三章 愚者ニ捧グ血ノ射陽 - 29.縷言
「何故、あんな辺鄙な村まで逃げたのに塵の存在が知られたか。疑問に思った事はあるじゃろ?」
・・・
「黙れ・・・」
「まぁ聞け。」
お前があの場に居たことはわかった。
今すぐに苦痛を与えてやりたいが、眩暈の様な感覚が消えない。
「お主は手を差し伸べないと言ったが、儂は十分なくらい差し伸べてやったんじゃ。」
何を言っている?
「デダリオと黒鷲が運び、捨てられたお主らを儂は導いてやった。」
・・・
「住む場所も無い逃亡生活から、隠れて住む場所を与えてやったのじゃ。」
それがあの村。
「たまたま出会った司祭が、たまたま安全であろう場所を世話し、その後も生活を補助した。そりゃ感謝もするよなぁ。」
たまたま?
ですって!?
「まさか、その時から!?」
こいつ、法衣を被った悪魔だ。
「このシシルもそうじゃが、デニエラも経由地ではないため旅人すらろくに寄らん。都合の良い場所じゃよ。」
私の問いに答えることなく、笑みを浮かべたまま淡々と続ける。
「外との関りが希薄なために自分たちの知らない事に関しては疑う事も無い。儂が司祭というだけで善人か何かだと思う奴らばかりだから笑いすら込み上げる。」
私はイギールを睨みつけるが、当の本人は恍惚とした目を中空に向けてこちらを見もしない。
「手を差し伸べつつ、儂は村人に、村の中に、女神の浄化の塵の話しを浸透させていった。」
・・・
「司祭の言う事は、労せずに浸透していったよ。身寄りの無い母子を助けた敬虔な人間にでも見えたのだろうな。」
私とお母さんをあんな目に遭わせるため、それすらも利用した。
「気運が高まればほれ、後は軽く背中を押してやるだけじゃ。落ちたら戻れん奈落に一気に転がり落ちる。」
こいつが根源って事はよくわかった。
他の奴等と違い、自分から話すなんて。
酷く利己的で楽しんですらいる。
「すべてはセアクトラから、お主の父親が儂に相談した時から始まったのだ。」
「もういい、それ以上その穢れた口を開くな・・・」
もう聞きたくもない。
「事態が転じた時のあの女の顔は今でも忘れられんぞ。何しろ儂の数か月の集大成だった・・・」
「黙れっ!!」
!!
・・・
身体が、まだ思うように動かない。
斬りかかろうとしたが足がもつれて倒れる。
「人の話しは最後まで聞くものじゃ。」
イギールに焦った様子は無い。
それどころか、恍惚とした眼も、私に目を向けていない態度も変わってない。
どういう事。
「儂への信頼が絶望に変わった瞬間、得も言われぬ恍惚感を味わった。儂の苦労が報われた瞬間じゃな。」
ふとイギールの傍に横たわっている少年が目に入る。
白目を剥いて口から泡が出ていた。
これ・・・
激しい嫌悪感から来る不調だけが原因じゃない。
床付近に何かが滞留している?
イギールには影響していない事を考えれば可能性はある。
あの鉛玉で私を倒して何かを吸わせる算段だったかもしれない。
「だが、あの女の面倒なところはその後じゃった。お主を力強く抱えたまま離そうとせん。自分の身体がどんな目に遭おうとも頑なにな。」
「そこでだ、儂はもう一度あの女の顔を絶望に変える事を思いついたのじゃ。」
私は横の壁に向かって右手の人差し指を向ける。
「そろそろ話しの流れが見えたじゃろ?無理やりお主を引き剥がし、あの女の前でおか・・・」
「焔!」
イギールの声を掻き消して叫ぶと、壁付近で発破音と共に炎が吹き上がる。
熱風が教会内を薙ぎ、壁に空いた穴から外の空気が流れ込んで来た。
「いいところを邪魔しおって。それより気付かれたか。」
そこで、やっとイギールは私に目を向けた。
「じゃが抜けるまで時間は掛かろう。」
イギールは言うと、後ろにあった講壇を軽く叩いた。
講壇の後ろから筒を持った少年が二人、左右から現れると、その筒を私に向ける。
「足を狙え。」
蝋燭の火から火薬に引火させ、その後に発破音。
「間に合わない!」
「っ!・・・」
避けようとしたが、左足に激痛。
リリエルが壁を作ろうとしたようだけど、無くてよかった。
痛みで朦朧としていた気分が少し晴れた気がする。
「ちゃんと両足に当てんか!」
イギールは言いながら二人の少年を殴り飛ばした。
「思ったより動きを封じれんかったが、残りは儂自らやってやろう。」
短剣を抜いて私を見下ろす。
「お前らはあの小娘と遊んでやれ。死なない程度に儂が遊べるよう生かしてな。」
イギールの合図で、二階から何人もの黒ずくめが現れた。
少し前に、一斉に鉛玉を撃った奴等か。
「業終・礫。」
近付き始めたイギールに右手の人差し指を向けて、圧縮した豆粒程の光を放つ。
「ぎゃぁぁぁぁっ!!」
小さく圧縮され煌々と赤く輝く火球は、イギールの耳に当たると弾けて耳を吹き飛ばし、髪の毛に引火した。
イギールは床を転がりながら頭部の火を消して耳を押さえる。
「きき、貴様!」
