一章 白と黒の王女
あぁ、目の前の人達はなんで戦っているのだろうか?
私は涙を流す。
大事な「きょうだい」達がぶつかり合って、傷ついている。それなのに、動かない。
隣に、誰かが立つ。そちらを見ると顔がぼやけていたけれど、信用出来る女性であることは分かった。
「大丈夫だよ、絶対に守ってみせる」
彼女はそう言って、目の前のきょうだい達に歩いていった。
「カリス様、起きてください」
その声に、カリスと呼ばれた少女は目を開ける。
目の前には、彼女によく似た顔の少女がいた。違うところと言ったら、カリスの髪はフワフワなのだが目の前の少女はストレートであることぐらいだ。
彼女はピット。カリスがこの塔にいる時から仕えている少女だ。臣下としても人としてもかなり出来た少女であり、才色兼備と言うのは彼女のことを言うのだろうと誰もが思うほどだ。
「本日は王城に向かうのでしょう。早く準備しないといけませんよ」
そう言いながら、ピットは着替えを持ってくる。それを受け取り、カリスは着替える。
「いつもありがとうございます」
「いえ、当然のことですよ。朝食も出来ていますので、準備が終わったら声をかけてください」
カリスがお礼を言うと頭を下げ、ピットは部屋の外に出る。カリスの部屋は暖炉で暖かいが、廊下は寒いだろうと分かっている。あまり長く待たせるわけにはいかないと早く準備を済ませた。
「ピットさん、終わりましたよ」
廊下にいるピットに声をかけると、彼女は「もう少し時間をかけてもよかったのですよ?」と目を丸くしていた。
「いえ、ピットさんが寒いでしょう?」
「私は慣れていますから。……では、朝食にしましょう」
一緒に食堂まで向かうと、「ピット、準備出来たぞ」と青年に声をかけられた。
彼はアトゥ。カリスを妄信的に慕っており、ピットを信頼している青年だ。……ほかの人に対しては冷たいのがたまに傷だが、臣下としてはピットと並ぶほどの完璧な仕事をしてくれる。
アトゥが「どうぞ、カリス様」と椅子に座らせた。
「アトゥさん、先に食べていてください。私は部屋に戻るので」
「分かった」
それを見たピットが食堂から出るとアトゥも座り、一緒に食べ始める。
「あの、ピットさんは……」
「まだ食事はしていないですね。あとで食べると思いますよ」
さて、早く食べましょう、とアトゥが笑う。この後、一緒に王城に向かうため本当は一緒に食べた方がいいのだが、ピットも忙しいだろうとカリスは寂しく思いながら朝食を終えた。
「は、早く行かれた方がいいですよぉ」
二人が朝食を済ませると、ピンク髪の女性がアワアワしながら二人に告げる。
彼女はフィオラ。彼女もカリスの臣下……なのだがかなりのドジっ子でよく物を壊してしまう。
「キャー!」
「……フィオラ、余計なことをしないでくれ」
……このように、転んで皿を割ってしまうのだ。アトゥがため息をついていると、ピットが「準備が終わりましたよ」と顔を出す。そして床に散らかった皿の破片を見てあー……と何かを察したようだった。
「ピット、朝食は?」
アトゥが尋ねると、ピットは時計を見て首を横に振った。
「今日はいいです。早くしないとダニエル様がいらっしゃいますから」
「お前は……まぁ、いい。そろそろいらっしゃるだろうからな」
その直後、「おはよう、迎えに来たぞ」と男性の声が聞こえてきた。ピットが出迎えると、そこには金髪の青年が立っていた。
「ダニエル様、どうぞ。お寒いでしょう」
「ありがとう、ピット」
ピットが彼を中に入れると、カリスは「兄さん!」と目を輝かせた。
彼はカリスの兄のダニエルだ。カリスの剣の師匠でもあり、この闇の国……シャッテン王国の第一王子で次期国王だ。
「行くぞ」とダニエルに言われ、四人で王城まで向かう。
