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白と黒の王女は幸福で平和な夢を見る  作者: 陽菜


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十一章 和解

 次の日、ピットが自室でボーッとしていると「ピット、入っていいか?」と兄の声が聞こえてきた。

「……えぇ」

 小さな声も聞こえていたのだろう、クレマンが入ってくる。

 クレマンがピットに近付くと、かがんで顔を合わせた。

「調子はどうだ?」

「……まぁまぁいいですけど……」

 戸惑った声を出す妹の頭を撫で、「ゆっくりしていていいからな」と微笑む。

「……でも、何かしていないと……」

「俺達に任せてくれ。……お前は働きすぎだ、たまには休暇を取った方がいい」

 おどおどしている彼女に告げ、クレマンは部屋から出る。一人残されたピットは少し考え込み、

「……勉強、しようかな……」

 立ち上がり、自室にあった戦術書を読み始めた。


 ジョセフがピットの部屋に来る。

「姉さん、もう夕方だよ。朝から見てないけどどうしたの?」

 一日中見かけなかったため、まさか過労で倒れているのではと心配して部屋まで来た。しかし反応がなく、もしかして外出しているだけ……?でも昨日倒れたのに……?と思いながらドアノブをひねる。すると簡単に開いた。

「姉さん?いるの?」

 悪いと思いながら、しかしやはり心配だったためジョセフは声をかける。それでも反応がない。恐る恐る入ると、集中しているのかずっと本を読んでいるピットがいた。

「姉さん、もう夕方だよ」

「ヒャッ!?」

 姉に近付き、その肩を叩くと驚いたようで小さな悲鳴が上がる。そして振り返り、ジョセフであることを確認すると、

「ご、ごめんなさい……」

「いや、僕も勝手に入ってごめん。いつまで経っても来ないから心配で」

「……あら、もうこんな時間?」

 ジョセフの言葉に窓を見ると、既にオレンジ色の空になっていた。

「ご飯、食べてないでしょ?」

「ん……大丈夫ですよ。もう少し読みたいので」

「はぁ……そうやって食事を抜かすから倒れるんだよ」

 ピットの反応にジョセフは呆れた顔をする。

「だってもっと勉強しないと守れない……」

 しかし小さく聞こえてきたその言葉に胸を締めつけられた。

 ――彼女は常に、他人のために生きてきた。

 何回も繰り返している中で、彼女が自身のために行動したことなど指で数えられるぐらいだった。

(それぐらい大切にされていたのに……)

 ここまで追い込んでしまったのは紛れもなく、自分達の今までの行動だ。ジョセフはピットの本を奪い取る。

「あっ……!?まだ読み終わってないのに……!」

「本はあとからでも読めるでしょ?それか、ご飯を持ってこようか?」

「いえ、そんなお手を煩わせるわけには……」

 困った表情を浮かべる姉にジョセフはため息をつく。

「別に、持ってくるだけだったら気にしないよ」

「……でも……」

「たまには世話される方になりなって」

 弟の言葉にピットは黙り込む。どう言うか悩んでいるようだ。

(僕達、姉さんの好きなものすら分からないんだよね……)

 少しでも知っていたら、何か変わっていただろうか?

 ジョセフは基本的なものなら、ある程度出来る。それは料理に関してもそうだ。……ほかのきょうだいには振舞ったことがあるのに、この姉は忙しいからと断り続けて食べさせたことがなかった。

