三章 愚者ニ捧グ血ノ射陽 - 24.種火
坂を上った先は、多少の傾斜はあるもののかなり広く均された土地が広がっていた。
その片隅、上った先の左側に家が二件並んで建っている。
一晩凌ぐための建屋、という感じではなく生活感があった。
「畑があるよ!」
リリエルが声を出し指差した先には、確かに畑があった。
種類は不明だが、数種類の野菜が青々として並んでいる。
「こんな場所でも、住んでいる人がいるのね。」
「残念、今晩使おうと思ったのに。」
私も少し期待していた分、残念な思いはある。
同時に、こんなところでも人が住んでいるのだという思いもあった。
「せっかくだから、片隅でも野宿に使わせてもらえないかしら。」
「だよねぇ。あの道で野宿はちょっと怖い。」
崩れる心配は無さそうではあったが、閉塞感が気持ちを疲弊させる。
「聞いてみよ。」
「そうね。」
家に向かって歩いていると、一人の男性が出てきた。
ちょうどいい。
「うわ、人が来るなんて珍しい事もあるもんだ。」
声をかけようと思ったが、男性の方が先に驚きの声を上げる。
「ここに住んでんの?」
「あぁ。村間の中継宿みたいなもんなんだが、今は来る人もいなくなったけどなぁ。」
男性は遠い目を、オルブゲン村の方へと向けた。
村が無くなった所為で、という事なのでしょうね。
「で、なんの用で此処に?」
「エセット村に向かっていたんだけど、時間的に野宿かと思っていたところにたまたま見つけたのよ。」
「なんも知らずに歩いてたんか!」
と言って男性は驚きから大きな声で笑った。
「って事は、オルブゲン側から来たんか?」
「うん、そうだよ。」
男性はリリエルの返事を聞くと、今度は寂しそうな目をオルブゲン村の方に向けた。
「この場所で、野宿させてもらえないかしら?」
私のお願いに、男性はきょとんした顔をする。
「普通にあっち使っていいぞ。目の前で野宿なんかさせられるか。」
「え!?いいの!」
男性は出てきた家とは別の方を指差して言った。
リリエルも嬉しそうに確認する。
良かったわ。
こんな硬いところで寝たら、身体が痛くなりそうだもの。
「でかい独り言だなザスカ・・・」
続いて家からまた男性が一人。
私たちを見て、やはり驚きの顔をする。
よほど此処に人が来るのが珍しいのね。
「客か!?」
違うから。
「迷子だ。」
それも違う!
「迷子じゃないよ!エセット村に行く途中って言ったじゃん!」
「寝る場所探してたんなら変わんねぇよ。」
と言って、ザスカと呼ばれた男性は笑った。
「泊まるのは良いが、今火を起こせないから大した料理も出せねぇんだ。」
「え、料理でるの?」
びっくり。
そんな事をしてくれるのね。
人が来ないなら宿なんて廃業してても不思議じゃないのに。
「出すが、ちょっとばかり・・・」
と、言い難そうにザスカは目線を逸らした。
あぁ、お金か。
「ちょっとくらいあるでしょ?」
「うん。大丈夫だよ。」
リリエルに確認すると、笑顔で頷いた。
私は旅に慣れていないので、お金に関してはリリエルに任せている。
「よし!そんじゃ、採れたての野菜をご馳走してやる。」
それはそれで、楽しみだわ。
「ところで火が起こせないって言っていたわね。」
「あぁ。火打石が無くなっててな。次の仕入れ時までは使えねぇ。」
もう一人の男性が言った。
不便なのね。
「昔はアリーシャの嬢ちゃんが定期的に種火を置いてってくれたんだがなぁ。」
と、ザスカがまたも遠い目をした。
「アリーシャが!?」
思わず大きな声を上げてしまったが、男二人が驚いて私に視線を向ける。
「何故知っている。村が無くなったのは嬢ちゃん達が生まれる前だろう?」
男二人の顔が険しくなった。
うっかり反応したのはまずかったの?
