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二章 中立を貫く決意

 しばらくして、シャッテン王国の王であるセドリックがルーチェ王国を攻め込みだしたと情報が入った。

「もう、そんなことになったんですね」

「あぁ。……しかし、忠誠心などないとはいえ、自分の国が他国を攻めるというのは心に来るな」

 アトゥの言葉に、ピットは「仕方ないですよ。彼も正常は判断が出来ない状態ですから」とため息をついた。

「どういうことだ?」

「彼も、昔はいい人だったんですよ。でも……」

 そこまで言って、「……いえ、ここで話すのはやめましょうか」と口をつぐんだ。こうなると彼女は何も話さないと分かっているため、アトゥは何も聞かなかった。

「……行きましょうか」

 ピットのその言葉にアトゥは頷く。そしてアイナに「泊まらせてくださりありがとうございました」と頭を下げた。

「いいのよ、私は悪しき者でなければどの国の人も受け入れるもの。……気を付けてね、ピット、アトゥ」

 アイナに見送られながら、二人は必要最低限の荷物を両国の間にある川辺に向かった。



 ある朝、突然リーナが「逃げなさい」と子供達に告げた。

「母上、急にどうしたんだ?」

 クレマンが驚いた声をあげると、彼女は寂しげな表情を浮かべる。

「……もうすぐ、戦争が起こってしまうわ」

 その答えに子供達は顔を見合わせる。そしてクレマンが母に向き直った。

「それなら、俺達が戦う。逃げるわけには……」

「あの子も、あなた達に逃げるよう言っていました。きっと、あなた達に何かあるかもしれないから……」

 クレマンが何か言う前に遮られたその言葉に五人は顔を見合わせる。

「あの子って、ピットのこと?……あいつの言ってることなんて信じられないんだけど」

 マルクは相変わらず双子を敵対視している。それにクリステルが「そんなことを言うな」と注意するが、彼は鼻で笑うだけだった。ここまで嫌われていると……さすがのカリスも落ち込んでしまう。

「マルク、お前は覚えていないかもしれないがピットは母上と同じで予知能力があるんだ。だから信じられるのではないか?」

 クレマンが言うと、「そうなのですか?」とコリンヌが驚いた表情を浮かべた。事実、リーナとピットは親子で予知能力を使うことができ、実際にそのおかげで難を逃れたことも数えきれないほどだった。

 リーナはカリスの方を見て、優しく微笑む。

「……最後に、あなたに会えてよかった。心残りはピットに会えなかったことね」

 そして小さく、そう呟いた。


 リーナが亡くなったのは次の日だった。一人で歩いていたところをシャッテン王国の兵士に殺されたらしい。

「おかあ、さま……?」

 カリスが呆然をしていると、その肩に手を置く人がいた。

「……カリス様」

 トニーだ。彼も悲しげにしながらカリスを慰めていた。誰もがリーナを慕っていたため、王城の中も民達も、女王の死を嘆いていた。

「ここに、ピット様がおられたらよかったのですが……」

「あいつは母上の死を知っていたんだろ?……ホント、薄情な奴だよ」

 トニーとしては、姉であるピットがそばにいたら少しでもカリスを支えてくれただろうということを言いたかったのだが、マルクはそう思っていないようだ。

「マルク、それはあまりにも酷い言葉じゃないか?ピットだって母上の死を聞いたら悲しむだろう」

「どうだか。……僕達を捨てたんだろ?」

 クレマンがなだめるが、マルクはそっぽを向いた。

 ピットは、カリスを追いかけてシャッテン王国に向かった。ほかの人から見たら確かにルーチェ王国を捨てたと思われてもおかしくはないだろう。……だが、そうではないと兄姉は分かっている。何度も言い聞かせているのだが、弟はどうしてもそう思えないようだ。