「ピット、いつもすまないな」
ダニエルの言葉にピットは小さく微笑んだ。
「いえ、私は彼女の従者ですから。ついてくるのは当たり前ですよ」
「……そうか」
その答えにダニエルは寂しそうにしながらピットを見ていた。その様子にカリスは首を傾げる。
王城に着くと、今度は金髪の青年が出迎えてくれる。
「姉さん。ちゃんと起きられたんだね」
彼はジョセフ。カリス達の弟で、秀才という言葉がよく合う第二王子だった。
その後ろから紫色の髪の女性がヒョコッと顔を出す。姉のアーダだ。
「いらっしゃい、お父様が呼んでいたわよ。ピットとアトゥもありがとうね」
「いえ、私達は当然のことをしているだけなので」
「こっちだよ」
アーダとピットが話しているとジョセフが案内するために歩きだした。それに慌てて追いかける。
彼が大きな扉を開けると、そこには初老の男が玉座に座っていた。
「父上、カリスを連れてきました」
ダニエルが彼に声をかけると、「そうか」と目の前の男性はカリスを冷たく見る。ピットはその男性を睨んでいたが、気にする人はいなかった。まるで、それは仕方ないと言いたげに。
「カリス、お前ももう大きくなったな」
そう言われ、カリスは緊張から背筋を伸ばす。ピット以外の四人も同じようにしていた。
ピットは変わらずカリスの隣に立っていた。特に緊張することもなく立っている姿に、肝が据わっているとカリスは思った。
(……でも、何を考えているか分かりませんね……)
そう思いながらその横顔を見ていると、「お前に命令をする」と父に言われた。
「近くの盗賊集団を討伐して来い。ピット、お前もついていけ」
「承知しました」
ぺこりと頭を下げるピットは、どこか恨みを含んでいる気がした。
部屋から出ると、二つ結びの少女がカリスに抱き着いてきた。
「お姉ちゃん!」
「エリーナさん。元気でした?」
この少女は末妹のエリーナ。甘え上手で、心優しい女の子だ。この闇の国の中の光とも言えるだろう。
ピットが遠くでアトゥと話しているのが見える。どんな話をしているのかと気になったが、おそらく先ほどの命令のことについて話し合っているのだろう。
「二人とも、カリス姉さんも話し合いに参加させなよ。一緒に行くんでしょ?」
ジョセフが二人に声をかけると、「そうですね」と今気付いたように見た。
カリスが話を聞こうと二人の間に入る。初めてのことでさっきから緊張するしかない。
「では、まずは地図の見方から教えますね」
それに気付いているのか、ピットが地図を広げる。そして指をさしながら説明していく。
「ここが目的地ですね。セドリック王の言っていた盗賊集団……調べはつけています」
「え、そうなんですか?」
どこまで用意周到なのだろうか。
「王に命令されていましたから。ご安心ください、カリス様は絶対に守りますから」
「そうですよ。カリス様に指一本触れさせません」
二人の気迫に「そ、そうですか……」と困ったように笑う。この二人は本当にカリス第一なのだ。
「ピット、ほどほどにするのよ?」
アーダが冷や汗を流しながら声をかけると、彼女はニコッと笑う。
「大丈夫ですよ、アーダ様。姿かたち残さず潰すので」
「そういうわけじゃないから」
ピットの答えにジョセフがため息をつく。
「頼むぞ、ピット」
ダニエルがピットに告げると、「もちろんです」と頷いた。
「ピット、本当に大丈夫か?」
帰る前、ダニエルに聞かれる。
「えぇ、大丈夫ですよ」
彼女は小さく笑う。ダニエルとしては、そういうことを聞きたいのではないのだ。
「……私は、お前の心配をしているんだ。カリスならお前とアトゥが守ってくれるだろうからな」
「あら?従者に対してそこまで心配なさるのですか?」
優しいんですね、という彼女にはどこか寂しさが宿っていた。
