一章 友ニ捧ぐ塵灰ノ光 - 2.食事
山を下り、街道に出る前に麓で焚火の準備を始めた。
夜明けとともにガリウを叩き起こし、
眠そうな状態でも無理矢理歩かせた。
お陰で、陽が中天に来る前には現状に至れた。
「オニ・・・」
またあちこち傷が増えたガリウが呟く。
「ガリウに合わせていたらいつ街に辿り着くかわからない。」
ガリウの方は見ずに、火を起こす。
「身体は重いし怠いし、あちこち痛むし、容赦ねぇ・・・」
「文句があるなら食べ物あげないわよ。」
「えっ!?」
私の言葉に、ガリウは変な顔をした。
多分、驚きと歓喜な気はする。
器用。
知識から判別出来る事もあるけど、私には出来ない。
どちらも持った事が無いから。
「なんで昨日出してくれなかったんだよ。」
「文句?」
「いえ、何でもないです、食べさせてください!」
扱いは覚えた。
ちょろい。
「ガリウが寝ている間に、野兎が居たから捕まえた。」
「それって、寝てないんじゃ・・・」
もともと街に着くまでは寝るつもりは無かった。
体質なのか、数日は寝ないでも活動できる。
「大丈夫よ。」
本当の事を言ったのだけど、ガリウは気まずそうにしている。
私は気にせずに鞄から丁寧に包んだ兎肉を取り出すと、
枝に刺して焚火の近くに立てた。
「・・・」
それを見ていたガリウは怪訝な顔をした。
「どうしたの?」
「いや、てっきりそのままの形が出て来るんじゃないかと思ってた。」
「そのまま入れたら鞄が汚れるもの。」
野生の獣はすぐに血抜きと内臓を取り出す必要がある。
時間が経つとそれらが肉にも浸透して臭くなってしまうから。
「そ、そうだよな。」
ガリウは頭を掻きながら顔を逸らした。
よくわからない。
私は兎肉をすべて並べると、鞄から塩の塊を出す。
短刀で削りながら兎肉に振りかけていく。
「塩しかないの、我慢して。」
「あ、うん。」
その後私もガリウも何も喋らず、ただ焼けていく兎肉を眺めていた。
時折燃える枝をかき混ぜたりする程度。
「俺、ちょっと遠出しすぎて道に迷ってたんだ。」
だが、沈黙に耐えられなくなったのかガリウが口を開く。
「そう。」
あの時間に一人だけ村に居なかった理由かな。
言われてみれば何故、なのかもしれない。
ただ、私にはそれすら興味がないから疑問に思わなかったのかも。
「運が良いのか悪いのか・・・」
言いながらガリウは項垂れた。
思うところはいろいろあるのかもしないけど、
私にはわからないしどうする事も出来ない。
「焼けたわよ。」
項垂れたままでいるガリウに食べて良いと促す。
「あぁ、うん・・・」
顔を上げずに返事をした。
やった私が思うのもなんだけど、これだけの環境変化があったんだ。
色んな思いや感情があっても当然よね。
「よし!食うぞ。」
とか思っていたら、突然立ち上がった大きな声を出した。
本当に意味がわからない。
「あつっ!・・・」
ガリウは手近な肉を取ると、そのまま口に運んだ。
熱いに決まっている。
「これ、凄いうまいよ。」
「そう、良かった。」
嬉しいのかよくわからない顔をしていたけど、
流れる涙は今の現状に対しての感情だろうという事だけは想像出来た。
私は見ないふりをしながら、自分の分の肉を口に運ぶ。
「先ず街道に出るよ。」
火消しをした後、本当に消えているか再度確認して言う。
「おう。」
食べ物を口にしたからなのか、山を下りた時より元気そうに見えた。
「ところで、街ってどこにあるんだ?」
周りを見渡しながらガリウが疑問を漏らす。
見ても見えないわよ。
やっぱり予想通り、街までの距離は知らないのね。
「歩き続けて明日の朝かな。」
「うげ、そんな遠いのかよ。」
「街道の途中で野宿する必要があるわね。」
「それって、俺が居るからか?アリアなら休まずに行けるんだろ?」
察しが良いのね。
「そうだよ。でもそれ、私が一人だったらの場合だからね。」
「うん、ありがとう。」
素直に言うガリウに対して複雑な気持ちになる。
私は両親の仇以外の何者でもない。
その私に対して、どうして今の態度でいられるのだろう。
私だったら相手を殺すもの。
ガリウの村を壊滅させたように。
「あっ!」
歩き始めてすぐにガリウが声を上げた。
うるさい。
「何よ?」
「街に着くまで飯は?」
食事ってそこまで執着する事なの?
