十二章 見えぬ国の女王
準備を整え、中立軍改め混合軍はピットとカリスに案内されて渓谷に来る。
「二人とも、どこに行くんだ?」
ダニエルに聞かれ、二人は振り返る。そして、
「……ここを飛び降りるんです」
カリスが答えた。それに全員が顔を見合わせる。
「正気か?」
さすがのイージスも、ピットに聞いた。それに答えたのはアトゥ。
「正気だ、ピットもカリス様もな」
「あ、あなたも同じことを言うの?」
サユリが顔をしかめながらアトゥを見る。
「あぁ。俺も三人で行動していた時に行ったからな」
アトゥはピットとカリス以外の人には興味ないとはいえ、嘘を言う男ではない。それはピットとカリスの双子もそうだ。
にわかには信じがたいことだが、異世界があったぐらいだ。……常識にとらわれる必要もないだろう。
「……分かった、行こう」
ジョセフが口を開く。それにカリスとピットは目を丸くした。
「ジョセフさん、私が言うのもなんですけど、信じられるんですか?」
「うん。お人よしの姉さん達が嘘つくとは思えないし」
カリスの言葉にジョセフはそう答える。
「あぁ、そうだな。ジョセフ王子の言う通りだ」
クレマンも同意する。双子は顔を見合わせ、コクッと頷きあった。
「ありがとうございます」
「カリス、私が最初に飛び降りるよ。その方がみんな従いやすいと思うし」
そう言って、ピットはそのまま一人飛び降りる。それに続いて、全員飛び降りていった。
強い衝撃が来る……わけでもなく気付けば足が地面についていた。
「こ、ここは……」
戸惑った声を出すきょうだい達に「ここはクリスティー王国ですよ」とピットが答える。
「クリスティー、王国?」
「えぇ。そしてこの国の現王が、両国を戦争させた黒幕です」
その発言にクレマンとダニエルが顔を見合わせた。
「どういう意味?」
マルクが質問すると、「……ここの兵士達は、死者を使っていてあちらの人達には見えないんですよ」と答える。
「一度この国を認識したらある程度見えるようにはなりますが、その特性を使ってルーチェ王国とシャッテン王国を戦争させて滅ぼそうとしていました」
「見えない、敵……」
心当たりがあった。確かに、突然攻撃を受けたことが多々あったのだ。てっきり相手側が魔法を使って攻撃していたのだろうと思っていたのだが……。
「ね、姉様はなんで、ここを知っていたんですか?」
コリンヌが尋ねると、「そういえば、なんでここを?」とカリスもピットの方を見た。聞かれた本人は少し考え込み、
「……お母様から聞いたんですよ」
一言だけ告げた。
「母上から?」
「えぇ。お母様はこの国の出身ですから」
まさかのカミングアウトに驚く。
しかしなるほど、それならこの国のことを知っていてもおかしくはないだろう。長子であるピットにだけ伝えるのも分かる。
「……待って、リーナ女王って、もともと自国の王妃だったんだよね?」
ジョセフが顔を青ざめさせた。ピットは顔を伏せ、何も答えない。
そう、双子はこの国で生まれた王女だった。現王……暴走した守り神である竜の血を引いている。
「別に、気にすることじゃないですよ。私はただ、自分のやるべきことをするだけです」
やがてピットはそれだけ告げ、歩いて行ってしまった。
そのあとを追いかけるようについていくと、崩壊した王城が見えてきた。それを見ると、途端に緊張が走った。
入ろうと足を踏み出すと、後ろから「カリス様!」と呼ばれた。振り返ると、シャッテン王国にいるハズのホセが駆け寄ってきた。
「ホセさん!?なんでここに……?」
「あとを追いかけてきたのです。ご無事でよかった」
カリスは嬉しそうにしていたが、ピットは浮かない顔をしていた。イージスとサユリを呼び寄せ、
「……見張っていてください」
そう指示を出す。二人は頷き、一歩引いた場所に立った。
ホセも仲間に加わり、王城に足を踏み入れる。
「酷いね……」
王城には死体がたくさん転がっていた。首無しや四肢がないものもあり、かなり痛めつけられたようだ。
ピットは顔をしかめながら、一人地下に向かおうとする。
「お、お姉ちゃん。危険だよ……?」
エリーナが引き留めようとするが、「大丈夫ですよ、エリーナさん」と微笑んでおりてしまった。
コツ、コツ、とピットの足音だけが石の階段に響く。降りた先には、地下牢とは名ばかりの拷問室があった。
そこにはまだ、生存者が数人いた。
「ぴ、ピット、様……?」
彼らはピットの姿を確認すると、口を開いた。彼女は魔法ですべての地下牢の鍵を開け、
「助け出すのが遅くなり、申し訳ありません。すぐに治療します」
そのまま、治癒魔法を使う。そして生存者を連れて階段を上がった。
廊下に出ると、カリスが「だ、大丈夫ですか?」と近付いてきた。
「えぇ、大丈夫よ。……この人達を避難させたいから少し手伝ってくれる?」
ピットの言葉にカリスは頷き、兄達も呼んで一緒に近くの町まで向かった。
「本当にありがとうございます」