 気付けば暗くなってしまっている。「そろそろ戻った方がいいんじゃないですか?」とピットに言われ、そうだと彼は腕を掴む。

「な、なんですか?」

「夕食、作ってあげるから一緒に食べよう」

 その言葉に目を丸くするが、こうなったら聞かないと分かっているのだろう、ピットは彼についていった。

 食堂には既に誰もいなかった。ジョセフはピットを座らせると厨房の中に入る。そして二人分の料理を作って持ってきた。

「姉さん、どうぞ」

「ん……ありがとうございます」

 目の前に料理を置かれ、ピットはおー……と目を輝かせながら見た。

「こんなの作れるようになったんですね……」

「僕だってもう大人なんだよ。これぐらい作れるって」

 とにかく食べてみてよ、と言われピットは一口食べ始める。

「……おいしい」

「よかった」

「……ちゃんとあなた達の成長を見ていなかったんだね、私……」

 小さく呟いた言葉に笑顔を浮かべると、ピットは寂しげな顔をした。

「姉さんは僕達をずっと見ててくれてたよ。実際、僕達のことをよく知ってるじゃん。僕達が姉さんの優しさに甘えて歩み寄ろうとしなかっただけ」

 ジョセフが事実を言うが、彼女はそう思っていないようだ。

「……本当に、ごめんなさい……」

「謝るのは僕達の方だよ。……血が繋がっていないから姉面するな、なんて言ってごめんなさい」

 それは、昔ジョセフが彼女に向かって言ってしまった言葉だった。



 昔、熱を出したことがあった。その時のジョセフは、すべてを疑っていた。

 夜、小さくノックの音が聞こえ、誰かが入ってきた。

「……ジョセフ、大丈夫ですか?」

 ピットだった。彼女は薬草と水の入ったたらいとタオルを持っていた。

「何か食べたいものはありますか?」

 彼女はそれを置きながら尋ねた。しかし、彼は言ってしまったのだ。

「放っておいてくれ。あんたとは血が繋がっていないだろ?僕はあんたを姉だと思ってないよ」

 それを聞いたピットは少し寂しげな顔を浮かべながら、目の前で薬を作り出した。そして、

「……別に、あなたがなんと思っていても構いませんけど早く治した方がいいですよ」

 そう言って、薬を渡してくれた。渋々それを受け取り、口に含める。ほのかに甘く、飲みやすくしてくれたと分かる。

 それにしても、と彼女の顔や腕を見る。

「……あんたこそ、その怪我どうしたんだよ?」

「これですか?ちょっと怪我しただけですよ」

 アハハ……と困ったように笑う彼女に、その時は何も思うことがなかった。

 しかし、母が亡くなり薬草のことを調べていると、あの時彼女がどうして酷い怪我をしていたのか分かった。

「……危険な地形に生えていることが多いため、気を付けて摘まないといけない……」

 そう、ピットは血の繋がっていない自分のために、そんな危険なことさえしていたのだ。

 それに気付いてから、ジョセフはピットのことをよく見るようになった。……常に顔色をうかがい、一歩引いていることに、気付いていたハズだった。



 ピットは彼をジッと見ている。あの時の優しい姉の面影が、暗くなってしまった表情の中に混じっていた。

「……実際、血が繋がっていないのは事実ですから」

「じゃあなんで、姉さんは僕達をずっと支えてくれたの?……僕達に、優しくしてくれたの?」

 その質問に、ピットは答えられなかった。

「それ、は……」

「大事なきょうだいだって言っていたのは嘘だったの?」

「……嘘、じゃない……けど……」

 今だって、きょうだいのことは大切だ。自分の命を捨てられるほどに。

 でも、酷いことをしてしまった後なのだ。今更きょうだいに戻れるなんて考えていない。

「そんなこと、絶対ないって言いきれるけど……たとえ兄さん達が姉さんをきょうだいだって認めてなくても……僕は、ピットが姉さんでよかったって本当に思っているよ」

