三章 愚者ニ捧グ血ノ射陽 - 23.懺悔
「一度箍が外れると、人間は止まらないのだと知った。」
落ち着きを取り戻した老人が、再び話し始める。
止めたくても止められない、その行為自体に愉悦を感じて続ける。
精神状態に違いはあれど、やりたくてやっている事に変わりはない。
やった事自体に、言い訳なんて許されない。
少なくとも私は、許さない。
「想定以上の生命力に、秘密主義を前提で村長が商売を切り出した。」
なるほど。
それが聞いていた話しなわけね。
本当に行っていた。
当事者が口にしたのだから、それはもう揺るぎない事実。
「一度やってしまうと、繰り返し訪れる人間も多かった。箍が外れる?いや、これが人間の本質だ。そうとさえ思えた。」
いや、それが本質よ。
上辺だけの偽善。
口先だけの詭弁。
自分を飾り立てる言葉。
その仮面が剝がれたとき、解放された本質が顔に愉悦となって現れる。
「粉うことなきそれが本質よ!アリーシャだけじゃない、塵はどこでも同じ扱いを受ける!今も昔も、その本質が、歴史が、人間はそうだと言っている!」
「・・・」
聞いているだけなんて無理。
本当はすぐにでも苦痛と恐怖を味合わせたかった。
声を荒げ、右手の人差し指を出していた。
その右手に、リリエルは無言でそっと触れるとゆっくりと下ろす。
「女神様の言う通りだ。」
くそっ・・・
「その後は、村が無くなるまではその繰り返しだった。」
本当に胸糞悪い話し。
「二か月・・・」
?
「アリーシャが耐えた月日だ。」
無言の私に、老人は付け加えた。
二か月。
二か月もアリーシャはその苦痛に耐えたのか。
「どんな思いでアリーシャは耐えたのかしらね。」
「儂には・・・儂には想像すらつかない!たった一度、暴行され苦痛と恐怖を味わった。一度だけでだ!二か月なんて想像できるわけがない・・・っ!」
頭を抱えて言う老人を、思わず蹴り飛ばしてた。
「巫山戯ろ・・・」
言葉も出ないわ。
横倒しになった老人は、口の端から血が垂れている。
どうでもいい。
老人は起き上がると、私の目を真っ直ぐに見た。
「これで、最初に頼んだ事に繋がったと思っていただきたい。」
・・・
あぁ、殺してくれってやつね。
言われなくても。
「なんで話したの?」
私が事を起こす前に、リリエルが前に出て聞いた。
「黙っていれば、闇の中だったんだよ?しかもあたしたちに話すとか、なんで?」
確かに、リリエルの言う通りだわ。
独りで抱えて死ねばそれまでなのに。
「そうだな・・・」
老人は一度空を見上げ、再び私に目を向ける。
「願わくば、この村で起こった真実が波及しないように。」
どの口が!
「そんな機会はいくらでもあったでしょうが!」
「口にするのが恐かった・・・」
そうでしょうよ。
自分が行った悍ましい過去なんて、口にしたくないでしょうよ。
「死ぬまで言うつもり無かったんでしょ、なんで話したの?」
そうね。
最初にそんな事を言っていたわね。
「現れたのが女神様だったから。アリーシャへの懺悔を、聞いて欲しかったのかもしれん・・・」
自分勝手な話し。
アリーシャはどうか知らないけど、私は許さないわよ。
「許されるとは思っておらぬ。だから、頼めないか?」
「私に人殺しを背負えと?」
「既に死んでいたようなものだが、駄目か・・・」
勝手な話しよね。
どこまで我儘なのよ。
「あたし殺ろうか?」
私も老人も黙った所為か、リリエルが割り込んでくる。
「いえ、私がやるわ。」
因果とか気にしているわけじゃない。
単に、私がそうしたいと思っただけ。
「顔を上げて。」
私は老人に近付くと言う。
言われて顔を上げた老人の顔の前に、右手の人差し指と中指を揃えて突き出した。
「悔恨なんか許さない。」
私は言うと、右目の眼窩に指を突き入れ、眼球を抉り取る。
老人は唇を噛んで、声も上げずに堪えていた。
続いて左目にも同じことをする。
「もう、眼は要らないでしょ。」
「・・・」
「あなたが招いた大地の色と同じ色が見えるでしょ。」
「・・・ありがとう。」
眼窩から流れる赤い血はまるで涙を流しているようで、老人の声はそんな感じだった。
意味がわからない。
私は続けて、老人から杖を取り上げ圧し折った。
次に、左足についている棒も。
もう、まともに歩くことは出来ないだろう。
「死ぬまで、暗闇の中を彷徨いなさい。簡単に死ねるとか思うな。」
「・・・本当に、ありがとう。」
土下座をした様な姿勢になると、老人はもう一度その言葉を口にした。
だから意味がわからないわよ。
リリエルの方を見るが、首を振るだけだった。
