四章 主ニ捧グ理明ノ焔 - 36.変化
「あ・・・あぁ・・・ころす・・・」
力が尽きたのか、這いずる事すらやめ、ウリカは唸る様に漏らす。
ただ、眼光はその光を失わず、私を睨んでいた。
あれで死ななかったのは、滓の耐久力があったからなのか。
中途半端に苦しませてしまっている。
塵と同様なら、多分あの状態でも死なない気がする。
私はウリカに向かって足を引き摺りながらゆっくりと近付く。
「あたしが殺ろうか?」
リリエルも近付いて来て、私を見ると言った。
「待って・・・」
殺した方がいいのか。
でも、何故かそんな気にならない。
敵意剝き出しの視線を叩きつけられても、受け止めてしまう。
「ごめん、痛いよね。」
私はウリカまで近付くと、地面に膝を付いてその身体を抱き寄せていた。
体温調節が出来ないのか、その身体はかなり熱い。
「こ・・・ろす・・・」
「アリアちゃん!」
ウリカは僅かな力で左手を動かすと、私の右手を掴んで腕に嚙みついた。
「大丈夫。」
「でも・・・」
「それより、リリエルの魔法で身体を冷やせないかな?」
「ちょ、何言ってんの!そいつを助けるつもり?」
・・・
そうね、何言ってんだろ、私。
殺しにきた相手を助ける?
今も殺そうとしている。
居場所を奪った私を。
「うん。きっと、この娘は私だから。」
そう。
多分、それが今の私の行動の理由。
まるで、少し前の私を見ている様な気がした。
「意味がわかんないよ。」
リリエルはそう言いながらも、右手を突き出すと周囲に氷を生み出した。
「でも、アリアちゃんがそう言うなら。」
不満そうに言葉を漏らしながら。
「居場所、奪ってごめんね。」
漂う冷気が急速にウリカの周辺を冷やしていく。
それでも、身体はまだ熱い。
「居場所が無いの、苦しいよね。」
気付いたら、涙が溢れていた。
何故、そんな事を思ったのだろう。
私がそうだったからだろうか。
でも、私は居場所なんて求めた事が無かった。
それでも、やっぱりウリカは私だ。
「ウリカが良かったら、私が居場所になってあげる。」
何、言ってんだろ。
右腕の痛みがゆっくりと和らいだ。
ウリカは、意識を失ったようだった。
もう、力も無かったのだろう。
噛みつかれた腕は犬歯が刺さった程度で、出血もあまりない。
「起きたら、また殺しに来るかな・・・」
「アリアちゃん・・・」
私の態度に、リリエルもそれしか口にしなかった。
何を思っているのかはわからないけれど。
「って!それよりアリアちゃんの怪我も処置しないと!」
思い出した様にリリエルが声を上げる。
「大丈夫だよ、致命傷じゃないし。」
「そんなわけないでしょ!特に抉られたお腹は。」
言われてみれば、そうかもね。
「あぁ、またエルに怒られそう。」
「あ・・・やっちゃったね。」
そんな事もあった。
またマリアの手を煩わせるのは・・・そう、マリアか。
「やっちゃったじゃないって。あたしも巻き込まれるんだから。」
「だね、ごめん。」
「でも、滓相手じゃ仕方なかったよ。そういう事にしておこ。」
そうは言っても駄目なんだろうという諦めを顔に浮かべながら、リリエルは溜息を吐くように言った。
「こんなに長時間、長距離を天馬で走ったのは初めてじゃ・・・」
「お疲れ様でございました。代われるものなら代わりたいところですが、生憎と天馬はエルメラデウス様しか動かせませんから。」
前部の座席で項垂れるエルメラデウスに、エウスは申し訳なさそうに言った。
「もうちょっと揺れが無かったら快適だわ。」
「黙れ・・・」
後部座席で笑みを浮かべて言うマリアに、エルメラデウスは恨みがましい視線だけを向ける。
「エウス、後は頼むぞ。」
「承知しております。すぐにお二人を探してまいりますので、身体をお休めください。」
「うむ。」
「エルメラは私が見ておくから。」
「別に病人ではない、ただの疲労じゃ。」
「わかってる。でも、見ている事しかできないけど。」
「紅茶くらい淹れられるであろう。」
「マリア様、茶器と茶葉の場所ですが・・・」
「大丈夫、何度も見ているからわかっているわ。」
準備をしながら二人の会話を聞いていたエウスは、終わるとマリアに声を掛けた。
だが、マリアはそれを制止して頷く。
「では、後はお願いいたします。」
「えぇ。エウスも気を付けて。」
エウスはマリアの言葉に頷くと、天馬から飛び降り貿易都市サリュヘンリオへ向かい駆け出した。
「会えるといいわね。」
その後ろ姿を見ながら、マリアは都市に目線を移動させる。
「何のために余が力を使ったと思っておるのじゃ。途中で追いつく事も、すれ違う事もしておらぬ。予定からすれば数日しか違わぬ程度には到着を縮められた筈じゃ。」
エルメラデウスは項垂れたまま、荷物の中から茶器を取り出したマリアに言う。
「途中で寄り道していたら遭わないわよ。国境からサリュヘンリオまで一直線に来たけど、その道程に居なかったら外れよね。」
「確かにそうじゃが、その時は・・・説教じゃ。」
「そうならない事を祈るわ。」
「そうだ、野営の準備もしないといけないわ。」
お湯を沸かすため、火を起こしたマリアは天馬の荷台に目を向ける。
「宿じゃ!」
「我儘言わない。天馬を放置しておけないでしょ。馬も居ないんだから動かせないし、エウスが戻るまで待つしかないわ。」
「ぐぬぅ・・・」
諭されるように言われたエルメラデウスは、マリアを見て唸る。
