三章 愚者ニ捧グ血ノ射陽 - 27.異例
スェベリウは左手でこん棒を掴むと、右足の蹴りが相手の巨体を宙に浮かせた。
滑る様に円形の広場の端まで吹き飛び、危うく観客を巻き込みそうになる。
「待て待て、これを見るために来たんだろ。終わるまで待ってろ。」
観客の最前に出た私とリリエルに、振り向いたスェベリウが笑顔で言った。
笑顔だけど、血走った眼は恐い・・・
「なにそれ!?」
「正気、よね?」
私とリリエルは立ち止まって、お互いの顔を見る。
意識を保ったままの狂暴化?
いえ、意識が無いから狂暴化よね。
どういう状態。
単に狂暴化の状態に素で変化したって事?
「これって、ある意味あたしたちに近いって事だよね?」
「言われてみるとそうね。どうやって・・・」
聞かれても良い状況にはなりそうにないから、小声で話していたが周囲の盛り上がりに声が搔き消される。
「さぁ、続きと行こうか。まだ終わりじゃないだろ?」
スェベリウは左手に持ったこん棒を握り潰し木片にしながら相手に向かう。
「ふん。力はあるようだが、この程度なら相手にならんな。」
蹴られた腹部を手で掃いながら巨体が立ち上がって言う。
あれに蹴られて平気なの?
人を簡単に引き千切るような狂暴化の攻撃を受けても平気なら、頑丈にもほどがあるわ。
「そうこなくっちゃ・・・な!」
スェベリウが口を開いた瞬間、巨体は左腕に嵌めていた盾を前に突進、スェベリウがそれを両手で受け止める。
「貴様こそこの程度で沈むなよ!」
間髪入れずに巨体が右手の打ち下ろしを放った。
あれを受けたら頭が潰れそう・・・
しかし、巨体に見合わず動きは速い。
だが、スェベリウはそれを避けるでもなく頭突きで受けた。
「ぐっ!・・・」
「頑丈さでも俺の方が上だったなぁ!」
頭突きによって指が折れた巨体は、左手で押さえ顔を歪める。
そこへスェベリウが追撃の右拳。
巨体は顔面に向かってきたスェベリウの右手を盾で弾く。
スェベリウはそれを計算していたか、右手を引きながら左足が跳ね上がっていた。
巨体は咄嗟に右腕を顔の前に移動させたが、スェベリウ左足は打ち下ろしの様に巨体の右太腿に叩きこまれる。
「ぬぅっ。」
「これで終わりだ!」
右膝を付いてしまい、下がって来た頭部にスェベリウが右の拳を繰り出した。
巨体は盾を顔の前に移動させたが、受け流しきれず石畳に叩きつけられる。
盾は拳大にへこみ、嵌めていた腕は明らかに折れていた。
「まいったまいった、俺たちの負けだ。」
始まる前に息巻いていたエルボア警備隊の男が、闘っていた二人の間に入り両手を上げた。
巨体は指の折れた右手で、左腕を押さえ起き上がる気配はない。
意識はあるようだけど・・・
狂暴化も身体は膨張するが、身長が伸びるわけじゃない。
その点において、相手の巨体の方がはるかに大きかった。
当然、手足の長さや重量、頑強さにおいて優位に他ならない。
だが、それは人間相手の場合、という事が証明された感じがした。
人間の中では抜きん出た強さでも、滓の前では他の人間と変わらないのでしょうね。
「これでは一方的過ぎて賭けにならん!次から代表を変えろ!」
「今までこれで合意しておいて、今更変えろなんて応じられるか。」
「公平性をもって勝負しろと言っているんだ。」
「闘える人材を見つけるのも勝負の範疇だろうが。」
円形の石畳の上、今度は決戦の根本的な内容について争いが始まっている。
町の代表か、その辺かなぁ。
それを遮る様に、もとに戻ったスェベリウが目の前に笑顔で寄ってきた。
「どうだった?」
どうって言われてもね。
「なんで正気保ってんの?」
「それについては、ここではちょっと。」
シシルに向かうのもいいけれど、もう少しスェベリウについて確認したくなった。
それも含めて、エルメラの思惑なのでしょうね。
「家に戻るの?」
「いや、お腹が空いたから何処かお店に行こうか。僕のおすすめで良ければ。」
それでいいのなら。
「よし、行こう。あたしもお腹空いた。」
先に町の中に戻ったけど、スェベリウは町民に進むごとに声を掛けられ、なかなか出て来ない。
「意思を以て女神の力を行使するのなら、滓も同様の扱いを受けても不思議じゃない。」
「それね、あたしも思った。」
力の顕現による暴走なら、稀にという可能性の範囲で軽視されているのも頷ける。
だが、意思を以て力を使える時点でそれは塵と大差ない。
「発現の可能性じゃん?」
「それが一番妥当よね。塵は必ず脅威になるけれど、滓は暴走以上に可能性が無い。とか?」
「そんな感じだよね。じゃなかったら今でも放置されている理由がわかんないもん。」
おそらくそんなところでしょうね。
「お待たせ、行こうか。」