老人はもう、姿勢も変えず口を開く気配はなかった。
リリエルを見て頷くと、リリエルも頷き返した。
老人はそのままに、私たちはその場を離れる。
黒い大地を迂回して、岩山に向かった。
リュオンカ領へ向かうには、この黒い大地の向こう側にある山道に向かうしかない。
森に入る前に、一度振り返ったが老人の姿勢が変わることは無かった。
アリーシャと私との違い。
それは自我の形成部分じゃないかって気がした。
私は物心がつく前に拷問を受けた。
恐怖と憎悪の感情だけが渦巻いて、どうしていいのかなんて考える事も出来ない。
言葉をまとめすぎか。
痛い、嫌だ、どうして?やめて!という単純な感情だけが埋め尽くしていく。
それ以外が理解できない。
それ以外が無い世界。
後は、お母さんの温もりだけ。
それが私にとって世界のすべてだった。
でもアリーシャは違う。
おそらく私やリリエルと同じくらいの年齢だったのかもしれない。
自我が形成され、知識もあり、感情も多かったと想像できる。
同じことをされた場合、感情も思考も多岐にわたりいろんな思いが渦巻いたに違いない。
となると、暴走というものは自我の崩壊なんじゃないだろうか。
私は形成される前だったから崩壊するものが無かった。
と、考えれば私とアリーシャの違いに辻褄が合う気がする。
あくまで、想像でしかないけれど。
女神の浄化の塵が孕んでいる危険、それが暴走という事なのだろうか。
こんな事象が起こるのであれば、危険視される理由もわからないでもない。
エルメラが言う、塵が忌避される一端というのは、そういう事なのだろう。
だけど、人間の行動が危険視や忌避といった一線を超えているのは事実。
それもはっきりした。
危険、を理由に自身の快楽と混在して行動している。
他の可能性を考えれば感情の暴走。
これに至っては私の場合ですら起こる可能性がある。
お母さんが居なかったら?
そう思うと、痛い、嫌だ、やめて!という思いが無意識のうちに増幅して爆発しないとも限らない。
赤子の場合は顕著に現れる気がするがどうだろう。
リリエルだって例外ではなくなる。
しかし、暴走に関してはエルメラから聞いたオルブゲン村の事だけで、他の事例は知らない。
判断するには材料が足りなさすぎる。
そう言えば、エルメラはどうだったのだろうか。
それに関しては後で聞いてみるのもありだが、現状ではこれ以上エルメラが何を求めているのかわからない。
ただ、私の考えは何も変わらない。
オルブゲン村に立ち寄った事は、気分を害しただけだった。
「ここだよね。」
上から両側が切り立った岩に挟まれ、うねって伸びている道を確認する。
「たぶん、そうよね。」
リリエルと見下ろしながら確認した。
オルブゲン村から続く道は、黒に飲み込まれて近づけなかった。
そもそも、黒の上を歩いていいものか迷ったのだけど。
なんか歩きたくないよね、とリリエルと意見が一致したので、頑張って岩山を登り回避した。
「道が真っ直ぐじゃないから、先が見えないわね。」
「うん。どれくら歩けばいいか、確認しとけば良かったね。」
まったくその通りだわ。
老人なら知っていたかもしれないけど、そこに考えが至る様な精神状態ではなかった。
「どちらにせよ、山中で野宿は確定ね、時間的に。」
「うげぇ。」
気持ちはわかる。
何も無さ過ぎて滅入るよね。
「ねぇ、この山道ってエセット村に続くだけじゃないの?」
私に聞かれても。
「私もそうだと思っていたけど。」
「分かれてるよね?」
「そうね。分かれてるわ。」
分かれているけれど、進んだ先が見えないから何も判断できない。
どちらに進めばエセット村なのか、それすらも。
分岐に着くと、片方は上り坂になっていた。
だからと言って違うとは判別出来ない。
今までも起伏はあったし、エセット村まではどんな道が続くのか知らないのだから。
「あれは・・・家?」
上り坂の先をよく見ると、それらしきものが見えた。
「え、ほんと?」
リリエルが駆け足で坂を上り始める。
「アリアちゃん!家だよ家、家があるよ!」
ある程度登ったところで、リリエルが振り向いて手を振ってくる。
「行ってみよ!」
言われたのが早いか、歩き始めたのが早いか、私も気になってリリエルの方に向かっていた。
こんな場所に家なんて。
もしかすると、山を越える人のために用意されているとか?
今の私たちみたいに。
こんな不便な場所に住むもの好きがいると考えるより、そっちの方が自然よね。
そんな事を考えながら私はリリエルの後を追った。




