三章 愚者ニ捧グ血ノ射陽 - 28.眩暈
「待ち構えていると思うけど、どうする?」
「知られているなら好都合、正面から乗り込むだけよ。」
「だよねぇ。」
シシル村の入り口で足を止めたとき、リリエルが聞いてきた。
村までは道中何事も無く、とはいかなかった。
夜襲の第二派が押し寄せてきたが、一回目程の人数ではなかった。
正確に言うならば六人だったが、連携の精度も高く割り当てとしては正解と言えるかもしれない。
そのため、一回目より強くはあったが。
少数精鋭を送り込んで来たのでしょうけど、嬉々としたリリエルが殆どを殺してしまった。
イギールが差し向けた刺客か確認まで至らなかったが、状況から考えれば可能性は高い。
だから、村でも待ち構えていると想像できる。
ならば余計な事はせず、正面からいくのみ。
私の正体にも気付いているでしょうから。
「アリアちゃんには悪いけど、もうお昼の時間なんだよね。」
「別にいいわよ。」
今までの時間を考えれば、ご飯を食べるくらい。
目の前で仇が逃げ出しているわけでもないし。
「そなの?」
「うん、食べてから行きましょ。」
以前だったら、真っ先に突っ込んでいたかもしれない。
復讐の炎は消えてはいないけど、心のゆとりは少しもてたのだろうか。
村に入って食堂らしきものを探したが無かった。
近くの畑にいた人に聞いたら、人がほとんど来ない村でそんなものを営む者はいない、という事だった。
必要ならその辺の家で分けてもらうか、教会でもらうか、自分で確保するしかないと。
「近くに川があるって言ってたし、魚にする?」
「そうね。野菜もわけてもらったし。」
教えてくれたついでに、採れたて野菜をわけてもらった。
親切。
教会は食後にいくから、今行くわけにはいかない。
もっとも、食料をわけてもらうなんて考えてはいないけど。
「今までの夜襲が司祭の仕業なら、教会でも罠とか仕掛けてんじゃない?」
川で捕った魚を焼きながら、リリエルが可能性を口にした。
「でしょうね。」
それは想定の範囲。
だから、イギールを殺すときは用心しないといけない。
「死ぬのが恐いんだね。」
「人間、そんなものでしょ。」
絶対殺すけど。
「人を売る様な司祭なんか死んでいいって。」
「聖職者がする事じゃないわね。」
「ほんとにね、って魚焼けたかなぁ。」
リリエルは魚を刺している木の枝を掴むと口に運んだ。
口を動かしながら笑顔になる。
こうしてみると、可愛らしい女の子なんだけど、戦闘時とはまるで別人ね。
「野菜と一緒に煮た方もできているわよ。」
「うん、食べる。」
最初は塩しか持たなかったけれど、今では携帯可能な幾つかの調味料や香草を持ち歩くようになった。
どうしても野宿が必須になるのと、塩だけでは飽きてしまうから。
「野菜おいしい。」
「うん。なかなか採れたてを食べる機会ってないものね。」
「帰りに売ってもらう?」
多分、それは無理。
「買うなら、行く前にして。私はそんな気持ちの余裕無いと思うし。」
「そっか、ごめん。」
「別に、リリエルが謝る事じゃないでしょ。」
イギールがどんな奴にせよ、精神的にいろんな事が無理そう。
今だって平静を装っているけれど、心の中はざわざわして落ち着かない。
「不在?」
陽が傾き始め、背後から照らされる教会の入り口は薄暗く見えた。
その入り口の扉には、しばらく休会という張り紙がある。
私は教会がどういうものかよく知らないが、これはイギールの個人的な理由としか思えない。
「逃げたのかな?」
それはありそうだけど。
「居なければ中に居る人や村の住人に聞くまでよ。」
それでもわからなければ、エルメラも利用して探し出す。
どこまでも追いかけて、必ず殺してやる。
「人の気配はするから、聞くことは可能かもね。」
・・・
気配、確かに。
それを確認する事すら忘れていた。
私は既に、冷静じゃないらしい。
「行くわよ。」
「うん。無茶したら止めるからね。」
あ、リリエルってそうか。
一応、そのために一緒に来たんだっけ。
「わかったわ。」
私は頷くと、教会の扉を開けて中に入る。
鍵はかかっていなかった。
中央の通路から左右に分かれ、何列も長椅子が並んでいる。
その通路の最奥に、白い法衣を来た老人が居る。
壁に設えられた窓からは陽光が刺し込み、まるで聖職者のようだ。
小刻みに震えているのは老齢からかと思ったがそうじゃない。
長椅子に隠れて見えなかったが、下半身が裸の少年らしき人物が居た。
横からばきばきと木が軋み、壊れる音が聞こえた。
見ると、リリエルが目を大きく見開き、嫌悪を浮かべ、すべてが敵で憎むべき対象、そんな表情をしていた。
そのリリエルの右手は長椅子の端を掴んでおり、掴まれた長椅子から壁の方まで氷漬けになっている。
「だい・・・じょうぶ・・・あのゴミだけは、手を出さないでおくから・・・」
殆ど口も動かさず、呻くように漏らした。
気持ちは汲んであげるけど、そうしてもらわないと私の憎悪の矛先がリリエルに向きそう。
「よく来たな、女神の浄化の塵よ。待っておったぞ。」
老人はこちらに身体を向き直すと、口の端を吊り上げて言った。
その目は老人とは思えないほど鋭く、生気に満ちているように見える。
「あなたがイギールでいいわね?」
「知っていて来たのだろう。」
「刺客を差し向けておいて、待っていた?」
「余興じゃ。だから教会も閉じ、こうして前戯も用意しておる。」
こいつ!!
