七章 合流
「兄さん」
戦場から戻ってきたダニエルに、ジョセフが声をかける。
「どうした?ジョセフ」
「……何も聞かず、まずはこれを通して見てほしい」
弟に言われ、ダニエルは首を傾げながら渡された水晶を受け取る。そしてそれを通して周囲を見ると目を見開いた。
「これは……!?」
頭の理解が追い付かない。ジョセフはそんな兄を黙って見ていた。
「……私の部屋に行こう」
やがて、ダニエルに言われジョセフは頷く。
ダニエルの部屋に来ると、「これは誰からもらったものだ?」と兄に聞かれた。
「……ピット姉さんから。昔、「ほしかったらあげる」ってくれたんだ」
「あいつが……」
「その時、言っていたんだ。これは真実を映す水晶なんだって」
それを聞いて、ダニエルは考え込む。
確かに、ピットはカリスとは違い、「何か」を知っている気がした。ずっと悲しげな瞳でどこかを見ていた。
『実は、私はルーチェ王国とは違う国の王族の血を引いているんです』
かつて、ピットからそんな話を聞いたことがある。確かに彼女達の母親であるリーナは違う国から来たらしい。
――なぜ、ピットは母親の国のことを一切話そうとしない?
あの口ぶりからして、カリスは知らないのだろう。だから姉であるピットと、母であるリーナは何かを「隠している」。その隠していることはなんだ?
「……私達は王族だ。民のことを最優先に考えなければいけない」
「……うん、分かってる」
「しかし、もしあいつの言っていたことが正しいのなら……父上が暴走しているというのなら……」
「……ん?」
クリステルが大事に保管されている短剣を見つける。目を丸くしていると、「どうされましたか?」と軍師に聞かれた。
「いや……その短剣、どうしたんだ?」
「これですか?ピットが来た時に信用出来ないならと渡してきたんですよ。人質代わりだと」
「ピット、が……」
クリステルは目を伏せる。それに気付いていないのか、彼は話を続けた。
「この短剣は大事な人からもらった宝物で、それがこちらにある限り絶対に攻めることが出来ないほどのものだと言われました。それでも信用出来ないなら、処分してもいいと」
「……大事な、人……」
その言葉が頭の中で反響した。その言葉が本当なら……。
「まぁ、嘘でしょうから時間が経ったら捨てようかと」
「捨てるな!」
捨てる、という言葉にクリステルが叫ぶ。それに驚いた軍師はハッと彼女を見た。
彼女は泣いていた。いつも気高く、人前で絶対に涙を流したことがない彼女が、だ。
「え、な、なぜ泣いているのですか?」
さすがに戸惑いの隠せない軍師が尋ねると、
「……それは、私と兄様が昔、ピットにあげたものだ」
そう、クリステルは答えた。
「……え……?」
それを聞いた軍師は目を見開く。
――まさか、大事な人、というのは……。
クレマン達だった、と言うのか。裏切ったのに大事だと言うのか。
……いや、そもそも本当に裏切っていたのか?
彼女の実力なら、手薄だったこの城を攻め込めたはずだ。それをしなかったのは?
「……あ……」
ようやく、気付いた。ピットは、自分だけが悪人になるようにふるまっていたのだ。何を言われても動じなかったのは、そうすることで大事なものを守ろうとしていたから。
「……悪い、一度部屋に戻る」
クリステルは涙を拭い、自室に戻っていった。
ちょうど戻ってきたクレマンがそれを見て、呆然としている軍師に声をかけた。
「何があったんだ?」
「クレマン様、これ……」
軍師が短剣を見せると、彼も目を丸くした。
「これは……ピットに渡した……」
「……ずっと大事に持ってくれていたみたいです。自分のことを信用出来ないなら、処分してもいいと」
「処分……」
「私、ピット……様に酷いことをしてきました。本当に……申し訳ありません」
彼はクレマンに頭を下げる。そして、短剣を彼に渡した。
「これは、クレマン様がお持ちした方がいいでしょう。どうするかは、あなた様にお任せします」
クレマンはその短剣を受け取る。そして、それを懐に入れた。
クリステルは、自室で昔のことを思い出していた。
あれは、まだ父が生きていた頃。クレマンとクリステルは父に呼ばれ、聞かれたことがあった。
「もし、お前達に大事なものがあった時。それを守りたいと思った時、お前達ならどうする?」
「もちろん、その時は戦います」
二人して即答した。それを分かっていたのか、父は「それなら」と続けて質問した。
「もし、大事なものが二つあった時。二つとも捨てることが出来ない時、その時はどうする?」
「それは……」
その質問には答えられなかった。そんなこと、考えられなかったから。
父は「答えられぬのも仕方ない」と微笑んだ。
「しかしあの子達は……特にピットは、いずれそんな選択を迫られてしまうだろう。優しいあの子のことだ、そうなった時、己を悪役にしてまで両方を守ろうとする。……そうなった時、お前達はあの子を守ってやってくれ」
そう言って、優しく頭を撫でてくれた。
あの時、その意味を分かっていたらこんなことにならなかっただろうか?