「いえ、これぐらいなら。……生存者達を集めてください、父王を倒したらあちらに避難しましょう。この国は封じ込めないといけませんから」
さみしげに告げる彼女に彼らは頷く。きっと、彼らも気付いていたのだろう。この国はもう、崩壊するしかないということを。
もう一度王城に戻ると、目の前に茶髪の女性と銀髪の男性が歩いていることに気付く。二人も気配に気付いたのか、振り返った。
「……あら、ようやく来たんだね」
「あなた達は?」
ジョセフが尋ねると、二人は「あぁ、ごめんね」と微笑んだ。
「ボクはブーセ。こっちがアポイナだよ」
二人の名前を聞いて驚く。その名前は守り神のものだったからだ。
「ピット、久しぶりね」
「……えぇ、そうですね」
アポイナがピットに声をかけると、彼女は二人の目の前に跪く。二人はそんな彼女にかがみこむ、
「ここまでよく頑張ったね」
そう言って、彼女の背中をさすった。
二人はピットが何度も繰り返していることを知っていた。だからこそ、彼女の苦労はよく知っていた。
「……はい。絶対に、守ってみせますから」
「うん。君のことは信じてるよ。……でも。裏切り者がいるみたいだね」
ブーセの言葉とともに、後ろから殺気を感じ取った。
バッと振り返ると、それがホセから放たれていることに気付く。
「な、なんだ?」
アトゥが近付こうとすると、「待って」とサユリが腕を掴む。イージスも剣を構え、ホセを睨んでいた。
彼は不気味な笑い声をあげながら宙に浮かびだす。その雰囲気は、まるで……。
「……死者の兵士……」
そういえば、何度繰り返しても彼だけはいつも行方不明だった。もし、この国に落ちて死んでしまっていたのだとしたら……納得がいく。
ホセはジロッとカリスの方を見ると、突然魔法を放った。
「――っ!?」
間一髪、ピットが同じように魔法で相殺したが、まさか魔法を使ってくるとは思っていなかった。
(……いや、魔法じゃ、ない……)
それに気付いたと同時に、嫌な汗が流れる。
魔法とは違い、これは人を殺すことに特化している呪術のようなものだ。一度でもあたってしまうと致命傷……下手をすれば本気で死んでしまうだろう。
「……みんなは下がってて」
ピットが言うと「しかし……」とダニエルが何か言おうとする。
「死にたいんですか?」
しかしピットのその言葉にビクッと震える。何度も言うが、彼女は冗談でそんなことは絶対に言わない。
ピットが前に立ち、庇うように神弓を持つ。
「ふ、ふふ……あの方のもとに戻らないか?」
ホセが尋ねると、「嫌ですね」とピットは即答した。
「誰があの親の元に行くか」
「お前ならそう言うと思っていた。……それなら、死ね」
その言葉とともに呪術が飛んでくる。先ほどと同じように魔法で相殺させるが、これもいつまで続くか分からない上にどこから来るかも分からない。
「くそっ……」
ピットが小さく悪態をつく。これでは矢を放つことすらできない。
その時だった、後ろから魔法がホセに向かって飛んできた。ハッと振り返ると、ジョセフが魔法を放ったのだと分かった。
「姉さん、僕が魔法得意だって忘れてない?」
ジョセフかニヤリと笑いながらピットに告げる。それを見て、ピットも小さく微笑む。
「……ありがとう」
そう言って、ピットは今度こそ神弓を構える。
呪術は種類にもよるが、一人しか狙えない。ホセはピットを狙っているがそのたびにジョセフが妨害する。しびれを切らしたホセが襲いかかろうとしたところで、ピットは矢を放った。
その光の矢はホセの胸に刺さる。すると力が抜けたようにホセは倒れ込んでしまった。
「ホセさん!」
カリスが駆け寄る。マルクが「待って、姉さん!」と止めようとするがクレマンに止められていた。
「ピットがそばにいる。だから大丈夫だろう」
そう言われ、納得したようだった。
カリスがしゃがみ込み、ホセの手を握る。
「あ……カリス様……最期までお守りすることが出来ず、申し訳ありません……」
「いいんです。ごめんなさい、守れなくて……」
カリスが涙を流しながらホセに謝る。そんな主君に彼は微笑み、
「あなたのせいではないですよ。……アトゥ」
「……なんだ?」
「絶対に、カリス様を守り切ってくれよ」
「……あぁ、当然だ」
アトゥのその返事に満足したのか彼は目を閉じ、そのまま動かなくなった。カリスは涙を流しながらその手を握る。
「……カリス、先に進もう」
ダニエルが彼女の肩に手を乗せ、そう言った。それに頷き、カリスは立ち上がった。ピットはそんなカリスの隣に立ち、支える。
「……大丈夫だよ」
そう慰めながら。
先に進んでいくと、アポイナが「待って」と止めた。
「どうされました?」
「……ピット、本当にいいの?」
振り返って少女に最後の確認をする。
確かに、ピットとカリスからしたら、ティナにとっても、本当の父と対峙することになる。だから確認したのだろう。
しかし、既に彼女は覚悟が決まっていた。
「もちろん。父を止めるのも子供の役目ですから」
「……そう」
「君は、本当にアポイナに似ているね」
その答えに、ブーセは懐かしげな瞳をしていた。