「僕はカリスのことも姉さんだと思っていない。仲良くするつもりもないから」

 それだけ言って、彼は下を向きながら部屋に戻っていった。そのあとを慌ててコリンヌがついていく。

「悪いな、カリス。実の親が亡くなったばかりだというのに……」

 兄の言葉に「いえ……大丈夫です」と沈んだ表情をしながらカリスは呟いた。



「……ピット、その……」

 リーナが亡くなったと風の噂で聞き、アトゥが何か言おうとするが、ピットは「大丈夫ですよ」と彼を見た。

 その表情はどこか空虚で、寂しさを感じさせた。

「忠告したのにこの結果になったのならお母様も、覚悟は決めていたハズ。……私もそうですから」

「……そうか」

 彼女は悲しげに答え、アトゥもそれ以上は何も言えなかった。



 それから数日後、とうとう両国が衝突することになる。それぞれの王族が川辺で対峙したのだ。

「カリス!心配したんだぞ」

 ダニエルがカリスを見て、そう告げる。その言葉に、カリスの心は揺れ動いた。

 確かに、シャッテン王国は自分の実の母を奪った。でも、きょうだい達は関係ない。それに、あの優しい日々が偽りとは思えなかった。

 それはルーチェ王国の方だってそうだった。きょうだい達も母も、記憶を失っていた自分に優しくしてくれた。

 ――ルーチェ王国も、シャッテン王国も、私にとっては大事。

 でも、戦争が起こっているのなら……どちらかを、選ばないといけない。どちらかを。捨てないといけない。

 怖かった。どちらかを選べば、どちらかを裏切ることになることが……。

(ピットさん……ピット、助けて……)

 カリスはギュッと目を閉じて、その恐怖に耐えようとしていた。

「カリス」

 その時だった、自分の名前を呼ぶ声が聞こえたのは。ハッと目を開くと、ピットとアトゥが立っていた。

「ピット……」

「思い出したんだね、カリス」

 カリスが口を開くと、ピットは小さく微笑む。その笑顔は姉の優しさを示しているようで、涙を流してしまう。

 そんな妹に、彼女は手を差し出す。

「おいで、カリス」

 その言葉に、はじかれるようにかけてその手を握る。ピットはそんな妹を優しく撫でた。

「私……どうしたらいいんですか?」

 カリスがすがりながら尋ねる。ピットは静かに、彼女の話を聞いていた。

「……どっちも、私にとっては大事なんです。でも、どちらかしか選べないんですよね……?」

 自分達の後ろでは、両国の軍が戦っている。大事なきょうだい達が、傷ついてしまう。カリスは、どちらかしか選べないとそう思っていた。

 しかし、ピットはカリスの目をしっかり見た。

「……そんなことないわ」

「え……?」

「もちろん、簡単じゃない。でも……両国とも助けられる可能性は、あると思うよ」

 そんな方法、あるのだろうか?

 そう言い切る姉をいぶかしげに見ていると、ピットは微笑む。

「中立を保ったらいいのよ。裏切り者だと言われるかもしれない、両国から追われることになるかもしれない。……それでも、助け出すためにたった一%の可能性でもやってみる価値はあるんじゃない?」

「でも……」

「大丈夫、私はあなたがどんな選択をしても……あなたの味方よ」

「もちろん、俺もあなたの味方です。たとえ地獄の底を歩むことになってもあなたと共に参ります」

 そんな二人の言葉に、カリスはギュッと唇を噛む。そして、

「……私は、どっちの国も見捨てられない。だから……ついてきてください」

 優しい二人に、頭を下げる。それを見て二人も優しく彼女の手を取った。

「うん、いいよ」

「どこまでもあなたと一緒に」

 そして、三人は「中立軍」として、立ち上がった。


「ほら、だから言っただろ?」

 その様子を見ていたマルクの言葉にクレマンは「あいつらはそんなことをするわけない」と否定する。

「何か理由があるハズだ」

 クリステルも否定するが、マルクが首を振った。

「結果がすべてだよ。あいつらは裏切った……僕達を捨てたんだ」

 そこまで言われ、白のきょうだい達はうつむく。

 どこか、心の中では思っていた。彼女達が裏切るのではないかと。……自分達の元から、去ってしまうのではないかと。

 そして、それをそそのかしたのは……。

「……ピット、あいつのせいか……?」

 クレマンが思わず呟いてしまった言葉に、トニーが胸を締め付けられる。

(あの方は……我々を裏切ることなどしないハズです。だって、あの方は誰よりも優しく、私にさえ……)

