迂闊な契約
好奇心によって少女の肉体に入ってしまった悪魔のお話。
まだ生きていたいの、お願い
か細いながらも強い意志に惹かれて覗いてみた部屋には枯れ枝のように痩せほそり死者のように土色をした顔をした少女がベッドの上で横たわっていた。
ほんの気まぐれだった容姿に反し強い意志を持つ少女と契約しようと思ったのは、少女は驚きつつも決意をした目をし震えるてで契約書に名を刻んだ。
エーレ・ドラグシア
私は目覚めた瞬間、絶望した。
見慣れない天井、詰まるように苦しい呼吸、動かそうにも僅かな反応しか見せない体はあまりにも欠落だらけでため息が溢れ落ちる。
契約したことにより少女の体に入ったのはいいが魂が馴染むまで苦しんだ7日間のおがげで悪魔であることと体の持ち主である少女と契約をしたことしか思い出せなくなっていた。
意思の輝きに気取られていてうっかりしていた、もう少し契約内容を吟味するべきだったと反省する。断片的な記憶を拾い集め状況を把握しようにも生きているだけでも苦しい体の生命維持をするだけで手一杯で考えている暇はなかった。
それから生命維持の為に義務的に医者とメイドが訪れる部屋で私は一月ただ横たわり生きることだけに集中した、ようやく動かせる程度に回復した体を起こし締め切られていた窓を開け空気を吸い込む。爽やかな風を取り込むとむせた、馴染んだとはいえ完全体に程遠い体には過剰接収だったらしい。
ボロボロの体とは裏腹に弾むような高揚感に満たされる。
とはいえたかが窓辺まで歩くまででこんなに体力を消費するとは想像していなかった、正直ベッドまで戻れる気がしない。
どうすることもできなくなった私は窓の外を眺め続ける、手入れされた広大な庭は屋敷の持ち主の権力と財力を知らしめられる。
そうなると気になってくるのはエーレの状況だった。ベッドだけが設われた簡素な部屋に最低限しか訪れることのない医者とメイド、屋敷の規模を考えるとあまりにと不釣り合いな扱いに感じられる。
そうなると思いつくのは不遇な扱いへの復讐とかが妥当だろうか、しかし契約時の印象を考えるとそういった願いを乞う性格には感じられなかった。私は全く思い出せない契約に頭をひねるしかない。
魂に意識と記憶が曖昧だが無理修復をすれば闘病により擦り切れた魂がどうなるかもわからない。そもそも死に際の人間を生かしたことによりすぐに実行できるような魔力は残されていないそう、なれば私にできるのは波風を立てずに目覚めるのを待つくらいしかないことに再び落胆した。
ぼんやりと今後のことを考えているとやけに辺りが騒がしい、庭も屋敷内も。
気になるが確認しようにも立っているのも限界になってきた体が言うことを聞くはずもなく、額には脂汗が滲み滝のように滴り落ちてゆく。
どうしたものかと思案していると激しく扉が開かれた、儚げな女性は目尻に涙を浮かべ体を震わせる。なんとなく理解をした心が喜びに震えている、どこか似通った面影は血縁だと示していた。
「起きることができたのね、エーレ」
おぼつかない足取りで近寄ってくる女性に手を差し出し声をかけたいが体はいうことを聞かない。心がこうするべきだと語りかけてきているというのに。
あと一歩まで迫った女性に力を振り絞り踏み出そうとするが足は上がることなく体は前に傾き倒れ込んでゆく、筋肉がないような枯れ枝のような体で踏ん張るなんて事はできるわけもなく女性を巻き込み横転する。
「エーレ、大丈夫!そんな細い体で無理をしないでちょうだい」
愛しむように抱きしめられ、心が大きく揺れ動く締め付けられるような胸の痛みを感じたと思ったら目から温かいものが溢れ落ちていく。液体は止まる事はなかった、これが涙かと感心する。幾度となく見てきたが自身が流すというのは初めての経験だった。
女性は困ったように微笑むと涙を拭い抱きしめた。
「ぉ、かあ、さま」
掠れて聞き取れるかも怪しい声だったが女性、いや母のは届いたらしい。
母は何も言わずもう一度私を抱きしめ直したのだった。