「……そう、だな。お前は従者だった」
「そうですよ。たとえ傷ついても関係ないんです。それだけですか?」
では、と頭を下げ、ピットは背中を向ける。
――どこか、諦めすらも宿しながら。
次の日、三人で最終確認をして出陣する。
「ピット、こっちでいいんだな?」
アトゥに聞かれ、「えぇ、そうですよ」と彼を見る。彼はカリスを見ていた。本当にカリスのことが大好きなのだから……とピットは指導方法を少しばかり間違えたかな?なんて思いながら小さくため息をつく。まぁ、彼がカリス狂信者であることは周知の事実だし、これでも実力は確かだから構わない。
「アトゥさんはカリス様を守ってください。私が指揮をとります」
「分かった」
ピットは淡々と指示を出す。彼女はセドリックも認めるほど軍師の才があり、意外と重宝されているらしいと聞いたことがある。
もうすぐでたどり着くという時に、突然ピットが立ち止まる。
「どうしたんですか?ピットさん」
「アトゥさん、カリス様を庇ってください」
カリスが尋ねるがそれには答えず、ピットが弓を構えながら答えた。
物陰に矢を放つと、「ぐっ……!」と声が聞こえてきた。
「え、なんで……」
「かすかに物音が聞こえました。今回は私が対処しましたが、そういうところもちゃんと聞く方がいいですよ、すぐに対応が出来るので」
その答えにカリスはなるほど……と納得する。今から相手の敷地に足を踏み入れるのだ、少しの油断が命取りになるだろう。
それにしても、とカリスはピットを見る。
(やけに戦い慣れている気がしますが……)
戦いに慣れていないカリスでも分かるほど、彼女は戦闘慣れしている。箱入り娘の臣下がそこまで強いものだろうか?
(比べる人がいないので何とも言えませんけど……)
そんなことを考えながら目的地にたどり着く。
「はーい、こんばんはー」
ピットが扉を蹴飛ばして室内に入っていく。それに室内にいた盗賊達が驚いたような顔をしていた。
「な、こいつ……っ!」
ナイフを握る前に、ピットが腹に蹴りを入れる。その痛みに盗賊が悶えた。
カリスとアトゥもピットの指示で死なない程度に盗賊を倒していく。
「……あの、どうするんですか?」
全員が気を失っていることを確認し、ピットに尋ねる。彼女は考え込み、
「……本当は処刑せよと言われたけれど……彼らも生活のためだったのでしょう。だから一度見逃してあげますか」
「でも、どこか当てはあるのか?」
アトゥに言われ、ピットは小さく笑う。
「もちろん。内緒にしていてくださいね」
その言葉に二人は顔を見合わせていた。
事後報告書はピットが目の前で書いてくれた。
「こうやって書いて、国王様に提出したらいいですよ」
カリスに教えていると、ジョセフが「カリス姉さんに教えているんだね」と声をかけてきた。
「僕もいいかな?」
「私に断る理由はないですよ」
彼の質問にピットがそう言うと、「じゃあ、隣に座るね」とジョセフがカリスの隣に座る。そしてピットに教えを乞うていた。
「あら?勉強熱心ね、二人とも」
そこにアーダもやってくる。弟妹のことが気になったのだろう。
「ピット、ありがとうね。二人の勉強を見てくれて」
「あ、いえ……」
アーダが笑顔で感謝を告げるとピットは困ったように目を伏せた。その行動を不思議に思ったが、カリスには踏み込むことが出来なかった。
その数日後、外出許可を得たカリスが出かけていると後ろから声をかけられた。
「すみません、ここがどこか分かりますか?」
「あ、いえ……私も分からなくて……」
その人はフードを被っていた。顔が見えないことに恐怖を覚えながらも答えると、その人物はカリスの手首をつかんだ。強く、振り払うことは出来なかった。
「えっ……!」
「少し、ついてきてください」