 それはコリンヌも思っていた。しかし……それを言うことは憚れた。

(真実を知りたい……姉様が、どんな方なのか知りたい)

 コリンヌは、生まれたばかりの時にカリスを誘拐されたからピットとカリスと過ごした記憶がない。だからどんな人なのか分からない。

 だからこそ、知りたかった。二人の真意を。


 エリーナは涙を浮かべながら「ねぇ、お姉ちゃん達、戻ってきてくれるかなぁ……」と聞いてきた。

「さぁ?分からないね」

 ジョセフがそっけなく答える。彼からしたら、裏切ったも同然だったから。

「どうしましょう……カリスも、ピットも無事でいてくれるかしら……?」

「分からんな……」

 アーダとダニエルが不安そうにしている。……しかし、しばらくしてピットに連れていかれてしまったという怒りが湧いてくる。

「……ピット、なぜあんなことを……」

 ダニエルの言葉を聞いたアーダが「あの子も何か理由があるハズよ」とかばうように言うが、

「なら、なぜ突然カリスがルーチェ王国に連れていかれた?あいつが手引きしていないならそんなことにならないハズだ」

「それは……そうかもしれないけれど……」

 その言葉に、アーダは黙ることしか出来ない。

「あいつは裏切ったのだ、私達を」

 ダニエルはただ、二人のことを愛していただけだ。だからこそ、裏切られたことに怒りを覚えていた。

 しかし、ピットはそんなことをするだろうか?何か、理由があるようにしか思えない。

(でも……シャッテン王国を裏切ったのは事実……)

 今は、慈悲なんて必要ないだろう。ピットだって、その覚悟でカリスを連れ出したはずなのだから。



 三人が少し離れた場所に来ると、ピットが振り返って「本当に後悔はない?」と尋ねた。

「えぇ……後悔なんてありません」

 カリスは姉の瞳をジッと見て、そう答えると「それならよかった」と優しく微笑んだ。

「しかし、本当に両国と立ち向かうのか……」

 アトゥは不安げに呟く。

「カリスを守ってくれたらそれでいいですよ」

「もちろん、そのつもりだ」

 二人が話をしていたその時、ピットの近くに双子と似た少女が駆け寄ってきた。

「あ、あの、姉、様……」

 その子はピットをそう呼んだ。それに二人は目を丸くする。

「あら、大丈夫だった?」

「はい……」

 戸惑っている二人を気にせず、ピットがその少女に目を合わせ話しかけた。

「え、姉様って……」

 カリスが姉に声をかけると、ピットは妹の方を見る。

「あぁ、カリスは知らないんだったね。この子はティナ、私達の妹ですよ」

 そしてそう言い切る姉の言葉に驚く。妹、というのはどういうことだろうか?

