一章 友ニ捧ぐ塵灰ノ光 - 3.決意
メイオーリア王国南端、エルメラデウス領。
領主館内のテラスで優雅に紅茶を飲む女性に、燕尾を着た中年男性が近付く。
「よい。」
察した女性は微動だにせずそれだけ発した。
男性は恭しく一礼すると口を開く。
「仰せつかっておりました’ハ’の現状について、確認に向かわせた者から連絡が来ました。」
「ほう。」
女性は目を細めただけで、報告の続きを促す。
「既に生活していた家を出た様で、確認した情報によれば置手紙を残し居なくなったと。」
「向かったか。」
「はい。十中八九デニエラに向かったかと。」
「では、余自ら出向く準備をせねばのう。」
女性は妖艶な笑みを浮かべながら言うと、右手を軽く上げた。
「はっ。直ぐにでも出立の準備をいたします。」
男性はそれだけ言うと一礼して踵を返した。
「さて、どの様な反応をするか楽しみよのぅ。」
女性は目を細め嗤うと、紅茶を口に運んだ。
メイオーリア王国の王城及び城下町は、国内の南東に位置する。
壊滅したデニエラ村は国内の西端、隣国を隔てるソズニエア山脈の山間に位置した。
そこから東にあるホーリエルの街に少女と少年は辿り着いた。
「腹減った・・・」
明らかに疲労が浮かんだ顔で、ガリウは恨めしそうに私を見る。
私に頼られてもねぇ。
「川魚2匹じゃ足りねぇよ。」
私は問題ないけど。
不満なら自分で捕ればいい。
私はガリウの給仕係じゃない。
まぁ、この不満もここまでだから黙っておこう。
「何処かで飯食おうぜ。」
「それは良いけど、ガリウってお金持ってないよね?」
子供が村付近の森を彷徨くのにお金を持って歩くとは思えないもの。
「・・・」
あ、固まった。
口を開けたまま遠い目をしている。
面白いから少し見ていたら、ぎこちない動きで首を巡らしこっちを見た。
「俺、どうやって生きていくんだ?」
「いや、私に聞かれても。」
「少しは自覚しろよ!だ・れ・の所為だ!」
あぁ、言われてみると原因は私か。
「そっか、孤児になったのね。」
「どの口が言ってんだ!」
「余計お腹空くよ?」
「だぁぁっ!」
何故か最後には叫んだうえに、息を切らしている。
不満なのだろうけど、不満の理由はわからない。
流石にいきなり放り出すような真似をしよう思っているわけじゃない。
お金の事までは考えてなかったのは確かなんだけど。
「じゃぁ、宿を取ってご飯にしようか。」
「え、俺も?」
「うん。お金は私が出すから。」
「あ、ありがと。」
放り出されるとでも思っていたのか、ガリウは気の抜けた返事をした。
ただ、私もそんなにお金を持っているわけじゃないから、明日にでも身受け先を探す必要はあるかな。
ご飯を終え宿に戻ると、私はガリウに今後の話しをする事にした。
「宿の人に確認したけど、ホーリエルには孤児院があるって。明日は行ってみようか。」
あ、私が連れて行くの?
身内と思われたりしないかな。
それより、私が村を失くして孤児にしちゃいました。
とか言えないよね。
「・・・」
自分の不安を考えていたけど、ガリウも思うところがあるのか何も答えない。
まぁでも、私が孤児にした事は事実だものね。
「一緒に行ってあげ・・・」
「待てよ!」
一緒に行ってあげると言おうとしたら、ガリウは私を睨む様な目で見て大きな声を出した。
その声音は今までと違って低い。
「アリアは俺の家族の仇だ。」
「うん。」
その通りだね。
真っ直ぐ私の目を見て言ってくるガリウを、私も逸らさずに見返す。
その点に於てい言い訳をするつもりもないし、殺意を以て向かって来るなら殺す。
「でもさ、未だに実感がわかねぇんだ。目の前で殺されたわけでもねぇ。変わった女が私が殺しましたって言ってるだけじゃ。」
そうか。
変わったは余計だけど。
私の明らかな憎悪との違いはその辺なのかな。
「あの丘から村を見た時ですら疑わしかったけど、野盗との戦いを見たらアリアの強さは納得した。」
そう。
「ただやっぱり、目の前で起きてない所為か、どうしていいかわからねぇ。」
ガリウはそこまで言うと、涙目になっていた。
本人が言った通り、色んな事が短期間で起きて気持ちの整理がつかないのかな。
ガリウの気持ちはわかった。
でも、私の旅に連れて行く事は出来ない。
「それに、数日だけどアリアとの旅は面白かった。初めての体験だったし。」
ふぅん。
私は面倒なだけなんだけど。
「家族も帰る場所も奪った奴が目の前に居るんだ。俺の気持ちがどうなるかわからねぇ。せめて、それがはっきりするまで連れていけよ。」
うわ。
連れていけときたよ。
「やだ。」
「なんでだよ・・・」
「私の目的は復讐。血濡れた旅だから。」
俯いたガリウに、連れて行けない理由を伝えた。
出来れば、そんな惨劇は見ない方がいいもの。
「それでも良い・・・。」
私は良くない。
「終わったら会いに来てあげるから。」
「それじゃダメだ。アリアが死なない保証はないだろ。それに俺が憎んだ時、ついていかなかった事を後悔するだろうし。」
知らないわよ。
勝手な話しよね。
私がそれに合わせる義理なんて無いし。
「死ぬかもよ。」
でも、私なら殺すまで追い掛けると思うから、わからなくはない。
現に、ガリウの家族を含む村人を全員殺したし、これからも続けるのだから。
「わかってる。」
独りの方が楽なんだけどな。
こんな時、どうしたらいいのかわからない。
「危険はわかってる、死ぬかもしれない事も。死にそうになったら見捨ててもいい。だから、頼むよ・・・」
ガリウの気持ちは分かったけど、私がはっきりしない。
もともと復讐のためだけに生きてきた。
誰かと関わる事なんて無い。
面倒を見てくれた家は、生きるために居ただけ。
向こうも腫れ物に触れたくないのか、深く関わって来なかったし。
優しくはあったけど、私がそれを相手にする余裕が無かっただけ。
誰かと旅なんて、考えられない。
ほんと、想定外よね。
「はぁ、この歳で子連れかぁ・・・」
仕方ないなぁ。
どうなるかわからないけど、やってみるしかないか。
「おい。」
お、突っ込み来た。
自分の思いを吐き出したからか、上げた顔に涙は無かった。
「せめて弟だろうが。」
「えぇ・・・」
「何でイヤそうな反応すんだよ!歳なんてそんなに変わらないだろ。」
調子も戻った様ね。
「じゃ、滞在する余裕も無いし、明日には街を出るからね。」
「おう。」
ガリウは返事をした後、寝台で横になりすぐに寝息を立てた。
疲れていたんだろうな。
でも、私も思い通りにならなかった所為か、身体が疲れているみたいだった。
久々に眠気が襲ってきてる。
とりあえず今は、明日からの事は考えずに休む事にした。