アポイナも、かつて自身の親を止めるために手を汚したことがある。……そんな彼女と、今のピットが重なって見えた。
ピットの確認に頷き、そのまま進んでいく。
やがて、王座がある扉の前まで来た。
「……ここか?」
クレマンが尋ねるとピットは頷いた。
「えぇ。この先に、現王……アダムがいます」
「そうか。……なぁ、ピット。時間の許す限りで構わん。お前達のことについて教えてくれ」
そう言われ、少女は考え込む。そして、
「……そうですね。ここまで来たんですから、自らの口で語るのが礼儀でしょう」
そして、ようやく彼女は話し出す。
ピットとカリスはこの国の王女であり、ピットは次期女王だった。
しかし、生まれる前から現王……父親が狂気に飲み込まれていた。国の人々を殺し、街を壊し……王妃であるリーナはそんな夫を止めていたが、相手は竜神でもある。普通の人間であるリーナが止められるわけもなかった。
「リーナ様、王女様達を連れてあちらの国へ亡命してください」
やがて、民達がリーナにそう懇願した。
「ですが……」
「ここであなた達まで失ってしまっては本当に希望が潰えてしまいます。だから、お願いします」
そこまで言われ、リーナはピット達を連れて何とかクリスティー王国を脱出した。
最初、リーナはサンライト公国に行ったという。アイナはリーナとその腕に抱かれているピット達を見て快く迎え入れてくれたようだ。
しばらく滞在させてもらい、どうしたらいいかリーナが尋ねるとアイナは「ルーチェ王国に向かうといいかもしれませんね」と答えた。
「……あなたの子達は、逃れられない運命にとらわれています。きっとどちらに行ってもつらいことが起こってしまうでしょう。……それなら、少しでもそれがない方に行ってあげるのが優しさなのかもしれません」
リーナはその言葉を信じ、ルーチェ王国へと向かった。
彼女自身も、気付いていた。我が子達にのしかかる重荷がどれほどのものなのか。
(ごめんなさい、私達大人のことに、あなた達を巻き込んでしまって……)
涙を流しながら歩いている彼女と出会った男性こそ、クレマン達の父であるルーカスだった。
「……それからは、知っている通りですよ」
ピットの話に、全員が黙ってしまった。
「……特に私は、身体が弱い分竜の力が強いんです。何度も同じ時を繰り返すことが出来たのは、その竜の力があったからです」
ピット達の父であるアダムは、時間を操る竜神だ。その影響で、ピットも時間を操ることが出来た。
「そうだね。……本当はいい人だったんだけどね、アダムも」
ブーセがうつむきながら呟く。
「……っと、そろそろ話すのも難しくなりそうだよ」
アポイナの言葉と同時に扉の先から邪悪な雰囲気が溢れ出てきた。
「……行きましょう」
ピットが扉に手を触れると、そのまま扉が開いた。
王座の間は異臭が漂っていた。
「死臭……ですね」
カリスの鼻と口を軽く塞ぎながらピットが呟く。
「酷いにおいだね……シャッテン王国でもここまで酷いのはなかなかないよ」
ジョセフも鼻をつまむ。全員が顔をしかめていると、「来たか」と玉座に座っていた男が声をかけた。
「……アダム」
「酷いな。父親に向かって」
ピットが睨むと、目の前の男は特に気にした様子もなく笑う。そんな父親に彼女は舌打ちをする。
「そっちはカリスか。ティナはどこだ?」
「末妹をこんなところに連れてこようと思わないでしょう。本当はカリスですらこの場に連れてきたくなかったのに」
ピットは妹達だけでなく血の繋がっていないきょうだいのことも大切にしている。本当はこんなことに巻き込みたくなかったのだ。
「本当に責任感が強い長女だなぁ。自慢の娘だよ」
「私はあんたのせいで今まで苦労したよ。……今までの人生、ずっとあんたを倒すことを考えて生きてきた」
笑顔を浮かべているアダムとは反対に、ピットは忌々しげに睨んでいた。
何回も繰り返している中、きょうだい達を助け出すと同時にこの父親を倒すことを目的にしてきた。それだけが、彼女のすべてになっていた。
「姉様……」
ギュッと、コリンヌが彼女の手を握る。ピットは妹の頭を撫でながら「大丈夫ですよ」と優しく告げた。
「みんなは絶対守ってみせるから」
その横顔は儚く、どこか寂しげなものだった。
「ピット、俺達はどうしたらいい?」
クレマンが尋ねる。ピットは「周囲に兵士達が出てくると思います」と指示を出した。
「その兵士達を倒してください。コリンヌさんとエリーナさんは傷ついた人達を治癒魔法で治してください」
「了解」
「カリスも、兄様達と一緒に倒して」
「え、でも……」
ピットのその指示にカリスは戸惑った顔をする。それに気付いたピットは優しく笑った。
「……親殺しの罪を背負うのは、私一人だけでいいの。だから任せて」
そう言われ、カリスはギュッと自身が持っている神剣を握る。ピットに渡された日からずっと大事に持っていたそれは、誰かを守るためだけに振るってきていた。
――今、覚悟を決めなくてどうするの?