 しかしその言葉に、ピットは静かに涙を流す。手の甲に涙が落ちると、彼は優しく涙を拭った。



 次の日、相変わらず書斎で仕事をしているとクレマンが「ピット、少し時間をくれないか?」と声をかけた。

「いえ、まだ仕事終わっていないので……」

「俺達も手伝う、だからお願いだ」

 ここまで言うクレマンが珍しく、首を傾げながらピットは立ち上がる。そして彼の後をついていくと「あ、ピット」と近くの湖を見ていたクリステルが振り返る。

「……なんですか?」

 固くなりながら尋ねると、クレマンが「その……これを返す」と短剣を渡してきた。

 それは、ルーチェ王国の軍師に人質として預けていたものだった。

「これ……なんで……」

「……人質代わりに渡していたんだろ?もうその必要がないから返している」

「……捨てられてると思っていたのに」

 そう言いながら、ピットは恐る恐るそれを受け取る。そしてどうなっているか確認した。

 ピットは自身で持っている時、どんなに忙しく働いていても丁寧に手入れしていた。そのおかげか、しばらく預けていても使えなくなっているということはなかった。

「その……本当にすまない!」

 クリステルが頭を下げる。なぜそんなことをするのか、ピットには分からず首を傾げた。

「そこまでお前を追い詰めてしまったこと、本当に申し訳ないって思ってる。お前はずっと私達のことを考えていたのに、それすら気付かないで……」

「……クリステル、王女……」

「私は姉だ。……ピットの、姉さんだ」

 姉のその言葉にピットはキョトンとする。

「……姉、様」

「あぁ。そうだ」

「でも、私……」

「血が繋がっていないとか関係あるか」

 ピットが言おうとしていることが分かり、先に言葉を紡ぐ。

 ――だって彼女は、分かっていながら自分達を大切にしてくれたのだから。

 常に自分達を立て、優先させて……それをやってくれていたのだ。それなら、自分達だって彼女を守りたい。

 ピットはギュッと、短剣を握り締めた。



 しばらくは、兵士達とピットの距離感も縮まることがなかった。ピット自身が酷いことをしてしまった自覚があるため必要以上に話さないということもあるのだが、兵士達も彼女を悪く言っていたのに今更どんな顔をして接したらいいのか分からないのだ。

「シモン、ピットと話してみたらどうだ?」

 それではいけないと、クレマンはあえてピットを敵対視しているシモンに指示を出す。

「……クレマン様の指示とあらば」

 彼としてはもちろん、あまり乗り気ではないが主君の指示だ。従うほかない。

 シモンがピットに声をかけようとするが、忙しいのかその隙すらない。どうしようか悩みながら歩いていると、真夜中なのに食堂の明かりがついていることに気付いた。

「誰だ?」

 シモンが声をかけると、「……寝ていなかったのですか?」とピットが振り返った。

「ピット……何しているんだ?」

「何って……帳簿を書いているだけですけど……」

 戸惑ったように告げる彼女の手元には、確かに帳簿と資金が入っている袋があった。

「もう遅いですし、休まれた方がいいですよ」

 そう言いながら、彼女は続きを書いていく。もう話は終わったと思っているのか、口を開こうとはしない。

「おい」

「戻られないのですか?ホットミルク……は甘いもの苦手でしたものね。ハーブティーでいいなら淹れますけど……」

 困ったような表情を浮かべる彼女に、シモンは「いや、いい」と首を振る。毒でも盛られたら困る。

「そうですか?なら早く帰ってほしいんですけど……集中できないですし……」

 帳簿は基本的に、全員見ることが出来る。でもそれを記入しているところは誰も見たことがなかった。だからピットを疑っていたのだが……。

(……こんなに細かく書いているのか?)

