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母の思い

エーレがベッドだけで過ごすようになってから10年の歳月が過ぎた。

生まれつき体が弱く常に体調不良を繰り返し、いつ息を引き取ってもおかしくないと言われ続けた。夫にも不良品と言われ、バネッサは娘を思い痩せ細って行く私を鼻で笑っていた。

最初は娘の為に何度も顔を出していたが次第に眠ることの多くなり、碌な食事も取れずただ生きているだけの姿を見ていられなくて今では医者の報告を聞くだけとなってしまった。

エーレへの罪悪感からなのか生理は止まり私自身も体調不良を繰り返し続け、部屋に引き篭もりがちになり社交会からも遠ざかり、ただ無気力に日々を過ごした。

私は何もせずいつか来るエーレとの別れを待つことしかしなかった。

エーレがほとんど目覚めることのなくなった14歳最後の日、いつも想像していた日が訪れた。


「奥様、エーレ様ですが今夜が峠でしょう。寝たきりとなり10年、ほぼ食事を取れず必要な筋力もつけれずよくここまで生きられたと思います」


「ありがとう、あなたには感謝しているわ。誰も治療を引き受けてくれない中、あなただけは最後までエーレに尽くしてくれたのだもの」


私は医者にエーレの死を看取ることを最後の契約とし部屋から下がらせる。

悲しみで苦しいはずなのにどこか安堵をしてしまっている私が憎かった、あんなにも愛していたはずなのに。

私はエーレの命が失われてゆく時間を刻むように時計を見つめ続けた。


外が騒がしい、私はソファーに座ったまま眠ってしまったようだ。

あの後、メイドが訪れたが何も考えす下げてしまったのがいけなかったかも知れない。

仕えている者たちは私の心中を察して誰も近づけず入らせず見守ってくれたのだろう。

湯浴みをしようとテーブルに備え付けてあるベルを取ろうとするがそれを遮るように力強く扉が開かれる。


「奥様、エーレ様が起きられました!」


私はメイドの言葉を聞くや否や軋む体を無理やり動かし一方的な罪悪感だけで避けていたエーレの部屋へと駆け出す。騒がしいメイドたちをかき分けて私はただエーレに会うためだけに髪とドレスを振り乱し、苦しい息すらも忘れてただ走った。

屋敷に似つかわしくない簡素な木製の扉の先にエーレが居る、高揚なのか緊張なのか分からないほど心臓は強く鳴りレバーに乗せたては震える。力を込め開いた扉の先には窓辺に立つ娘が居た。久しぶりに目にした娘はあまりにも細くなっていた、骨に張り付いた皮膚、栄養が取れなくなり薄くなった毛髪、落ち窪んだ眼球、生きて動いていることが信じられない姿だった。

今更すぎる感情だった、罪悪感で目を逸らしたはずの娘が生きようとしていると知っただけで喜びで胸がいっぱいになる。とうに枯れたと思っていた涙が溢れた。


「起きることができたのね、エーレ」


緊張で強張る体を一歩また一歩とエーレの側へと向かう。

自分のことで目一杯になっており気が付かなかったがエーレの体は大きく震え大量の汗をこぼしていた、何かを伝えようと懸命に口を開けているが聞き取ることができない。エーレを抱きしめたくて声を聞きたくてあと一歩まで近づくとエーレの体が前に傾く、私に差し出された手をもう離さないようにもう傷つけないように抱き留めたが引き篭もっていた私は支えれるはずもなく一緒に倒れてしまう。


「エーレ、大丈夫!そんな細い体で無理をしないでちょうだい」


あまりにも軽くなってしまったエーレを守るように抱きしめる。

弱弱しい鼓動が伝わり、確かに生きていることを感じる。じんわりと胸元に暖かくも冷たい感触が肌に触れた、エーレの涙だ。私はこれだけで充分だった、エーレにこれから恨まれようと嫌われようとこれだけで愛せる。

決して私がしてきたことは許されない、きっとこれからも罪悪感を胸に抱きながら死ぬまで生きていく。それでも私はエーレを愛している、それを改めて思い出せただけで幸せだ。

エーレの止まらない涙を拭い、愛おしいと思いながら再び抱きしめる。


「ぉ、かあ、さま」


掠れた声だったが確かに届いたその言葉は私の胸を締め付ける。

こんな母親をまだそんな嬉しそうに呼んでくれるだなんで思いもしなかった、私は何も言わず今まで触れられなかった分も与えれなかった愛情も全て伝えるためにもう一度エーレを抱きしめ直した。

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