「……ごめん、ピット……」
たった一人でカリスを守ってくれていたのに、自分達は何も知らず罵った。自分達に罵声を浴びせられたピットは、どれだけ傷ついただろう。
扉を叩く音が聞こえ、顔をあげる。
「クリステル、入っていいか?」
「……兄様……」
クリステルが扉を開けると、クレマンが中に入った。
「大丈夫か?」
「……あぁ」
「話は聞いた。……そうか、父上が言っていたのはこのことだったんだな……」
兄も思い出していたらしい、目を伏せながら呟いた。
「……私、あいつのこと何も分かっていなかった。あいつの苦しみも、つらさも、何も理解してあげられなかった」
「……あぁ、それは俺も同じだ」
「あいつに酷いこと、言った……守らないといけなかったのに、カリスをそそのかしたって思いこんだ……」
ポロポロと涙が流れる。クレマンはそんな妹の頬に触れた。
「……お前だけじゃない。俺だって、あいつを信じてやれなかった。あいつを、突き放した」
どんなに後悔しても、どうしようもない。
クレマンはギュッと拳を握る。
「……俺は渓谷に行こうと思う。それが、せめてもの償いだ」
その言葉にクリステルは顔をあげる。
「お前はどうする?ここで城を守っていてもいいが……」
「私も行く。……弟妹にだけ戦わせるわけにはいかない。それに、ピットの真意を知りたい」
「……そうか。それなら、明日にでも行こう」
クレマンはそう言って、部屋から出た。
中立軍が渓谷に来ると、ピットが落ち着きなく周囲を見る。
「どうしたの?」
アーダが尋ねると、「……なんか、気配を感じます」と呟く。それと同時にシャッテン王国の軍隊が襲い掛かってきた。
「これは……!?」
「とにかく戦う準備を!」
カリスが戸惑った声を出すが、マルクの声にすぐに剣を握る。
ピットも、弓を握る。そしてみんなを守るように一歩前に出た。
「ね、姉さん。危ないよ」
マルクが止めるが、ピットの耳には届かない。
――透明な軍もかなりいる……。
守らないと、と冷や汗をかきながら集中させる。
その時だった、声が聞こえたのは。
「カリス!ピット!」
「え……クレマン、兄さん?」
「姉さんも……」
クレマンとクリステルが自身の臣下達を連れて合流してくれたのだ。
ピットはキョトンとしていた。しかしすぐにシャッテン軍を倒していく。
「ねぇ、お兄ちゃん達がこの軍を送ったのかな……?」
エリーナが泣きそうになりながら尋ねると「……いえ、それはないと思います」とピットが答えた。
「なんでそう思うの?私が言うのもなんだけど、疑ってもおかしくは……」
「疑う余地はないですよ。あれを見てください」
アーダの言葉をさえぎってピットは遠くを見る。そちらを見ると、
「すまない、遅れてしまった」
「本当に、相変わらず悪運だよね」
そう、ダニエルとジョセフだ。彼らも自分の臣下と、フィオラを連れていた。
白と黒のきょうだい達が集まり、全員でシャッテン軍に立ち向かう。
「ピット姉さん、指示を出して」
ジョセフがそう言うと、彼女は頷いて、
「恐らく、彼が首謀者でしょう」
それだけ告げた。
ダニエルがその首謀者の前に立つ。
「ダニエル様、まさかあなたもここに来るとは」
「ここに来ることを知っていたのか?」
「当然でしょう。ピットは「あの国」の次期女王であり「裏切り者」なのですから見張っているに決まっています」
その意味が分からなかったが、ピットを狙っていると気付いたダニエルはシャッテン王国にある神剣を構える。
ピットとしては、見張られているだろうと思っていた。だからこそ、拠点を異世界に構えていたわけだから。
「ピット、下がってろ」
「ご安心を。私とて対策していないわけではありませんし」
ダニエルが庇おうとするが、ピットはそのまま剣を持って前に出た。彼女の神器は弓だ、だから彼女の持っている剣は一般に売られているもののハズだ。
しかし、ピットは堂々としていた。
「本当に気の強い女王様だことで」
目の前の男はクスクスと怪しく笑う。
「……女王ではないのだけど」
「そんな謙遜する必要ないでしょう?事実なんですし」
怪しく笑っていると、左腕が飛んでいく。一瞬の出来事に男は「……え……?」と理解するまで時間がかかった。
「油断してると足元すくわれますよ」
ピットがそう吐き捨てる。舌打ちをすると少女の剣が首に触れる。
「まぁ、ここであなたの命は消えますけどね」
そのまま、彼女は男の首をはねた。
それを見ていたシャッテンの軍が恐怖のあまり退散していく。あとを追いかけても体力の無駄だとそのままピットは鞘におさめた。
「カリス」