 誰がどこで買い物をしたのか、何を売ったのかだけでなく、その日使った物品や壊れてしまった武器なども書かれていた。

「はぁ……もう少し仕事を増やした方がいいですかね……」

 そんな呟きが聞こえ、シモンは彼女を見た。

「仕事?お前、何をしているんだ?」

 シモンに聞かれ、ピットは「あなたには関係ないでしょう」と答えた。帳簿をよく見ると、謎の入金が書かれていた。

「これは?」

「別に、気にするものではないですよ」

「まさか、その仕事で得た金額分じゃないだろうな?」

 そう聞くと図星だったのか、ピットは目をそらす。

 そうだとすると、毎日かなり働いていることになる。ただでさえ忙しそうにしているのにさらに何をしているのか。

 それに、兵士達に渡している給料も一人分足りていない。十中八九、ピットがもらっていないのだろう。

「おい、お前、自分の給料はどうしているんだ?」

「それは……その……」

 袋の中身を確認すると、小銭や札がきれいにわけられていた。シモンが彼女の持っていた帳簿を奪い、確認する。

「……おい、少し多い気がするが」

「……あー……わ、私が数え間違えたんですかね?」

 詰め寄ると、ピットが目をそらしながら答える。それが嘘であることは誰でも分かることだろう。

「お前がこっちに入れているんだろうが」

「そ、そんなこと……ないですよ……」

 さすがのピットも隠し通せるとは思っていないハズなのだが、往生際悪く嘘をつく。それを見てシモンはため息をついた。

「なんで嘘をつく?」

「……信用されてないというのは分かっていますから」

 その言葉にシモンはハッとなった。

 確かに、これを見るまでは何も感じなかった。むしろ、主君が嫉妬している彼女を憎いとさえ思っていた。彼女は、それを感じ取っていたのだ。

「だからこそ、全部自分で管理した方が楽なんですよ。分かったら早く帳簿を返してくれません?」

 まだ書き終わっていないんですよ、とため息をつきながらピットは手を出す。

 ――あぁ、これは確かにクレマン様が嫉妬されるのも当然だったな。

 他人のことをよく見て、信用出来る人と出来ない人をしっかり見極める。それは、上に立つ者として必要不可欠なものだ。……だが、頼ることも同時に必要なものだ。

「……俺が代わりにやる」

 気付けば、そう言っていた。案の定、ピットは訝しげに彼を見た。

「……何を企んでいるんですか?」

「別に。ただ一人で作業するのは大変だと思っただけだ」

「あなたに心配されるほど親しくはないと思いますが」

 彼女は年上相手だろうと、敵だと認識したら強く当たる。それが自身を守る、唯一の方法なのだ。

「クレマン様からも言われていただろ、お前は働きすぎだ」

「殊勝なこともあるんですね、まさかあなたに言われるなんて。むしろもっと働けと言われると思っていました」

「そんな馬鹿なこと言うか」

 シモンの言葉にも特に気にすることなく、「……やる気をそがれました」ともう一度ため息をつきながらピットは立ち上がる。

「勝手にしたらいいですよ。別のことをしに行くので」

 そしてそう吐き捨て、食堂から出た。シモンは代わりに席に座り、帳簿を確認する。そして袋から帳簿より超えている分を取り出して封筒に入れた。

「本当にあの馬鹿は……」

 そう呟きながら、封筒に「ピット」と書いておく。そして帳簿と資金袋をピットがいつも保管している箱に入れ、鍵を返しにピットを探す。

 ピットは畑仕事をしていた。

「ピット、確認終わったから箱に入れておいた」

「……ありがとうございます」

 鍵を受け取り、ピットは頭を下げる。シモンはそのまま、クレマンの部屋に向かった。

「遅くに申し訳ありません、起きておられますか?」

 小さくノックをしながら声をかけると、数秒ののちクレマンが出てきた。

「どうした?お前が珍しい」

「申し訳ありません。これをピット……様に渡してくれませんか?」

 主君に先ほどの封筒を渡すと、「これは?」と首を傾げた。それにシモンは「実は……」と先ほどあったことを話した。

「なるほどな。つまりこれは、ピットが本来使えるハズの金と言うことか」

「はい。本当はもう少しあるのでしょうがそこまで把握は出来ませんでした」

「いや、むしろ感謝する。……本当にあいつは……」

 困ったように笑うクレマンを見て何かあったのかと疑問符を浮かべる。

「あいつは幼い頃から、常に俺達のことばかり考えていた。……時にはどこで稼いできたのか、自分の金で俺達に贈り物を買ってきたこともあった」

 昔のことを思い出しながら、クレマンは話し出す。



「あの、兄様」

 ピットに声をかけられ、クレマンは振り返る。

「……どうした?」

「その……これ、どうぞ」

 彼女はズイッと腕輪を渡してきた。

「これは?」

「その……兄様のために、買ってきました……」

「何?お前、身体が弱いだろう?なんでそんな無理を……」

 クレマンが彼女の肩を掴む。無理して動いていたのか、少し苦しそうだ。

「兄様に感謝を伝えたくて……」

 そう言って笑う彼女の顔は純粋そのものだった。



 あの時もらった腕輪は今もつけている。……今も、これを見ているとあの時の笑顔を思い出して胸が温かくなるのだ。

「そんなことが……」

「あとから知ったが、トニーに手伝ってもらいながら外でこっそり働いていたらしい。子供でも出来ることをさせてもらっていたと聞いた。使用人の手伝いをしていると働く楽しさを知ってしまったとトニーも苦笑していたな」

