと合流も儘ならん。)
男はそう思うと、天幕に横たわる少女に目を向けた。
(・・・それ以前に、城に来るよう言われただけだから、エルメラの行先がわからんな。)
どのみち、少女が目覚めない事には動きようがない。
男は溜息を吐くと、胡坐を崩して横になった。
「そろそろ戻ろうよ。」
リリエルの発言に、エルメラデウスは細めた眼を向ける。
「今動けば目に付くじゃろう。アリアが何をしたか考えられんのか。」
「わかってるよ!」
リリエルは言うと、頬を膨らませて目を逸らした。
「この場所も知れてはおると思うが、街中で襲撃するほど狸殿が見境無しとは思いたくはないが。」
「貴族街で襲撃してきてんだから、十分見境無いでしょ。」
「ふん。腹立たしい事に、貴族共は我関せずじゃ。それを認識しての襲撃じゃろう。じゃがこの場所はそうもいかん。故に、暫くは表立った行動は起こさぬじゃろう。」
別邸を襲った宰相であっても、流石にそこは弁えているだろうとエルメラは口にした。
悪く言えば希望的観測だと、わかってはいても。
天馬で包囲網を突破したエルメラデウス達は、サリュヘンリオの郊外に天馬を乗り捨てた。
エウスが街へ行き馬車を調達して、デダリオの屋敷に戻っている。
天馬に関してはエルメラデウスしか動かせないため、放置でも問題無いという判断からなのだが。
兵を轢き、鉄柵を破り、道なき道を走らせたためその躯体は無事ではないため放置せざるを得ないというのが現状ではある。
そのため、整備も儘ならない異国の地で、これ以上動かすのは難しいとエルメラデウスは決した。
もっとも、天馬自体を街中に置いておけば目立つというのも理由の一つではあったのだが。
「それで、今後はどうするの?」
「暫くは此処に潜伏じゃが、内情の調査はエウスに任せておる。」
マリウテリアの問いに、エルメラデウスは顔を向ける事なく答える。
「え、襲われたばっかなのに!?」
「時間を与えられる事は猶予を与える事になるのじゃ。別邸を襲えば暫くは動けまい、とでも思ってくれておるといいのじゃがな。」
「なるほど、そういう事か。」
(まぁ、領主の剥奪から、別邸の襲撃に至るまで間がない事を考えれば、狸殿はだいぶ強かな気はするがのう・・・)
不安要素になるため、エルメラデウスはそう思ったが口には出さなかった。
「アリアちゃん、無事に戻ってくるかな。」
「待つしかあるまい。」
リリエルの不安を解消できる手はないと、エルメラデウスは口にする。
(あやつが来ておれば、全員で抜ける事も可能だったとは思うが、過ぎた事を考えても詮無き事じゃな。)
「いつ帰って来ても良い様に、私たちは私たちの出来る事をしておくしかないわね。」
「その通りじゃ。」
「そっか!あたしとマリアはあいつの火傷をお願いされたもんね。」
マリウテリアの言葉に、リリエルは託された事を思い出して声を大にした。
「ウリカちゃんの事は、ゆっくり休んで明日からとして・・・」
マリウテリアはそこまで言うと、窓から街へ視線を向ける。
「なんかあるの?」
「此処に潜伏するにしても入用な物はどうするの?下手に街中を歩きまわれないわよ。」
「なに、都合良く使用人を得られたではないか。余もお主らも出向く必要はあるまい。」
笑みを浮かべて言うと、エルメラデウスも窓の外に視線を移した。
「言われてみれば、そうだったわね。」
ランフェルツ公国、貴族院公邸敷地内。
貴族が治めるランフェルツ公国の公務が行われている場所が貴族院公邸である。
敷地内には七つの邸宅があり、貴族院に選出された貴族が、各々その邸宅を公務に使用している。
あくまで公務のための邸宅であり、それぞれ領地と邸宅は所持しているが、貴族院に選ばれた者は住み込みで従事する場合もある。
その理由は遠隔地かどうか、だけの差だが。
通える範囲であれば通うのが通例だ。
公務のために用意された小さい邸宅に好んで住み込む貴族は居ない。
中央に聳え立つ細長い本邸は議会場となっており、公国の議題についての課題や方針等を話し合う場となっている。
喫急の議題でもない限りは、定例議会が行われている公国の中心だ。
「件の郊外戦闘、ほぼ壊滅との報告を受けました。」
「そうか、ありがとう。他に無ければ下がってよい。」
「はっ。」
七つの邸宅の一つ、その執務室で机に着く男性が報告を受けると、表情を変える事もなく終わりを告げる。
報告に来た男性は、一礼すると直ぐに部屋を後にした。
「いいの?」
「構わぬ。公国にとって何一つ痛手にはなっておらぬからな。」
歳は四十くらいだろうか、精悍な顔つきの男性は、隣に立つ女性に言われても表情に変化は無い。
秘書の様に付く女性は笑みを浮かべたまま、こちらも表情に変化は無い。
「もともと領地は国の物だ。この公国と違い扱いはどうとでもなる。問題は該当の領主本人だろう。力技に出た時点で、ヘルベイウもその程度という事だ。」
「うちの出番かしら?」
微笑んでいた女性が目を細めて言う。
その表情は先程までと違い妖艶に見えた。
「いや、フィナが出向く必要は無い。むしろ向こうが解決せねばならぬ事に、こちらが手の内を晒してまで協力する必要も無い。」
「仰せのままに。」
もとの微笑みに戻ったフィナが言うと、男性が女性に目を向ける。
「ニーメルラッゼ家の切り札だ。国内でも明かしておらぬ事を、間抜けのために使用する気は無い。」
「ふふ、それで次は何を企んでいるのかしら?」
フィナは男性の左頬に右手を添え顔を近づけると、その瞳を見つめて嗤う。
「ヘルベイウには舞台を降りてもらおう。」
「あら。」
「勝手に上がって来ただけだ。自分が上がり続けるための条件すら、口先だけだったのだから当然だろう?」
「そうね。」
フィナは男性から離れると、面白く無さそうに吐いた。
それをわかっているとばかりに、男性が笑みを向けるとフィナは首を傾げる。
「退屈なのだろう?」
「悪い顔。」
「今更だな。」
男性の問いにフィナは悪戯っぽく笑むと、男性は苦笑した。
「フィナも気になっているのだろう。異国から来た同族が。」
「宰相さんは隠していたけれど、確信は?」
「無い。が、報告からするに間違いないだろう。」
「行っていいのね?」
「あぁ。」
男性の返事を聞くと、フィナは目を細め嗤って都市の方角に視線を向けた。