カリスが隣に立つと、ピットは目を見開く。
「何しているの?」
「私も一緒に戦います。……ピットだけに背負わせるわけにいきませんから」
その言葉に、姉は考え込んだが彼女の意志を尊重しようと思ったらしい。
「分かった、でも無理はしないでね」
そう言って、ピットは光の矢を放った。
それを合図にするように、戦闘が始まった。クレマンとダニエルが剣で兵士達を斬り捨てていき、アーダとクリステルがそれに続く。マルクとジョセフがそれぞれ弓と魔法で後方からサポートし、コリンヌとエリーナは傷ついた人達を癒していった。
ピットは神弓と剣を器用に使い分け、アダムを惑わせていた。カリスはピットのサポートをするように動いていた。
(こうしたら……ピットの邪魔にはならないハズ……)
本当は、神剣を持っている自分が前線に立たないといけないのにサポートしか出来ない自分が情けなくなる。
アポイナとブーセは一歩引いて、彼らの戦いを見ていた。
「……ブーセ」
「うん」
アポイナが名前を呼ぶと、ブーセは小さく何かを呟いた。それと同時に、アダムに向かって光が差し込んできた。
「……っ、クソッ、邪魔するな、偽善者共が……!」
「君にだけは言われたくないね。……だから早く帰っておいでって言ったのに……」
睨まれるが、ブーセは特に気にした様子もなく答える。そこに寂しさが宿っていることに、誰かが気付いただろうか。
「ピット、カリス、私の力を貸してあげる」
アポイナの言葉とともに、ピットの神弓とカリスの神剣に光が宿った。それを見て、ピットはすぐに理解した。
「カリス、行くよ」
「は、はい!」
――なぜか、ピットの考えていることが分かる。
ピットが引き付けている間にアダムの後ろに回る。そこには、赤い光が漏れ出ていた。
――そこを壊して。
「っ、はぁああ!」
カリスが一歩踏み込んで赤い光を指すと、パリン……と割れた音が聞こえた。同時に、アダムが動かなくなる。
「く、クソッ……」
「ピット!兵士達が動かなくなった!」
ダニエルが大声で報告する。それを聞いて、ピットはアダムの前にしゃがみ込んだ。
「……お父様。さようなら」
ただ一言、それだけ言ってその身体に触れると、石になったように固まった。
アポイナが「お疲れ、ピット」と労わる。そして光から取り出した王冠を彼女の頭に乗せ、
「……あなたに祝福がありますように。ピット女王」
前王の代わりに、祝福の言葉をかけた。クレマンとダニエルはそれを見て優しく微笑み、拍手を送る。それに続くように姉達、弟達、妹達、臣下達、そして兵士達の順に彼女を祝福した。
ピットはキョトンとしていたが、やがて小さく笑って「……ありがとうございます」とお礼を言った。
数日後、女王の服に身を包んだピットは最初で最後の役目を果たす。
「カリス、負傷者は?」
「今分かっているだけでもこれだけいます」
書類に目を通し、コリンヌとエリーナに治癒魔法を施すよう指示を出す。そして、サンライト公国に向かう準備をさせた。
「ピット姉さん、死者の兵士達はどうにか始末したよ」
「ありがとうございます。すみませんね、私一人じゃそこまで手が回らなくて……」
「大丈夫だよ、こういう時ぐらい素直に甘えなって」
弟達に言われ、ピットも微笑む。
明後日、この国の入り口はピットの手によって閉ざされる。その前に一つでも出来ることをしておきたかった。
「一通り終わったら休暇もらおうかな……」
「兄さん達も許してくれるよ」
ピットのその言葉に弟妹は笑った。




