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白と黒の王女は幸福で平和な夢を見る  作者: 陽菜


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十章 少女は夢を見る

 ――最近、いつも夢を見る。

 実際にあった、しかし誰も覚えていない、「繰り返し」の記憶。


 最初は、確かルーチェ王国の味方だったハズだ。母を殺されたことによる怒りが原動力になっていた。

 ――ダニエルとエリーナが、死んだ。

 カリスもピットも、きょうだい達のことが憎かったわけじゃない。憎いのは、セドリックただ一人だった。しかし……自分が弱かったせいで、二人は死んでしまった。

 後悔した。もしやり直すことが出来るのなら、今度は救いたいと願った。


 その願いが叶ったのだろうか、戦争が終わりジョセフが王位についた次の日。ピットは、まだ戦争が起こる前に戻っていた。

 今度はシャッテン王国の味方になった。国の中から変えようと奔走した。

 ――今度はクレマンとマルクが、死んだ。

 マルクは忌まわしきあの男に操られ、死んだ後も自分達の前に立ちふさがった。ピットは涙を流しながら、彼を解放した。

 やはり後悔した。大事なきょうだいを守れなかったことを。


 ピットは何度も何度も繰り返した。そのたびに後悔し、心に傷をつけた。

 焦りを覚えた。嘆き続けた。卑屈になった。

 ――自分を見失った。

 悲哀の姫となったピットはただきょうだいを守るためだけに、その「繰り返し」を生きていた。



(……もう、これ以上はいいでしょ……?)

 ベッドの上で、ピットは顔を覆う。

 最初の「繰り返し」から、百回目……うまくいったのは今回が初めてだ。

(大丈夫……まだまだ我慢できる……)

 どんな罵倒だって、大事なものを守るためなら耐えられる。どんなに身体を痛めつけられても、立っていられる。

 ――あぁ、でももう、休んでもいいでしょ……?



 夜、マルクが外を歩いていると食堂が明るいことに気付く。覗くとピットが一人でお茶を飲んでいた。

「姉さん」

 声をかけると、彼女は振り返った。

「……マルク王子ですか。もう寝たのかと思っていましたが」

 そして、そう呟く。マルクが食堂に入り、座るとピットは静かに紅茶を淹れた。

「……どうぞ」

「ありがとう」

 帰れ、と言われるんじゃないかと思っていたマルクは予想外のことに驚いていた。

 姉が淹れた紅茶はいい香りがして心が穏やかになる。一口飲むと、柔らかな味わいでマルクの好みだった。

「……おいしい」

「そうですか。……昔は、この紅茶が好きでしたね」

 ピットの言葉にマルクはハッと彼女を見る。

 表情こそ変わらないが、その瞳の奥には温かなものがあった。

「……今も好きだけど」

 小さな声で言うと、ピットは「……そうですか」と呟いた。

 お茶菓子も恐らくピットが作ったものなのだろう、日持ちがするものばかりだ。

「ちょっともらっていい?」

 さすがに断られると思いながら尋ねると、近くにあった皿にとりわけマルクの前に置いた。

「ありがとう。……怒らないの?」

「……食べてる私が怒れるとでも?」

「……共犯ってことね」

 紅茶を飲みながら告げるピットに苦笑する。バレたのなら巻き込もうという魂胆が見え見えである。

 しかし少しこの姉と話してみたかったから丁度よかった。

「姉さんって、僕の好きな食べ物知ってるの?」

 マルクが疑問を投げかけると、「マフィンでしょう?ミルク風味の」と即答した。

 その通りだった。昔からマルクはミルクが多く入ったマフィンが好きだった。

「……姉さんは、僕達のことをよく知っているんだね」

 小さく言うと、「当然でしょう」とため息をつかれた。ピットにとって、きょうだいの好物を覚えておくのは当たり前だった。シャッテン王国に向かった当初は赤子だったコリンヌの好きなものも、ちゃんと頭に入れている。