なんでこんな奴がのうのうと生きているのよ!
「しかし、よく生きておったの。てっきり死んだものと思っておったが。やはり塵の生命力は尋常ではないという事か。」
どいつもこいつも。
二言目には・・・
「お前が手引きしだんだろうが!」
「当り前じゃ。困っておる者に手を差し伸べるのが儂の仕事じゃからな。」
何を当たり前の様に!
「その先で苦しむ者がいるとわかっていながら、手を差し伸べたと言えるの!?」
イギールは私を真っ直ぐに見据えると口の端をさらに吊り上げた。
「当然じゃ。自分の都合の良い方に手を差し伸べるのが人間。まさか今更、両方を救う聖者が居ると思っているわけではあるまい?」
そんな事はわかっている。
私だって私の心を救うために殺しているのだから。
「放っておけばいいじゃない!」
「そこに金蔓が居るのに掴まぬ方が愚かよ。どのみちお主の命運が変わったとも思えぬが?」
そう、よくわかったわ。
「己の利を優先して選択するのが人間。儂の選択は何も間違っておらぬ。復讐に身を委ねているお主とてそうであろうが。」
ある意味、その通りね。
「だったら、私がお前を殺す事も問題ないわね。」
イギールの考えからすれば。
「自分の得になる選択こそ人生の勝利よ。お主を救おうとしたあの女の選択はどうだ?それは得だったと思うか?」
「黙れ!お前がお母さんを語るな!」
こいつ!
私の感情を逆なでして、眼に愉悦を浮かべてやがる!
ただじゃ殺さない!
「お主の所為で、殴られ、斬られ、刺され、犯され、死ぬまで苦痛を受けたんじゃ。その選択を後悔しないとでも思うておるのか!」
そんな事、言われなくても常に思っているわよ!
私の存在が殺したんだって!
思わない日なんか無い!
「その選択を強いたのはお前だろうが!!」
「その通りよ。その選択こそが大金を手に入れ、此処で好きに生きている勝者だ!」
「うるさいっ!黙れぇっ・・・」
これ以上会話なんかしたくない、今すぐ苦痛を与えてやる。
そう思って一歩踏み出した瞬間、破裂音の様な音が教会内に響いた。
同時に、私の鼻先に熱が感じられる。
・・・
「何をした?」
鼻先を指で触ると出血していた。
「精度が低いところが使えんところではあるが。」
イギールは言うと、二階の通路に目を向ける。
「あっちはあたしが殺る!」
リリエルが直ぐに氷を二階まで這わせ、駆け上っていった。
「まさか塵がもう一体とは、厄介よな。」
リリエルに向けていた視線を、イギールは私に戻した。
「円筒から火薬で鉛玉を打ち出す代物でな。とある国から内密に仕入れたものだ。お前ら塵はやたら身体能力や魔法が強いからな。」
火薬で鉛玉を打ち出す?
何それ?
「対抗策としては悪くないじゃろ。」
あれがそうか。
椅子に金属の玉がめり込んでいる。
当たり所が悪ければ致命傷になる可能性はありそう。
「お主をいたぶるつもりで用意したんじゃ。」
「そう、残念ね。当たらなければ意味ないでしょう。」
「馬鹿か!精度が低ければ数を用意すればいいだけじゃ。残りすべて叩きこんでくれるわ!」
「拒霧。」
イギールが声を大にして少しの間の後、教会内に破裂音が重なり耳を劈くような轟音となった。
だが、私の横に張られた氷の壁が鉛の玉をすべて吸収いていく。
「くそ!厄介な塵め!」
「こっちに一人しか居なかったから、残りは反対側と思ったけど正解。残念だったねぇ。なんだっけ?勝者の選択だっけ?」
「黙れ小娘!」
リリエルには助けられた。
お陰で少し冷静さを取り戻したわ。
「策も尽きたかしら?」
私はゆっくりと、警戒しながらイギールに向かって近づく。
「あの時の様に犯してやろうと思ったが、あの塵さえ居なければ!」
イギールはリリエルの方に恨みがましい視線を向ける。
今、なんて言った?
「あの時の様・・・に?」
足が止まり疑問が漏れる。
「記憶が無くとも身体は覚えておるかもしれんぞ。くっくっく。」
私の反応に、イギールはまたも愉悦の笑みを浮かべた。
「アリアちゃん!聞いちゃだめだって!」
え?
【殴られ、斬られ、刺され、犯され、死ぬまで苦痛を受けたんじゃ。】
何故それを知って?
見ていたかの様に。
その場にいたから?
こいつが?
そう・・・か。
法服。
は、うろ覚えだけど、こいつの目。
あの愉悦を浮かべた眼。
「お前かぁっ!・・・うぇ・・・おぇぇぇっ・・・」
イギールに掴みかかろうとしたが、視界が眩み胃の内容物が逆流してくる。
「アリアちゃん!」
よろめいて膝を付いた私に、リリエルが声を上げた。
こいつ・・・
こいつが・・・
眩暈の様な感覚の中、イギールを睨みつける。
イギールはそんな私を見下して大きく口の端を吊り上げ嗤うと、両手を広げて天を仰いだ。
「くっくっく。なんて愉快な日じゃ。」