さっき食べたばかりなのに。
「必要なの?」
「当たり前だろ。朝昼晩食うのが普通だ。」
私がお世話になった人たちも、そんな事を言っていた気がする。
ただ、その時は今ほどの余裕は無かった。
ただただ憎悪だけしか無かったから。
「途中に川があるから、魚くらいいるんじゃないかな。」
「よし、今晩は焼き魚だな。」
何が楽しいのかわからないが、ガリウは楽しそうに拳を握って笑みを浮かべた。
それならそれでいい。
今は。
どうしてその態度を出来るのか気にはなったけど、
蒸し返してまで確認する事じゃない。
それを確認したからといって、私の思いは変わらないのだから・・・
気配は三人。
気にする数じゃない。
ただ、短刀は荷物の中なのよね。
夜、川縁で野宿をする事にした。
丁度良いので川で身体を洗っていたらこの事態。
「アリア!逃げぐっ・・・」
「うるせぇぞクソガキ!」
声を上げたガリウが何者かに蹴り飛ばされた。
馬鹿。
あと二人は既に私の目の前に迫っている。
「金目の物はねぇぞ。」
ガリウを蹴り飛ばした奴が声を上げた。
私の荷物・・・汚れた。
「じゃぁガキは殺して、この女で遊んで終わりだな。」
一人が私に短剣を向けて言う。
あ、短剣。
あれを使えば私のは汚れないよね。
野盗の類だろうし、加減も必要無い。
「おい、この女・・・」
「気味悪いな。」
私の身体を見て勝手な事を言う。
でも、それが普通の反応。
口に出す出さないはあれ、みんな同じ反応。
うんざり。
好きでなったんじゃないのに!!
「まだ押さえてねぇのかよ。」
ガリウを蹴り飛ばした奴が合流して目の前に三人。
丁度いい。
「なんだ?・・・」
私がゆっくりと近付くと、先頭にいた野盗がたじろぐ。
「相手にされねぇから自分から来たんじゃねぇの?」
その後ろにいる奴が下卑た笑みを浮かべながら言った。
私は野盗の目の前まで近付くと、短剣を持っている手首を返して奪い、
姿勢を低くして足首を斬り付ける。
驚きから怒りに表情を変えた二人目の突きを低い姿勢のまま躱し、
同じく足首を斬り付ける。
「死ね!」
そこを狙って三人目が短剣を振り下ろして来た。
私は仰け反りながら短剣を持った手首を斬り飛ばし、すぐさま腰を落として足首を斬り付ける。
三人とも地面を転がりながら呻き、憤怒の表情を私に向けていた。
どうでもいい。
だけど、これでまともに歩く事も出来ないよね。
私は右手の人差し指を野盗達に向けて動かす。
殺すのは簡単だけど、苦しんで死ね。
「緋雨。」
「うがぁぁぁっ!!」
生み出された幾つもの小さな炎の槍が、野盗達に刺さっていくと苦悶の絶叫を上げる。
傷口を焼かれる苦しみをお前たちも味わってみろ。
苦痛の中、三人とも這って川の中に飛び込んだ。
・・・
場所が悪かったわ。
腱を断ったからどのみ生き延びられないだろうけど。
冷静に戻った私は野盗に止めを刺して川から引き摺り上げた。
放置すると川が汚れるもの。
「アリア、大丈夫か?」
事が終わるとガリウが恐る恐る声をかけてくる。
たぶん、私が怖いのよね。
そういうのはわかる。
「私は別に。ガリウの方が痛そうよ。」
口から血が垂れている。顔を蹴られて口の中が切れたのかな。
「たいした事ねぇよ。」
「そう。」
本人がそう言うなら、それでいい。
「少し上流に移動しよ。ここは汚れちゃったから。」
「あ、あぁ。」
野盗の死体を見る事も無く言って、私は荷物を肩に担いだ。
「って、服着ろよ!」
「面倒。」
「そういう問題じゃねぇだろ。」
まだ水浴びの途中だもの。着て脱いで着てとかイヤ。
「それより、どうして逃げろなんて言ったの?」
「知らねぇ、気付いたら言ってただけだ。」
「ふぅん。」
少し考えてガリウが口にした事は、本当なんだろう。
でも、それが出来る下地があるって事よね。
「たぶん、仇のアリアが死んだら、それこそ俺はどうしたらいいかわからなくなる。」
「そうか。」
根は良い子なのかな。
私の存在が少なからずガリウの人生に影響は与えてしまう。
もう出会ったのだからそれは変えられない。
でもそれは誰でも同じ。
後は、本人がどう生きるかよね。