「僕は姉さんの好きな食べ物すら知らないよ」

「私の好きなものなんてどうでもいいでしょう。作ってくれる人すらいないんですから」

 その言葉にうつむいてしまう。実際、自分で作れるかと言われたら首を振るしかない。それでも、買ってきたりほかの人に頼んで教えてもらったりしたらいいのだ。

 それすらもさせてくれないのは、やはり信じていないからなのだろうか。それとも……。

「明日も盗賊退治の依頼がありますから、休まれた方がいいですよ」

 姉の言葉にマルクは頷く。

「うん……ありがとう。また来ていい?」

「……まぁ、別に」

 マルクが席を立ち、部屋に戻る。それを見ながら、ピットは目を伏せた。



 それは、朝食の時に起こった。

 いつも通りピットが運んでいると、突然胸が苦しくなった。

(やばっ……いつもの発作だ……)

 すぐに気付いたが、まだ準備は終わっていない。無理やり身体を動かしていたが、次第に目の前が回っていく。

 気付けば、ピットは床に倒れていた。

「ピット!?」

 クレマンがピットに駆け寄る。いつもなら伸ばされた手をはたくが、それすら出来ない。

 兄が抱えて部屋まで連れていく。そしてピットを寝かせた。

「ピット……大丈夫か?」

 クレマンがピットの頭を優しく撫でる。しかし、彼女はそっぽを向くだけで答えはしなかった。

「……悪い、お前は昔から身体が弱かったのにな……」

 懺悔するように、彼は呟く。

 クレマンはきょうだいの中で唯一、ピットの虚弱体質を知っていた。だから本当は、自分が支えてあげないといけなかったハズだ。

 それなのに自分は、彼女を突き放してしまった。その後悔が押し寄せてきていた。

「……私のことは放っておけばいいですよ」

 やがて、ピットが冷たく言い放った。その顔は外を見ていて表情は分からない。

「そんなことを言うな。俺達はきょうだいだろう?」

「私なんてきょうだいではないでしょう?だって「血すら繋がっていません」から」

 その言葉に、クレマンは黙り込んでしまう。

 そう、実は双子はルーチェ王国のきょうだい達とも血が繋がっていないのだ。クレマンとピットはそのことを知っている。

 うつむいている兄に「……さすがに、今の言葉は卑怯でしたね」とピットは謝罪する。

「すみません。これは言ってはいけない事でした」

「……いや」

 自分は彼女と向き合っていただろうか?……彼女のことを、本当に知っているだろうか?

 クレマンは優しくピットの頭を撫でる。不器用なその愛が、ピットに届いてほしいと願いながら。



 数日後、ピットが食堂の隅で本を読んでいた。兵士達はチラチラと申し訳なさそうな顔で彼女を見ていた。

(あぁ――めんどくさい……)

 そう思いながら、彼女は立ち上がる。この後も仕事が詰め込まれているのだ。

「ピット、何か手伝いましょうか?」

 サユリが駆け寄ると、「それなら、一緒に畑仕事をしてくれません?」と頼んだ。

 一緒に畑に入り、収穫していると「ピット様ー!」とイザヤが声をかけてきた。

「どうしました?」

「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ、何かお手伝いしたいなって思っただけですよ」

「ジョセフ様の手伝いをされたらどうでしょう?」

 ピットがため息をつきながら告げると、「ジョセフ様に言われたんですよ」とイザヤは答えた。

「……ふぅん……まぁ、そうですね。男性の手を借りたいとは思っていましたしお願いしましょうか」

 彼の顔を見て嘘は言っていないと判断したピットは畑に入れた。

「すごいですね……!いろんなお野菜を育てているんですね」

「えぇ。野菜や果物だけでも育てたらその分資金も回せますしね」

「すごいなぁ。僕も育てられたらよかったのに」

 明るく話す彼に、ピットもサユリもほだされていく。これは彼のいいところだ。

 新しい苗を植え終えると、ピットはイザヤにリンゴを渡した。

「どうぞ、お礼です」

「え、いいんですか?」

「えぇ。いらないなら捨てていいですし」

「ありがたく食べますよ!ピット様の育てたものはどれもおいしいですから」

 イザヤは昔、ピットに料理をふるまわれたことがある。その時の味が忘れられなかったのだ。シャッテン王国で育てたのに、まるでルーチェ王国で育てたと勘違いするほどおいしかった。