いきなり言われ、カリスは動けなかった。遠くでピットが気付いたようだが、追いかけることはしなかった。そのままその人はカリスの口に布を押さえつけた。
カリスが気を失うと、ピットはそのフードの人物に近付く。
「お久しぶりですね」
「……ピット様」
「安心して、こちらはちゃんと説明しておきます」
「感謝します」
「いえ、無理言ってしまったのは私ですから。……ごめんなさい」
「あなたは私達のためにしてくれたのは分かっていますよ。……それでは」
それだけ言って、その人物はカリスを連れて行ってしまった。
カリスが目を開くと、目の前には知らない顔があった。
「こ、ここは……」
そのことに戸惑っていると、濃い緑髪の男性が声をかけた。
「無理やり連れ去って申し訳ありません、カリス様」
自分の名前を知られていることに驚く。それに彼は困ったような表情を浮かべた。
「ピット様のおっしゃっていた通りですね、あなたは何も覚えていない……」
「え、ぴ、ピットさん?」
その名前に、頭に思い浮かんだのは自身と顔のよく似た従者だった。なんで彼女の名前が出てくるのだろうか?
「えぇ。……あなたとピット様は双子で、ルーチェ王国の王女なんですよ」
「……え?」
言っている意味が分からない。だって、自分はシャッテン王国の王女で……。
「あなたはシャッテン王国に誘拐されたのです。それを、ピット様が追いかけて……」
しかし、思い当たることもある。
ピットは、記憶のある時からずっと自分の傍にいた。それに、一人で王城に行くことも度々あった。カリスの姉であり王族として行っていたと考えると……その謎の行動も、一応の説明がつく。
「あなたがご無事で本当によかったです」
「あの、あなたは一体……」
カリスが尋ねると、そう言えば名乗っていなかったと彼は頭を下げる。
「申し訳ありません。私はトニー、ルーチェ王国に仕えている者です。……実は、ピット様に指示をされたのです」
彼のその言葉にカリスは目を見開く。それに気付いていたが、彼は話を続けた。
「彼女も、葛藤の末の決断です。……無理やり連れてきてしまい、本当に申し訳ございません」
「いえ……しかし、ピットさんも大胆に動きましたね……」
カリスの言葉にトニーは「ずっとルーチェに帰したいと思っていたようですからね」と困ったように答えた。
「……一度、ルーチェ王国を見て回ってください。そのうえでシャッテン王国がいいというのなら、ピット様はそれに従うとおっしゃっていました」
まさか、カリスが一人で外出する日が来ることをずっと狙っていたのだろうか。……だとしたら、かなりの策士である。
「ピット、カリス様がどこにもおられない!」
アトゥに言われ、ピットは「どこに行ったのかしら……?」とわざとらしく答えた。それにアトゥは疑いの目を向ける。
「……まさか、お前」
「……あなたには先に話しておきましょうか」
彼なら口も堅いため、言いふらすことはしないだろう。そう判断してピットは話す。
「そうか。……俺はカリス様の臣下だ、あの方が決めた道についていくだけだ」
それに、カリスへの忠誠心は誰よりも強い男だ。そう言ってくれると信じていた。
その返答に満足したピットは、ダニエル達に伝える嘘をどうするか考えた。
カリスはトニーに連れられ、ルーチェ王国にやってきた。
「明るいですね……」
「そうでしょう、ずっとシャッテン王国にいたらかなり明るく感じるでしょうね」
そう言いながら、ある女性のもとまで連れてきた。その人はカリスを見ると、目を見開いた。
「……カリス?カリスなのですか?」
そして、彼女はカリスの名前を呼ぶ。戸惑っていると、トニーが頭を下げた。
「はい、ピット様に頼まれて連れてまいりました」
「ありがとう、トニー。……カリス、お久しぶりですね」