 本当に王女が何をしているんだ、と思わなくもない。

 しかし、だからこそひねくれ者でありながらもあそこまでしっかり者になったのだろう。

「とにかく、これは渡しておく。受け取らなかったらあいつと出かける時にでも使うさ」

 ありがとう、とクレマンがシモンにお礼を言う。シモンも一礼し、部屋から出た。



「ピット、これ」

 次の日、クレマンが封筒を渡すと目を丸くしながらピットは受け取る。そして中身を見て、

「……別に使わないのでいいですよ」

 そう言って、そのまま返してしまった。こうなるだろうとは思っていたため、クレマンはクリステルとダニエルとアーダを呼ぶ。

「どうした?クレマン王子」

 ダニエルに聞かれ、クレマンはシモンから聞いたことと先ほどのピットのやりとりをそのまま伝える。

「……というわけだ。だからピットと出かける時は声をかけてほしい」

「分かったわ。あの子と出かけてみたいもの」

 三人が頷いたことを確認すると、その場は解散した。

 ピットが少し息抜きしようと外を歩いていると、フローラに会った。

「あ……ピット様……」

 フローラが声をかけるが、ピットはそのまま歩いてしまう。それを追いかけ、「ピット様!」と肩を掴んだ。

「……っ!?あ、す、すみません……」

 驚いた表情を浮かべた後目を伏せる彼女に気付いていなかったらしいと分かった。

「いえ、私の方もごめんなさい。驚かせるつもりはなかったの」

「何か用ですか?ないのならそっとしていてほしいんですけど……」

 そう言う彼女はどこか心ここにあらずのようで、力なく振り払おうとする。

「その、一緒にお茶でもしない?」

 少し話したいと誘うが、彼女は「気分がすぐれないので……」とやんわり断る。その断り方は冷たかった前とは違い、本当に気が進まないと言いたげなものだった。

「そう……疲れてるの?」

「あなたには関係ないでしょう?はぁ……」

 疲れたように言った後、ピットはどこかに行ってしまった。それを見て、フローラは困ったような表情を浮かべていた。

 ピットはやってきた場所は湖だった。そこに座り、ボーッと見ていると「姉様」と声をかけられた。

「ティナ。ここに来るなんて珍しいね」

 ピットが振り返ると、彼女は隣に座って「どうしたんですか?」と聞いてきた。それにピットは拳を握った。

「……私、何も出来ないのかな……」

 そう呟いた言葉に、ティナが「そんなことないですよ」と即答した。

「姉様は、私が本当のお父様に操られてた時にも助けてくれたじゃないですか。それに、常に私達のことを最優先にして自分のことを後回しにして……だから、カリス姉様達もたまにはピット姉様に恩返ししたいんですよ」

 妹の言葉に「そう、かなぁ……」と考え込んでしまった。

「そうですよ。だからたまには自分のために時間を使ってください」

「……そうだね、ありがとう」

 ピットはティナの頭を撫でる。それがうれしいと思うと同時に悲しく思えた。

 ――もう少し、私達に頼って。

 そう願っても、きっと彼女には届かない。



 しばらくして、そろそろクリスティー王国に向かう準備をしなければと思いピットは一人、アイナに会いに行く。

「アイナ様」

 ピットが声をかけると、本を読んでいたアイナは彼女に顔を向けた。

「ピット。……そろそろあちらの国に行くのかしら?」

 やはり、彼女には見破られている。ピットは「……はい」と頷くと、彼女に跪いた。

「……私はあいつを絶対に封印します。だから大事なきょうだい達を守ってください。

 ――実涼様」

 久しぶりに本当の名前を呼ばれた公王……いや、女神は「分かったわ」と小さく笑った。

 ピットは、この大陸の守り神の一人であるアポイナが送った使者の一人だ。そしてアイナは、そんなアポイナの孫娘……二人が出会い、仲良くなるのは必然と言えよう。

「絶対に守ってみせるわ。だから……あなたも、無事でいてね」

 アイナのその言葉に含まれていたのは、彼女に向けた慈愛だった。

 その日、ピットはアイナが与えてくれた別荘で一人ゆっくり過ごしていた。その別荘はルーチェ王国やシャッテン王国で使っていた部屋とは違い、彼女自身の趣味や好みを反映させていた。

