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〇八八 ボンクラ

 



「ワガママ言わないでくださいまし! あなた、姫様の側近を務める栄誉をみずから放棄するおつもり? そんなの私が許さなくてよ! ほらっ、お立ちなさい!」

「今日は頭痛が痛いんです……」

「復学早々お休みなんて幸先悪いにも程がありますわ! ともかく学院へ行きますわよ! 着いても治らなかったら帰ればいいでしょ! ほら! お立ちあそばせ!」

「うぅぅう〜……」


 引っ張られてユウヅツは離宮の正門までやってきた。


 行きたくないとは言っていたが、ユウヅツは制服を着た状態でモタモタしていたので、登校の意思はあるものと思う。


「まったく! 朝から手間取らせて、いい加減になさいよ! 遊びに行ってるわけじゃありませんのよ! 自分の役目を果たしなさいな!」

「はい……」

「ハナさん、そんなに厳しくなさらなくても……。ユウヅツさんは音楽クラブの内輪揉めに巻き込まれた被害者ですのよ。お可哀想だと思いますわ」

「お可哀想なもんですか! ユウヅツさんが気を付けていれば未然に防げたトラブルじゃなくって? ……曲がりなりにも姫様の手足としてここにいるのよ。姫様の不利益になるようなことは許せませんわ!」

「はい……すみません……」


 ハナはぷりぷり怒りながら馬車にユウヅツを押し入れ、自分も乗り込んだ。


 出発。


「よろしくて? ユウヅツさん。あなた今、分岐路に立っているのよ。ここから汚名返上して、自分は姫様の側仕えを続けられると示さなきゃいけないの!」

「はい……」

「自虐に浸ってる暇はありませんのよ? 仮に邪魔されても、しがみついて登校しなきゃいけないくらいですのよ!」

「はい……理解しております……」

「まったく……。挽回の機会をくださった姫様の寛大さに感謝なさいよ! ここにいるのがトカク皇子殿下だったら、あなたみたいなのはとっくにクビになってるんですからね!」


 ……実はここにいるのがトカク皇子殿下なんだよなぁ。と思いながらトカクは足を組んだ。


「姫様! 身体が歪みますわ、足を組むのはおよしください」

「う、うん」


 トカクは足を揃え直す。


 ユウヅツが学校に行きたくないとか言い出した時は絞め殺そうかと思ったが、ハナが率先して動いてくれて助かった。本当に面倒見がよく働き者で、トカクは頭が下がる思いだ。


「……ユウヅツ。とりあえず今日は、ワタクシ達と共に行動すればいいから。音楽クラブに顔を出せとは言わん」

「……とりあえず今日は、ということは、いずれは……?」

「……このまま無言で退部というわけにもいかないだろう? 部室に荷物も置きっぱなしだし……」


 ひょっとしたら件のゴタゴタが水に流れていて、しれっと部活動を続けられる可能性もあるし。ユウヅツに音楽をやらせておきたい気持ちはある。


「そんなことより、今日はチュリー様に交換日記をお渡ししないと」

「筆が乗りましたわね」

「側近の愚痴でな」

「…………」


 ユウヅツは馬車の隅でしょげていた。反省が見えないのも困るが、反省し過ぎているのも扱いに困る。


 側近達は、ユウヅツが女同士の喧嘩のダシにされたとしか理解していないので、あまりユウヅツの落ち度と思っていない。


 トカクも、ユウヅツに前科ウハクのことやゲームの主人公云々がなければ、災難だったなで済ませていたに違いない。

 だがそうでない以上、これは避けられたトラブルのはずだし、ユウヅツが対策しなければ今後も起きかねないのだ。


「ねえねえユウヅツさん。実際のところ、件の女子生徒のどちらかに好意はありましたの?」

「そのあたりは是非お聞きしたいですわ。恋バナしましょうよ」

「……ハナさんや殿下には既に申し開きをしたのですが、本当にそんな気はなかったんです……。何も考えてなくて……普通に、お友達ができたと思っていて……」


 その、何も考えてなくてというのが問題なんだよな〜。トカクは頭が痛くなりそうだ。


 百歩譲って、女子ふたりがいがみ合っていることは察せなかったにしても、「この人やけに話しかけてくるし、もしかして俺のこと好きなのかな?」くらい思わなかったのか。

 アホなのは知っているが、ユウヅツくらいの年頃の男なら、もっと異性との関係に敏感でもいいと思うのだが。


 とまあ、そのあたりの質問は興味本位の側近達が楽しげにユウヅツに問いかけていた。


 女ってやつぁ恋愛の話が好きだなぁ、トカクはなかば呆れる。

 男一女五で行動する弊害として、ユウヅツは分の悪い話題で槍玉に上げられてたいへん居心地悪そうだ。


 ユウヅツの返事は「分からなかった」の一点張りだ。この薄らバカの話を聞いて何がおもしろいんだ。


 ……まさか前世で十九歳まで生きた弊害で、十五歳前後の女は子供にしか見えないとか言い出すのか。恐ろしいほど異世界転生が裏目にしか出ない男だ。


「……というか、ユウヅツさん、もしかして、まだ人を好きになったことありませんの?」

「えっ?」


 あまりに打てども響かないユウヅツに痺れを切らしたらしいキノミがそう訊ねると、馬車は静まり返った。ユウヅツはとても狼狽し、そして。


「……そんなこと言うなら皆さんはあるんですか!?」


 と、ああ無いんだなと分かる返事をした。


「お子ちゃまですのね」

「これじゃ何を聞いても無駄ですわ」

「な、何なんですか〜っ」


 ユウヅツはとても恥ずかしそうにしている。たとえるなら欠点を指摘されたような顔色だ。


 トカクは静かにひたいを押さえた。


 ……ウハクのことを思ってだ。建物の中に入ろうとして、扉じゃない壁を叩いていたような徒労がトカクを包む。

 自分事ではないのだが、ウハクがあまりにかわいそうで、同情を通り越して共感してしまうのだ。


(ボンクラ……!)


 トカクは同じく十五歳まで初恋がまだだった自分を棚上げし、深くため息をついたのだった。





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