二章 姉妹ニ捧グ静寂ノ黒 - 18.呪縛
18.呪縛
「出て来ないね。」
夜明け前、ユルナの部屋の扉を叩くが待っても応答しない。
中に人の気配はするので居るには居ると思うけど。
「まさかもう?」
「噓でしょ?」
私とリリエルは顔を合わせると、急いで扉を開けた。
鍵は掛かってなく、あっさりと開く。
「ユルナ!」
肩で息をしながら、椅子に手をかけて立ち上がろうとしているユルナが視界に入ると、その姿から思わず声を大きくしてしまいた。
「酷すぎ!」
「す、すみません・・・」
リリエルが駆け寄って支えると、椅子に背中を凭れかけさせる。
「アリアちゃん、予備の服持ってない?」
「鞄にあるから適当に取って。」
私はテーブルの上に鞄を置いてリリエルに言う。
私は周囲の気配を探る。
衣服は引き裂かれほとんど裸の状態にされていた。
拷問を受けたのか、身体中に痣が出来ている。
左目の瞼が腫れ、口や鼻からは血が流れた跡が残っていた。
それだけじゃない、足の間からも血と別の体液が滴っている・・・
こんな事になるなら、一緒に居れば良かった。
私が来たことで、ユルナがこんな目に遭ったんだ。
くそ・・・
くそっ!
「っ!・・・」
思わず椅子を殴ってしまった事で、二人を驚かせてしまった。
「アリアちゃん、落ち着こうか。」
無理言わないでよ!
そう思って振り向いたら、リリエルの瞳から色が消えていた。
「場所、わかる?」
「わかるわよ。様子を探るため近づいて来ているわ。」
「なら好都合ね。一人ずつだよ。」
「わかってる。」
私は頷くと扉に近付いて気配を窺う。
「リリエルは右。」
「わかった。」
リリエルが返事をしたのと同時に外に飛び出す。
まさか飛び出して来るとは思ってなかったのか、男は驚きの顔になった。
だが、すぐに腰に下げていた短剣に手をかけて抜こうとする。
遅い。
私は人差し指と中指を右目に突き入れ、横に振って男を投げる。
眼窩から指を抜く時に眼球を掴んだ。
視神経の切れる感触が気持ち悪い。
「あぁぁぁぁぁっ!・・・」
男は眼を押さえながら叫んで転がる。
私は近付きながら右手の人差し指を動かした。
「炎刃。」
人差し指から伸びた熱線で右膝から下を切り落とす。
簡単に死ねると思うな。
抜け落ちた男の短剣を拾うと、右手に突き刺し地面に縫い留める。
「うるさい、黙れ。」
胸を足で踏みつけ、眉間に短刀を当てると唇を噛んで男は声を上げるのを止めた。
「ほぅら、左足以外は動くからちゃんと逃げてみ。」
嬉々としたリリエルの声が後ろから聞こえ、そのあとに男の絶叫。
無視。
「誰の差し金?」
「・・・殺・・・せ・・・」
以外に口が堅いのね。
「ユルナの姉を殺せばいいのね、あんたには立ち会ってもらうわ。」
「ち、違っ!待て!・・・」
慌てるところ見ると、ユルナの言う通りか。
「待たない、どっちか選べ。」
私が言うと、男は笑みを浮かべた後に舌を出して嚙み切った。
血塗れになった口の端を嘲笑う様に吊り上げてに嗤うと、やがて意識が途切れた。
その辺の野盗とは覚悟が違うって事かしら。
どうでもいいか。
もう聞くことは出来なさそうだし。
周りに野次が何人か集まっていたが、見ているだけで何かをする気配は無い。
無視していいだろう。
「終わった?」
「うん。痛みに耐えられなかったみたい。」
一瞥すると、氷漬けになった左足以外の手足は原型が無いほど潰れていた。
相変わらずえげつない。
「監視から情報は得られなかった。」
部屋に戻って、既に着替えていたユルナに伝える。
「わかってる。でもありがとう、私では手も足も出ないから、少し溜飲が下がった。」
それならばいい。
私の気分が悪いからやっただけで、ユルナのためにやったわけじゃない。
「あと、目的なら伝言として聞いているからわかっています。」
続けて言ったユルナの瞳には、怒りが浮かんでいた。
そういうのは、よくわかる。
「戻る前に孕ませろって、お前がゼラウスの子を孕めると思うなよ。それがエルナからの伝言らしい。私が何かをする前に潰したかったんだと思う。」
会う前からどんな人物か概ね見えてきた。
ただ、ゼラウスの方はいまいち。
やはり、直接会って確かめてから殺すしかないか。
ユルナの姉に関しては興味がない。
その場にいるなら殺すだけ。
「行きましょう。どのみち騒ぎは伝わるわ。」
促すユルナの瞳は怒りこそあれ冷静に見えた。
強い・・・
「そうね。」
この辺の住人は我関せずという雰囲気だったけど、それだけが街の住人じゃないものね。
ユルナを監視していたのは二人だったとしても、それ以外に団の人員が街にいるでしょうし。
「少し待って。」
ユルナはそう言うと、私が相手をした男に近寄った。
包丁を振り被ると、下腹部に突き立てる。
「エルナは絶対に許さない・・・」
静かだけど、力強く口にしたユルナはこちらに戻ってきた。
危うい均衡は崩れると加速する。
人の感情も、そうなのかもしれない。