「あの、また料理を作ってくれませんか?」

 目を輝かせながら頼み込むイザヤにピットとサユリは顔を見合わせる。そして、

「いいですよ。畑仕事しておなかすきましたもんね」

 そう言って、優しく微笑んだ。

 三人で食堂に行き、ピットが軽食を作り始める。

「……ピットのこと、慕っているのね」

 その間、サユリが口を開く。

「うん。ピット様に救われたからね」

「救われた?」

「……シャッテン王国は治安が悪いのは知ってるよね?」

 イザヤに聞かれ、彼女は頷く。治安の悪さはイージスから嫌と言うほど聞いたのだ。

「僕の母は歌姫だったんだけどね、父からは酷い扱いを受けていたんだ。僕もそれを見ていたけどさ、怖くて何も出来なかったんだ。……騎士になろうって思ったのも、母さんを守ろうと思ったからなんだ」

「……そう、なのね……」

「僕がジョセフ様の臣下になってすぐの頃だったかな?ピット様が母さんを助け出したんだよ。僕より幼いのにさ」

 ピットは強いと思っていたが、その時からだったのか……とサユリは苦笑する。

 でも、そうではないと言うことは続く言葉で分かった。

「……ピット様、あの時大けがをしていたんだ。笑っていたけど、明らかに骨が折れていたんだ。あれを見た時、本当に感謝したし、そこまでする彼女が怖かった。……だから守らないとって思ったんだよ」

 そう呟く彼の瞳は悲しげだった。

「でも、僕はもうジョセフ様の臣下になっていたし、あの方を守ることを最優先するって決意は変わらない。だから誰かがピット様の臣下になってくれたらいいのになぁ、なんて思っていたんだよ。だから君達が臣下になってくれて本当に安心したんだよ」

 クスクスと笑うイザヤにサユリも笑った。

「何を話しているんですか?お二人さん」

 軽食を持ってきたピットが尋ねる。それにサユリが「何でもないよー」と答えた。


「ジョセフ様ー、ピット様から差し入れです」

 イザヤがリンゴをジョセフに渡すとジョセフが彼を見た。

「え、ピット姉さんから?」

「はい、畑仕事のお手伝いをしたらいただいたんですよ」

「はた……え?畑に入れてくれたのか?」

 臣下の言葉にジョセフは驚く。あの姉はきょうだいですら畑の中に入れようとしなかったのに。

「はい。お野菜とか果物とか、たくさん植えられていましたよ」

「そ、そうなんだ……」

 なぜか、負けた気分になってしまう……。

 そんなジョセフのことに気付いたイザヤは「ピット様、なんだかんだジョセフ様のことを気にしているようでしたよ?」と答えた。

「そ、そう?」

「えぇ。だからもう一度話し合いをされたらどうでしょう?」

 イザヤが言うのなら、そうなのだろう。彼はそう信じることが出来るほど、ピットと親しい。

「……そうだな、また姉さんと話し合いをした方がいいよね……」

 そう呟く彼にイザヤは微笑んだ。



 ある日の朝、それは起こった。

 ピットがいつも通り目立たない場所で本を読んでいると、クレマンが彼女に声をかけた。

「ピット、今日も勉強をしているのか?」

 その質問に、ピットは答えない。やはりダメか……と肩を落とす。

 ――うっすらと、頬に涙の痕があることに気付く。

「どうした?どこか痛いところでもあるのか?」

 クレマンが彼女の肩を掴んで尋ねると、「……何でもないですから」とそっぽを向いた。

 ――ピットは常に、兄達に劣等感を抱いていた。

 同じ長子なのに、なんでうまく出来ないのか。なんで守り切れないのか。

 常に、そんな劣等感を抱き、兵士達の罵倒を受け続けていた。……でも、もう慣れたのだ。だからクレマンが気にすることではない。

「俺はお前の兄だ。心配するだろう」

 しかしその言葉に、突然頭に血がのぼったような感覚に襲われる。

 バシン!と何かを叩く音が聞こえる。自身が兄の手をはたいた音だと気付くまでに少しかかった。

「今まで私のことなんて誰も見なかったくせに!何でもできるからって、お姉ちゃんだからってずっと後回しにしていたくせに今更なんなの!?きょうだいじゃないんだから放っておいてよ!」