 ピットは寝室に入ると、そこに飾っている自作のぬいぐるみを手に取った。それは、きょうだい達をイメージして作ったものだ。

 机の上には、アトゥやフィオラ、トニー達をイメージしたぬいぐるみが置いてある。まだ作っている途中のイージスやサユリのぬいぐるみは最近、こっちに来た時に作り始めたものだ。

(……この笑顔を守りたいから、私は……)

 ギュッと優しく抱きしめながら涙を流す。

 ようやく、ここまで来たのだ。だから、失敗は許されない。……その不安に押しつぶされそうになってしまう。

 でも、やるしかないのだ。それが、「次期女王」としての責任であり役目だから。



 戻ってくると「姉様、どこに言っていたんですか?」とコリンヌが駆け寄ってくる。

「ちょっとサンライト公国に用事があったので行っていただけですよ」

「そうですか?それにしてはお疲れのようですけど……」

「いえ、疲れてはいないですよ。心配かけてすみません」

 それだけ話して、ピットは部屋に戻る。その後ろ姿をコリンヌは見ているしか出来なかった。

 夕方、エリーナが「お姉ちゃん!」とピットの部屋に飛び込んできた。

「エリーナさん、どうしたのですか?」

 目を丸くしながらピットが声をかけると、「とにかく来て!」と腕を掴んで食堂まで連れて行った。

「あ、ピット。来たな」

 二人に気付いたダニエルが小さく微笑む。それを合図にするように、ほかのきょうだい達も集まってきた。何か用かと身構えていると、箱を渡される。

「……これは?」

 警戒しながら受け取ると、どうやらラッピングされているらしいと気付く。

「開けてみてよ」

 マルクの言葉に恐る恐る箱を開けると、

「……あ、これ……」

 中身はガラスペンだった。愛用していたものとほとんど同じように作られている。違うところと言ったら色と……、

「この花は?」

「ピット姉さんとティナのイメージの花だよ。いいでしょ?」

 ジョセフが告げる。それを聞いてピットは目を丸くした。穏やかにそれを撫でた。

「ねぇ、それぞれ誰イメージだったの?」

 マルクに聞かれ、ピットは「えっと……恥ずかしいけど……」と答えた。

 クレマンは大きな赤い花、クリステルは小さな赤い花、マルクは緑の花、コリンヌはピンクの花。

 ダニエルは黄色の大きな花、アーダは紫色の花、ジョセフは青色の花、エリーナは黄色の小さな花。

 カリスは水色の花、ティナは藍色の花。そして、ピットは白色の花、

「へぇ……僕って緑だったの?」

「ま、まぁ……穏やかで優しいって……思ってたから……」

 意外だと言いたげなマルクに、ピットの声はだんだん小さくなっていく。耳まで赤くなっているため本当に恥ずかしいのだろう。

「……でも、ありがとう」

 しかし小さく笑ってお礼を言う彼女を見て、本当に渡せてよかったと全員が思った。


 夜、ピットが紅茶を飲んでいるとジョセフが声をかけてきた。

「ピット姉さん」

「あ、ジョセフさん」

 彼が隣に座ると、彼女はすぐに紅茶を淹れる。

「どうぞ」

「ありがとう、姉さん。……本当に、いい匂いだね」

 ジョセフはピットの淹れた紅茶が大好きだった。いつもいい香りがして、一口飲むと優しい味が広がる。それにあうように作ったお茶菓子もおいしく、いつもねだっていたものだ。

「……毎日飲めたら幸せなんだろうなぁ……」

 気付けば、口からそんな言葉が出ていた。ピットがキョトンとしていると、それに気付いたジョセフは顔を赤くした。

「……今の、忘れて……」

 ジョセフが呟くと、ピットも「え、えぇ……」と頬を染めながら頷いた。

 ――別に、嫌じゃなかったんだけどな……。

 そう、思いながら。

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