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女神ノ穢レ  作者: 紅雪
37/72

四章 主ニ捧グ理明ノ焔 - 36.変化

「あ・・・あぁ・・・ころす・・・」

力が尽きたのか、這いずる事すらやめ、ウリカは唸る様に漏らす。

ただ、眼光はその光を失わず、私を睨んでいた。

あれで死ななかったのは、滓の耐久力があったからなのか。

中途半端に苦しませてしまっている。

塵と同様なら、多分あの状態でも死なない気がする。


私はウリカに向かって足を引き摺りながらゆっくりと近付く。

「あたしが殺ろうか?」

リリエルも近付いて来て、私を見ると言った。

「待って・・・」

殺した方がいいのか。

でも、何故かそんな気にならない。

敵意剝き出しの視線を叩きつけられても、受け止めてしまう。


「ごめん、痛いよね。」

私はウリカまで近付くと、地面に膝を付いてその身体を抱き寄せていた。

体温調節が出来ないのか、その身体はかなり熱い。

「こ・・・ろす・・・」

「アリアちゃん!」

ウリカは僅かな力で左手を動かすと、私の右手を掴んで腕に嚙みついた。

「大丈夫。」

「でも・・・」

「それより、リリエルの魔法で身体を冷やせないかな?」

「ちょ、何言ってんの!そいつを助けるつもり?」

・・・

そうね、何言ってんだろ、私。

殺しにきた相手を助ける?

