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女神ノ穢レ  作者: 紅雪
24/72

三章 愚者ニ捧グ血ノ射陽 - 23.懺悔

「一度箍が外れると、人間は止まらないのだと知った。」

落ち着きを取り戻した老人が、再び話し始める。

止めたくても止められない、その行為自体に愉悦を感じて続ける。

精神状態に違いはあれど、やりたくてやっている事に変わりはない。

やった事自体に、言い訳なんて許されない。

少なくとも私は、許さない。

「想定以上の生命力に、秘密主義を前提で村長が商売を切り出した。」

なるほど。

それが聞いていた話しなわけね。

本当に行っていた。

当事者が口にしたのだから、それはもう揺るぎない事実。


「一度やってしまうと、繰り返し訪れる人間も多かった。箍が外れる?いや、これが人間の本質だ。そうとさえ思えた。」

いや、それが本質よ。

上辺だけの偽善。

口先だけの詭弁。

自分を飾り立てる言葉。

その仮面が剝がれたとき、解放された本質が顔に愉悦となって現れる。

「粉うことなきそれが本質よ!アリーシャだけじゃない、塵はどこでも同じ扱いを受ける!今も昔も、その本質が、歴史が、人間はそうだと言っている!」

「・・・」

聞いているだけなんて無理。

本当はすぐにでも苦痛と恐怖を味合わせたかった。

声を荒げ、右手の人差し指を出していた。

その右手に、リリエルは無言でそっと触れるとゆっくりと下ろす。


「女神様の言う通りだ。」

くそっ・・・

「その後は、村が無くなるまではその繰り返しだった。」

本当に胸糞悪い話し。

「二か月・・・」

「アリーシャが耐えた月日だ。」

無言の私に、老人は付け加えた。

二か月。

二か月もアリーシャはその苦痛に耐えたのか。

「どんな思いでアリーシャは耐えたのかしらね。」

「儂には・・・儂には想像すらつかない!たった一度、暴行され苦痛と恐怖を味わった。一度だけでだ!二か月なんて想像できるわけがない・・・っ!」

頭を抱えて言う老人を、思わず蹴り飛ばしてた。

「巫山戯ろ・・・」

言葉も出ないわ。


横倒しになった老人は、口の端から血が垂れている。

どうでもいい。

老人は起き上がると、私の目を真っ直ぐに見た。

「これで、最初に頼んだ事に繋がったと思っていただきたい。」

・・・

あぁ、殺してくれってやつね。

言われなくても。

「なんで話したの?」

私が事を起こす前に、リリエルが前に出て聞いた。

「黙っていれば、闇の中だったんだよ?しかもあたしたちに話すとか、なんで?」

確かに、リリエルの言う通りだわ。

独りで抱えて死ねばそれまでなのに。

「そうだな・・・」

老人は一度空を見上げ、再び私に目を向ける。

「願わくば、この村で起こった真実が波及しないように。」

どの口が!


