二章 姉妹ニ捧グ静寂ノ黒 - 19.姉妹
ゲールデリク城はそれほど大きいお城ではない。
エルメラのお城と比べてしまうと遥かに小さい。
エルメラのお城がおかしいのかもしれないけれど。
門を抜ければ左右へ続く通路と、二階へ続く階段があるだけだった。
夜明けが来たばかりだからか、城内に人は見当たらない。
「大きい部屋ってある?」
「え?はい、ありますが。ゼラウスの所に向かうのではないのですか?」
馬鹿正直に直接向かうつもりはない。
セアクトラの領主館とは違って深夜でもないし、人数は把握してないけれど多いでしょうね。
「このお城にはどれくらいの人が住んでる?」
「大きい城ではありませんので、五十~六十くらいかと思います。遠征等で出払うと半分くらいになる事もありますが、私は離れていたので現状はわかりません。」
多いわね。
その人数が雪崩れ込んで来たら捌ききれない可能性が高い。
なりふり構わなければ大丈夫だと思うけど。
「とりあえず、その部屋に案内して。」
「ここが食堂になります。昔は会議室だったみたいですが。」
なるほど。
横長の部屋で、長いテーブルの両側に幾つもの椅子が並んでいる。
経年劣化か、管理してないのか。
エルメラのお城にもあるが、此処はお世辞にも綺麗とは言えない状態。
「リリエル、ここにアレを仕掛けるわよ。」
「人が居ないのに?」
「そのうち使われるでしょ。それより、中の人間を分散させる陽動としてね。」
それもあるけど、今回は開幕の合図が主な目的。
「なる。大きさは?」
すぐに理解したリリエルが、右手を開いたり握ったりして笑みを浮かべる。
「テーブルの中央に人の半分くらいの大きさ。この前より厚めにしてね。」
「うん。」
移動して私が陽炎を出すと、落ちる前にリリエルが氷で包み込んだ。
「此処はこれでいいわ。次に行きましょ。宿直の部屋みたいのはある?」
無言で私たちの行動を見ていたユルナに話しかけると、はっとして私を見る。
ぼーっとしていた様。
「はい、あります。」
ユルナの案内で部屋を出ると、入り口の方に戻る。
「先程の氷はなんでしょう?炎が消えないのが不思議でした。」
「飾りみたいなものよ。不思議な置物でしょ?」
「はい、そうですね。」
説明する必要もないし、面倒だったので適当に答えておく。
腑に落ちなさそうではあったが、ユルナはそれ以上聞いてはこなかった。
「ここから先の各部屋が団員の寝所になっています。」
お城の入り口を通り過ぎ、反対側の通路に入るとユルナが説明する。
なるほど。
言われて気付いたけど、大人数に個室を割り当てるほど余裕は無さそうだものね。
一番手前の部屋を開けると、十程度の寝台があり、人が寝ている。
すべて埋まっているわけではなかったが。
「リリエル、入り口をアレで塞ぐわよ。」
「あ、良いねそれ!」
部屋は三部屋あり、どの部屋も同じ様な構造になっていた。
各部屋の扉を開けて、塞ぐように陽炎入りの氷を配置していく。
「これでいいわね。二階は?」
「二階はゼラウスと、近しい一部の団員の私室だけです。」
それなら、後は直接対決だけでいこうかな。
「それじゃ、ゼラウスの所に案内お願い。」
「はい、わかりました。先程の氷は閉じ込めたのですか?」
歩きながらユルナが聞いてくる。
「そうよ。揉め事が起きている時に来られても困るでしょ?」
「確かにその通りですね。エルナの事しか考えていませんでした。」
階段を上りながらユルナは感心した様に言った。
それが普通でしょうね。
憎んだのなら、その対象しか目に入らなくなるもの。
「あたしの出番は終わり?」
「いえ、後はゼラウスの部屋の前にも設置しておきましょ。」
「わかった。」
階段を上った後は左に進み、大きな観音開きの扉の前でユルナが止まった。
「ここが、以前玉座があった部屋です。」
玉座、ねぇ。
王様気取り?