クレマンが妹に声をかける。カリスはビクッと震え、彼の方を見た。
「俺達も、お前の軍に入れてくれないか?」
しかしその言葉に、カリスは目を見開いた。それに気付いているのだろうが、彼は続ける。
「お前達が中立軍になると決めた後、裏切ったと思っていた。……しかし、そうではないと気付いたんだ」
「……兄さん達が仲間になってくれるなら、心強いです」
クレマンの言葉を最後まで聞かず、カリスは寂しく笑う。
「カリス、話は終わった?」
ピットが声をかける。ダニエルが「もう少し話をさせてほしい」と言うと、「……分かりました、話が終わったら声をかけてください」とだけ告げて離れた木にもたれかかった。
「……ピット……」
それを見た兄は寂しげに見るが、今はカリスに話をする方が先だともう一人の妹の方に向き直った。
「私達からも頼みたい。お前の軍に入れてほしい」
「えぇ、もちろんです。あ、でもピット……」
チラッとカリスがピットの方を見る。それに気付いたピットはカリスに近付き、
「あなたがいいなら、私は止めない。前も言ったけれど戦力は多いに越したことはないもの」
「でも、負担が増えるんじゃないですか?」
「それぐらい誤差よ。私はあなたに従うだけ」
「……すみません、ありがとう」
そう言い切ったピットに申し訳なさを感じながら、カリスは再びきょうだいで過ごせることを喜ぶ。
そろそろ拠点に戻ろうという話になると、
「……あの、ピット様」
イージスとサユリが引き留める。
「どうしました?そろそろ一度戻らないとセドリック王に勘づかれるので早めに話を済ませてください」
冷たく言い放つピットの前に二人は跪き、
「あなたの臣下にしてください」
そう、頼み込んだ。そのことにキョトンとした後、
「……私、臣下を求めていると言ったことがないのだけど」
彼女は腕を組みながら吐き捨てるが、二人はピットを真っすぐ見ていた。
「……ふーん……」
不意に、ピットは剣を抜く。カリスがそれを止めようとするが、マルクがカリスの腕を掴んだ。
「待って、姉さん」
「で、ですが」
「よく見て、殺すつもりはないみたいだから」
弟に言われ見ると、確かに二人の首元に突き付けているが、斬り捨てようとしているわけではないことに気付いた。彼女なりの試練と言ったところか。
「……臣下になりたいと言っていたけれど、私のためにその首を捧げることが出来るのか?私のためにその命すら捨てることが出来ると誓えるのか?」
冷たく轟くような声にも、二人は動じない。
「もちろん。あなたのために命すら捨てましょう」
「えぇ、誓えます。あなたのためならこの首だって捧げられます」
それどころか、二人は瞳を揺らすことすらせず言い切った。
沈黙が続く。しばらくして、ピットは「……フフッ」と笑う。剣を首から遠ざけながら、
「その瞳、気に入ったわ。いいでしょう、あなた達を臣下として認めてあげる」
二人にそう告げた。まさか認めてくれるとは思っていなかった二人は目を丸くしていた。そんな二人にピットは自身の持っていた剣をイージスに、弓をサユリに渡した、
「母の国では臣下になった者には専用の武器を渡す風潮があるの。今は戦時中だから私が使っていたものを渡しておくわ。この戦争が終わったら改めて新しいものを渡すから」
ピットが申し訳なさそうに告げるが、それを受け取った二人は愛おしそうに微笑む。
「いえ、これがいいです」
「え?でもそれ、長年使ってきたものだから刃こぼれとか酷いですよ。買い替えるつもりだったから預ける意味合いも込めて渡しただけですし……」
そんな古い、修理でもしないと使えない武器の何がいいのか。
「いいんです。あなたと労苦を共にしたこの剣がいい」
「私も、あなたが大事なものを守ってきたこの弓がいいです」
二人の言葉にキョトンとしていたが、
「……それでいいなら、戦争が終わった後に修理するわ」
そう言って、優しく笑った。
彼女は、トニーには短剣を、アトゥには投げ槍を、フィオラには魔法石を渡していた。自分はもちろん、妹を一番に守ってくれることを期待してのことだ。
ピットは二人を立たせ、
「ありがとう」
優しい声でお礼を言った。
拠点に行くと、兄達が目を丸くする。
「ここは……」
「私達の拠点です。……しばらくはここで過ごすことになると思います」
ジョセフがキョロキョロと周囲を見ていると、カリスに言われる。
「父上に対する警戒?」
「えぇ、そうですね」
「父上に見つかると処刑されるだろうからな、賢明な判断だろう」
ダニエルにも言われ、しばらくは親交を深める期間と言うことにした。