 無意識のうちに、そう叫んでいた。そのまま、ピットは食堂から走り去ってしまう。

 何も考えずに森の中を走り抜けていると、根っこに足を引っかけて転んでしまった。起き上がると足が痛み、見ると足から血が出ていた。周囲を見ても、どこか分からない。

 近くの木にもたれかかり、ピットは痛みと迷子になってしまった恐怖と、あんなことを言ってしまった後悔で涙を流す。

「……ひとりぼっちは……いやだよぉ……」

 そう、呟きながら。

 でも、あんなことを言ってしまった後だ。きっと今更必要ないだろう。それならいっそ、どこかに消えてしまおうか。

「……私なんて、必要ないもんね……」

「そんなことないだろう、ピット」

 頭の上から声が聞こえ、バッと顔をあげる。そこにはクレマンとダニエルが立っていた。

 そのまま逃げようとするが、その前にクレマンが抱きしめた。

「ピット、今まで本当に悪かった。確かに俺達はお前を後回しにしてきたな」

 その言葉にピットの動きは止まる。

「でも、お前のことを一切見ていなかったわけではないんだ。……お前がどれほど努力していたのかも、誰かのために過ごしていたことも、全部分かっている。言い訳にしかならないが、お前はあまり干渉されたくないと思い込んでいたんだ」

 優しく頭を撫でられ止まりかけていたハズの涙が再び溢れ出してくる。

 ダニエルもしゃがみ込み、ピットの顔を覗き込む。

「帰ろう、ピット。帰り道は私達が覚えている」

「足も痛むだろう?背負っていくぞ」

 クレマンがピットを背負うと「ごめん、なさい……兄様……」と背中に顔を埋めながら謝った。それを聞いてクスッと笑う。

「……大丈夫だ、お前は悪くない」



 拠点に帰ってくるまでに疲れてしまったのか、ピットは寝てしまっていた。ダニエルがアトゥを呼びに行く間、クレマンがピットの部屋に行きベッドに寝かせる。その間も、ピットは眠っていた。