「いろいろあってね……今はまだ、詳しい話は出来ないけれどいずれ話してあげるよ」

「……そう、ですか。それならいいけれど……」

 珍しく、言いどよんでいるピットに本当に何かあったのだろうとこれ以上は聞かなかった。

「あの、今追われている身なんですよね?それなら、その……この世界とは時間の流れの違う場所があるんです」

 ティナの言葉にカリスは「そんな場所があるんですか?」と目を丸くする。ピットは少し周囲を調べながら「そうね……しばらくそこに行きましょう」と答えた。

「分かりました。任せてください」

 そう言って、ティナが祈る。すると周囲が淡く光り出し、気が付けば別のところに来ていた。周りを見ると、四人は大きな城の前に立っていた。

「ここは……?」

「ここは異世界ですよ。魔法を使えば建物も内装も自由に出来るんですよ」

 ティナが三人に石を渡す。その石には魔力が込められていた。

「これは……?」

「自由に元の世界とここを行き来できるようにしました。しばらくはここで作戦会議をしてください」

 ティナのその案にピットは「そうするわ、ありがとうね」と彼女の頭を撫でる。嬉しそうにするティナは本当に妹のようだった。

「ティナさんはどうするのですか?」

「私は戦えませんから、ここを守りますよ」

 そう言って彼女は笑う。その笑顔が、心を軽くしてくれた。

 その日、ピットが必要最低限の建物を建てていった。夕方には食堂に温泉、それから農場があった。

「ピット、お野菜を育てるんですか?」

 カリスに聞かれ、ピットは小さく微笑んだ。

「えぇ、そうですよ」

「でも、大変じゃないですか?」

「大丈夫ですよ、魔法を使ったら一日で育てられますし。基本的な仕事なら出来ますから、何か依頼があったら私に通してくださいね」

 ピットは、シャッテン王国にいた時はいろいろな仕事をしていた。それこそ畑作業もしていたし、金銭管理もかなり厳格にしていた。人によってはそこまで細かくするかと言うほどに。

「すみません……私が何か出来たらよかったんですけど……」

「いいのよ、カリスは中立軍の大将なんだから」

「そうですよ、それに俺も支えていきますから。だからカリス様は安心してください」

 アトゥにも言われ、カリスは「そう、ですか……」と答えるしか出来なかった。

「あ、そうだ。お小遣いはどれぐらいがいい?」

 突然聞かれ、カリスは目を丸くする。

「お小遣い?」

「うん。ほら、兵士達にもお給料があるでしょ?それと同じものだと思って」

「い、いや、でもそんな……」

「大丈夫、言い値を払えるぐらいには渡せるから」

 クスクスと姉は笑う。一体何をしようとしているのだろう?

「き、気にしなくていいですよ……」

「そう?……まぁ、それなら平均的なお給料と同じ金額渡すね」

 それは決定事項らしい。本当に甘いんだから……とカリスは苦笑した。


「いいのか?ピット」

 夜、アトゥに聞かれピットは「んー……」と彼の方を見る。

「……よくはないかもね。でも、両国を守るにはこうするしかないんですよ」

 その言葉に、彼はすぐに理解する。

「そうだな。どちらかに着いたら、もう片方を裏切ることになる。……少しでも可能性がある方を選んだ、ということか」

「アトゥさんこそよかったんですか?私達についてきて」

 ピットが尋ねると、「それこそ今更だろ」と彼は笑う。

「俺はお前に救われ、カリス様に忠誠を誓った。……俺はシャッテン王国に仕えるんじゃなく、カリス様に仕える。シャッテン王国に恩を返すのではなく、お前に恩を返す。それだけだ」

「……そう。それならいいです」

 彼の言葉に、ピットは救われた気がした。

 ――あぁ、本当に自分の臣下にならなくてよかった。


 それからピットは説得するために一人でルーチェ王国とシャッテン王国に行っていた。しかし戻ってくると暗い顔をしていた。

「ピット、どうしたんですか?」

 尋ねるが、ピットは「ん……何でもないよ」と答えるだけ。

「そうですか?それにしては寂しそうですけど……」

「カリスが心配する必要はないよ。大丈夫、私が……姉さんが何とかして見せるからね」

 そう言って、カリスの頭を撫でる。それにギュッと胸の前で握り締めた。

 ――姉って言っても、たった数時間の差でしょう……?

 もっと頼ってほしい。……でも、自分は何も出来ない。

(せめて支えることが出来たら……)

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