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白と黒の王女は幸福で平和な夢を見る  作者: 陽菜


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八章 大事な二人

 あれから数日、拠点で過ごしていると、ピットがもくもくと働いていることが気になった。

「……いつも気になっているのだが」

「どうしたの?兄さん」

「なぜピットは一人で動いているんだ?」

 クレマンがマルクに尋ねる。彼も「あー……」と悲しげな表情を浮かべた。

「……ピット姉さん、基本的に一人で仕事をこなしているんだよ。僕達にも仕事を触れさせてくれなくて……」

「そうか……」

「どうしたらいいんだろ……」

 マルクが不安げに尋ねる。

 彼自身、本当はピットと仲良くなりたい。しかし素直になれずどうしても当たってしまうのだ。クレマンも、そんな弟の性格を理解している。そしてそれはピットも分かっているハズだ。

(怒っていてもおかしくないからな……)

 ピットからしたら、大事な妹を罵倒した人間達だ。本当は自分達と妹を二人きりで話すことも許したくないのだろうが、何も言わず見守っているだけだ。内心穏やかではないだろうが、互いのわだかまりを取るための配慮だろう。

 朝食を食べた後、クレマンが少し歩いているとダニエルが木陰で遠くを見ていることに気付いた。

「ダニエル王子」

「あぁ、クレマン王子か」

 声をかけると、彼は振り返ってクレマンを見る。

「どうしたんだ?」

「太陽が珍しくてな……自然もきれいで見とれていた」

「そうか」

 ダニエルの隣に立ち、同じように遠くを見る。

 確かに、自然も美しく輝いているように映った。ルーチェ王国出身である自分ですら感動するのだ、闇の国であるシャッテン王国出身のダニエルの目にはもっと輝いて見えるだろう。

「何をしているんですか?兄さん」

 遠くからそれを見ていたカリスが声をかけた。

「カリス。少し森を見ていたんだ」

「そうなんですね。……確かにきれいですもんね」

 その答えに彼女も納得したらしい、優しく微笑んで頷いた。

「誰かが剪定しているのか?」

「私は知らないですけど……ピットが夜の間に整えていると聞いたことがあります」

「ピットが?」

 カリスの言葉に二人は驚く。

 ピットはオーバーワークが過ぎる。本当に基本一人でこなしているのかと思うほどに。

(でも、あいつなら出来そうって思ってしまうな……)

