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女神ノ穢レ  作者: 紅雪
29/72

三章 愚者ニ捧グ血ノ射陽 - 28.眩暈

「待ち構えていると思うけど、どうする?」

「知られているなら好都合、正面から乗り込むだけよ。」

「だよねぇ。」

シシル村の入り口で足を止めたとき、リリエルが聞いてきた。


村までは道中何事も無く、とはいかなかった。

夜襲の第二派が押し寄せてきたが、一回目程の人数ではなかった。

正確に言うならば六人だったが、連携の精度も高く割り当てとしては正解と言えるかもしれない。

そのため、一回目より強くはあったが。

少数精鋭を送り込んで来たのでしょうけど、嬉々としたリリエルが殆どを殺してしまった。


イギールが差し向けた刺客か確認まで至らなかったが、状況から考えれば可能性は高い。

だから、村でも待ち構えていると想像できる。

ならば余計な事はせず、正面からいくのみ。

私の正体にも気付いているでしょうから。


「アリアちゃんには悪いけど、もうお昼の時間なんだよね。」

「別にいいわよ。」

今までの時間を考えれば、ご飯を食べるくらい。

目の前で仇が逃げ出しているわけでもないし。

「そなの?」

「うん、食べてから行きましょ。」

以前だったら、真っ先に突っ込んでいたかもしれない。

復讐の炎は消えてはいないけど、心のゆとりは少しもてたのだろうか。




村に入って食堂らしきものを探したが無かった。

近くの畑にいた人に聞いたら、人がほとんど来ない村でそんなものを営む者はいない、という事だった。

必要ならその辺の家で分けてもらうか、教会でもらうか、自分で確保するしかないと。

「近くに川があるって言ってたし、魚にする?」

「そうね。野菜もわけてもらったし。」

教えてくれたついでに、採れたて野菜をわけてもらった。

親切。

教会は食後にいくから、今行くわけにはいかない。

もっとも、食料をわけてもらうなんて考えてはいないけど。


「今までの夜襲が司祭の仕業なら、教会でも罠とか仕掛けてんじゃない?」

川で捕った魚を焼きながら、リリエルが可能性を口にした。

「でしょうね。」

それは想定の範囲。

だから、イギールを殺すときは用心しないといけない。

「死ぬのが恐いんだね。」

「人間、そんなものでしょ。」

絶対殺すけど。

「人を売る様な司祭なんか死んでいいって。」

「聖職者がする事じゃないわね。」

「ほんとにね、って魚焼けたかなぁ。」


リリエルは魚を刺している木の枝を掴むと口に運んだ。

口を動かしながら笑顔になる。

こうしてみると、可愛らしい女の子なんだけど、戦闘時とはまるで別人ね。

「野菜と一緒に煮た方もできているわよ。」

「うん、食べる。」

最初は塩しか持たなかったけれど、今では携帯可能な幾つかの調味料や香草を持ち歩くようになった。

どうしても野宿が必須になるのと、塩だけでは飽きてしまうから。

「野菜おいしい。」

「うん。なかなか採れたてを食べる機会ってないものね。」

「帰りに売ってもらう?」

多分、それは無理。

「買うなら、行く前にして。私はそんな気持ちの余裕無いと思うし。」

「そっか、ごめん。」

「別に、リリエルが謝る事じゃないでしょ。」

イギールがどんな奴にせよ、精神的にいろんな事が無理そう。


今だって平静を装っているけれど、心の中はざわざわして落ち着かない。





「不在?」

陽が傾き始め、背後から照らされる教会の入り口は薄暗く見えた。

その入り口の扉には、しばらく休会という張り紙がある。

私は教会がどういうものかよく知らないが、これはイギールの個人的な理由としか思えない。

「逃げたのかな?」

それはありそうだけど。

「居なければ中に居る人や村の住人に聞くまでよ。」

それでもわからなければ、エルメラも利用して探し出す。

どこまでも追いかけて、必ず殺してやる。

「人の気配はするから、聞くことは可能かもね。」

・・・

気配、確かに。

それを確認する事すら忘れていた。

私は既に、冷静じゃないらしい。


「行くわよ。」

「うん。無茶したら止めるからね。」

あ、リリエルってそうか。

一応、そのために一緒に来たんだっけ。

「わかったわ。」

私は頷くと、教会の扉を開けて中に入る。

鍵はかかっていなかった。


中央の通路から左右に分かれ、何列も長椅子が並んでいる。

その通路の最奥に、白い法衣を来た老人が居る。

壁に設えられた窓からは陽光が刺し込み、まるで聖職者のようだ。

小刻みに震えているのは老齢からかと思ったがそうじゃない。

長椅子に隠れて見えなかったが、下半身が裸の少年らしき人物が居た。


横からばきばきと木が軋み、壊れる音が聞こえた。

見ると、リリエルが目を大きく見開き、嫌悪を浮かべ、すべてが敵で憎むべき対象、そんな表情をしていた。

そのリリエルの右手は長椅子の端を掴んでおり、掴まれた長椅子から壁の方まで氷漬けになっている。

「だい・・・じょうぶ・・・あのゴミだけは、手を出さないでおくから・・・」

殆ど口も動かさず、呻くように漏らした。

気持ちは汲んであげるけど、そうしてもらわないと私の憎悪の矛先がリリエルに向きそう。


「よく来たな、女神の浄化の塵よ。待っておったぞ。」

老人はこちらに身体を向き直すと、口の端を吊り上げて言った。

その目は老人とは思えないほど鋭く、生気に満ちているように見える。

「あなたがイギールでいいわね?」

「知っていて来たのだろう。」

「刺客を差し向けておいて、待っていた?」

「余興じゃ。だから教会も閉じ、こうして前戯も用意しておる。」

こいつ!!