「あの、あなたは……」
カリスが尋ねると、トニーがその女性に事情を説明した。
「あぁ、そうでしたね。私はリーナ、あなたとピットの母です」
「……お母様……」
目を丸くしながらジッと見る。……確かに、どこかピットと似たような雰囲気を覚える。
聡明で、優しくて……温かな愛で自分を包み込んでくれる……。
「ピットは、あなたがシャッテン王国に連れさらわれてしまった時に助け出そうと追いかけました。あなたの姉だからと、危険を承知で踏み入れたのです」
「……姉……」
そう言われ少しずつ、思い出していく。
そうだ、ピットは……自分を追いかけて、シャッテン王国まで来て……記憶をなくした自分を守るために、臣下としてカリスの傍にいてくれた。
「今日は休んでください。トニー、カリスを部屋に連れて行ってあげてください」
リーナに言われ、トニーは「分かりました」と頷いた。
自分の部屋に連れて行ってもらっている途中、一つの部屋が目に入った。
「あの、ここは……?」
カリスが聞くと、トニーは「あぁ、ここですか」と優しく微笑んだ。
「ここはピット様のお部屋ですよ。これも手作りなのですよ」
一緒に中に入って、トニーは優しい目でぬいぐるみを持ち上げる。誰かがモチーフになっているのか、かわいらしい女の子のぬいぐるみだった。
「可愛いですね。ピットさんは手先が器用なんですね」
一つずつ丁寧に作られており、大事にされていたのだとすぐに分かるほどには。
「えぇ、そうみたいですよ」
「……なんで、ピットさんはトニーさんに頼んだのでしょう……?」
カリスが尋ねると、「私にも分かりませんが……」とトニーも考え込んだ。
「あの方は、私にも信頼を寄せてくださっています。私としても喜ばしいことです」
「トニーさんは、ピットさんの臣下なのですか?」
「いえ、私には心に決めた主君はおりません。それも踏まえ、頼んだのかもしれませんね」
分かるような、分からないような……。少なくとも、ピットがトニーに絶大な信頼を寄せているということだけはよく分かった。
シャッテン王国では、カリスが行方知れずになったことで大騒ぎになっていた。
「ど、どうしましょう、兄様……可愛いカリスが……」
「落ち着け、アーダ。手分けして探そう」
兄姉が自分達の臣下に指示を出し、カリスを探し出す。フィオラと老騎士でカリスの臣下のホセも大慌てでカリスを探していた。
そんな中、真実を知っているピットとアトゥだけは慌てた様子もなく探しているふりをする。
「……おや?おい!ピットとアトゥは!?」
気付いた時には、二人はどこかに行っていた。二人が慌ててダニエル達に報告しに向かうと、彼は考え込んでしまう。
「……そうか。あいつらもどこかに消えてしまうとは……」
ギュッと、拳を握る。大事な妹達が行方知れずになってしまったのだ、不安にもなる。
「僕達も手伝うよ」
ジョセフも臣下に指示を出して一緒に探し始める。あの姉達が勝手にどこか行くとは思えなかったからだ。
(いや、でもピット姉さんは……)
そんな、嫌な予感を覚えながら。
「ピット、本当にいいのか?」
森を歩いていると、アトゥに聞かれた。
「何が?」
「ダニエル様達を欺いていいのか、と聞いているんだ」
「あぁ……」
そのことか、とピットは悲しげに笑う。
「……いずれは真実を伝えないといけないって分かっていましたから。カリスには酷なことをしたと思いますが……どうせあのままいても処刑されるだけですしね」
彼女とて、こんな無理やりなことをしたくなかったが……いずれは選ばないといけなくなっていく。自分も、妹も。
(ごめんなさい。でも……私にとっては、どっちの国も大事なの)
心の中で謝罪しながら、ピットは中立国であるサンライト公国へ向かった。