 というより、実際アトゥやトニーに支えられながらだろうが出来ているのだ。

 ほかの兵士達は?と二人は周囲を見る。ほかの兵士達は鍛錬したりゆっくりしたりとそれぞれの時間を過ごしていたが、ピットを手伝う様子がない。

「……ここは本当に恵まれてるな」

「えぇ。……全部、ピットのおかげですけどね」

 全部の負担をピットが請け負ってくれているからこそ、ゆっくり出来るのだとほかの人達は気付いていないのだろう。

「カリス、アトゥさんが探していたよ」

 ピットが洗濯物を入れた籠を抱えながらカリスに告げる。そして兄二人を見て目を丸くする。

「クレマン王子にダニエル王子。お二人も休まれているのですか?」

「あぁ。ここからの光景がきれいでな」

「そうですか。……では、私はまだ仕事が終わっていないので」

 一礼し、ピットはそのまま城の方に向かう。ただカリスを呼びに来ただけらしい。

「少し観察してみるか……」

 クレマンの呟く声にダニエルも頷いていた。



 朝早く、クレマンが鍛錬をしているとピットが箱を持って食堂に向かっていた。

「ピット、おはよう」

「……おはようございます、クレマン王子。では」

 話しかけるが、ピットは挨拶を返すだけでそのまま去っていく。

 追いかけると、彼女は食堂内で野菜を切っていた。

「……あら。何か用ですか?」

 クレマンに気付いたピットが首を傾げる。

「何をしているのか気になってな。お前は何をしているんだ?」

「見て分かる通りですが」

「それは分かるが……今日は食事当番ではなかっただろう?」

 食事当番自体は、軍全体にまわるように決まっている。それはクレマンとて同じことではあるのだが……彼女の当番はまだまだ先のハズだ。

「……料理出来ない人もいますから。ある程度は下準備しているんですよ」

「そうか。……手伝おうか?」

 クレマンが提案するのだが、「いえ、クレマン王子はゆっくりしていてください」と断られる。やはり避けているのだろう。

「分かった。何かあったら呼んでくれ」

 この子の場合、無理やり関わろうとすると逆に嫌がってしまう。この日はこれ以上無理に話すことはしなかった。


 ダニエルが買い物から戻ってくると、カリスがキョロキョロと誰かを探していた。

「どうした?カリス」

「ひゃい!?あ、ダニエル兄さん……ピット、どこに行ったか知りませんか?」

「ピットか?今日は見かけていないが……」

 兄が答えると「そう、ですか……」と悲しげな表情を浮かべる。

「何か用か?」

「その……ちょっと聞きたいことがあって……」

「私でも分かるものか?」

 ダニエルが尋ねると「え、まぁ大丈夫だと思いますが……」と首を傾げた。

「それなら、私が代わりに教えよう。どれだ?」

「あ、その……これです」

 怯えたようにカリスが紙を渡す。それを見てダニエルが教えているのだが、妹はどこか落ち着きがなかった。

「……カリス」

「は、はい!?」

「どうした?私が何かしてしまったか?」

「い、いえ、そういうことはないですけど……」

 ダニエルの質問にカリスはうつむく。

「……少し、怖くて……」

「怖い?」

 彼女の口からその言葉が出てくるとは思っていなかった。しかし、心当たりはある。

 ダニエルは前に、クレマンを庇ったピットを斬り捨てたことがあった。もしかしたらその時の出来事が若干のトラウマになっているのかもしれない。

「……大丈夫だ、もうお前達を傷つけることはしない」

「……本当ですか?」

 涙を浮かべながら、カリスは尋ねる。

 ダニエル自身、自分が弟妹にとって厳しく近寄りがたい人間だろうということは自覚している。それをピットに愚痴ってしまったことがあったほどに。

「そう、ですか。それならよかった……」

 きっと、カリスも不安だったのだろう。安心した表情を浮かべた。

(そういえば、ピットに謝っていないな……)

 そのことを思い出しながら、ダニエルは不器用にカリスの頭を撫でた。


 夜、ピットが珍しく食堂にいるとイージスが声をかけた。

「ピット、こんな時間まで仕事か?」

「イージスさん。えぇ、そうですね。少し休んだらまた仕事をしないと……」

「代わろうか?」

「いいんですか?それだったら物資を確認してほしいです」

「分かった。……本当にいいのか?敬語じゃなくて」

 イージスが気になったことを尋ねる。

 確かに、イージスとサユリはピットの臣下になった。それはピット自身も認め、そう言ってくれるのだが。

「敬語を使われるの、あまり好きじゃないんですよね……だから気にしなくていいですよ」

「主君を呼び捨てにする臣下なんてなかなかいないぞ……」

 そう言いながら、イージスは苦笑する。しかしそれがピットの魅力でもあるのだ。

「まぁいい。物資の確認をしたらいいんだな?」

「えぇ。昨日、盗賊退治した時にかなり減ってるハズなので」

「了解。足りない分は明日買い出しに行く」

「ありがとう」

 小さく笑うピットにイージスも胸が温かくなる。

 ――主君の笑顔とはこんなにうれしいものなのか。

「あ、そうだ。紅茶飲みます?」

「いいのか?」

「えぇ。話し相手になってくれると助かるわ」

「それなら相手しよう」

 イージスが座ると、ピットは嬉しそうに準備を始める。

(本当は俺が準備しないといけないと思うんだけどな……)

 ピットは誰かに尽くすことに喜びを感じている節がある。元来の性格なのだろうとイージスは大人しく見ていた。

 彼女の淹れ方は早くも丁寧だ。

「勉強になるな」

「そうですか?それならよかったですけど」

「アトゥがあなたのことを尊敬している理由が分かる気がする」

 臣下としての心得や必要な技術を教えてもらったとアトゥから聞いた。最初は信じられなかったが、こうやって見ると本当に何でも出来るのだと分かる。

「どうぞ」

「ありがとう。……いい匂いだな」

 紅茶を前に出され、イージスは微笑む。

「お茶菓子は食べます?」

「いや、いい。紅茶だけでも十分だ」

 それを聞いたピットは椅子に座る。

「話し相手になってくれる人が増えるだけでもうれしいわ。今まではアトゥさんとトニーさんとフィオラさんぐらいだったから」

「そうなのか?」

「私、両国から嫌われてるからね」

 悲しげに笑うピットにイージスは「そんなことないと思うが」と答える。

「それだったらいいんだけどね……正直、中途半端って結構きついのよ。どっちの味方にもなれないし、かといって敵にもなれない……カリスには快適に過ごしてほしいし、でもきょうだい達も傷つけたくない……そうやって考えていくのも疲れるのよ……」

「ピット……」

「あ、ごめんなさいね。私の愚痴になってしまったね、忘れてちょうだい」

 そう言って笑う主君が無理しているようで、イージスは優しく手を重ねる。

「大丈夫だ、いくらでも愚痴を言ってくれ。弱音ぐらいならいくらでも聞くさ」

 その言葉に目を丸くするが、ピットは小さく微笑んで、

「……ありがとう」

 お礼を言った。


「サユリ、お前よくあの人の臣下になろうと思ったな」

 朝、ティムに言われサユリはキョトンとする。

「意外と優しいわよ、あの人」

「そうは思えないけどな」

 フフッと笑うサユリをティムは怪訝そうに見る。

 実際、ティムから見たら冷たいように見えるのだろう。自分もそうだったから。

 でも腹を割って話すとそんなことは全然ないと分かる。少なくとも冷たくしたくてしているわけではない。ただ、カリスを守るためにはどうしても見極めないといけないからという理由で冷たく思うだけで。