なんでこんな奴がのうのうと生きているのよ!

「しかし、よく生きておったの。てっきり死んだものと思っておったが。やはり塵の生命力は尋常ではないという事か。」

どいつもこいつも。

二言目には・・・


「お前が手引きしだんだろうが!」

「当り前じゃ。困っておる者に手を差し伸べるのが儂の仕事じゃからな。」

何を当たり前の様に!

「その先で苦しむ者がいるとわかっていながら、手を差し伸べたと言えるの!?」

イギールは私を真っ直ぐに見据えると口の端をさらに吊り上げた。

「当然じゃ。自分の都合の良い方に手を差し伸べるのが人間。まさか今更、両方を救う聖者が居ると思っているわけではあるまい?」

そんな事はわかっている。

私だって私の心を救うために殺しているのだから。

「放っておけばいいじゃない!」

「そこに金蔓が居るのに掴まぬ方が愚かよ。どのみちお主の命運が変わったとも思えぬが?」

そう、よくわかったわ。

「己の利を優先して選択するのが人間。儂の選択は何も間違っておらぬ。復讐に身を委ねているお主とてそうであろうが。」

ある意味、その通りね。

「だったら、私がお前を殺す事も問題ないわね。」

イギールの考えからすれば。


「自分の得になる選択こそ人生の勝利よ。お主を救おうとしたあの女の選択はどうだ?それは得だったと思うか?」

「黙れ!お前がお母さんを語るな!」

こいつ!

私の感情を逆なでして、眼に愉悦を浮かべてやがる!

ただじゃ殺さない!

「お主の所為で、殴られ、斬られ、刺され、犯され、死ぬまで苦痛を受けたんじゃ。その選択を後悔しないとでも思うておるのか!」

そんな事、言われなくても常に思っているわよ!

私の存在が殺したんだって!

思わない日なんか無い!

「その選択を強いたのはお前だろうが!!」

「その通りよ。その選択こそが大金を手に入れ、此処で好きに生きている勝者だ!」

「うるさいっ!黙れぇっ・・・」


これ以上会話なんかしたくない、今すぐ苦痛を与えてやる。

そう思って一歩踏み出した瞬間、破裂音の様な音が教会内に響いた。

同時に、私の鼻先に熱が感じられる。

・・・

「何をした?」

鼻先を指で触ると出血していた。

「精度が低いところが使えんところではあるが。」

イギールは言うと、二階の通路に目を向ける。

「あっちはあたしが殺る!」

リリエルが直ぐに氷を二階まで這わせ、駆け上っていった。

「まさか塵がもう一体とは、厄介よな。」


リリエルに向けていた視線を、イギールは私に戻した。

「円筒から火薬で鉛玉を打ち出す代物でな。とある国から内密に仕入れたものだ。お前ら塵はやたら身体能力や魔法が強いからな。」

火薬で鉛玉を打ち出す?

何それ?

「対抗策としては悪くないじゃろ。」

あれがそうか。

椅子に金属の玉がめり込んでいる。

当たり所が悪ければ致命傷になる可能性はありそう。

「お主をいたぶるつもりで用意したんじゃ。」

「そう、残念ね。当たらなければ意味ないでしょう。」

「馬鹿か!精度が低ければ数を用意すればいいだけじゃ。残りすべて叩きこんでくれるわ!」

「拒霧。」

イギールが声を大にして少しの間の後、教会内に破裂音が重なり耳を劈くような轟音となった。


だが、私の横に張られた氷の壁が鉛の玉をすべて吸収いていく。

「くそ!厄介な塵め!」

「こっちに一人しか居なかったから、残りは反対側と思ったけど正解。残念だったねぇ。なんだっけ?勝者の選択だっけ?」

「黙れ小娘!」

リリエルには助けられた。

お陰で少し冷静さを取り戻したわ。

「策も尽きたかしら?」

私はゆっくりと、警戒しながらイギールに向かって近づく。


「あの時の様に犯してやろうと思ったが、あの塵さえ居なければ!」

イギールはリリエルの方に恨みがましい視線を向ける。

今、なんて言った?

「あの時の様・・・に?」

足が止まり疑問が漏れる。

「記憶が無くとも身体は覚えておるかもしれんぞ。くっくっく。」

私の反応に、イギールはまたも愉悦の笑みを浮かべた。

「アリアちゃん!聞いちゃだめだって!」


え?

【殴られ、斬られ、刺され、犯され、死ぬまで苦痛を受けたんじゃ。】

何故それを知って?

見ていたかの様に。

その場にいたから?

こいつが?


そう・・・か。

法服。

は、うろ覚えだけど、こいつの目。

あの愉悦を浮かべた眼。

「お前かぁっ!・・・うぇ・・・おぇぇぇっ・・・」


イギールに掴みかかろうとしたが、視界が眩み胃の内容物が逆流してくる。

「アリアちゃん!」

よろめいて膝を付いた私に、リリエルが声を上げた。

こいつ・・・

こいつが・・・


眩暈の様な感覚の中、イギールを睨みつける。

イギールはそんな私を見下して大きく口の端を吊り上げ嗤うと、両手を広げて天を仰いだ。

「くっくっく。なんて愉快な日じゃ。」



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