「寝室じゃないの?」
「ゼラウスは玉座で寝ます。」
なにそれ。
身体は痛くならないのかしら、どうでもいいけど。
ユルナが言っていた自己顕示欲が強い。
いくらそうだったとしても、椅子で寝るとか考えられないわね。
「あたしは無理。」
「私もイヤよ。」
言いながら氷を設置する。
「準備できたわ。」
ユルナに伝えると、頷いたユルナが扉に手をかけて開く。
中は大きいとは言えないが、それなりの広さだ。
奥の中央、数段高いところに玉座があり、そこに男が座っている。
頬杖をついて、鋭い眼光をこちらに向けて嗤っていた。
起きてる・・・
「まさか戻ってくるとはな。当分は戻らないとエルナから聞いていたぞ?」
ユルナが先頭を歩き近付くと、低い声で静かに言った。
「私は街に居ただけよ。いつでも戻れるわ。それに、自分の家だもの、出入りは自由でしょ?それともいちいち兄さんの許可が必要なの?」
「はは、ユルナの言う通りだ。好きにすればいい。」
ゼラウスは笑みを浮かべて頷いた。
その笑みは、家族に向けたものだからか嫌な感じはしない。
「で、その二人は?」
「友人。招待したのよ。私は出入り自由だったとしても、知らない人は兄さんに挨拶した方がいいと思って。」
だが、ユルナの言葉はゼラウスに警戒を与えたのか険しい顔になった。
「嘘はよくないなユルナ。団員でもない奴が勝手に出入りはできない。門番をどうした?お前の友人という理由だけで通す筈はない。」
確かにその通りね。
もっとも、雑談しにきたわけじゃないからいいけど。
「眠ってもらった・・・」
「ユルナ!!誰の許可を得て城に入ったのよ!」
私の言葉は、玉座の裏の垂幕から飛び出してきた女によって遮られた。
おそらくあれがエルナなのでしょうね。
ユルナと似ている気はするが、鬼のような形相のため判別できない。
「ゼラウスも言っていたわ。自分の家の出入りに許可は要らないって。」
「私は許可してないわよ!」
興奮して会話になりそうないわね。
関係ないけど。
「エルナ、どういう事だ?」
私たちはさておき、ゼラウスの疑問はエルナに向いた。不審者より身内の揉め事の方が重要なのね。
「どうもこうも、ユルナが十七になったらユルナにも手を出すでしょう?だから追い出したのよ。」
潔いほどはっきり言ったわね。
「そ、そんな事はしない。エルナは既に俺の子供を身籠ってくれているからな。」
動揺している。
嘘じゃん。
だけど、いつまでもこんな茶番に付き合ってやる義理もない。
「そんな話しはどうでもいいから、私の質問に答えて欲しいのだけど。」
「誰よあんた!?ユルナと連んでゼラウスを誘惑に来たの!」
お前には聞いてない。
面倒だから黙っててくれないかな。
そう思ってユルナに目を向ける。
「あれは私が相手をします。」
頷いたユルナが言った。
「で、お前はなんだ?」
ユルナがエルナに近付いていった事で、エルナの意識がユルナに向いた。
それを良いことにゼラウスが私に鋭い視線を向ける。
「十七年前、セアクトラ領主の子供を攫ったでしょ。司祭イギールと結託して。」
私の問いにゼラウスは立ち上がると、椅子の横のに設えてある低い棚に置いてあった剣を取る。
「どこで聞いたか知らんが、部外者でそれを知っている奴を生かしておくわけにはいかない。」
話しが早くて助かる。
「別に攫っているのは他にもいるでしょう。」
「俺に取り入ろうとか、金を要求しよう等とは思わないことだ。」
あ、そっちの話しね。
あくまで自分の地位と立場を護る方か。
「・・・」
ゼラウスの態度がわかった私は顔の布あてを取った。
ゼラウスがそれを無言で見てくる。
「当時、攫われた領主の娘が私よ。私がこんな見た目になった理由、わかるでしょ?」
「ふむ。つまり死に損ないが復讐にでも来たという事か。」
特に動揺した様子も無く、ゼラウスは言いながら剣をゆっくりと抜いた。
「姉さん。夕べ、監視を使って私に酷い事をしたよね?」
ユルナはエルナに近付きながら言った。
「そうよ。今まで通り独りで生きていれば良かったのに、外部の人間を家に呼び込んで良からぬ事を企んでいたんでしょ!!」
エルナは背中に隠し持っていた短剣で、近付いて来たユルナに斬りかかった。
予想していたユルナは半身を逸らして避ける。
「ゼラウスは私のものよ、あんたには渡さない!」
エルナは追うように短剣を横に振ろうとしたが、その手をユルナが掴んで短剣を奪い取る。
「あんな男に興味ないわよ、私は外で自由に暮らしたいって言ったでしょうが!」
「あぁぁぁっ!」
ユルナに左太腿を短剣で刺され、エルナは絶叫を上げる。
「ぐぅっ!!」
「監視だけじゃなく、あの辺に住む男ども全員に犯させてやる!」
エルナは右手の中指をユルナの左目に突き入れ、そのまま顔を掴んで押し倒した。
「殺さないであげるわ!」
押し倒した後、馬乗りになって左手でユルナの首を掴んで力を籠める。
「お前の身体が使いものにならなくなるまぎゃぁっっ!・・・」
「その前に、私が姉さんを殺すわ!」
足から短剣を抜いたユルナは、エルナの脇腹に短剣を刺していた。
エルナの力が抜けた隙をついて、ユルナはエルナの腹部を蹴り引き剝がす。
「あぁ、ぁぁ・・・ぁぁあああっっ!!」
「あの男の子供と一緒に私の前から消えて!」
蹴られたお腹を押さえながら悲痛な叫びを上げたエルナに、ユルナは短剣を振り被った。




