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〇八九 初恋

 



 トカクの心労を脇に、馬車の中は話に花が咲いていた。


「えーっ、ユウヅツさん十五歳ですわよね? 初恋もまだなんて嘘でしてよ、きっと本当はありますのよ」

「おやめなさいなミキヱさん、そんな人もいますわ」

「…………」


 ユウヅツは分かりやすくむくれた。子供扱いはされたくないらしい。


「初恋といったら、家庭教師に来てくださった先生にとか、よくある話ですわよね」

「学校で出会った同級生とか先輩とか」

「ああ、先輩はあるあるですわね……。……コノハ、あんたの話してあげなよ」

「ちょ……キノミ〜〜!」


 キャアキャアと側近達の話が盛り上がってきた。


「…………」


 実はこの数日、ユウヅツが学院に同行していなかったせいで、ガールズトークがはびこる女所帯の空気になってしまっており、ユウヅツが復帰した今もそれが抜けていないのだ。

 トカクとしても「ここには女の子しかいないし!」で繰り出される話を耳に入れるのは罪悪感があったので、ユウヅツの復帰はその点でも助かった。


 トカクが周囲の恋愛話に適当に相槌を打っていると、おもむろに水を向けられた。


「恐れながら、姫様のお話にも興味がありますわ」

「……ワタクシの?」


 トカクは首をかしげた。


 『ウハク』の初恋のことを聞かれているのだが、トカクはまずチュリー・ヴィルガのことを思い浮かべてしまった。

 それはあわてて叩き落としたが、『ウハク』らしい返事の仕方は迷った。えーと。


「……ワタクシの初恋はトカクお兄様かな?」


 というトカクの返事に、ユウヅツは思いきりむせた。


 そしてトカクを見つめ、無言で首をブンブンと横に振りたくった。そして、ほぼ口パクの小声で。


「それ、すごい怖いです、殿下」

「はあ? 何がだよ? 小さい頃のワタクシが、トカクお兄様と結婚すると言っていたのは事実なんだが?」

「どんな気持ちで言ってるんですか……」


 それは冗談にしても。

 というか、考えてみるとウハクの初恋って、このクソボケなのか? ほんと殺そうかな。トカクは物騒なことを考える。


 側近達はケタケタ笑い。


「姫様ってば、十五にもなって「お兄様と結婚する」は無いですわよ〜」


 と。

 適当に話していると馬車が学院にたどり着いた。


 馬車を出る直前、思い出したようにユウヅツがしぶったが、どうにか校舎へ足を踏み入れた。


「さて」


 トカクが、さあ教室へ向かうか、と歩き始めると。その背中に、ひそとハナが耳打ちした。


「ふふっ。私だけは姫様の初恋のお話、知ってますもんね」

「……ん、え?」


 あれだけ必死に揉み消した、ユウヅツの件か?


 ぎょっとして振り向くが、ハナはイタズラっぽい笑みを浮かべており、まるで無邪気に見えた。トカクとの温度差が激しい。


「忘れもしない十年前、姫様が、ハナだけにと教えてくれた秘密、けっして漏らしたりしませんわ」


 ふふんっ、と誇らしげにハナが胸を叩いた。


「…………」

「? さ、姫様、行きましょ」


 トカクは背中を押されて歩みを再開した。

 トカクはハナに詳細を聞きたくて仕方なかったが、もはやそんな雰囲気では無くなってしまっていた。


 十年前? ウハクが初恋? ……ハナだけに話した?

 …………。


(ウハク〜〜ボクには〜〜!?)


 十年越しに子供じみた嫉妬を感じながら、トカクの学院生活が再開した。






 ほとぼりが冷めた頃、しぶるユウヅツのケツを蹴って音楽クラブの部室に行かせた。

 無いとは思うが部員から物理的に袋叩きにされるかもしれないので、万一の時の用心棒として、ネッコに尾行させて。


 音楽クラブでは当然のようにユウヅツの席は無くなっており、部長から『自主退部』を勧められたユウヅツは校舎裏で一人さめざめ泣き、哀れに思ったネッコが連れて帰ってきた。


 というのが今日のことだ。


 トカクは夜食の焼きうどんをすすりながら、肩を落としたユウヅツを見やる。


「いつまでヘコんでんだよウザッたいな……。たかが部活だろ。追い出された程度、そんなに悲しいか?」

「悲しいですよ……。せっかく男友達ができたと思ったのに……。楽しい、良いところだったのに……」


 良いところだったのに俺が壊してしまった……、と言って、ユウヅツはまた肩を落とした。


「…………」

「あのですね、」


 ユウヅツは目元をこすりながら顔を上げた。


「俺、……もう女の人と喋らないようにしようと思います」

「…………。……うーーん」

「これだけ失敗を重ねたのに、……いまいち、自分の何が悪くてこんなことになったのか、分かってないんです……。ですから、同じ状況になっても、また同じ行動をしてしまうと思います……」

「そうか……」


 トカクは、最近すこし考えていることがあった。


 ユウヅツは、割と他人を思いやる性格をしている。気遣いの男で、他人が嫌がってるとか落ち込んでるとか、喜んでるとか楽しんでるとか、そういうことにかなり聡い。

 トカクも、内心を言い当てられて動揺したことが何回もあった。


 なのに。


(……なのに、なんで恋愛が絡むと何も分からなくなるんだ、こいつ?)


 ……初恋がまだとか言ってたな。自分が経験したことない感情だから、想像ができないとか? ……トカクは帝国にいた頃、恋愛感情を知らないなりに推察と経験則とでうまいこと動けていたが。


 ともかくユウヅツ自身が、トラブルになる理屈を分かっていなければ、対策ができない。なら確かに、もはや根本を断つしかない。


「まあ……今後、あまり女子生徒とはつるまない方がいいのは、そうだな」

「やっぱり……」

「ボクの側近をやってるうちは控えてくれ」

「はい……」


 今後の方針が固まった。


「……俺は、大陸で殿下をお支えしようと思って来たんですが、……足を引っ張ってばかりで……申し訳なく思っています……」

「いや、うん。まあ、助かってることもあるよ」


 トカクはお椀を置いた。


「作る夜食が美味しいし」

「適当ですよ。……それも前世の知識なので、俺の手柄って感じがしないんですよね……」

「味もそうだが、日中は『ウハク』としてお姫様の量しか食えないから、こうして間食を差し入れてくれるだけでかなり助かる」

「…………」


 ユウヅツは、その程度は自分じゃなくてもできること、と思っているので、褒めてやってもあまり嬉しそうにしないのだった。




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