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家族

それからの母の行動は嵐のように慌ただしく早急だった。

エーレの祖父母に手紙を出したかと思えば荷造りをしだし、気がつけば母と私が去るだけとなっていた。部屋の外では何やら騒がしい口論が繰り広げられていたが障害にすらならなかったらしい。

私の発言で何か心境の変化があったらしいがこんなにも活動的になるとは思いもしなかった、ここ最近の精神の落ち着きから考えてエーレ自体も祖父母に悪い感情を持っていないこともわかる。こんな屋敷に居続けるよりは精神衛生上いいだろう。

ほんの10日で目まぐるしく状況が変わっていった、母が話すには私の療養を兼ねて実家に戻ることにしたそうだ。合理主義者の父とは双方の家の利益を考慮した結果、離婚までは至らなかったらしい。

作業の合間に訪れる母の表情が以前とは違い明るくなったことに喜びを感じているので何はともあれ契約者の意向に添えているのだろう。それにしても体に馴染んできているにも関わらず契約内容が全く思い出せないでいた。

今までの対応に対して一切、罰則がないところを考えるとやはり復讐の路線は外しても問題ないだろう。それに母に対する感情を考えると無難に幸せになりたい、または幸せにしたいあたりが妥当だろうが、そこからが問題だった。明確にどう幸せになりたいかが分からなければ意味がない、金、愛、権力、人の考える幸せは細分化し始めればキリがないし幸せに感じる基準も違いすぎる。

平均的に叶えたとしても契約者が足りないと思えば契約は違約となり、私は何らかの罰を受けなくてはいけない。

忘れてさえいなければ難なくこなす事の出来る願いだったのだろうが今の私には見当も付かなければ無理やり魂と記憶を修復できるほどの力は残されていなかった。思い出せないものは仕方がない。命の危機が去った今、一般的な体力を手に入れてから考えることにしよう。

あれからさらに数日が過ぎ屋敷から出て行く日となった。美しく着飾った母と従僕に抱えられた私は玄関ホールで立ち往生を食らう。

見たこともない人間たちが行手を阻む。服装の絢爛さや使用人の態度を見るに所謂家族というものだろう、母の様子から上手くいってないことは察していたがここまであからさまな不快さを向けられるとは思っていなかった。

恐る恐ると初めて目にした父はあまりにも似ていなかった、母にそっくりなエーレから全く面影を感じない。高圧的で口数か少なくそして黒い、肌が異様に白いのがより冷たい印象を与える。心配していた心臓も運よくエーレが深く眠りについているのか心臓はゆっくりと音を立てていた。


「本当に行くのか」


温度はなく平坦だが奥に怒りを感じさせる低い声がホールに響く。

母はグッと手を握り込み、目を逸らさず見つめる。


「もちろんですわ。エーレの為に実家に戻らせていただきます、ありがたいことにお父様とお母様は賛同してくださいました」


母の反論に不機嫌そうに顔を歪める父と目を釣り上げて威嚇している第二夫人に母は貼り付けたような笑みで応戦をしていた。三者三様の意味が込められた火花が散っているのが見える。

いつの時代も大人しそうな人物を怒らせたらいいことはないものだと他人事のように傍観していると唯一私にだけ向けられた敵意を感じる。父によく似た容姿を持つ弟のジェラルドが殺さんばかりの気迫で睨みつけていた。

私はこの感情を知っている、嫉妬、羨望、妬み。彼は羨ましいのだろう、男であるが故の重圧を持たず、無条件に注がれる母からの愛を得ている、私のことが。

10歳と幼いながらに体に纏わりつく恐怖と諦めを見るに碌な教育方法ではないことは察せられる、だからこそ私に向けずにはいられないのだろう。大体の人間にとって関心も期待も行き過ぎれば毒でしかない。

ここは一つ恩でも売っておいてやるかと思い、無言の攻防を続ける母を呼び寄せる。


「お母さま」


か細い私の声が届いたのか父を仇のように睨みつけると人が変わったように優しい笑みを浮かべ側にやってくる。


「どうしたの、エーレ」


少しだけ母の耳元に近づき可愛らしい子どものようにそっと耳うちをする。


「ねえ、ジェラルドも連れて行けないかしら」


流石の母も思いもよらない提案に驚いていたが瞬時に私の意図を理解したのか淑女の顔を取り戻す。私の予想だがきっとジェラルドを連れて行くことを止めない、父から感じ取れる狂気的な強欲さは子どもの幸せよりも己の利益の為に働く。