 ピットの頬に触れてみる。……少しだけやつれているが、ちゃんと生きている。

 ダニエルに連れられ、アトゥがやってくる。彼はピットの足を見て、すぐに治癒魔法を使った。そのあと、治りきらなかった場所に傷薬を塗り、包帯を巻いていた。

「……前々から気になっていたが、お前はなぜピットを慕っているんだ?」

 ダニエルに聞かれ、アトゥは「彼女に救われたからですよ」と笑った。

「俺が貴族の子供であることはご存知でしょうが、両親に次男だからと捨てられたんですよ。自暴自棄になっていた俺に初めて手を差し伸べてくれたのがピットだったんですよ」

 懐かしい……と彼女の寝顔を見ながら彼は優しい表情を浮かべる。

「そうなんだな……」

「では、俺はこれで。また何かあったらお呼びください」

 兄達に一礼し、アトゥは部屋から出る。それと入れ替わりでクリステルとアーダが入ってきた。

「兄様、ピットは……?」

 クリステルが尋ねると、クレマンは「あぁ、寝ているだけだ」と答えた。

 四人が近くにあった椅子に座って黙っている。ピットはいまだに目を閉じていた。

「……一度、部屋に戻るか」

 ダニエルが口を開き、四人は立ち上がる。

 しかし部屋に戻ったはいいのだが、やはり心配だ。クレマンがピットの部屋に向かうと、カリスがオロオロしていた。

「どうした?カリス」

「あ、兄さん……その、ピットが怪我したと聞いたので……」

 カリスが心配そうに言われ、クレマンはその頭を撫でる。

「俺も心配で来たんだ。一緒に入ろうか」

 兄の言葉にカリスは頷く。二人でピットの部屋に入ると、まだ眠っていた。

「……ピット……」

 カリスが涙を流しながらピットの手を握る。それに反応したのか、ピットが薄く目を開く。

「……カリス?」

「……っ、ピット」

「だいじょうぶ……お姉ちゃんが守ってあげるから……」

 寝ぼけた声でカリスにそう言った後、また目を閉じて眠ってしまった。

 クレマンがカリスの頭に手を乗せ、

「……本当に愛されているんだな」

 そう、告げた。


 次の日の夕方、きょうだいがピットの部屋に集まっていると「ぅ……」とピットがようやく目を開いた。

「ここは……」

 ピットが思い出すように目元を腕で隠すように覆う。

 あぁ、そういえば今日は夢を見なかった。

 いつもなら、あの悪夢を見るというのに。

「ピット」

 ダニエルが声をかけるとビクッと震えてしまう。そして恐る恐る腕をどけると心配そうに見ている兄の顔が映った。

 ピットはバッと起き上がり、怯えたように顔を背けると、「こっちを見てくれないか?」と告げた。

「……いえ、私なんて……」

「きょうだいじゃない、などと言うな」

 ピットが何か言おうとする前にクレマンが遮る。それでも顔を背けていると、クレマンが無理やり顔をあげさせた。

 ピットの目には怯えと恐怖が見えていた。

「そんなに怯えないでくれ。……俺達はお前に怒っていないし、むしろ俺達の方が悪かったと思っている」

「……でも……」

「あぁ、もう!姉さん、僕達の話聞いてよ」

 マルクが言うと、ようやくピットは真っすぐ見た。弟妹に優しいところは変わりないようだ。

「姉さんはさ、ずっと僕達を守ろうとしてくれてたでしょ?そのために何もかも我慢していたんだよね……アトゥから聞いたけど、あのガラスペンが唯一自分のために買ったものだったんでしょ?それ以外は必要以上に買わなかったって」

「……別に、ほしいものなかったし……」

「そんなわけないでしょ。本当は戦術書とか買いたいしおいしいものも食べたいけど、自分が我慢しないとダメだもんねって言っていたって。必要なものすらギリギリまで買わないって聞いたよ」

「……アトゥさん、ベラベラしゃべるんじゃないよ……」

 マルクに聞かされ、ピットはため息をつく。それを聞いて、この生活感のない部屋もようやく納得できた。

 ピットは自分のものを極端に買いたがらない。それは我慢し続けていたのが当たり前になっていたからだろう。

「ねぇ、姉さん。もう我慢しなくていいんだよ。僕達も大人になったんだしさ」

「……我慢はしてないし……」

「してるじゃん、今だって」

 マルクが真っすぐピットを見る。

「してるって……」

「本当にごめんなさい……僕があんな態度だったからずっと一歩引いていたんでしょ?」

「それは……だって、私は……」

 血が繋がっていないから、とは言えなかった。それを言ったら、カリスもほかのきょうだいも傷ついてしまうだろう。

 ――それに、もしそれで拒否されたらそれこそ立ち直れなくなる。

 それなら、絶望しないように自分の心を守るだけだ。

「……知ってるよ、僕達、血が繋がっていないんでしょ?」

 しかしマルクの言葉に、ピットとクレマンはバッと彼を見た。

「なんで、知って……」

 ピットは聞こうとして、すぐに思い至る。

「……お母様の手紙、か……あれを読んだんですね」

「……うん。読んだ」

「……そっかぁ」

 はぁ、とピットはため息をつく。知られてしまった以上は仕方ない、潔く引く覚悟を持つのも「姉」としての役目だろう。

「でも、たとえ血が繋がっていなくても大事な姉さんであることにはかわりないよ」

 しかしマルクが続けた言葉に目を丸くする。

「……ノエルから聞いたんだ。姉さん、昔から裏で僕達に危害が及ばないようにしてくれていたんだって。後妻の子供の長子だからってどんな穢れ仕事もしていたんだって聞いたんだよ。血すら繋がっていないのに、本当に大事にしてくれていたんだって初めて知ったんだ……」

 マルク自身、ピットのことが本当に苦手で自分達のことなどなんとも思っていないのだろうと思っていた。


「ピット様ってなんだかんだ優しい方ですね」

 ノエルの言葉に当時のマルクは「は?」と思わず怪訝そうな声を出してしまう。

「なんで?」

「マルク様は覚えていないかもしれませんけど、ピット様はマルク様を本当に可愛がっておられたんですよ。使用人達が作ると言っても「マルクはこの味が好きだから」と自分でマルク様達のおやつを作ったり、薬も自身で作っていたんですよ。今も、向き合おうとしてくれています」