今も殺そうとしている。

居場所を奪った私を。


「うん。きっと、この娘は私だから。」

そう。

多分、それが今の私の行動の理由。

まるで、少し前の私を見ている様な気がした。

「意味がわかんないよ。」

リリエルはそう言いながらも、右手を突き出すと周囲に氷を生み出した。

「でも、アリアちゃんがそう言うなら。」

不満そうに言葉を漏らしながら。


「居場所、奪ってごめんね。」

漂う冷気が急速にウリカの周辺を冷やしていく。

それでも、身体はまだ熱い。

「居場所が無いの、苦しいよね。」

気付いたら、涙が溢れていた。

何故、そんな事を思ったのだろう。

私がそうだったからだろうか。

でも、私は居場所なんて求めた事が無かった。

それでも、やっぱりウリカは私だ。

「ウリカが良かったら、私が居場所になってあげる。」


何、言ってんだろ。

右腕の痛みがゆっくりと和らいだ。

ウリカは、意識を失ったようだった。

もう、力も無かったのだろう。

噛みつかれた腕は犬歯が刺さった程度で、出血もあまりない。

「起きたら、また殺しに来るかな・・・」

「アリアちゃん・・・」

私の態度に、リリエルもそれしか口にしなかった。

何を思っているのかはわからないけれど。


「って!それよりアリアちゃんの怪我も処置しないと!」

思い出した様にリリエルが声を上げる。

「大丈夫だよ、致命傷じゃないし。」

「そんなわけないでしょ!特に抉られたお腹は。」

言われてみれば、そうかもね。

「あぁ、またエルに怒られそう。」

「あ・・・やっちゃったね。」

そんな事もあった。

またマリアの手を煩わせるのは・・・そう、マリアか。

「やっちゃったじゃないって。あたしも巻き込まれるんだから。」

「だね、ごめん。」

「でも、滓相手じゃ仕方なかったよ。そういう事にしておこ。」

そうは言っても駄目なんだろうという諦めを顔に浮かべながら、リリエルは溜息を吐くように言った。






「こんなに長時間、長距離を天馬で走ったのは初めてじゃ・・・」

「お疲れ様でございました。代われるものなら代わりたいところですが、生憎と天馬はエルメラデウス様しか動かせませんから。」

前部の座席で項垂れるエルメラデウスに、エウスは申し訳なさそうに言った。

「もうちょっと揺れが無かったら快適だわ。」

「黙れ・・・」

後部座席で笑みを浮かべて言うマリアに、エルメラデウスは恨みがましい視線だけを向ける。

「エウス、後は頼むぞ。」

「承知しております。すぐにお二人を探してまいりますので、身体をお休めください。」

「うむ。」

「エルメラは私が見ておくから。」

「別に病人ではない、ただの疲労じゃ。」

「わかってる。でも、見ている事しかできないけど。」

「紅茶くらい淹れられるであろう。」


「マリア様、茶器と茶葉の場所ですが・・・」

「大丈夫、何度も見ているからわかっているわ。」

準備をしながら二人の会話を聞いていたエウスは、終わるとマリアに声を掛けた。

だが、マリアはそれを制止して頷く。

「では、後はお願いいたします。」

「えぇ。エウスも気を付けて。」

エウスはマリアの言葉に頷くと、天馬から飛び降り貿易都市サリュヘンリオへ向かい駆け出した。


「会えるといいわね。」

その後ろ姿を見ながら、マリアは都市に目線を移動させる。

「何のために余が力を使ったと思っておるのじゃ。途中で追いつく事も、すれ違う事もしておらぬ。予定からすれば数日しか違わぬ程度には到着を縮められた筈じゃ。」

エルメラデウスは項垂れたまま、荷物の中から茶器を取り出したマリアに言う。

「途中で寄り道していたら遭わないわよ。国境からサリュヘンリオまで一直線に来たけど、その道程に居なかったら外れよね。」

「確かにそうじゃが、その時は・・・説教じゃ。」

「そうならない事を祈るわ。」


「そうだ、野営の準備もしないといけないわ。」

お湯を沸かすため、火を起こしたマリアは天馬の荷台に目を向ける。

「宿じゃ!」

「我儘言わない。天馬を放置しておけないでしょ。馬も居ないんだから動かせないし、エウスが戻るまで待つしかないわ。」

「ぐぬぅ・・・」

諭されるように言われたエルメラデウスは、マリアを見て唸る。

「なら早う準備せぇ。」

「え。私は出来ないわよ。」

「使えぬ。」

「今のエルメラに言われたくないわ。」

「・・・」





どれくらいの時間が過ぎただろうか。

傾いた陽射しはもうすぐ色を変えそうなくらいだろうか。

寒い。

ウリカの肌も熱を感じないので冷え切ったのだろう。

指先の感覚がないからわからない。

呼吸は感じるから大丈夫、まだ生きている。

私の体温もかなり下がっているはず。

眠い。


リリエルはそんな私を離れたところから見ている。

放置していっても良かったのに。

そろそろ、此処を離れた方がいいと思うけど、何故か動く気にならない。

私が意識を失ったら、リリエルは無理にでも連れて帰るだろう。

でも、ウリカも運んでくれるかは保証が無い。

リリエルにとって、ウリカの存在はきっと邪魔だ。


寒い。

眠い。

このまま眠れたら楽になるのかな。

いえ、それはないわ。

それで楽になれるくらいなら、当の昔に私は生きていない。

この身体は、この程度で機能を停止したりなんかしない。

だからきっと、ウリカも大丈夫だと思う。


「アリアちゃん、そろそろ帰ろうよ。」

待ちきれなくなったのか、リリエルが近付いてきて声を掛けてくる。

「そうね。」

混濁した意識の中、返事をする。

「ウリカは、宿に連れて行けるかな。」

「無理だよ!そんな状態の人間、受け入れてくれるわけない。」

だよね。

どうしよう。

「連れていける場所があるとすれば、本人の自宅じゃん?」

あ、なるほど。

「その手があったね。」

「もう、大丈夫?」

「うん。ちょっとぼーっとしているだけ。」


「ちょっと!」

起き上がろうとしたが、感覚がなく態勢を崩して地面に横たわった。

「もう!ダメじゃん!」

リリエルが私を抱いて起き上がらせると、座った態勢に戻す。

「あたしじゃデダリオの屋敷まで二人を運ぶのは無理だからね。火でも出してアリアちゃんだけでも動けるようになってよ。」

あぁそうか。

凍えた身体、自分で温められるのか。

「言われてみればそうだね。」

「本当に大丈夫?」

「うん。」

少し思考が回り難いだけ。

多分、問題無い。

「陽炎。」

周囲に燃えるものがないから、一定時間揺らめく炎を出す。


「あれ、エウスじゃん?」

門の方を見ていたリリエルが、突然そんな事を言いただした。

馬鹿ね。

エウスがこんなところに居るわけないじゃない。

それくらいの判別くらいつくよ。

リリエルの方が幻覚でも見ているんじゃないの。

「わ、やっぱり。なんで此処にいるの?」

かなり重症なようね。

私が目を覚まさせるしかないか。


「お二方、無事でしたか。」

え?

起き上がってリリエルに向かおうとしたら、エウスの声が聞こえた。

私まで?

「なんでサリュヘンリオにいんの?」

「実は、込み入った事情がございまして。話しは直接エルメラデウス様に聞いた方がよろしいでしょう。」

「は?エルまで来てんの!?」

「はい。」

幻覚じゃないみたい。

それに、エルメラも来ている?

「アリアーラン様、その様子ではエルメラデウス様の小言は免れませんな。」

続いて私に近付いたエウスがそんな事を口にした。

うっさい。

余計なお世話。

でも、何故か嬉しい。


だけど良かった。

「ねぇエウス。ウリカを屋敷まで運びたいの。」

「ウリカ?」

私の言葉に、エウスが首を傾げる。

「デダリオの養女っぽいんだけど、デダリオの屋敷に運びたいんだってさ。」

リリエルがウリカの方を指差してエウスに説明した。

そうね、そう言わないとわからないよね。

「承知致しました。もうすぐ日も暮れます、早いうちに移動しましょう。」

「うん。」

「デダリオの屋敷は確認済みです。私が先導しますので。」

ウリカを持ち上げたエウスが言うと、私たちはその後に続いた。





「それでは、私は天馬を回収してまいります。」

デダリオの屋敷に着き、ウリカを部屋の寝台に置くとエウスは出て行った。


門前に着くと、見張りをどうしとうかと思っていたら、突然頭を下げて来た。

「デダリオ様から言われております。中へどうぞ。」

と。

意味がわからなかった。

事情を確認すると、デダリオは自分が戻らなかった場合はウリカに譲渡すると。

ウリカも戻らない場合は私に。

何故私なのか。

ウリカと一緒に私が戻った場合、屋敷はウリカの物だが私の指示に従えと言われたらしい。

本当に意味がわからない。


でも、ウリカを放置する事態にならずに済んだのは良かった。


「まるでこうなる事がわかってたみたいじゃん。」

そうね。

「でもなんでアリアちゃんなんだろ。」

本当に。

リリエルが口にするまでもなく、それは私も思う。


デダリオは私が現れた時から、既にこうなる事を想定していたのだろうか。

用意が良すぎる。

真意を確認したくても、もう本人は居ない。


「アリアーラン様、デダリオ様から手紙を預かっております。」

「え、手紙?」

特にする事も無いので、ウリカの部屋でリリエルと話していると、侍女らしき女性が私のところに来てそう言った。

「はい。もし自分が戻らなかったら、アリアーラン様にこの手紙を渡すようにと。」

やっぱり、見越していたのだろうか。

「では、失礼致します。」

私が受け取ると、女性は一礼して部屋を後にした。

「まさか手紙までって、なんなの?」

この手紙から、現状に対するデダリオの真意は読み取れるだろうか。

現時点では困惑しかない。

この疑問が解消されるだろうかと、私は手紙を開いた。




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