「鉛玉より熱がある分痛いんじゃなくて。」
私は椅子に手を掛け、支えにして立ち上がる。
イギールに近付いて右足首を短刀で切断し、右手の人差し指を向ける。
「火走。」
「あっっっぎぃゃぁぁあああっ!!」
焼いて止血。
「簡単に死ねると思うなよ。」
「はぁ・・・はぁ・・・待て・・・」
またこれか。
自分の立場が悪くなるとすぐこれだ。
「お前らはそれで止まったのか!!」
「いぃぃぃっ!!・・・」
右手の親指以外を斬り落とすと、イギールは頭を左右に振り涎と泡を撒き散らしながら叫んだ。
「ねぇリリエル。」
「なに?」
黒ずくめは砕けるか潰れるかして全員事切れていて、見学していたリリエルに声を掛ける。
「氷の槌って、私用に作れたりする?」
「もちろん。あ、アリアちゃんも潰したくなっちゃった?」
「そんなんじゃないわ。頭くらいの大きさの貸して。」
「わかった!」
イギールの右足首付近に短刀を突き刺し、床に縫い留めるとリリエルから氷の槌を受け取る。
「こんなものがあるから余計な気を起こすのよね。」
イギールの左太腿を右足で押し開き、槌を振り被る。
「まままま、ま、や、っ・・・」
その槌を股間に叩きつけた。
「うわ、あたしでもそれはやらないよ。」
泡を吹いて気絶したイギールの股間から、床に血溜まりが出来始めた。
「どうすんの?」
「起こして続ける。この程度で気絶して逃げるなんて許さない。」
「ぐ・・・うぅ・・・あぁぁぁぁっ!」
いろんな場所を叩いたり、水を掛けたりしていたらなんとか起きた。
起きた途端、痛みですぐに叫ぶ。
日は既に傾き、赤い光が教会内に射し込んで燃えているように見える。
「さぁ、続けようか。」
「も、もう、殺してくれ・・・」
「自分だけ逃げようなんて許されると思うな!」
「あがぁぁっ!」
イギールの左膝を踏み抜いて砕く。
続けて左手の甲から指までも砕いた。
ここまですれば、両手両足はまともに使う事も出来ない。
「はぁ・・・うっ、く・・・はぁ・・・殺せ・・・」
「そうね。」
こいつには、何をしても無駄だという事が分かった。
痛みで苦しませる程度しか、私には出来ない。
「このまま生かしておけば、死ぬまで苦しむじゃん?」
「いいえ、殺すわ。こいつに後悔なんて存在しないから。」
「よく、わかっておるな・・・たとえ、頭だけになろうとも、どんな、手を使ってでも、お主のあそこに、顔を、突っ込めたら、儂の勝ちじゃ!」
息も切れ切れに言ったイギールの頭部が宙に舞った。
頭部から撒き散らされる赤い体液と、首から噴き出した赤い体液が、後ろの窓も赤く染めていく。
窓から射し込む光は赤暗く、血が降り注だように赤く教会内を照した。
「なるほど、確かに生かしておけないね。」
イギールは私とお母さんを陥れた元凶だった。
その事実を知ったのが良かったのか、良くなかったのかはわからない。
復讐を果たした筈なのに、終わっても胸糞が悪い。
聞きたくない事まで聞かされた所為だろう。
死んでも、私に嫌な思いを残していった。
その後、私とリリエルは出来るだけ村から距離を取って野宿にした。
逃げるように出た、という感じかな。
教会内に居た少年たちは外に避難させ、教会には火をつけたのだから。
村にとっては一大事になってしまったでしょうね。
教会内から聞こえる音の所為だろう、外に出ると何人も村人が集まっていた。
それを無視して火をつけ出たのだから逃げるようにというよりは、逃げたが正しいかも。
でも、きっと村人は私たちを追う事はないと思っている。
イギールの話しじゃないが、そこまで関心を持たないだろうというのが本音だ。
イギール本人も死んだところで関心を持たれないだろう。
あえて、そういう場所を選んだのだから。
家を失った少年たちの行く末は知った事ではない。
「帰り、どこかでゆっくりしたいね。」
焚火を中心に向かい合わせになっているリリエルが言った。
気を使ってか、あまり口を開かない。
別に話すこと自体は問題ないけど、私から話そうって気にはならない。
「知らないところが良い。」
「うん、そうだね。帰りは道が違うから、通ってないところがいいかな。」
そうか。
面倒な岩山も、アリーシャが残した爪痕も、帰りは通る必要がなかったわね。
「そうね。」
「今日は疲れたし、早く寝よ。とりあえず、アリアちゃんの足をなんとかしないとね。」
「平気よ。玉は取り出したし。」
「ダメ!あたしがエルに怒られる。」
「そうね、それは私もね。」
「そだよ。」
リリエルの笑顔を見て、落ち着いている自分に気が付いた。
きっと一人なら、もっと悶々としていたかもしれない。
後は、奴隷商人のデダリオか。
帰ってエルメラに情報を確認するしかないわね。
イギールの行動と言葉から来る嫌悪感は消えなかった。
それでも、お母さんを死に追いやった根源を殺してやったのは、少しは晴らせたと思いたい。
三章 了