朝、カリスがリーナのもとに向かうと四人と一緒に待っていた。
「お、おはようございます……」
「カリス、おはよう。この人達はあなたのきょうだいです」
そう言われ、カリスは彼らを見ている。
茶髪の、凛々しい青年は兄のクレマン。
赤い髪の、勇ましい女性はクリステル。
薄い茶髪の、そっぽを向いている青年はマルク。
薄いピンク色の髪の、気弱そうな少女はコリンヌ。
自分達双子は彼らと父親が同じらしい。今は後妻であるリーナが女王の座についているが、そろそろ本来の後継ぎであるクレマンにその座を譲るつもりだそうだ。
「久しぶりだな、カリス。元気でよかった」
クレマンが口を開く。カリスが戸惑っているとリーナが「みんなでお話してください」と小さく笑った。
四人に連れられて、別の部屋に入る。
「その……初めまして……」
カリスが緊張したように声を発すると、「そこまで固くならなくていい」とクリステルが笑う。
「元気そうでよかった。お前が行方知れずになってから不安だったんだ」
「あぁ、そうだな。俺達もずっと心配していたんだ」
兄姉の言葉にカリスはいたたまれなくなる。シャッテン王国に誘拐されてからは気が気じゃない生活を余儀なくされていたことだろう。
「ピットは元気だったか?」
「あ、はい……元気でしたよ」
ピットの話題になり、カリスはうつむく。
彼女のこと、よく分からない……。
ピットはカリスのことをよく知っているのに、自分はほとんど知らない。そんなの、本当の姉妹と言えるのだろうか?
「それならよかった。……あいつはすぐに無理するからな」
「フン。……僕はあんた達を姉だと認めていないからな」
クレマンが安心した表情を浮かべていると、マルクがそっぽを向いた。
「マルク、その態度はないだろう」
「急に戻ってきた人を姉と認めるほど、僕はお人よしじゃないんだよ」
それじゃあ、と彼は部屋から出てしまう。それもそうか、と思う。急に戻ってきて「あなたのお姉さんですよ」なんて、いくら何でも急すぎるし受け入れられないだろう。あの年ごろなら、特に。
「悪いな、あいつは少しひねくれていて……」
「いえ、大丈夫ですよ」
クレマンが謝るが、カリスは特に気にせず微笑んだ。
サンライト公国に着いたピットとアトゥは公王に挨拶する。
「お久しぶりです、アイナ様」
「久しぶりね、ピット」
二人を迎え入れた茶髪の少女は、まだ幼く見える。彼女はこの地の守り神の血を引いているらしい。
アイナは近くにいた使用人に紅茶を準備させ、二人を座らせる。
「その様子だと、カリスはルーチェ王国に行ったのね」
「はい。私が信用できる者に頼んで……」
「そうなのね。……そちらの方は、シャッテン王国の者よね?なぜここに?」
ピットが説明するとアイナがアトゥの方を見る。
「彼はカリスの臣下です。私としても信用出来るお方ですよ」
「そう。あなたが言うのなら本当なのね。……トニー以来だったかしら?」
「そうだと思います。……その、それでお話したいことが……」
ピットが切り出そうとすると、アイナはクスッと笑う。
「言わなくても分かるわ。戦争が起こるのよね?」
「……はい。だから少し手伝ってくれませんか?」
「まぁ、いいけれど……何をすればいいの?」
きっと、彼女は気付いているのだろう。そのうえで尋ねているのだ。
ピットはアイナの目をジッと見て、はっきり言った。
「民やきょうだいが傷つきそうな時は……ここで、匿ってください」
「分かったわ、準備しておいてあげるわね。……あぁ、そうそう。アトゥ、これあげる」
立ち上がったアイナがアトゥに渡したのは、水晶玉。なんだろうかと見ていると、「持っていたらいいことがあると思うよ」と笑う。
「いいこと、ねぇ……」
そんなことないだろうと思いながら、彼は懐に入った。