 それに、ピットは素直じゃない。甘えたくても甘えることが苦手で結局我慢してしまうだけなのだ。それを知ってしまったら、どうしても守りたくなった。

「ピット、意外と可愛いのよねぇ……」

「あの人が?」

 思わず呟いてしまった言葉にティムがおかしなものを見る目を向ける。

「多分、ティムもいずれ分かると思うわ」

 そう言ってクスクスとサユリは笑った。



「エリン、ピット様のこと、どう思う?」

 クリステルの臣下であるローズが同僚であるエリンに尋ねる。

「うーん……いい人だと思うよ?だってなんだかんだ話を聞いてくれるし」

「でも、クリステル様に冷たいのよ?」

「それは否定しないけど、本当にどうでもいいならそもそも話を聞かないと思うよ?」

 エリンに言われるが、どうしてもそうは思えなかった。

 ローズはかなり努力して、魔法を使えるようになりクリステルの臣下として仕えるようになった。そんな、憧れの主君と同じ立場で話すことが出来るのにそれを拒絶しようとしているピットが恨めしかった。

(私がどれだけ努力して兵士になったと思っているの……?)

 ローズは、ピットがカリスを追いかけてシャッテン王国に向かった後に兵士になった。だからピットの人となりは人聞きでしか知らない。

「ピット様か?正直、憎らしいな。クレマン様にあそこまで言わせるとは……」

 クレマンの臣下であるシモンにはそう言われていた。何でも、クレマンはピットに劣等感を抱いていたらしい。それを聞かされていたこともあって、ローズはピットにあまりいい感情を抱いてなかった。


「シモン、ピット様と話さないの?」

 ディオンに言われ、シモンは鼻で笑う。

「なぜピットと話さないといけない?」

「クレマン様にも仲良くするように言われていたでしょ?」

「俺はあいつとなれ合うつもりはない」

 その言葉に「まぁ、シモンがいいなら僕からは何も言わないけど……」とディオンは呟いた。


 ダニエルの臣下であるジャックとリサは主君に呼ばれた。

「どうされましたか?」

「二人とも、来てくれたか」

 主君の真剣な顔に二人は背筋を伸ばす。どうしたのだろうか?

「申し訳ないが、ピットのことを探ってくれないか?」

「ピット様、ですか?」

「別に、疑っているわけではない。……しかし、私はあいつのことを知ろうとしなかった。だから少しでも知りたいんだ」

 ダニエルのその言葉にジャックは「そう、ですね」と頷く。

 実際、自分達はピットのことを知ろうとしなかった。ピット自身も、自分のことを多く語ろうとしない。それもあって、きっと誤解をしていたのだろう。

「私も、探ってみますね」

「あぁ、頼む」

 臣下達に言われ、ダニエルは満足そうに笑った。



 ジョセフが戦術書を読んでいると、ピットが遠くで箱を運んでいることに気付いた。明らかに重そうで、一度おろしてからまた持ち上げて……を繰り返していた。

「姉さん、持っていこうか?」

 ジョセフが近付いて声をかけると、「いえ、運べますから」と言ってピットは去ろうとする。しかしジョセフは、彼女の抱えている箱をヒョイと持つ。

「結構重いじゃん。こういう時ぐらい、男に頼った方がいいよ」

「……別に、私一人で運べましたから」

「あんまり無理したら身体を痛めるよ。僕じゃなくても兄さんとかに頼りなよ」

 ジョセフの言葉に、ピットは黙り込んでしまう。不服そうにしている……わけではなく申し訳なさそうだった。

「別にさ、頼るのは悪いことじゃないと思うよ。僕なんて姉さん達に頼ってばかりだしさ」

「……弟なら当たり前じゃないですか?私は少なくともカリスにとって「お姉ちゃん」ですし」

 そういうことを言いたいわけじゃない、と答えたかったがジョセフは言葉を出せなかった。

 事実、ピットはリーナの長子で責任感が強い女性だった。きっと、孤独感もあっただろう。

 だからこその、強い警戒心と人を見る観察眼。そして自己犠牲の精神。

「姉さんも頼っていいんじゃない?」

 彼が何を言っても、ピットは静かなままだった。

 ジョセフが倉庫まで運び終えると「……すみません」とピットが小さな声で謝ってきた。

「別にこれぐらいならいいよ。もう少し手伝おうか?」

「いえ、これ以上は危険でしょうから」

「何を運んでたの……?」

「傷薬と毒薬ですよ。足りなくなっていたので」

 落としたら大変ですよ、と言うピットにジョセフはため息をつく。

「それ、姉さんも危険じゃん」

「私は慣れていますから。一つ二つ落としてもどうということないですよ」

 それを聞いて、ジョセフは昔を思い出す。

 ピットはきょうだい達を守るため、ある程度の毒なら分かるようにその身を挺して毒があまり効かない身体を作った。夜な夜な苦しみ吐きながら耐えていたことを知っている。

(そこまでしてくれた人を、僕達は……)

 ずっと突き放してしまった。……彼女を見ていなかった。

 そのまま整理しているピットを見ながら、ジョセフは悲しげな表情を浮かべた。

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