他人対して合理的かつ淡白、自身を策略家と思い込んでる分感情的な奴より扱いやすい。

今後起こるであろう事をを想像すると笑ってしまいそうになるが我慢し母の真似をして笑みを浮かべてみせる、母は優しく私の頭を撫でると父に向き直る。背筋を伸ばし毅然と立つ母は眩しく輝いていて悪魔にとっては目に毒になる程、高潔だ。


「ジェラルドとバレンシアも連れて行きたいと思います」


何だか余分なおまけも付いてきたがいいだろう。

母の背後から様子を伺うと父の眉尻がぴくりと動いたのが見えた。

何かを思案する父とは異なり、周囲が騒がしくなる。一際大きく騒いでいるのはジェラルドとバレンシアの実母であるバネッサだ。腹立たしさを隠すことなく母へと詰め寄る。


「あなた、何ふざけたことを言っているの!ジェラルドはドラグシア家の時期当主となる子よ。母親でもないあなたに権限はないわ」


一応、女主人は母であるので権限がないわけではないが優しすぎる母は屋敷内で軽んじられているのだろう。部屋の前で度々起きていた口論や今、引き連れている従者の数の少なさが物語っていた。

バネッサは顔を真っ赤にし食い荒らさんがばかりに怒りを露わにする、娘のことには一切触れていないあたり母子関係は良好とは言い難いのかも知れない。現に側に控えているバレンシアは興味のなさそうに髪を弄ったり外を眺めたりしている。

普段であれば優しい母が折れているのであろうが今回は引く事はずもなく、最後の一押しを口にする。


「お父様から知らせをいただいたのですが跡継ぎにとジェラルドと近い歳の子どもを引き取ったそうです。ご学友も頻繁にいらっしゃるようです」


見えるはずもない表示が母とバネッサの頭上に見えてきそうなくらい明らかな勝敗が決まった、父の脳内は見ずとも手に取るように分かる。

欲に眩んだ父にどれだけバネッサが訴えようとも聞く耳を持つはずもなく、母はそれを知っているからこそバネッサに目もくれず父に返事を促す。


「そうか、いい学友になれそうだ。ジェラルドとバレンシアも連れて行け」


「どうゆうことですか!あの女の元にやるだなんて正気とは思えません」


怒りの矛先が父へと変わっていく。頭では二人を共に行かせることの重要さは理解しているのだろうがそれを上回る母から施されることへの怒りと屈辱を感じているのだろう。

目にした時からバネッサから母に対する妬みが玄関ホールを覆うほど溢れ出ていた、ここまで一個人に対して感情を抱く人間は数少ない。

コンプレックス、それがバネッサが母に向ける感情だ。実際の家柄までは不明ではあるが細部に見られる所作に明らかな差が存在する、母は生まれながらの貴族でありバネッサは成り上がり貴族であると察せられる。

バネッサは立っているだけでも高貴さを持つ、母の対して決して手に入れることの出来ない美しさを妬まずにはいられない。

強欲、傲慢同士、実にお似合いな夫婦である。


「二人の滞在期間に関してはそちらに委ねます。荷物に関しては後日送ってくだされば結構ですので」


母は馬車に乗り込むように促す、父が決めた以上屋敷の中に逆らえる人間はいない。愛があれば違ったのだろうが夫婦の間にあるものは一方的な利害関係のみ、そして父の利益のみである。

バネッサは唇を強く噛み締め、俯き口を閉じた。

母は父とバネッサを見ることなく無反応なバレンシアと呆然とするジェラルドの手を引いて行く、私はもちろん従僕に抱えられ馬車へと向かった。


母の実家から送られてきた馬車に乗り込んだはいいが空気は控えめに言って最悪である。

隣に座ったバレンシアは何を考えているかも分からないし、斜め前に座るジェラルドは顔を青くして呆然としているし、母は母で父に対する勢いがどこに行ったのか困ったように微笑むだけだった。かくゆう私も脂肪のない体を馬車の揺れから守る為に顔以外を布で何重にも包まれ芋虫状態にされ微妙な顔をするしかなかった。

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