「なら早う準備せぇ。」
「え。私は出来ないわよ。」
「使えぬ。」
「今のエルメラに言われたくないわ。」
「・・・」
どれくらいの時間が過ぎただろうか。
傾いた陽射しはもうすぐ色を変えそうなくらいだろうか。
寒い。
ウリカの肌も熱を感じないので冷え切ったのだろう。
指先の感覚がないからわからない。
呼吸は感じるから大丈夫、まだ生きている。
私の体温もかなり下がっているはず。
眠い。
リリエルはそんな私を離れたところから見ている。
放置していっても良かったのに。
そろそろ、此処を離れた方がいいと思うけど、何故か動く気にならない。
私が意識を失ったら、リリエルは無理にでも連れて帰るだろう。
でも、ウリカも運んでくれるかは保証が無い。
リリエルにとって、ウリカの存在はきっと邪魔だ。
寒い。
眠い。
このまま眠れたら楽になるのかな。
いえ、それはないわ。
それで楽になれるくらいなら、当の昔に私は生きていない。
この身体は、この程度で機能を停止したりなんかしない。
だからきっと、ウリカも大丈夫だと思う。
「アリアちゃん、そろそろ帰ろうよ。」
待ちきれなくなったのか、リリエルが近付いてきて声を掛けてくる。
「そうね。」
混濁した意識の中、返事をする。
「ウリカは、宿に連れて行けるかな。」
「無理だよ!そんな状態の人間、受け入れてくれるわけない。」
だよね。
どうしよう。
「連れていける場所があるとすれば、本人の自宅じゃん?」
あ、なるほど。
「その手があったね。」
「もう、大丈夫?」
「うん。ちょっとぼーっとしているだけ。」
「ちょっと!」
起き上がろうとしたが、感覚がなく態勢を崩して地面に横たわった。
「もう!ダメじゃん!」
リリエルが私を抱いて起き上がらせると、座った態勢に戻す。
「あたしじゃデダリオの屋敷まで二人を運ぶのは無理だからね。火でも出してアリアちゃんだけでも動けるようになってよ。」
あぁそうか。
凍えた身体、自分で温められるのか。
「言われてみればそうだね。」
「本当に大丈夫?」
「うん。」
少し思考が回り難いだけ。
多分、問題無い。
「陽炎。」
周囲に燃えるものがないから、一定時間揺らめく炎を出す。
「あれ、エウスじゃん?」
門の方を見ていたリリエルが、突然そんな事を言いただした。
馬鹿ね。
エウスがこんなところに居るわけないじゃない。
それくらいの判別くらいつくよ。
リリエルの方が幻覚でも見ているんじゃないの。
「わ、やっぱり。なんで此処にいるの?」
かなり重症なようね。
私が目を覚まさせるしかないか。
「お二方、無事でしたか。」
え?
起き上がってリリエルに向かおうとしたら、エウスの声が聞こえた。
私まで?
「なんでサリュヘンリオにいんの?」
「実は、込み入った事情がございまして。話しは直接エルメラデウス様に聞いた方がよろしいでしょう。」
「は?エルまで来てんの!?」
「はい。」
幻覚じゃないみたい。
それに、エルメラも来ている?
「アリアーラン様、その様子ではエルメラデウス様の小言は免れませんな。」
続いて私に近付いたエウスがそんな事を口にした。
うっさい。
余計なお世話。
でも、何故か嬉しい。
だけど良かった。
「ねぇエウス。ウリカを屋敷まで運びたいの。」
「ウリカ?」
私の言葉に、エウスが首を傾げる。
「デダリオの養女っぽいんだけど、デダリオの屋敷に運びたいんだってさ。」
リリエルがウリカの方を指差してエウスに説明した。
そうね、そう言わないとわからないよね。
「承知致しました。もうすぐ日も暮れます、早いうちに移動しましょう。」
「うん。」
「デダリオの屋敷は確認済みです。私が先導しますので。」
ウリカを持ち上げたエウスが言うと、私たちはその後に続いた。
「それでは、私は天馬を回収してまいります。」
デダリオの屋敷に着き、ウリカを部屋の寝台に置くとエウスは出て行った。
門前に着くと、見張りをどうしとうかと思っていたら、突然頭を下げて来た。
「デダリオ様から言われております。中へどうぞ。」
と。
意味がわからなかった。
事情を確認すると、デダリオは自分が戻らなかった場合はウリカに譲渡すると。
ウリカも戻らない場合は私に。
何故私なのか。
ウリカと一緒に私が戻った場合、屋敷はウリカの物だが私の指示に従えと言われたらしい。
本当に意味がわからない。
でも、ウリカを放置する事態にならずに済んだのは良かった。
「まるでこうなる事がわかってたみたいじゃん。」
そうね。
「でもなんでアリアちゃんなんだろ。」
本当に。
リリエルが口にするまでもなく、それは私も思う。
デダリオは私が現れた時から、既にこうなる事を想定していたのだろうか。
用意が良すぎる。
真意を確認したくても、もう本人は居ない。
「アリアーラン様、デダリオ様から手紙を預かっております。」
「え、手紙?」
特にする事も無いので、ウリカの部屋でリリエルと話していると、侍女らしき女性が私のところに来てそう言った。
「はい。もし自分が戻らなかったら、アリアーラン様にこの手紙を渡すようにと。」
やっぱり、見越していたのだろうか。
「では、失礼致します。」
私が受け取ると、女性は一礼して部屋を後にした。
「まさか手紙までって、なんなの?」
この手紙から、現状に対するデダリオの真意は読み取れるだろうか。
現時点では困惑しかない。
この疑問が解消されるだろうかと、私は手紙を開いた。