 確かに、彼女は自分達の好物を知っていた。……自分達にお茶を出す時は、その好物を添えてくれていた。薬も、飲みやすいように手作りで渡してくれた。

「ティムはピット様を嫌っているようですし、あまり表立って言えませんけど本当にあの時から変わっていませんよ、ピット様は」

 そう言うノエルの顔は優しかった。


 それからずっと、ピットを見てきた。だからこそ分かった。彼女がどれほど自分達を大事にして、己自身を犠牲にしてきたのか。

「本当に……ごめん」

「……もし私が、あなたを何度も殺していても?」

 不意に言われた言葉に、マルクは姉をジッと見た。

 姉の瞳は真剣そのものだった。無表情とも違う、軍議で見せるものとも違う、真面目でありながらどこか恐怖に怯えているもの。

「……すみません、忘れてください」

「――知ってる。姉さんは僕を助けようとするけど、助けられなかったんでしょ?」

「え……」

「ごめんね、姉さんが倒れた時にうなされてたからジョセフ王子達と一緒に夢の内容を見ちゃった」

 それを聞いたピットはうつむいてしまう。そんな彼女に、ジョセフが声をかける。

「姉さんが何回も繰り返しているのは驚いたけどね……でも姉さんが常に僕達のことだけを考えて行動しているって言うのはよく分かったよ」

 ジョセフに言われ、ピットはギュッと布団を掴む。

 ピットはただ、きょうだいを救いたいという一心で行動していた。……それだけが、彼女の原動力だった。

「ピット、何度謝っても許されないのは分かっている。……それでも、お前を大事に思っているのは確かなんだ。だからもう一度、戻ってきてくれないか?」

 クレマンの言葉にダニエルも頷く。

「私からも頼みたい。お前達が私達を繋げてくれた、そんなお前が報われずにどうする?」

 ダニエル自身も、ピットがどれほど自分達によくしてくれていたのか理解していた。


 カリスが幽閉され、ピット自身も妹を守るためにたった一人で向かってくる敵に立ち向かっていた。

 自分達は血が繋がっていないと分かっていた。アーダも、ジョセフも、エリーナも。だから冷たく当たってしまったのに。それでもピットは手を差し伸べ、助け出してくれていた。

 一時期、自分達きょうだいとピットの関係がギクシャクしてしまった時があった。それも、結局は自分達が突き放してしまった結果だった。

「ピット、なぜ話そうとしてくれない?」

 しかしそのことを知らなかったダニエルはピットを責めてしまった。

「私は血が繋がっていませんから」

 そう答える少女の瞳は寂しげで、どこか諦めたようなものだった。

 どうしてそんなことを言ったのか分からなかったダニエルが城に戻って考えていると、ジョセフが「実は……」と話してくれた。

「その……僕達が言いすぎたのが原因だと思う……」

「何?どういうことだ?」

「……前まで、妾達の争いがあったでしょ?それで、僕達誰も信用出来なくて……」

 あぁ、そう言うことか、とダニエルは納得する。

「……そうか。だが、言っていいことと悪いことがある。それは絶対に忘れるな」

「うん……分かってる、ごめん」

「謝るならピットにしろ」

 弟妹達にそう言ったことを覚えている。


 ダニエル自身、ピットやカリスがいなければきょうだい達と仲良くなるまでにもっと時間を要しただろう。

 そしてそれは、ルーチェ王国との関係においてもそうだった。二人がいなかったら、良好な関係を築けないままだっただろう。

 ピットはうつむいたまま、顔をあげようとしなかった。

 彼女は、自分のことを後回しにしすぎてもはや自分のことが一番よく分からなくなってしまった。

 皆を守り切った後は?私は、何をしたかったの?

 もし、成長して守る必要がなくなったら?自分の、存在意義とは?

「……ピット」

 混乱していることが分かったのだろう、クレマンがピットの肩に手を置いた。

「お前は自分を見失うほどに俺達のことばかり考えてしまっていたんだな。それに気付かず、本当にすまない」

「わた、し……」

「……明日、また来る。ゆっくりしていてくれ」

 これ以上はピットをさらに混乱させてしまうだけだと判断したクレマンは全員に「部屋を出よう」と言ってそのまま部屋に戻った。


 夜、サユリとイージスがピットの部屋に入ってくる。

「ピット」

「あぁ……サユリさんにイージスさん……」

 主君の表情は暗い。サユリがピットの背中をさすり、イージスが紅茶を淹れる。

「大丈夫か?」

「……えぇ。ごめんなさいね、ちょっと……混乱しちゃって……」

「ピットは何でも一人で抱え込みすぎよ。私達にもっと頼って」

 サユリの言葉に涙を流しながらピットは頷く。

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