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地雷

意識が飛びかけている私を医者は微笑みながら寝かしつける、とんでもない人間だ。

小さな抵抗として睨みつけていると扉から控えめなノック音が聞こえてきた。


「エーレお姉様は大丈夫かしら」


小さく開けられた扉の隙間からこちらを伺うようにバレンシアとジェラルドが覗いている。母が出て行ったことにより心配で訪れたようだ。


「入って来ても大丈夫ですよ、バレンシア様、ジェラルド様」


医者の言葉に安心したのか静々と私の側に寄ってくる。

二人の目元は擦ったためか赤くなっていた。

医者は私たちを見ると一人でに納得したように頷くと人のいい笑顔を浮かべた。


「バレンシア様、ジェラルド様、実は奥様に報告し忘れていたことを思い出しましたのでエーレお嬢様の様子を見ていただいても宜しいですか。護衛の方々にも再度注意喚起をするので少し時間がかかってしまいますが」


「もちろん、大丈夫に決まってるわ。あなたに簡単な処置は学んだもの」


「そうでしたね、では私は少し席を外させていただきます」


思いの外、医者は早い段階で席を外すものだから拍子抜けしてしまった。私としては医者の相手をするよりも子どもであるバレンシアとジェラルドの相手の方が気が楽なので助かった。あからさまに息をつく私を意味ありげに笑う医者に背筋が凍った。


「エーレお嬢様、次にまた痛みが出るようでしたら薬の増やすことも考えておりますので医者である私には正しく教えていただければと思います」


釘を刺された、再びはぐらかすようなことがあればこちらも出るとこ出るぞと。引いていたはずの薬の味がぶり返してきた気がする。嫌そうに顔を歪めた私を見ると満足したのか微笑み部屋から去っていった。


「大丈夫ですか、エーレお姉さま。さっきよりも顔色が悪い気がします」


「大丈夫よ、ジェラルド。さっき飲んだ薬が不味かっただけだから」


「ですけど」


「ジェラルド、エーレお姉さまが大丈夫だと言っているのだから大丈夫に決まっているわ」


バレンシアはこんな性格だっただろうか、今までの印象では思考が読めず口数の少ない子どもであったはずだ。玄関ホールや馬車の中でも興味がなさそうに振る舞っていた。

しかし目を見ればわかる、バレンシアは盲目的な好意を持っていることに。悪意のように見ることは出来ないが悪魔である私は人間よりも感情に読み取ることに長けていると自負していたが記憶を失ったと共に精度の低下をしていたようだ。とは言え多くの人間を見てきた私は断言できる、このタイプの好意は対応を間違えると拗れる可能性が高いと言うことを。

こんな関係でありながら記憶にないはずがないと確信していると子どもらしからぬ、暗い沼のように光を失った瞳がエーレを捉える。その瞬間、奥に仕舞われていたバレンシアとの記憶を呼び起こされる。これはエーレが本能的に奥にしまい込んでいた物なのだろう、子どもながらにバレンシアのヤバさに気がついていたのかもしれない。

こういったタイプは過去の悪魔たちの蓄積したデータから見てもほとんどロクな終わり方ではなかった。たかが人間の武器で死ぬようなことはないが痛みが伴わないわけではない上に現在は自身の肉体ではなくエーレのものだ、私が身体を補修したとはいえたかが人間の肉体では限度があることを知っているからこそ穏便に軌道修正が妥当だろう。


「バレンシア、私もまだ目覚めたばかりで自分のことがわからないことがあるかもしれないからその時は教えて欲しいの」


「エーレお姉さま、分かりましたわ。不肖ながらマシューの見習いとして手助けさせていただきます」


早まったかもしれない、まさかそんなところに繋がりがあるとは考えもしなかった。医者の付きっきり度合いからして母の関係者以外に関わりがないと思っていたのだがここに伏兵がいたとは、ジェラルドは初耳のようで驚きすぎて固まっていた。


「実はエーレお姉さまのために幼い頃より医学の手解きを受けておりました。助からないと言われた時は自暴自棄となっておりましたが今は違いますわ」


想像以上に熱い感情を向けられ戸惑わずにいられない。


「お姉様、なら今までの態度はなんだったのですか」


ジェラルドは口を出さずにはいられなかったのだろう、身を乗り出しバレンシアを問い詰める。ぜひ、今後の参考に私にも教えて欲しい。

バレンシアは恥ずかしそうに赤くなった頬に手を添え瞳を潤ませて、今にでも愛の告白をし出しそうな様子で私をチラチラと伺って来る。


「私も教えて欲しいわ。忘れられたのかと思って寂しかったから」


「忘れるだなんてとんでもありませんわ!!あの屋敷ではエーレお姉様との思い出だけが支えでしたのに」


「ならどうしてなんですか。僕から見てお姉様は興味なさそうでしたよ」


「正直、信じていなかったわ。エーレお姉様が回復しただなんて、自暴自棄にもなっていたものだから都合のいい幻聴や幻覚だと思っていたの。馬車でエーレお姉さまが声を上げられた時にようやく我に返ったわ」


見に余る激情を一心に浴びせられる。バレンシアに対する印象に関しても見誤りすぎた、間違いなくあの場でバレンシアだけを置いて来ていたら地雷を踏み抜いていた。母には感謝してもしたりない。恐らく置いてきていた場合対峙するのはエーレの役目となる、こんな時限爆弾を残さなくてよかったと心から思わずにはいられなかった。

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