「そんな機会はいくらでもあったでしょうが!」

「口にするのが恐かった・・・」

そうでしょうよ。

自分が行った悍ましい過去なんて、口にしたくないでしょうよ。

「死ぬまで言うつもり無かったんでしょ、なんで話したの?」

そうね。

最初にそんな事を言っていたわね。

「現れたのが女神様だったから。アリーシャへの懺悔を、聞いて欲しかったのかもしれん・・・」

自分勝手な話し。

アリーシャはどうか知らないけど、私は許さないわよ。

「許されるとは思っておらぬ。だから、頼めないか?」

「私に人殺しを背負えと?」

「既に死んでいたようなものだが、駄目か・・・」

勝手な話しよね。

どこまで我儘なのよ。


「あたし殺ろうか?」

私も老人も黙った所為か、リリエルが割り込んでくる。

「いえ、私がやるわ。」

因果とか気にしているわけじゃない。

単に、私がそうしたいと思っただけ。

「顔を上げて。」

私は老人に近付くと言う。

言われて顔を上げた老人の顔の前に、右手の人差し指と中指を揃えて突き出した。

「悔恨なんか許さない。」

私は言うと、右目の眼窩に指を突き入れ、眼球を抉り取る。

老人は唇を噛んで、声も上げずに堪えていた。

続いて左目にも同じことをする。

「もう、眼は要らないでしょ。」

「・・・」

「あなたが招いた大地の色と同じ色が見えるでしょ。」

「・・・ありがとう。」

眼窩から流れる赤い血はまるで涙を流しているようで、老人の声はそんな感じだった。

意味がわからない。


私は続けて、老人から杖を取り上げ圧し折った。

次に、左足についている棒も。

もう、まともに歩くことは出来ないだろう。

「死ぬまで、暗闇の中を彷徨いなさい。簡単に死ねるとか思うな。」

「・・・本当に、ありがとう。」

土下座をした様な姿勢になると、老人はもう一度その言葉を口にした。

だから意味がわからないわよ。

リリエルの方を見るが、首を振るだけだった。


老人はもう、姿勢も変えず口を開く気配はなかった。

リリエルを見て頷くと、リリエルも頷き返した。

老人はそのままに、私たちはその場を離れる。

黒い大地を迂回して、岩山に向かった。

リュオンカ領へ向かうには、この黒い大地の向こう側にある山道に向かうしかない。

森に入る前に、一度振り返ったが老人の姿勢が変わることは無かった。




アリーシャと私との違い。

それは自我の形成部分じゃないかって気がした。

私は物心がつく前に拷問を受けた。

恐怖と憎悪の感情だけが渦巻いて、どうしていいのかなんて考える事も出来ない。

言葉をまとめすぎか。

痛い、嫌だ、どうして?やめて!という単純な感情だけが埋め尽くしていく。

それ以外が理解できない。

それ以外が無い世界。

後は、お母さんの温もりだけ。

それが私にとって世界のすべてだった。


でもアリーシャは違う。

おそらく私やリリエルと同じくらいの年齢だったのかもしれない。

自我が形成され、知識もあり、感情も多かったと想像できる。

同じことをされた場合、感情も思考も多岐にわたりいろんな思いが渦巻いたに違いない。

となると、暴走というものは自我の崩壊なんじゃないだろうか。

私は形成される前だったから崩壊するものが無かった。

と、考えれば私とアリーシャの違いに辻褄が合う気がする。


あくまで、想像でしかないけれど。

女神の浄化の塵が孕んでいる危険、それが暴走という事なのだろうか。

こんな事象が起こるのであれば、危険視される理由もわからないでもない。

エルメラが言う、塵が忌避される一端というのは、そういう事なのだろう。

だけど、人間の行動が危険視や忌避といった一線を超えているのは事実。

それもはっきりした。

危険、を理由に自身の快楽と混在して行動している。


他の可能性を考えれば感情の暴走。

これに至っては私の場合ですら起こる可能性がある。

お母さんが居なかったら?

そう思うと、痛い、嫌だ、やめて!という思いが無意識のうちに増幅して爆発しないとも限らない。

赤子の場合は顕著に現れる気がするがどうだろう。

リリエルだって例外ではなくなる。

しかし、暴走に関してはエルメラから聞いたオルブゲン村の事だけで、他の事例は知らない。

判断するには材料が足りなさすぎる。


そう言えば、エルメラはどうだったのだろうか。

それに関しては後で聞いてみるのもありだが、現状ではこれ以上エルメラが何を求めているのかわからない。


ただ、私の考えは何も変わらない。

オルブゲン村に立ち寄った事は、気分を害しただけだった。






「ここだよね。」

上から両側が切り立った岩に挟まれ、うねって伸びている道を確認する。

「たぶん、そうよね。」

リリエルと見下ろしながら確認した。

オルブゲン村から続く道は、黒に飲み込まれて近づけなかった。

そもそも、黒の上を歩いていいものか迷ったのだけど。

なんか歩きたくないよね、とリリエルと意見が一致したので、頑張って岩山を登り回避した。


「道が真っ直ぐじゃないから、先が見えないわね。」

「うん。どれくら歩けばいいか、確認しとけば良かったね。」

まったくその通りだわ。

老人なら知っていたかもしれないけど、そこに考えが至る様な精神状態ではなかった。

「どちらにせよ、山中で野宿は確定ね、時間的に。」

「うげぇ。」

気持ちはわかる。

何も無さ過ぎて滅入るよね。


「ねぇ、この山道ってエセット村に続くだけじゃないの?」

私に聞かれても。

「私もそうだと思っていたけど。」

「分かれてるよね?」

「そうね。分かれてるわ。」

分かれているけれど、進んだ先が見えないから何も判断できない。

どちらに進めばエセット村なのか、それすらも。


分岐に着くと、片方は上り坂になっていた。

だからと言って違うとは判別出来ない。

今までも起伏はあったし、エセット村まではどんな道が続くのか知らないのだから。

「あれは・・・家?」

上り坂の先をよく見ると、それらしきものが見えた。

「え、ほんと?」

リリエルが駆け足で坂を上り始める。

「アリアちゃん!家だよ家、家があるよ!」

ある程度登ったところで、リリエルが振り向いて手を振ってくる。

「行ってみよ!」


言われたのが早いか、歩き始めたのが早いか、私も気になってリリエルの方に向かっていた。

こんな場所に家なんて。

もしかすると、山を越える人のために用意されているとか?

今の私たちみたいに。

こんな不便な場所に住むもの好きがいると考えるより、そっちの方が自然よね。

そんな事を考えながら私はリリエルの後を追った。




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