二章 姉妹ニ捧グ静寂ノ黒 - 12.紫電
「遅い!」
山を降り、デニエラ村の入り口だった道に出ると聞き覚えのある声で怒鳴られた。
声の方を見るとエルメラが馬車の扉のところで仁王立ちしている。
「あ、エルメラ。どうして此処に?」
意味がわからない。
エルメラの事だ、偶然じゃないよね。
どうして私の居場所がわかるの?
「偶然じゃ。」
「嘘。遅いって言ったよね?」
「・・・」
あ、顔を逸らした。
「それより何じゃ!傷や火傷だらけになりおって。怪我をする様な相手でもなかろう。」
言われて思い出す。
身体中痛い。
刺された場所からの出血も、山を上り下りした所為かまた始まっている。
「相手にやられたわけじゃない。」
「お主は馬鹿か!」
うるさい。
余計なお世話。
「もう少し自分を大切にせい!」
と言われても。
「そうだよアリアちゃん。女の子なんだから、髪の毛から足の指先に至るまで大切にしなきゃ!」
・・・
はっ?
誰?
エルメラの後ろから突如現れた少女に、驚くより呆れ目を細める。
「先ずは馬車に乗るがよい。応急処置程度は可能だが、手当自体はホーリエルに着いてからじゃ。」
「うん。」
火傷が痛む。
指摘されて、痛みを認識するようになってから、余計に。
肌を撫でる風が恨めしい。
なるべく平静を装って馬車に乗る。
隣にはうるさそうな少女が座っていて、興味の目を私に向けている。
興味ならいい。
素性は知っているだろうに、変な子。
「これを火傷に塗るのじゃ。」
エルメラは小瓶を私に差し出す。
開けてみると軟膏のようだった。
「あ、自己紹介がまだだったね。」
私が火傷に軟膏を塗っていると、隣の少女が笑顔で言う。
「リリエル・ベーシェス。リリエルって呼んでね。」
ふぅん。
興味ない。
「ところで、ガリウは一緒じゃないのか?」
ガリウ・・・
そうね。
少しとは言え、エルメラの城で一緒に生活したものね。
エルメラには、伝えておこう。
「デニエラが見える丘で、先に眠ったよ。」
「そうか。ならそれ以上は聞くまい。」
エルメラは言うと、デニエラ村の方に顔を向けて目を閉じた。
おそらく、私が此処に居た事も、ガリウの行く末も、察したのでしょうね。
「あ、ちなみに’オ’だよ。」
自己紹介はまだ続いているとばかりにリリエルが続けた。
まぁリリエルに、ガリウは関係ないものね。
「オ?」
だけど、オが何かわからない。
「トルシュ・オだよ。」
・・・
そう、この子も女神の浄化の塵なのね。
そう思うと、私はまた自分の身体を見て、顔の左を手で触れる。
どうして?
どうしてエルメラもリリエルも普通に生活しているの?
何故私とお母さんだけ・・・
「リリエルは捨て子じゃ。孤児院の前に放置されたのを余が保護したのじゃ。」
経緯なんてどうだっていい。
エルメラは私の思いを察して取り繕ったのだろうけど、それで現実が変わるわけじゃないもの。
「っ!!」
その時、急に馬車が止まった。
反動で身体中に痛みが走る。
「エルメラデウス様、野盗にございます。」
御者台からエウスの声が聞こえる。
面倒。
身体痛いし。
「あたしやるよ。」
リリエルが言うと扉に手を掛ける。
そうか。
塵なら、少女でも戦えるのね。
「よい。余が直接相手をしてやろうぞ。」
だが、リリエルを制して扉の外に降り立ったのはエルメラだった。
「エウスもその場から動くでないぞ。」
「承知しました。」
既に剣を持っていたのだろう、置く音が車内に聞こえた。
小窓から外を見ると、十人くらいの獲物を持った奴等が見える。
エルメラが何かを言われているようだが、はっきり聞こえない。
「すぐ終わるよ。」
見ている私にリリエルが言ってきた。
「それよりアリアちゃんのこと教えてよ。」
別に教える事はない。
内心で相槌を打ちつつ、エルメラを見続ける。
エルメラは小さな鞄から扇子を取り出すと、野盗にそれを向けた。
扇子を開きながら口の端を上げて嗤う。
「紫閃・扇。」
雷!?
紫色の光が扇子の先から放射状に、幾重にも迸って野盗達を蹂躙する。
激しく痙攣した野盗は、高熱により眼球が白濁とし、穴という穴から体液を垂れ流す。
熱せられた身体からは蒸気のように湯気も立ち昇っていた。
いや。
かなり恐い、エルメラ。
「あ、燃え始めたよ。」
「当たり前じゃ。」
戻って来たエルメラにリリエルは言うが、既に興味が無いのか座って目も向けない。
衣服を着ているのだから発火はするだろうけど・・・
「燃え広がるものが周囲には無い故、放念するがよい。」
いつもの事なのか、エウスも気にせず馬車を走らせ始めた。
「ホーリエルの孤児院もそうじゃが、主な街には余の配下がおる。」
何事も無かったようにエルメラは話し始めた。
何の話しかわからない。
「経由地や主要地、人や物が多く、流通となっている場所は特にな。」
だから何?
疑問を持っても、エルメラは窓の外を流れる景色に目を向けたまま。
察しはしないでしょうね。
「ただ、末端や僻地といった場所まで割ける程人手はおらぬ。」
・・・
あぁ、話しの続きね。
別にいいのに。
「あたしね、ピレンケルって街の孤児院に捨てられてたの。それを、エルが引き取って育ててくれたんだ。」
はぁ、つまりそういう事ね。
デニエラ村までは関知出来なかったと。
別に、そんな事でエルメラを責めたりしないわよ。
ガリウに言った手前になっちゃうけど、私だって気付いて貰えたらって思いは無くもない。
だからって、エルメラに文句を言うのは筋違いだ。
問題は、そこじゃないのだから。
「そう。」
短い相槌を打つと、エルメラは私を見て微かな笑みを浮かべた。
嫌な感じとかじゃない。
けど、それがどんな思いから出たのか、私には判別できなかった。
「って事は、エルはあたしのお母さんだね。」
お母さん・・・
私のお母さんも、そうしたかったのかな。
そうか。
私にも、救い出してくれたお母さんがいるじゃない。
だから私は、今を生きている。
「ほう。となると、父親はエウスかのぅ?」
「だね!」
笑顔で頷くリリエル。
エルメラは含みのある笑みを浮かべていたけど。
それと、馬車の騒音に混じってエウスの咽るような咳が聞こえた気がした。
「して、次は何処へ行くつもりじゃ?」
ホーリエルの街に着いて、施療院で包帯を巻かれた私にエルメラが聞いてくる。
エウスとリリエルは宿で待っている。
「場所、教えてくれるんじゃないの?」
私には情報が無い。
「聞いた司祭の場所しか知らないもの。情報が無いなら、わかっているところに向かうだけ。」
「そう急いて答えを出すでない。」
違う。
選択肢が無いだけなのに。
「近場で言えば、黒鷲じゃな。」
「じゃぁ、そこ。」
盗賊団、だっけ。
イギールに与して私とお母さんを運んだ奴等。
「詳しい話しは道中に伝える故、今は身体を休めるがよい。」
それならいい。
エルメラと会わなければ知り得なかった事。
聞けたら、すぐにでも殺しに行ってやる。
ただ、今は少し疲れた。
エルメラに言われるまでもなく、私の意識は無くなった。