「廃城は正面からしか入れません。」
ユルナの案内で外壁に向かう。
「本当に?」
奇襲が出来ればそれが良いのだけど。
「物心ついた時から少し前まで住んでいたんです。内部は全部把握しています。」
となると、奇襲は無理ね。
「ゼラウスの居場所は知っているのよね?」
「はい。自己顕示欲の強いゼラウスが居る場所は、決まっています。」
ならいい。
まっすぐゼラウスを殺しに行けばいいだけね。
外壁にある小さな扉の鍵をユルナが開ける。
「この扉を抜ければ廃城へは一本道です。」
扉を開けながらユルナが言う。
潜って先を見ると、白んできた空のおかげで薄っすらと城が浮かび上がっている。
小高い丘に聳え立つ城に続く道の両側は急勾配の崖の様。
確かに、奇襲は出来なさそう。
「行こうか。」
「うん。」
「はい。」
「城門には門番が居ますが、今の私で誤魔化せるかどうか・・・」
「問題ないでしょ?」
ユルナが言ったことに、リリエルが気にした風も無く聞いてくる。
「そうね。」
向かってくるならみんな殺すだけ。
「そうですか。」
「それよりユルナは案内が終わったらどうするの?」
もともと案内としか聞いていない。
私たちと一緒に居れば、当然反逆者扱いされると思うし。
動向だけは聞いておく必要がある。
私の邪魔にならないように。
「その事でお願いがあります。」
私に向けたユルナの目は、何かを決めたように揺らぐ事無く真っすぐだった。
「なに?」
「エルナは私に譲ってもらえないでしょうか。」
なるほど。
「以前の優しかった姉が居るのではないか、心の片隅で淡い期待がありました。」
昨日までは、そうだったんでしょうね。
だからこそ、暗い表情にはっきりしない瞳だったのね。
「ですが、今日ではっきりしました。姉が居る限り、私はこの呪縛から解放されないのだと。」
私の目的はエルナじゃない。
ゼラウスが私を攫った件に関しては関わってないでしょうけど、ゼラウスと一緒にいるなら殺すだけだった。
だけど、私以上に拘る人がいるのであれば、それはそれでいい。
「構わないわ。」
私だってゼラウスの死を誰かに取られたらと思うと、きっと矛先はそいつに向かう。
「ありがとうございます。」
「ところで、あたしの出番は?」
「それは現地を見てみないと何とも言えないわね。」
私とリリエルは中の情報を何も知らない。
入ってみなければわからない。
「やっぱそうだよね。」
「出番を探しに来たわけじゃないでしょ。なんならさっきあったじゃない。」
質の悪い殺し方をしていた気がするけど。
「いやいや、本番はこれからでしょ。本番の話し!」
まぁ、あるでしょ。
そんな話しをしていると、城門はもう目の前だった。
空はかなり明るくなり、朝焼けが城門を染めている。
「・・・ユルナ様?こんな時間にどうされました?それに、戻るのはしばらく先だと聞いておりましたが。」
私たちが城門に近付くと、門番が先頭にいたユルナを見て驚き、続きて怪訝な顔をした。
「自分の家なんだから、いつ戻ってもいいじゃない。」
「それはそうですが・・・それよりその怪我はどうなさいました?それと後ろの二人は?」
こういうやりとりは面倒ね。
「外で出来た友達よ。遊びに来たから中を案内したいの。」
「いやしかし、ゼラウス様の許可が無ければ入れませんよ。」
「そう言わずに通して、ね?」
「しかし・・・」
門番はどうしたものかと考えている。
そもそも来訪を知られる事自体が面倒よね。
私はリリエルを見ると、腰を指差して、次に喉を指差す。
理解してくれたのか、リリエルは頷いて少しだけ笑みを浮かべた。
その間に門番がもう一人にどうしたものかと視線を送っている。
「うーん、確認するしかないか。」
「だが、この時間に起きているかどうか・・・」
「寝起きは機嫌が悪いからな・・・」
「そうなんだよ・・・」
門番二人はそんな会話をしている。
埒が明かない。
「機嫌の悪いゼラウスを相手にするくらいなら、通して。ゼラウスには私から言うから。」
「例えユルナ様でもそれは出来ません。後で我々が怒られます。」
怒られる前に死ぬけどね。
私とリリエルはそれぞれ門番に近付いた。
もう待ってられない。
「待て待て、許可は出来ないぞ!」
両手で私たちを制止しようとした門番の、腰に下げている短剣を抜いてそのまま喉に突き刺す。
力を込めて、更に脊椎まで刺し込んだ。
門番二人は驚愕の表情のまま崩れ落ちる。
声を出されると面倒だから、喉を潰す必要があったけど、リリエルが理解してくれてよかった。
「ごめん、これ以上は時間の無駄。」
「はい、すみません。」
「ユルナちゃんさ、ここ潰したいんでしょ?」
リリエルに言われ、ユルナは目を見開いた。
「そうでした。エルナの事しか考えてなかったです。そうですね、その通りです。」
「よし、じゃぁ乗り込むよ。」
リリエルの言葉に、ユルナは頷くと城門の隅にある小扉を開けて中に入った。