リリエルと話していると、出てきたスェベリウに声を掛けられた。
「口調違うじゃん。」
「なんだろうね。あの姿になると気が大きくなっちゃうっていうか。」
後ろについて歩き始めると、リリエルがそんな事を聞いた。
確かに、俺とか言ってたわね。
「たまにいるよね。馬を駆ると性格変わる奴とか。」
「そんな人いるの?」
「いるよ!」
・・・
意味がわからない。
「あはは、もしかするとそんな感じかもね。」
目の当たりにしないと想像もできないわね。
スェベリウの例を見たから、その馬を駆るとって人を見たときに、あぁなるほどって思えるのかしら。
「自分の意志で変われるのよね?」
食事をしながら少し雑談をした後、本題に入る。
「そうなんだけど、出来るようになった理由はわからないよ。」
先手を取られたわ。
滓が暴走しなければ、それだけ脅威が減るという事。
だから聞いてみたけど駄目ね。
「いきなり出来るようになった?」
「五年くらい前かな。突然だよ。最初は自分の意志で変われなかったど、今では自由に変われるんだ。」
「最初から意識はあったの?」
「うん、そうだよ。」
リリエルの問いに、スェベリウが笑顔で答えていく。
結局、どうしてそうなったのかはわからないのよね。
ただ、これは一つの可能性としてエルメラからの示唆なのだろう。
意識を保っていられるのなら、殺す事も殺される事も無くなる。
それは環境に左右されるとしても、確実に減るだろうから。
「魔法は?」
「残念だけど、それは使えないんだよね。あくまで身体が強化されるだけで。」
とはいえ、人間を凌駕する力な事に変わりはない。
「君たちはどんな魔法を使えるんだい?」
「燃やす。」
「潰す。」
・・・
スェベリウの興味に私もリリエルも即答したけど、リリエルは違う気がする。
「あはは、よくわからないけど、強そうだね。」
「試す?」
リリエルが不敵な笑みを浮かべる。
「遠慮しとくよ。僕はこの身体で戦うしかできないから、分が悪そうだ。」
それはどうかしら。
私の場合、スェベリウとは相性が悪い気がする。
「まぁそれくらいかな。折角来てもらったけど、あまり教えられることも無いんだ。」
「いえ、十分よ。」
「だね。」
食事が終わり、スェベリウが言う。
どちらかというと、雑談の方が多かった。
あとはやはり、本日の町の主役なせいか、周りからの視線が気になる。
「ありがとう、有意義だったわ。」
「僕も新鮮だったよ。普段は町の人としか話さないからね。」
「あたしも楽しめたよ。決闘とか。」
「なら良かった。エルメラにもよろしく。気が向いたらいつでも遊びに来てよ、歓迎するから。」
私は気が向かないけど。
「うん。次の決闘日決まったら教えてね。」
リリエルは向いたみたいね。
「それじゃ。」
店の外でも、スェベリウを気にする人は多かった。
私たちから離れると、すぐに別の人がスェベリウに近付き話しかけている。
「可能性・・・か。」
「まぁ、普通に暴走したら殺し合いになるから、回避出来るならいいよね。」
宿に向かいながら私が呟くと、リリエルが応えた。
確かに、それはそうなのだけど。
エルメラの示唆は、裏も含んでそうな気がした。
スェベリウの例が表だとして、人間がそこにすべて当て嵌まるわけじゃない。
意思を持っているという事は、そういう事よね。
「そうね。不要な殺しはあまりしたくないもの。」
「駆け付けるのも疲れるしねぇ。」
「あ、それもあるわね。」
それと力を得られた、と考えるのであれば、何の代償も無しとは考えられない。
現状のまま維持できるなんて保障はないのだから。
その辺は、エルメラに確認した方が良さそうね。
何をどこまで知っているのか、今後も含め、ね。
「どしたの?難しい顔をして。」
「大した事じゃないわ。滓の存在に対する考え方が、ちょっと複雑になったなぁって。」
「だよね。」
「リリエルも知らなかったんでしょ?」
「あたしはエルの依頼であちこち行っていただけだから。それこそ、アリアちゃんと一緒に行動し始めてからだよ、いろいろ聞いたの。」
そう。
やはり、エルメラはまだ話してない事がありそうね。
前から居たリリエルも、私が来るまで話していなかった。
何か意図的なものを感じるけれど、今はそれを確認すべきじゃない。
翌朝、久しぶりにゆっくり休んだ私とリリエルは、スェベリウに挨拶する事もなくトルヘンを後にした。
ここからは只管東に向かって街道を進むだけ。
北東に伸びるメイオーリアとバルグセッツを隔てる山脈も遠ざかっていく。
長旅になったけれど、やっと次の復讐に手が届くとろまで来た。
運んだだけの黒鷲とは違う。
それなりの苦痛を与えてやるわ。




