〇九〇 しようと思ってできる事
「あと、料理に関しては、食材と設備の重要性を嫌と言うほど理解しているので、本当に俺の手柄という感じがしないんですよね……」
「食材と設備?」
「前世の俺の自炊の知識って、新鮮で質の良い食材があって、手入れの行き届いた調理器具が揃っていて、火加減や水量が簡単に調節できる環境じゃないと、何ッの役にも立たないんですよ」
これは本当に! と言うユウヅツの弁には熱がこもっていた。いわく、帝都の借家の台所では何もできなかったらしい。
「離宮の厨房は本当に素晴らしいです。国家の財力に深く感謝です」
「ふーん、そんなに良いの?」
「まず、つまみで火の強さを調節できるのが神です」
「ふーん……?」
ユウヅツはその後も、焦げつかない鍋がすごいとか包丁の切れ味が良いとか絶賛した。
皇子であるトカクは当然ながら炊事などしたこともないし、むしろしてはいけないとされているのでピンと来ない。まあ、城で勤める料理人達にとって良い環境であるなら何よりだ。
「殿下も興味がおありなら、いつか台所に立ってみますか?」
「……料理を?」
「はい」
「穢らわしい血まみれの獣の生肉を素手で揉んだり、土だらけの小汚い野菜を洗って切ったりするアレを……ボクが……?」
「じ、自分の口に入れるものに何という言い草ですか」
「だから食える状態にさせてから食ってんだろ」
「……この世界、ゴリゴリの差別がまかり通っていて、たまにビックリするんですよね……」
「ところでさぁ」
トカクは箸を置き、自分のドレスの裾をつまんだ。
「ご覧の通り、ボクはこうしてウハクのふりをして生活しているわけだが」
「はい」
「……そうしていると……、ウハクのことはなんでも知っているつもりだったのに、ハナと内緒話してたとか、キノミコノハと交換日記してたとか、知らなかった情報が入ってくる。とても意外だ」
「…………」
ユウヅツは困り顔になった。
「……妹とはいえ他人のことを、なんでも知ってると思うのは傲慢では?」
「だよな〜〜。でも知ってるつもりだった……」
トカクはぐたっと椅子にもたれた。
ユウヅツは。
「殿下だって、妹君になんでもかんでも知らせていたわけではないでしょう?」
「いや? ボクはウハクになんでもかんでも知らせていた」
「ド級のシスコン……」
「そのようだな」
自分の行動は一般的でなかったようだ、とトカクは認識を改める。
「……まあ、そんなわけで……。ボクは、ウハクのことをある程度なら知っていると……思っていたんだが、そうではないらしい」
「はい」
「から、もしかするとおまえ関係のこともそうなのかなと思った」
? とユウヅツは首をかしげた。
「なあおまえ、実際のところウハクとどのくらい仲良かったの?」
「……眠くなってきちゃいました!」
「逃げるな殺すぞ」
トカクは小さく悲鳴をあげているユウヅツに迫った。
「おまえの『普通にしてた』とか『お友達のつもりだった』が、どんだけ信用ならないもんか、今回で分かったからな……。実際ウハクとどういう感じだったのか聞きたいぜ」
「ぇぇぇ……話しておもしろいことは一つもないですよ……?」
「おもしろいかどうかで聞いてねーよ!」
ユウヅツは、とてもイヤそうな顔で。
「皇太女殿下が目覚めてから聞けばいいじゃないですか」
「…………。おまえ関係のこと、ウハクは、ボクや周囲に相談してくれなかったから……」
「でしたら、本人が言いたくないことなんでしょう。俺から聞き出すのはどうかと思います」
「やましいことがあるのか?」
「俺は無いです」
……ユウヅツ自身は本当にやましいことがないが、ウハクの方は違うような。
ユウヅツがウハクをかばうような、そんな雰囲気を感じた。
ユウヅツも、自分の発言が語るに落ちるようなものになったと、気付いたらしい。はっと口元を押さえた。
「…………」
「……おまえに機密は喋れないってことが分かったぜ」
「…………」
ユウヅツはとても情けなさそうに肩を落とした。
トカクはしばらく考えて。考えて、そして。
「じゃあ今はウハクのことはいいから、おまえのことを聞く」
「はい」
「おまえは、バッドエンドを回避するために……身の丈に合わない皇婿という立場になって、ボクに殺される未来から逃れるため、ウハクと恋仲になることはできなかったと言っていたが」
これは、今まできちんと話してこなかったことだ。
「おまえって、もしかしてウハクのことキライだった?」
「違います」
即答だった。
トカクは続けようとしていた言葉をさえぎられてしまった。だが一応、補足として付け足す。
「いや……、べつにキライでもいいんだ。好かれていた方が困るし……」
片思いを諦めさせるより、想い合う恋人の仲を引き裂く方が難しいから。
「それに。避けたい相手からしつこく口説かれて、しかも、そのせいで周囲から自分が悪者みたいに扱われて、……憎しみが芽生えても仕方ないと思うから。本音がどうでもかまわない」
「俺は……」
ユウヅツは、どこか懐かしむような目をした。けして短くはない学園生活を思い出しているに違いなかった。
「皇太女殿下のことは、可愛らしい人だと思っていました。どういう人なのか、ゲームで知っていたのもありますが、……助けて差し上げたくなる感じで……」
「……助け……」
「俺なんか、何の助けにもならないとは存じますが。……皇太女殿下は……次期皇帝として自分の役割を果たそうとする一方で、……常に、逃げたい投げ出したいとも感じているような……人でしたよね。それでも一人で立とうとしているのが、とても好ましかったから」
それだけ聞けば、恋が始まっておかしくない発言だが、ユウヅツは。
「お友達になりたいなと思いました」
と落ちを付けるのだった。
「ともだちかぁ〜〜……」
「……ですが、やはりバッドエンドのことで頭がいっぱいで、そもそも好きキライで見る対象でなかったというか……。そもそも恐れ多いことなので……。……という感じです」
「分かった」
もっと深く聞きたかったが、これ以上はたしかにウハクの気持ちをないがしろにするのだろう。トカクはうなずいて見せた。
「…………」
先程は「好かれていた方が困る」と言ったが、あれは半分嘘だった。
単純に、ウハクの想いが通じたら、それはそれで喜ばしいことだよなと最近のトカクは思う。チュリー・ヴィルガを特別に想うようになった今のトカクは。
しかし恋は制御できない。せずにいるのも難しいが、しようと思ってできる事でもないらしいのだった。