「聞いたからよ。」
「そりゃそうだよな。会ってなくても聞きゃわかるわな。」
と、男二人は目を合わせたあと笑い出した。
なんなの、こいつら。
それよりも、種火ねぇ。
思い当たると言えば、陽炎しかないわよね。
「その種火、どんなの?」
「ん?そうだな。小さいが数日はゆらゆら燃えてんだ。消えないのが不思議だったよな?」
「あぁ。特別な魔法って言っていたな。」
やっぱり。
「ちょっと待って。」
私は言って、右手の人差し指軽く動かすと、男二人は怪訝な顔でそれを注視した。
「陽炎。」
掌を上に向けると、揺らめく小さい炎が現れる。
「これじゃない?」
「なっ!!!」
「ちょ、お、そ・・・」
何を言いたいのかわからないわ。
「それ!それだ!それなんだよ!」
わかったから。
少し落ち着いて欲しいわ。
指を差したり、炎を見て互いに目を合わ、また炎を見てを繰り返す挙動が怪しい男二人。
と思ったら泣き出した・・・
「アリーシャ~・・・」
本当になんなの、この二人。
「アリーシャは良い子でなぁ、笑顔が可愛い優しい子だったな。」
落ち着いたザスカが懐かしむようにもう一人に言う。
「ほんとにな。大きくなったら俺の嫁になるってよく言ってたもんだぁっ・・・痛ぇな!」
「目が覚めたか嘘つきゲラッド。妄想もほどほどにしとけ。」
・・・
なんか、疲れるわ。
「いいや、きっと心の中では思ってくれてたね。」
「ねぇわ!」
この二人は知らないのかしら。
アリーシャがどんな目に遭っていたのか。
知らないのでしょうね。
こんなに感情豊かにアリーシャの事を話せるのだから。
だからきっと、加担もしていないと思いたい。
「アリーシャって、女神の浄化の塵だったのよ。」
だから、私の黒い感情がその言葉を言わせた。
「アリアちゃん・・・」
咎めるような目をリリエルは向けてくるが、どうしても見たかった。
人間としての反応を。
性を。
本質を。
「それが?」
「聞いた事あんな、忌み子だったか?でもアリーシャはアリーシャだから関係ねぇよ。」
「あぁ。あんな優しい子のどこが忌み子かわからねぇよ。そんな事を言うやつがいたら俺がぶっ飛ばす。」
「もちろん、俺もだがな。」
・・・
そう。
そうなのね。
だからなんだ、という反応をされるなんて、思ってもみなかった。
「そうよね。」
「あぁ。」
「ところで、村が無くなった原因って何?」
こっちはついでだから聞いてみた。
他意は無い。
「知らん。でもあれの所為で俺のアリーシャも巻きまれたんだよなぁ・・・」
「そうだ、くそ!・・・ってお前のじゃねぇわ!」
・・・
こいつらの相手、面倒だわ。
凄く。
組み合う二人を見て思ったが、リリエルはその光景を楽しそうに見ていた。
そう。
こういうのが、楽しいって事なのかしら?
「それよりあんた。火種作れんなら金はいらんから、置いてってくれねぇか?」
・・・
まぁ、いいけど。
数日という長時間を生成するのはかなり疲れるんだけど。
「もっちろん!!」
なんでリリエルが返事をするのよ。
「よし!今夜は焼き魚も付けてやれるぞ。」
いや、勝手に進めないで、私の意向は?
「こんなところに魚なんかいるの?」
「いや。山を下りて川で捕ってくんだ。家の裏に小さいが池を作ってあってな。」
へぇ。
こんな岩山の上で焼き魚を食べれるなんて。
「見たい!」
「おうよ、じゃぁ付いてきな。」
歩き出したゲラッドに続いて、リリエルが家の方に向かっていく。
・・・
ま、いいか。
復讐のための力だけど。
たまには、こういうのもありかな。
楽しそうにする三人を見て、ふとそんな事を思った。
「それじゃ、嬢ちゃんは悪いが火を頼む。」
残ったザスカが笑顔で言ってくる。
「えぇ。わかったわ。」
頷くと、ザスカは家の方を指差して促した。
「アリーシャと同じ事ができるって事は、アリアも女神のなんとかなのか?」
「そうよ。」
あ・・・
晩ご飯をご馳走になっていると、ザスカが聞いてくるので思わず答えてしまった。
「そりゃすげぇな。アリーシャを失った俺に天が遣わしたに違ぇねぇ。」
「だからお前のじゃねぇっての。」
気にも留めてないみたい。
危惧し過ぎかな。
でも、この人たちは少数派。
今回だけよ。
「実は俺らも盗賊団なんだ。」
なに、対抗意識?
「盗んだ事もねぇのに盗賊団ってなんだろうな。」
何それ。
「なんで盗賊団なんて名乗ってんの。」
ザスカの疑問に、リリエルが呆れた目を向けた。
「先代がなぁ、名前に迫が欲しいとか言って、黒鷲の傘下に入ったんだよ。」
「黒鷲ですって!?」
思わず上げた声に、全員食事が止まった。
でも、聞き捨てならない名前だもの。
「あ、あぁ・・・」
ザスカもゲラッドも驚きから怪訝な表情に変わる。
「領間を結ぶ山道の拠点としては機能していたが、それもオルブゲン村があった頃までだ。」
「だな。団員が休んでいくだけで、先代含め俺らはずっとここで生活してたもんな。」
私とリリエルは顔を合わせて、首を傾げた。
「今思えば、本当かどうかも怪しいよな。」
「一応先代は、グスタブに交渉して傘下に入れてもらったって言ってたぜ?」
グスタブ?
誰?
「多分、ゼラウスの前の団長。」
私がリリエルの方を見ると答えてくれた。
なるほど。
「そうそう、リリエルの言う通りだ。今はゼラウスだっけか?」
「だった、だな。ほらこの前、死んだって聞いたじゃねぇか。」
「あぁそうだったそうだった!」
と言ってザスカとゲラッドはお互いに大きな声で笑った。
この二人、本当に盗賊団なのかしら・・・
横を見るとリリエルも笑っている。
「って事は、俺らもう盗賊団じゃねぇんじゃねぇか?」
「言われてみるとそうだな。元々先代が言っていることも、本人が言い張ってだけかもしれんが。」
「あり得るな。」
と言ってまた笑い出す。
何が楽しいのかしら。
「ま、そんな感じだ。」
何がよ!?
いきなり真顔でそんな事を言われてもわからないわよ!
「ダメじゃん。」
「おう、言われてぞ。」
「お前もだよ!」
リリエルの突っ込みに、またもザスカとゲラッドが組み合った。
こんな騒がしい晩ご飯、初めてだわ。




